ジャカルタ―バンドン間を結ぶ高速鉄道「Whoosh(以下、ウーシュ)」について、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領の方針が物議を呼んでいる。このほど、中国から借り入れた建設資金の返済(利払い等)に国家予算を投入する方針を固めたからだ。
これまでも、走れば走るほど赤字が膨らみ、債務超過の「時限爆弾」と呼ばれることについては、プレジデントオンラインで2回にわたって詳報した。
(「日本の新幹線」を売らずによかった…「貸した金が返ってこない」習近平がハマったインドネシア新幹線の泥沼)
(「日本の新幹線」を売らずに済んでよかった…「走るほど大赤字」インドネシア新幹線を勝ち取った習近平の大誤算)
インドネシア政府は2015年に高速鉄道を受注する際、日本案と中国案を比較し、「政府保証なしの民間投資」の中国案を採用した。だが今回、国家予算投入となれば、中国案を選んだ正当性が根底から揺らぐ。中国案を採用したインドネシアの高速鉄道の現状について、改めて考えたい。
(Baca artikel detikfinance, “Istana Pastikan Urusan Utang Kereta Cepat Pakai APBN”)
■「走る時限爆弾」と言われるほどの大赤字
「どうせ国家予算を投入するなら、初めから日本案を選べばよかったのに」――。ウーシュ事業の内情に詳しい日本政府関係者は、筆者の取材に対して、こうため息をついた。プラボウォ大統領が2月に「年間1兆2000億ルピア(約110億円)程度であれば問題ない」と国家予算投入方針を示したからだ。
ウーシュ建設をめぐっては、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領が15年、日本の「政府保証を求める円借款方式」の案を退け、中国の「政府保証も国家予算からの拠出も求めない民間投資方式」とする案を採用した。資金調達は両国の国営企業による合弁会社「インドネシア・中国高速鉄道会社(KCIC)」が担う企業間(BtoB)方式。政府は直接の債務負担を負わない前提だった。
しかし、コロナ禍や用地買収の難航などで建設費は当初想定を大幅に上回った。運賃収入も想定より伸びず、「走る時限爆弾」(インドネシア国鉄=KAI総裁)と言われるほど赤字が膨らんでいる。
25年にプラボウォ政権で発足した政府系ファンドのダナンタラが中国側と返済期限を延ばしたり利息を下げたりするなど交渉して、直接の国家予算投入を避ける「グレーな救済策」を計画していた。だが、プラボウォ大統領が国家予算投入に踏み切ることでより確実に返済する姿勢を中国側に示した格好だ。
(ANTARA“Anggota DPR dorong pemerintah cari solusi utang kereta cepat Whoosh”)
(ANTARA“Danantara target negosiasi utang Whoosh tuntas kuartal I-2026”)
■中国案採用の「根拠」は崩れた
国家予算投入を決めたのはいいものの、年間の利払いは約2兆ルピア(約210億円)規模に達し、プラボウォ大統領が想定する1兆2000億ルピアでは不足が出る懸念がある。2026年3月21日現在、大統領府から最終案の正式発表はないが、「中国側に返済期限延長と利息切り下げで調整した上で、ダナンタラが残りを工面する方針で最終案をまとめている」(インドネシア政府関係者)という。
過去にも詳報したが、日本は2000年代から構想と調査で先行し、14年までは「採用は既定路線」であった。にもかかわらず、結果として中国案が逆転採用された。これが、ウーシュが日本でインドネシアのイメージを悪くする象徴的な事案となった。
中国は、日本が第一段階の実現性調査(FS)を完了した15年夏ごろに調査を開始。その後、わずか数カ月の期間でFSを完了し、そのまま15年10月に正式に中国が受注した。調査結果も酷似しており、流用されたとの疑念が日本の怒りを高めた。
こうした経緯があるだけに、インドネシア政府が中国案採用の根拠として掲げた「国家予算を投入しない」という前提をひっくり返したことは、日本側の信頼を大きく失った。
(「インドネシア国ジャワ高速鉄道開発事業準備調査(フェーズI)ファイナル・レポート」)
(ロイター「インドネシア高速鉄道計画、「中国案歓迎」は遺憾=菅官房長官」)
■それでもインドネシアは“延伸に前向き”
中国案を採用した理由の一つに「国会などのチェックを受けない民間投資の形を取ることで任期中の完成を急がせ、選挙の有利な材料にしたかった」(インドネシア財界筋)という背景があるとも言われる。いずれにせよ、巨大インフラプロジェクトについて、インドネシア政府の長期的な運営の見通しが極めて甘かったことが、今回明らかになってしまったというわけだ。
だが、インドネシア政府はまだ延伸を諦めてはいない。
