リニア静岡工区の着工はいつになるのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「テレビ・新聞は『年内の着工もあり得る』としか報じていないが、私は遅くとも6月中に静岡県とJR東海が起工式を行う手筈が整うとみている」という――。

■静岡リニアは「早くて5月、遅くとも6月」に着工
リニア中央新幹線工事の中で唯一未着工が続いている南アルプストンネル静岡工区(8.9キロ)の着工時期について、早ければことし5月中、遅くとも6月末頃までに工事着手される道筋が明らかになった。静岡県の関係者が筆者に明かした。
リニア静岡工区を巡る直近の動きは次の通りだ。
3月26日に開催された、大井川、南アルプスの生態系への影響を話し合う静岡県生物多様性専門部会県では、県とJR東海との間で「対話が必要」としていた課題8項目すべてについて、JR東海の説明を了承したのだ。
静岡県とJR東海の間には、これまで環境保全などに関する28項目の課題が残されており、2つの専門部会で議論されていた。県地質構造・水資源専門部会では昨年6月2日には水資源の確保に関する6項目、ことし3月19日には、トンネル発生土に関する5項目すべてでJR東海の説明を了承した。
そして26日の専門部会で、静岡県が対話を要するとした28項目の課題すべてが解決した。つまり、これで工事着工のカギを握る専門部会は果たす役割を終えたと言える。
■最終確認と地元説明会を経て起工式へ
専門部会以外の課題についてもすでに解決している。
ことし1月24日には、将来的に大井川中下流域の水資源に影響が生じた場合にJR東海が補償を約束した「補償確認書」にJR東海の丹羽俊介社長、鈴木康友・静岡県知事が署名した(1月28日公開の記事)。
2月13日には、トンネル本体工事の準備段階とするヤード(工事の作業基地)用地の拡張、造成などの準備工事を認める決定を県が下している(2月20日公開の記事)。
専門部会の対話が終了したことで、次のステップはリニア工事の最前線となる地元・静岡市井川地区の漁協や自治会などが参加する「県中央新幹線環境保全連絡会議」、流域の10市町長らがメンバーとなる「大井川利水関係協議会」がJR東海の環境保全計画、施工計画、発生土置き場管理計画などの最終確認を行うことになる。

この作業と並行して、JR東海は大井川流域の各市町の住民らを対象にリニア工事に伴う環境保全などの説明会を行っていく。その後、河川法に基づく申請の許可、トンネル本体工事に関する自然環境保全協定の締結などを経て、晴れてJR東海は工事に着手できる。
住民説明会や申請許可のスケジュール感を考慮すると、早ければ5月中、遅くとも6月末までには静岡県、JR東海などの関係者が顔をそろえ、南アルプスの現地で静岡工区の起工式が行われる見込みである。
■川勝知事の「全量戻し」から苦節12年
何とも長い道のりだった。
川勝平太前知事時代の2014年3月に、環境影響評価書の知事意見で、工事後の湧水全量戻しをJR東海に求めたことをきっかけに、地質構造・水資源と生物多様性の2つの県専門部会が設置され、県とJRの対話が始まった。
川勝前知事は、工事中、工事後に流出する湧水の「全量戻し」を強く求めていた。
これに対して、JR東海は2018年10月、毎秒2トンの県外流出については導水路を設置、ポンプアップすることで「全量戻し」を表明した。だが川勝前知事は、山梨、長野の県境付近の工事中の県外流出について、水一滴の県外流出も許可しないと強い姿勢で臨んだ。
県境付近を山梨県側から掘削することで、工事期間中の約10カ月間に最大500万トンの湧水が山梨県側へ流出するとJR東海が試算したため、この対応策を示すよう求められた。
2021年になって、JR東海は東京電力リニューアブルパワー(RP)の協力を得て、山梨県側への流出量と同量を大井川の田代ダムで取水抑制を行ってもらい、大井川の流量を確保すると表明した。
県専門部会は、田代ダムで取水抑制できない状態が続いた場合の対応、渇水期を避けた施工の対応などの説明を求め続けた。ようやく田代ダム取水抑制案についてJR東海の説明を了承したことで、水資源確保に関する議論にメドがついた。

■川勝前知事の反発は「静岡悪者論」にまで発展
ただすでに、2015年12月に山梨県、2016年11月に長野県の南アルプストンネル工区で、2027年開業を目指して工事が始まっていた。
そんな中で、JR東海は「静岡工区工事の着手ができていない」ことを理由に、品川―名古屋間の「2027年開業」を断念、開業は「2027年以降」と発表した。
2027年開業延期の発表を受けて、SNSなどで「静岡県がごねている」「静岡県のせいでリニア開業が大幅に遅れる」などの批判が噴出、リニア早期開業を望む人たちを中心に「静岡悪者論」にまで発展した。
実際には、静岡工区の着工が遅れたのは、JR東海と静岡県とのボタンの掛け違いが大きかった。川勝前知事は「突然、土足で踏み込んできて、『トンネル掘るぞ』と来た感じ」と当時の状況を表現した。
■静岡県とJR東海の「ボタンの掛け違い」
南アルプスのトンネル工事で、大井川の水が毎秒2トン減少することで静岡県の水環境に大きな影響が出ることは最初からわかっていた。それに対して、JR東海は毎秒1.3トンを導水路トンネルの設置で回復し、残りの0.7トンは必要に応じてポンプアップで導水路トンネルに戻す方策を示し、大井川の中下流域への影響はないとする立場を強調した。
この方策しか示さなかったことで、川勝前知事は2017年10月10日の会見で、「あたかも水は一部戻してやるから、ともかく工事をさせろという態度に、私の堪忍袋の緒が切れました」とJR東海への不満を爆発させてしまった。
川勝前知事はJR東海の対応に「明確な抗議」を行い、「湧水全量戻し」を前提に、「(問題解決には)誠意を示すことが大事」と強調し、リニア駅も作られない静岡県に「何らかの見返り」を暗に求めた。
ところが、知事の「誠意を示すこと」発言にJR東海は何らの対応を示すこともなく、大井川流域の住民へ説明会を開催することもなかった。
当初、川勝前知事はリニア工事の着工に反対したわけではなく、JR東海に「全量戻し」を求めていただけに過ぎない。それなのにJR東海は全く反応しなかった。

