■高市首相の「食料自給率100%公約」は信用できるのか?
昨年10月に行われた総裁選において、高市首相は食料安全保障の強化を掲げ、「食料自給率を限りなく100%に近づける」ことを政権公約として掲げていた。
高市首相自身が運営していると思われるYouTube「高市早苗チャンネル」では、首相自身が「食料自給率100%」を訴える動画が配信されている。
「食料自給率100%」は首相が以前から主張していたもので、非常に高い目標のためすぐに達成できるかと言えば実現性の乏しい目標と言わざるを得ないが、その方向性と意欲は賛同できる。
しかし、問題は具体的にどうやっていくかだ。
食料安全保障として、円安を活用し輸出を増やすことも提言されているが、これは国内供給の確保による自給率向上には直接はつながらない話だ。
具体的に食料自給率を上げていく方法として真っ先に挙げられているのは「植物工場の推進」だが、これを見て筆者はすっかり失望してしまった。
■出てくるのは「フードテック」ばかり
2月20日に行われた第219回臨時国会で行った所信表明演説でも、高市首相は「食料安全保障」について触れている。具体的な中身はこうだ。
「地域を活性化させ、食料安全保障を確保する観点から、農林水産業の振興が重要です。農業については、5年間の『農業構造転換集中対策期間』において別枠予算を確保します。
また高市首相は年頭記者会見でもこう述べている。「フードテックもアグリテックも重要です。日本が誇る『完全閉鎖型植物工場』や『陸上養殖施設』などへの投資を促進します」
3月11日付の日本農業新聞によると、3月10日に行われた日本成長戦略会議(議長は高市早苗首相)において、植物工場で生産された農産物や工場設備などを合わせた国内外のシェアで、2040年までに世界の3割を目指す方針案が示されたという。
植物工場などの「フードテック」をはじめとする17分野で重点的に官民投資を促す方針で、目標や具体策などを盛り込んだ工程表を5月までにまとめるとされる。
ただ、「食料自給率100%」のための具体策な政策として、真っ先に「フードテック」が出てくるようでは、高市首相が農業政策の現場の実態を把握されているとは言い難いとも思ってしまう。
なぜそう思ったのか。その理由を具体的に解説していこう。
「フードテック」の代表例は、図表1に示されるような、人工肉、培養肉、昆虫食、陸上養殖、植物工場、無人農場(AIが搭載された機械で無人でできる農場経営)などだ。
■「植物工場」の大半は採算が取れない
「フードテック」の代表例といえる「植物工場」は、初期投資もランニングコスト(特にエネルギーコスト)も高い。そのため、採算ベースに乗っているものはベビーリーフ(葉丈10~15cm程度で収穫した幼葉の総称)などのかなり少ない事例に限られている。
植物工場で生産された野菜が果たして体にいいのかという問題もある。通常の野菜は土壌から微量栄養素を吸い上げて成長するが、植物工場ではそうした微量栄養素を得られないため、育った野菜の栄養面は期待できないという指摘だ。
この問題はさておき、現状で採算ベースに乗っていない「植物工場」の推進で、食料自給率100%が実現できるとは到底思えない。
■ダボス会議で主張「水田稲作はメタンの発生源」
フードテック推進派が掲げている主たる論理の1つは次のようなものである。
「今の農業・食料産業は温室効果ガスの最大の排出源(全体の31%)になっているから、農業の生産方法を遺伝子操作技術なども駆使した『代替的食料生産』に置き換えていく必要がある」
「温室効果ガス排出の多さから各たんぱく質を評価すると、最も多い牛に比べて豚は約3分の1、鶏は約5分の1、昆虫食では鶏よりもさらに少量だ」との解説もある。畜産をやめて昆虫を食べるほうが環境にいいということだ。
2024年の初めに開催された「世界経済フォーラムの年次総会」(通称「ダボス会議」)でも、耳を疑うような発言が飛び出していた。
「アジアのほとんどの地域では未だに水田に水を張る稲作が行われている。水田稲作は温室効果ガス、メタンの発生源だ。メタンはCO2の何倍も有害だ」(ヘルスケア・農薬のグローバル企業B社CEO)
「農業や漁業は『エコサイド』(生態系や環境を破壊する重大犯罪)とみなすべきだ」(ストップ・エコサイド・インターナショナル代表)
■「水田をなくす」とグローバル企業が儲かる
実は今、我が国では伝統的な水田の代わりに、「乾田直播」すなわち乾燥した畑に稲(種もみ)をまく農法を推奨している。代かきや苗作り、田植えが不要で作業時間が短縮できるため低コスト化が可能とされているからだ。メタン抑制にもつながるとあって、グローバル種子農薬企業のM社を買収したB社のCEOも推奨している農法だ。
ただ、この「乾田直播」には様々な問題が指摘されている。
まず、雑草対策として、種もみをまいた後に除草剤を大量に散布する必要があり、農薬使用量が大幅に増える。
乾田直播を採用する大規模農家では、気象データを活用した栽培管理システムを取り入れていることがあるが、その栽培管理システムはB社の関連企業などが提供しているものだ。
つまり「乾田直播」の普及は、グローバル企業の利益につながるということだ。
そもそもこうした農法が本当に必要なのか、一体誰のために推奨しているのか、もっときちんと検証される必要があるのではないか。
■「スマート農業」で既存の農家に大打撃
さらに、ほかにも問題だと思われるのが「デジタル農業」「スマート農業」とされるものだ。
日本政府もこうした分野を推進すると言っているが、農業にITを導入することで農家が楽になればいいが、一方でグローバル企業や外資系企業への利益供与になっていないかを監視する必要がある。
今海外ではグローバル種子農薬企業やIT大手がタッグを組んで、AIやドローン技術を駆使した「無人農場」の実現を目指している。