プラボウォ大統領は3月、ウーシュについて現在のバンドンからジャワ島東部のスラバヤまでの延伸計画を了承。さらに遠方のジャワ島東端バニュワンギまでの実現性調査を命じた。プラボウォ大統領としては、ジャワ島横断構想を前面に打ち出し、高速鉄道を国家プロジェクトとして今後も推進したい考えだ。
しかし、延伸計画は約700キロにおよび、ジャカルタ―スラバヤ間の建設工事は現行区間(約140キロ)の5倍の距離に及ぶ。利払いさえおぼつかない現状では、中国も追加の投資を決めることは難しいだろう。
(ANTARA“Prabowo plans to extend Whoosh high-speed rail to Banyuwangi”)
■日本案なら延伸可能性は高かった
国際協力機構(JICA)の関係者は「日本案を採用していれば、スラバヤ延伸が実現していた可能性ははるかに高まった」という。
根拠は15年に日本政府が提示した案の返済利息が小さいことだ。日本案では、事業費は中国案よりやや高い約62億ドルを想定し、その75%を日本の円借款でまかなうというものだった。金利は年0.1%、返済期間40年、うち10年据え置きという「かなりインドネシア側に譲歩した条件」(先のJICA関係者)だった。
事業費の残り25%はインドネシア政府の国家予算から拠出する。つまり、プロジェクト全体にはインドネシア政府の債務保証が付く、典型的な政府間協力(G to G)方式。利払いについては年間数億円程度で、現在のウーシュの利払いに比べ圧倒的に負担が軽い。
「巨大インフラプロジェクトは建設期間が長いため、毎年の返済利息が非常に重要。日本案は非常に小さいため、コツコツやれば完済はできたはずだ」(同)。
インドネシア政府の中には「バンドンからスラバヤの延伸を日本に依頼したい」との声が一部である。しかし、「一度信頼を裏切った以上、世論として非常に難しい」(同)と考えるのが自然だろう。
■中国がニッケル利権を得る“足がかり”だったか
そもそも、ウーシュについては日本も中国も乗客数などで甘い需要予測をしており、最終的にはどちらの国が受注していたとしても「巨額の赤字インフラ」として国民の批判の対象になっていたことは間違いなさそうだ。
ではなぜ中国は、“無理”を承知のうえでも、インドネシアの高速鉄道を推し進めたのかを改めて考えたい。
実際、15年に中国がウーシュの建設を受注してから、それまで以上に中国のインドネシアへの投資は加速した。両国の距離が決定的に近づく一里塚となったことは事実で、「蜜月の10年」を迎えた。
インドネシアの投資調整庁(BKPM)などによると、中国がウーシュを正式に受注した翌年の16年、中国からインドネシアへの投資額は約26億ドルだった。それが、19年には47億ドルに増加し、日本を抜いた。その後も増加を続け、24年には81億ドルで3倍の水準に達した。
(「DOMESTIC AND FOREIGN DIRECT INVESTMENT REALIZATION IN QUARTER IV AND JANUARY – DECEMBER 2016」)
(WORLDBANK「INDONESIA ECONOMIC PROSPECTS The Long Road to Recovery」)
(ANTARA「Nilai investasi China ke Indonesia catat pertumbuhan pada 2024」)
■中国による“ニッケルの実質的な支配”
特に15年から24年までの10年間では、19年以降の伸びが大きく、この期間だけで全体の約8割の投資が行われた。これはインドネシアが世界最大の埋蔵量を保有するニッケルの採掘・精錬のためのものだ。BKPMなどによると、19年から24年9月までの中国投資の合計341億9000万ドルのうち、42%が基礎金属分野、投資先の地域はニッケル鉱床のある中スラウェシ37%、北マルク15%に偏る。
この中国の巨額の投資により、インドネシアは恩恵を受けたことは確かだろう。
結論から言えば、詳報した通り、高速鉄道単体では赤字が膨らみ中国にとっても誤算となった。ただニッケル戦略を含めたしたたかさという点では、より大きな誤算に陥ったのはインドネシアだった。
当初のインドネシア政府の青写真は以下のようなものだった。加工前のニッケルの輸出を禁止。国内の精錬能力を高め、電気自動車(EV)のバッテリーを国内で生産し、完成車までの工程を実現しようとしていた。
ただ、実際には頓挫しつつある。バッテリーの主流としては、20年以降、ニッケルを使わないLFP電池(リン酸鉄リチウムイオンバッテリー)が中国を中心に世界中で採用が拡大している。
(ANTARA「Menteri Investasi optimistis investasi Tiongkok ke RI terus meningkat」)
(Reuters「Chinese firms control around 75% of Indonesian nickel capacity, report finds」)
(IEA「Prohibition of the export of nickel ore」)
■ニッケル価格下落、不透明な「インドネシアのEV戦略」
