■トランプ発言の「とんでもなさ」
日米首脳会談の場でトランプ大統領が19日(日本時間20日)、「なぜイラン攻撃を事前に、欧州や日本などの同盟国に知らせなかったのか」という日本人記者の質問に対して、「なぜ日本はパールハーバー(真珠湾攻撃)を事前にアメリカに知らせなかったのか」と言い返すという、前代未聞の出来事が起きた。しかも高市早苗首相の面前でやり取りは行われたが、高市氏は大きく息を吸い込み、目を少し見開いた以外は無言のまま。日本では、高市氏の訪米自体は成功裏に終わったと言われているが、日米関係を考える時、このパールハーバー発言はトランプ氏の暴走と言ってすむことなのだろうか。
トランプ氏はこのパールハーバー発言をした際、一応穏当に「surprise」(サプライズ)という言葉を使っていた。ただアメリカではよく、パールハーバーには「sneak attack」(奇襲攻撃・騙し討ち)という表現が添えられる。これは日本語の「奇襲」では伝わってこない、「卑劣な行為」という意味合いが強く込められた言い方だ。つまり「卑怯者」呼ばわりされたに等しい。たとえこの表現が直接使われなくても、パールハーバーという言葉には元々、アメリカ人のそうした強い感情が反映されていることがあると承知しておいた方がいい。
■日本では深刻に受け止められていない
トランプ氏の発言はアメリカでは基本的に、ジョークのように受け止める向きが多い。だからと言って笑ってすますわけにもいかない。ジョークの形を取って本音を言ったり、差別発言がなされたりするのは、よくあることだ。それにしても、国と国との代表が会談する公式の場で、こんなにあからさまに「日本ほど奇襲攻撃のことを知っている国はない」などとトランプ氏が言ったことには、世界中が驚いただろう。
日本でももちろん報道されたが、あまり激烈な反応は起きていない。実のところ「パールハーバー」に込められたアメリカ人の強い感情は、日本で十分共有されているとは言えない。奇襲はもちろん良くないことだが、85年前の開戦当時は追い詰められていてやむをえなかった、というぐらいに考えている日本人も少なくないように思える。宣戦布告の事務手続きが遅れただけだという主張もある。だからトランプ氏の発言が報じられても、名指しで卑怯者呼ばわりされたという感覚は薄い。
実はこのように日米関係の根幹には、互いに対する無知・無理解が存在している。少し皮肉な言い方をすれば、こうして互いがすれ違っていることで、仲良くしてこられたと言ってもいいのではないか。それにしても、なぜアメリカ人はこんなにパールハーバーにこだわるのか。そこにはトランプ氏一人の暴走と言うのでは収まらない背景がある。
■「野蛮な敵」「卑怯者」のイメージ
作家のトム・エンゲルハート氏は『勝利文化の終焉』(The End of Victory Culture)という本で、17世紀以来約250年にわたり白人植民者がアメリカ先住民と戦闘を続けた際、「野蛮な戦いを仕掛けてくる非白人の敵」を打ち負かすことを白人の使命のように見なす物語が作られ、アメリカ人の意識の中に深く根を下ろした、と指摘する。
そしてこの「野蛮な非白人の敵」の姿が、真珠湾攻撃を行った日本人とまさにぴったり重なった、とエンゲルハート氏は見ている。
アメリカでは広島・長崎での原爆使用とパールハーバーはよく対置され、「日本人はパールハーバー(という卑怯な行為)をしたのだから」と言い訳のように使われることがあるが、通常兵器による軍事基地攻撃と、大量殺戮兵器である原爆による密集した市街地攻撃を同等に扱うこと自体がおかしい。
エンゲルハート氏の本は1990年の湾岸戦争から数年後の1995年に出版された。冷戦に勝利し、世界一強になったとアメリカ人が実感していた時だ。ところが、それからさらに数年後の2001年、アメリカで9.11同時多発テロが起きた。直後からアメリカ人が、テレビや集会でパールハーバーを連呼するのを、当時アメリカに留学していた私は目の当たりにすることになった。「パールハーバーの時は、アメリカが反撃するまでこれだけ日数がかかったが、今回はどれぐらいで反撃できるか」などと、紅潮した顔で話す白人男性を何度か目にした。何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、戦前の日本とテロ犯人をひとくくりにして語っていた。
■戦後のアメリカが抱えるジレンマ