2021年の世界食料サミットの場を、IT大手企業が、こういう無人のデジタル農業を広めていくためのキックオフにしようとしたという話も聞いた。
ただ、農業の無人化とは、やはり既存の農家にとっては脅威となる。AIの進歩と普及によってホワイトカラー労働者が失業するという懸念が現実化しつつあるが、同じように、無人農場の実現によって、既存の農家は廃業するしかなくなる。
「フードテック」や「スマート農業」とは、聞こえはいいが、農家を破滅させ、一部の大資本が農業を独占する方向に進みかねない。少なくとも筆者はそうした懸念を強く持っている。
高市首相が「食料自給率100%」のために進めている政策とは「グローバル企業を助け、農家をいじめる」政策にほかならないということだ。
■むしろ飢餓のリスクが高まる
このように、まともな農業の代わりに、人工肉、培養肉、昆虫食、陸上養殖、植物工場、無人農場を推進していけば、離農が急増し、多くの農漁村地域が原野に戻り、地域社会と文化も消えてしまう。結果的に食料自給率はさらに低下することが懸念される。
しかも遺伝子操作技術の多用や農薬使用量の増加で食の安全のリスクも高まる。
不測の事態には、超過密化した東京などの拠点都市で、餓死者が出て、疫病が蔓延するような歪(いびつ)な国になることは必定である。
今の政府に農と食と国民の命を守るつもりはあるのだろうか。農家と消費者を救う政策はやらずにフードテックを進めるという方向性は、端的に言うと、今頑張っている農家を廃業に追い込み、日本の地域社会を崩壊させ、国民の飢餓のリスクを高めてでも、一部のオトモダチ企業が儲かるようにしていこうとしていると疑わざるを得ないのである。
■「ホルムズ海峡封鎖の影響」で離農が急増しかねない
ホルムズ海峡の封鎖によって、燃料や肥料をはじめ、あらゆる生産資材が高騰している。この影響で、すでに生産コストに苦しんでいた農家が追い込まれつつある。
ただ農家が生産コスト増加を小売価格に転嫁すると、今度は、一般の消費者が苦しむことになってしまう。消費者は消費者で、長年にわたる所得減少に苦しんでいるからだ。
とはいえ、農家が生産コスト上昇分を農作物価格に転嫁できなければ、日本の農業は一層苦しくなる。
そうなれば日本の農業が崩壊するだけでなく、農業によって成り立っている日本の地域コミュニティの崩壊にもつながる。
もちろん国内農業の崩壊により、食料自給率のさらなる低下が起これば、日本国民が飢餓に苦しむリスクも一気に高まるであろう。
■「真の食料自給率」は数%に低下?
日本の食料自給率は約38%に過ぎず、その上、化学肥料の原料はほとんど輸入に頼っている。種子も海外依存で、特に野菜の種子の約9割は輸入している。
昨年はついに「コメ不足」が発生したが、その結果、主食のコメについても外国産に依存するようになり、小売店の店先にはアメリカ・カリフォルニア産のカルローズ米が並んでいる。
今後もこのように食料供給を外国に依存する状況が続くなら、日本の食料自給率は一層の低下が懸念される。
筆者が試算した最悪のケースでは、日本の食料自給率が9.2%程度に落ち込む可能性もある。
ただ、この試算にはエネルギーの影響は算入していなかった。
農業は化石燃料と切っても切れない関係にある。農機具を動かすにも、農産物を運搬する上でもガソリンや軽油は欠かせない。そのため、原油価格の高騰は食料品の価格にも跳ね返ってくる。
日本のエネルギー自給率は11%に過ぎない。原油・天然ガスの輸入が止まった場合、その影響を加味すると、日本の食料自給率は9.2%からさらに下がり、数%程度まで落ち込むだろう。
ホルムズ海峡の封鎖によって、この最悪のシナリオが実現してしまうかもしれない。
■「スパルタ式の農業政策」をやめるべき
食料品価格が上がったら所得減で苦しむ消費者が追い込まれるが、コスト増を価格転嫁できないと農家が追い込まれる。
このジレンマを解決することが日本の農業政策の課題といえるだろう。
そのために有効な手段として農家への所得補償政策がある。
政府が農家の最低限の所得を保証するなら、農家は生産コスト増の影響を無理に価格に上乗せしなくても良くなる。そのため、消費者は農産物を安く買えて、農家も助かるわけだ。
この政策は世界の農政の常識と言ってもいいものだが、なぜか日本はやらないと断言している。
その代わりに政府が主張しているのは、以下のような政策だ。
①農家がもっとコスト高に耐えられる経営になればよい、②コメ生産は抑制、③コメの国家備蓄は減らす、④食料自給率向上には予算をつけず、代わりに輸入を増やす、といった政策を進めているのだ。
激しい競争に耐えられる農家だけ残ればいいという、スパルタ式の農業政策ばかりだ。
ただ、これらを実行すれば、当然ながら食料自給率は下がる。ホルムズ海峡の封鎖によって世界の食料供給の不安定化が叫ばれている中、一番やってはいけない愚かな政策と言える。まるで、「セルフ兵糧攻め」だ。
しかし、このように国内農家を追い詰めていく方向性は、「地球温暖化の主因である既存の農業を代替的食料生産に置き換えていく」ことを大義名分とする「フードテック」の方向性とは見事に整合しているところが恐ろしいのである。
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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授・名誉教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。
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(東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授・名誉教授 鈴木 宣弘)

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