収入と就労時間を重視する若手医師が増えている。本当にこれで良いのか。
元東京大学健康管理センター教授の坂本二哉さんは「医学的関心や広い教養を失い、目先の損得勘定だけで動く医師が増えれば、日本の医学は根底から崩壊しかねない」という――。(第2回)
※本稿は、坂本二哉『戦慄の東大病院』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■学問研究よりも収入、就労時間が大事
数年前、ある座談会で、医療機関で研修中の若手医師たちと話す機会があり、彼らが重視していることを聞いたところ、1番目は収入の問題、2番目が就労時間だった。自分たちを指導する指導医の問題は3番目で、自分たちの今後の学問研究については話題にすら上らなかった。この座談会には東大病院の医師もいた。
彼らが目先の収入や待遇以外にほとんど興味を持っていないことを知った私は、その上昇志向のなさに驚くとともに、自分の前途を切り開こうとする情熱の欠如を感じて、これ以上ない寂寥感(せきりょうかん)を抱いた。
人と会話していて侘(わび)しさを感じるのは、相手が欲得だけで人生を考える場合である。私は日本の医学の行く末に大いなる不安を抱いた。指導医について聞くと、彼らは「周囲に良い指導医がいない」と不満を述べたが、ほかの指導医を探す努力はしていなかった。
良い指導医は与えられるものではなく自ら教えを請(こ)い、ようやく得られるものなのにすぐ諦めてしまう。その安直さに驚いて「そんなことでいいの?」とたしなめると、「私たちはエリートですよ」と返され絶句した。
■知的関心を失った医師に命を預けられるか
また、専門医や大学の教授になりたいかを聞くと、「専門医になると収入が増えるから取った方がいい」、「教授は勤務が厳しく雑用が多い割に給料が少ないのでなる意味がない」と答えた。

教授になれば研究費があり、やろうと思えば知的な仕事ができるという感覚、つまり学問的な関心がない。かつての東大では学位のない医師は珍しかったが、いまは学位不要論者が主流で、約8割が学位を持っていない。学問的関心がないことは大きな問題だ。
医師、研究者としての私の長い経験に照らすと、実際の医療現場に必要なのは視野の広い医師であり、医師には医学のみならず広い教養が必要だと思う。逆に言うと、非常識で知性に欠ける人物は医師に向いていない。
聖路加(せいるか)国際病院院長を務めた故・日野原(ひのはら)重明(しげあき)先生は「医師はできるだけ広い教養を身につけるべきだ。視野の狭い人は医師に不向きで、文学、芸術、体育、なんでもござれでありたい」と私におっしゃっていた。
■専門外の教養が必要なワケ
先生はオペラを作曲し、楽団を指揮された。余人には無理だが、音楽に興味があることが先生にとっては良い医師の四大条件の一つだった。日野原先生は医学においても専門以外の広い知識をお持ちだった。
たとえば先生に、心疾患のため塩分制限をしていた患者の視力が落ちてきた事例を話したところ、「少し塩分を増やしなさい」とおっしゃった。教科書では心疾患の場合は塩分はダメと書かれている。
ところが先生の言われたとおりにしたところ回復した。経験に裏打ちされた知識ほど強いものはない。
「医学というものは不確かさの科学である。どんな疾患でもその表現はとても変わりやすい」と近代医学の祖オスラーは述べている。疾患は必ずしも型にはまったものではないのだ。
そこに経験が生きる。また医師の教養に関してはこんな話もある。ある大学の病理学の教授が、学科試験に日本史の問題を加えたために父兄から抗議を受けた。このとき教授は「この程度の教養がなくては医師は務まらない」と堂々と答え、一歩も引かなかった。大したものだ。
■ゴルフ三昧の医師が失う患者との信頼関係
最近の医師はゴルフなどの趣味に凝るが、書物を読まない。本来、患者と信頼関係を築くためには、医学書はもとより各種の書に広く接して、最低限、常識程度の教養を身につける必要がある。

米国の医学部教授と話したときに、「米国の医師は自国の歴史を知っているが、日本からの医学留学生は日本の歴史に疎(うと)い。
日本の古典文学、たとえば源氏物語について質問しても答えられないことが多い」と言われて恥ずかしかったことを覚えている。留学先の国の人に、母国の歴史や古典について聞かれて何も答えられないのは日本人として恥である。
座談会で若い医師たちと話していて、講談師の故・一龍斎貞水(いちりゅうさいていすい)さんの「自慢、高慢、酒の燗(かん)、天狗は芸の行き止まり」という警句を思い出した。
若いうちは誰でも壁にぶち当たるものだが、そこを超えると視野が広がる。人生はその繰り返しなのに現状で十分とふんぞり返っている。そんな人に進歩はないという意味である。
■利益追求か患者救済か、問われる真価
最近、インターネット上で目を覆いたくなるような広告を見た。患者に奉仕すべき医師に、それから逃避して保身を図り、より大きな報酬を得るよう転職を勧める広告である。情けないことこの上ない。多くの善良な医師の顔に泥を塗るような下劣さで、見るに堪えなかった。
医学の進歩に貢献し、患者のために尽くす。
医師には、そういう職業意識と使命感が不可欠である。如何にして自分が得するかを第一に考えているような人は、医師としての資質に欠けていると言わざるを得ない。
1980年代の中国では、医師志望の条件として、入試前、2年間の各種奉仕活動が義務付けられていた。日本も見習う必要がある。iPS細胞の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥・京大iPS細胞研究所名誉所長のような世界をリードする学者になれなくても、少なくとも医師としての自らの仕事に対し、何らかの達成感を持てる人になってほしい。
以前、作家の故・堺屋(さかいや)太一(たいち)氏が「欲無し、夢無し、やる気無しの三Y無き社会こそ、現代日本の最大の危機である」と新聞に書いていたのを読んだことがあるが、少なくとも人の命を預かる医師は、そうあってほしくないと思う。

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坂本 二哉(さかもと・つぐや)

元東京大学健康管理センター教授・日本心臓病学会創立理事長

1929年、北海道釧路市生まれ。海軍経理学校予科、旧制二高を経て東京大学医学部卒業。東大医学部第二内科入局、新制東大大学院卒業。米国留学。東大医学部講師などを経て東大健康管理センター教授。東大時代から一貫して臨床を重視、退官後も2024年まで民間医療機関の第一線で患者を診療した。
「日本心臓病学会」「日本心エコー図学会」「世界非侵襲心臓病学会」「アジア・太平洋心エコー図学会」創立者。

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(元東京大学健康管理センター教授・日本心臓病学会創立理事長 坂本 二哉)
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