しかし、エンゲルハート氏の考えの一番のポイントは、そうした「野蛮な非白人の敵」との“正義の”戦いに勝って支配する、というアメリカの「勝利文化」が、実は戦後になって「終焉」してしまった、ということだ。自らがもたらした核兵器が登場して他国も所有するようになり、決して使ってはならない武器であるため、核を用いて勝つことはできなくなってしまった、という大きなジレンマがある。
このため「非白人の敵」を倒すつもりで侵攻したが、もはやアメリカはベトナムで勝てず、イラクやアフガニスタンでも泥沼化した戦争に苦しむことになった。しかし自分たちは世界一のはずで、その力を見せつけたい。
■非白人の「仮想敵」が常にいる
エンゲルハート氏はトランプ氏より2歳上の同世代に当たる。同じニューヨーク出身だ。リベラルな家庭で育ったが、それでも思春期の頃、新しい「非白人の敵」である中国共産党が、グリーンランドやベーリング海峡経由でニューヨークの自宅まで攻めてくる地図を、興奮と恐怖をもって作った、と本の中で回想している。2026年のアメリカで、どれだけの人がこの話にうなずくかはわからないが、なぜトランプ氏がグリーンランドを手に入れることにそんなに固執するのか、少し謎が解けたような気がする。トランプ氏はやはり「アメリカの戦後80年の矛盾とジレンマ」の産物なのだ。
それでは、こうした複雑な背景もある中でトランプ氏がパールハーバーを口にしたとすれば、高市首相は何を言うことができただろうか。かなりの難問だ。
今やパールハーバーの時代とはかけ離れて、平和憲法と共に歩んできた日本の戦後について、一言言ってほしかったが、改憲派の高市氏には難しいだろう。
■高市首相は反応しないようにした?
仮にもワシントンの連邦議会議員事務所にいたこともある高市氏だ。「パールハーバー」という単語が聞き取れなかったわけはない。今回高市氏は、何も反応しないことで無難に乗り切ったつもりかもしれないが、もしまた似たようなことがあった時も同じように沈黙したままだったら、高市氏に対しても日本に対しても、何を言ってもいい、というふうになってしまいかねない。今回はたまたま言い返さない方がいいと即座に判断し、それを選択したに過ぎない、ということを高市氏は証明する必要がある。良くも悪くもアメリカは、やり返す(strike back)のが当たり前の文化だ。
【参考記事】サッチャー、安倍元首相だけではない…高市早苗氏が「虎の威を借る」ように20代から使った謎の肩書きの正体
■テレ朝記者の質問が引き出したもの
最後に、私は今回の件の殊勲者は、この質問をしたテレビ朝日の千々岩森生記者だと思う。勝ち誇って答えたようでいて、トランプ氏はまんまと本性を見せていた。勝ちたいのに勝てない戦後のアメリカ、その中で、もはや頭の中の英雄像に背を向けてもかまわない、という葛藤と矛盾を背負っていることを、まざまざと見せつけてくれたからだ。
千々岩氏の質問が、外交交渉をする国の立場とは違う、国民の視点を持ち込んでいたのも良かった。日本人の多くがイラン攻撃を支持していないし、戦闘が継続した結果、必要な物資が入らなくなり、経済活動や日常生活に危機がもたらされるかもしれないことを不安に感じている。攻撃してから、ホルムズ海峡の航行の安全への貢献を日本に要請するなら、なぜ攻撃前に言ってくれなかったのかと思うのは、市民感情として当然のことだ。
そして、トランプ氏のパールハーバー発言は、今後日本が長い目で、アメリカとどう接していくべきか吟味するための材料にもなる。「トランプ氏から無理難題を押し付けられないよう良好な関係を作る」という目の前のことばかり気にして、アメリカが今どのような状態になっていて、戦後の歴史の中で世界はどのような位置にあるのか、長い時間軸の中で評価できないようであれば、高市政権は国の針路を誤るだろう。
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柴田 優呼(しばた・ゆうこ)
アカデミック・ジャーナリスト
コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などにも居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。
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(アカデミック・ジャーナリスト 柴田 優呼)

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