国際エネルギー機関(IEA)によれば、中国ではすでに、新規EVの4分の3がLFP電池を搭載しているという。LFP電池はニッケルやコバルトといったレアメタルを使わないため、低コストで安全性や寿命にも優れる。
インドネシアがこのEVバッテリー戦略に賭けて22年以降にニッケルの増産を続けた結果、国際市場が下落。さらに今年に入り、バッテリー関連の需要の先行きも怪しい。国内外から価格低迷の原因となっていることへの批判を受け、国内生産の減産に踏み切らざるを得なくなった。
また、インドネシアはここ2年、中国などからのEVに輸入補助金を出して受け入れてきた。中国は国内のEVの過剰供給により「洗濯機とセットで売っているディーラーもある」(先の自動車メーカー幹部)ほどだという。タイをはじめASEAN各国に販売攻勢をかけたが、それを後押しした格好だ。
ただ、インドネシア自動車工業会(ガイキンド)などによると、25年の新車販売台数(卸売ベース)は約80万台で2年連続で大台の100万台を割り込んだ。確かに中国勢が大半を占めるバッテリーEVが約10万台でシェア10%以上を記録している。しかし、今年からのEV輸入補助金の終了で「主要な購買層の中間層が縮小する中、EVが今後も売れ続けるとは考えにくい」(同)という。
(Reuters「Nickel market plays the Indonesia's numbers game」)
(Reuters「Eramet says Indonesia nickel permit volume slashed for 2026」)
(「GAIKINDO Reveals Hurdles of Automotive Industry in 2026」)
(ANTARA「GAIKINDO: Penjualan kendaraan elektrik meningkat di tahun 2025」)
■ただし“日本側の慢心”は否めない
ここまで見ていくと、インドネシアが中国に接近したこの10年は、投資額は増えてはいるものの、インドネシアが豊かになったかと言われればそう言い切れない部分が大きい。ニッケルを主要な成長エンジンにして、EV産業を国内で打ち立てる戦略も狂ってきている。インドネシア側も「中国が頼れるパートナーなのか、疑念の声が強まっている」(インドネシア政府関係者)。
日本は現在、インドネシアで日本企業が製造業を中心に雇用を数百万人規模で生み、教育・訓練してきた実績がある。また、インドネシアの独立以降、様々な形で支援してきた歴史もある。
ただ、近年は特に政府間で日本とインドネシアの人的ネットワークがさびつき、中国に遅れをとってきた。ここに日本側の慢心があったことは認めなければならない。
プラボウォ側近や政府高官とも通じる日本の関係者は危機感を隠さない。
「中国企業のロビイストはインドネシアの要人の個人事務所に3時間でも5時間でも列を成して待っている。まるで昔の日本のビジネスパーソンだが、このような情熱が今はなくなった。駐在員でせいぜい3~5年で帰国する『旅行』みたいな人事制度が改まらない限り、中国や韓国には絶対に勝てない。特に政府・大使館は現地専門官の育成などの努力が全く足らず、『インドネシア側と会議をしたら仕事は終わり』という風にしか見えない。より踏み込んだ関係構築が必須だろう」。
(外務省「Fact Sheet Strengthening Japan-Indonesia Bilateral Cooperation for the Next Generation」)
■新幹線“受注失敗”の教訓を生かすとき
プラボウォ大統領が3月29日から31日の日程で大統領として初めて日本を公式に訪れた。
イラン情勢の悪化により世界中で価格が高騰している石油について、インドネシア側は日本の備蓄の譲渡支援を求めたと考えられる。インドネシアは産油国にもかかわらず精製能力が不足しているためだ。
日本はここで新幹線輸出の教訓を思い出してほしい。石油の支援に安易に応じるのではなく、強力な外交カードとして生かすことが求められる。たとえば、日本企業の優遇策を求めるなど交渉し、この10年は中国から日本に接近するように強く求めるべきだろう。
インドネシアはとっくに「言う事を聞く親日国」ではなく、「自身の利害を貪欲に求めるダボハゼ的なパートナー」となっていることにもっと真剣に向き合わなければならない。
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赤井 俊文(あかい・としふみ)
「ジャカルタ日報」編集長・共同創業者
業界紙、時事通信社記者を経て独立。フリージャーナリストとしてネットメディア、週刊誌に寄稿実績を積んだ後、インドネシアを起点にASEANのニュースを日本の読者に伝える。
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(「ジャカルタ日報」編集長・共同創業者 赤井 俊文)

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