いま振り返れば、これ以外にもさまざまなボタンの掛け違いがあり、静岡工区の着工は遅れに遅れたのだろう。
■2027年開業は夢のまた夢だった
JR東海は「国家プロジェクト」に位置づけされるリニア計画を静岡県がそのまま認めてもらえるものと思い込んでいた。
だから、2017年11月に建設企業体と静岡工区の工事契約を結び、2026年11月末に工事完了というぎりぎりの予定を組んだ。
川勝前知事が不満を爆発させたのは工事契約の1カ月前という段階であり、これでは2027年開業に間に合わなくなるのは目に見えていた。
それなのに、当時は「9年弱」の工期で完了すると考えていた。
それがいかに甘い見通しだったのかはっきりとしたのは、2027年開業をにらんで、2026年11月に工事完了とされた山梨、長野の南アルプストンネル工区で大幅な遅れが生じているのが明らかになったときだった。その他、29カ所の工区でも工事が遅れていることをJR東海が認めた。
現在では、山梨、長野の南アルプストンネル工区とも5年遅れの2031年11月に工事完了を見込んでいるが、難工事が続き、さらに遅れる可能性も否定できない。つまり、静岡工区の問題を除いても、2027年開業などできるはずもなかったのだ。
■6月に着工しても、全体開業はどれだけ早くても2037年
極めつきは、昨年10月29日、品川―名古屋間の総工費が当初の5.5兆円の2倍となる11兆円に膨れ上がる見通しを発表したことである。
この中で、山岳トンネルなどの難工事への対応として1兆2000億円を追加計上した。JR東海は「トンネルの強靭化のために山岳トンネルの拡幅を行う」と説明している。
静岡工区を含め、当初の想定を上回るもろい地山の掘削にさらに費用が掛かることになり、いかに南アルプストンネルの掘削が簡単ではないことが改めて確認された。
また、JR東海は工事費4兆円の負担増に対する新たな借り入れ約2.4兆円の数字を算出するために、「2035年」という開業時期を示した。この「2035年」は単なる仮置きだと強調した。
山梨、長野工区と同様に、静岡工区の工事は10年以上掛かると見られ、実際の開業が「2035年以降」になることは間違いない。つまり、静岡工区が2026年6月までに着工し、何の問題も発生せず10年間で工事完了しても、リニア開業は2037年が最短となる。
難工事となった南アルプストンネル山梨工区、長野工区での大幅な遅れを見れば、静岡工区の工事は「15年以上」かかる恐れさえある。
つまり、たとえ2017年11月に静岡工区の着工ができていたとしても、「2027年開業」など当初からムリだったわけだ。「2027年開業」を断念したのは、JR東海があまりにも甘い見通しで計画を立てたことに大きな原因があり、静岡工区の工事ができなかったのは、その結果でしかなかった。
それなのに、「静岡県の反対がリニア開業を遅らせた」ことだけをJR東海が強調したことで、流域住民らの強い反発につながってしまった。
■リニア開業の正念場はむしろこれから
当初、JR東海と大井川流域の住民の間には信頼関係は全くなかった。いまではJR東海は住民の理解を深める場を持ち、不安の解消に努めようと必死である。
6月の着工を前にした住民説明会では、静岡工区の着手が遅れた本当の理由について、JR東海は丁寧に説明すべきである。
流域の理解を求める対応をきちんと取らなかったために大井川の水環境問題がこじれたことを経験しているJR東海は、いまや流域の説明会の重要性を十二分に承知していよう。
そもそも流域住民の理解と同意が得られなければ、静岡県は静岡工区の着手を許可しない方針である。
何度も繰り返すが、静岡工区は糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る「世界最大級の断層地帯」にある。南アルプス山岳地帯は破砕された脆弱な地層が多く分布しており、実際に掘ってみなければ大量の突発湧水など何が起きるのかわからない不確実性が高い地域である。そんな地域だからこそ1日でも早く、着工すべきであることは間違いない。
2024年5月に川勝前知事が退場してから2年を経て、静岡工区が着工される。これからリニア開業に向けてのトンネル工事の正念場がようやく始まる。

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小林 一哉(こばやし・かずや)

ジャーナリスト

ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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