あなたの枕は「フカフカ」ではないだろうか。整形外科の山田朱織医師は24年前に「枕外来」を開設し、約10万人の首を診てきた。
ジャーナリストの笹井恵里子さんは「山田医師は東京大学医学部附属病院などとの共同研究で、枕の高さがわずか5ミリずれるだけで首の痛みや不眠が悪化することを突き止めた。山田医師が説く『体に正しい枕』には3つの条件がある」という――。
■枕を変えると、痛みにくい体になる
ここ最近、枕に悩んでいた。不覚にもゴミ屋敷の掃除(取材)で背中を痛めてしまい、起床後はなぜか首や肩まで痛くなる日々だった。これは枕が原因では?と思ったが、買う枕がどれもこれも合わない。家に4つ、5つ……と枕の数だけが増えていく。返品したものも含めれば、10個は購入したと思う。そんなとき、5年前に取材した山田朱織医師(16号整形外科院長)が、「良い枕の条件は、『ある程度の硬さ』『平面』『高さ』の3つ」と話していたことを思い出した。
山田医師の父親も整形外科医で、患者に手作りの枕を提供していたという。自らの意識が働かない「睡眠時の姿勢」には、枕が決め手になると考えていたからだ。
「幼い頃から父の診療所を遊び場にして育ったのですが、父のもとには、首の症状に悩む患者さんが大きな座布団やタオルケットを持参して通っていました。父はそれを使って枕の『高さ調節』をしていたんですね。
私は高校生のとき、父と同じ整形外科医の道を歩むことを決断しましたが、当初は枕についてピンときていませんでした。それが医師になって自分が交通事故に遭って首を痛めたときに、父が枕を作ってくれて、その効果に驚いたんです。手放せなかった湿布や痛みどめの薬が枕でいらなくなってすごい、と。枕を変えて睡眠時の姿勢が良くなると、“痛みにくい体”になるのです」(山田医師)
山田医師は2002年、肩こりや頭痛に悩む患者に適切な枕を指導する「枕外来」をスタート。翌年の03年には「整形外科枕」を開発し、商品化した。そこで私も今回、公式サイトで整形外科枕を購入したのだが、これまでずっと軟らかい枕に親しんできたためか「硬すぎる」と感じた。まるで石の上に寝ているようなのだ。一晩、二晩と試しても違和感が消えない。山田医師に直接あれこれ聞くしかないと思い、自宅から片道2時間かけて山田医師が院長を務める16号整形外科に取材に行ったのだった。
■ミリ単位で「高さ」が重要
開口一番、「私は軟らかい枕が好きなのですが……」と告げると、「でもそれは“寝る前”に感じているわけでしょう?」と山田医師がニッコリ。
「枕もベッドも、好き嫌いは関係ないんです。気持ち良さや肌触りなどは、眠ってしまえばわかりません」
た、確かに……と思った。
大事なことは早く寝入って、熟睡できることだ。
「ですから特に睡眠や起床時に不調を感じるとき、いったんは医学的見解に基づいた枕を選んで試してほしいと思います。その軸になるのは、枕の『高さ』。男女、身長、体重といった体格に適合するように枕の高さを決めます。そしてその高さを一定に保つだけの『硬さ』が必要なんです」
5ミリ単位でサイズを決める靴のように、枕も5ミリ単位で首への負担が変わるという。実際に商品の「整形外科枕」は5ミリ単位で高さを調整できるようになっているし、山田医師が患者に教えて自作する「玄関マット枕(玄関マット+タオルケット)」も同じように高さを変えられる。この作り方、高さの合わせ方は後述しよう。
「高すぎる枕を使用すると頸椎が下向きになって、気道が狭くなってしまいますし、低すぎる枕は頸椎が上向きにカーブして神経を圧迫し、長期間使い続けると首のこりや痛みの原因になってしまいます。あおむけになったとき、のどや首筋に圧迫感がなく、呼吸が楽になる適切な高さにすることです」
山田医師はこれまで約10万人の患者に睡眠時の姿勢を指導してきたそうだが、体格に合った枕の高さにすることで、夜中に何度もトイレに起きていた人が起きなくなって熟睡感が増したり、いびきが改善したりした患者が多くいるという。また起床時の肩・首の凝りや痛み、腰痛、頭痛などの「痛み」も改善する。実は私も、枕の硬さには馴染めない一方で、起床後の首や背中の痛みはずいぶん和らいでいた。
■2023年に共同研究を発表
そういった枕の効果の一端は論文にまとめられて2023年、『Journal of Physical Therapy Science』(理学療法科学学会誌)に掲載された(※)。
東京大学医学部附属病院22世紀医療センター、倉敷成人病センター、そして山田医師率いる16号整形外科の3つの病院が共同して行った研究結果である。そこには枕の高さを厳密に調整することで、首の痛みが軽減し、不眠や自律神経の症状が改善するという事実が記される。
「私の調査によれば、世界で初めて『首のために枕を整えましょう』という概念を報告したのは1940年代、整形外科医のルース・ジャクソン氏によるものでした。それは首をふわっとしたロール状のものに乗せるもの。それが一番最初だったので、以降も皆がそのように枕を設計しました。また海外の研究では枕に重要な条件は、素材、形、温度とされ、高さも5センチ単位で変えて比較するのが主流です。ですが私は前述したように枕の高さはミリ単位で変えます。厳密な高さ調整によって、首への負荷が軽減し、それとともに自律神経の症状が改善されて眠れると考えています」
24年前に枕外来を立ち上げたときには医学界で賛否両論が沸き起こったという。禁煙外来やダイエット外来ならわかるけれど、枕って何? 医学用語でもなく、ただのアイテムじゃないかと、と。だが山田医師は「枕は、整形外科の治療道具になりうる」ことを証明した。これは世界でも稀少な研究だ。海外の論文では生理学や人間工学、理学療法、カイロプラクティックの分野からみた枕の研究しかなく、整形外科領域の「(人体の)神経」にまで踏み込んでいないからである。

※「Changes in neck pain and somatic symptoms before and after the adjustment of the pillow height
■スムーズな寝返りができるか
さて、どのように「枕の高さを合わせるのか」だが、キーワードは寝返りだ。体格で枕の高さに目処をつけ、最終的には寝返りのスムーズさで決める。
「寝返りをしないと体に痛みが出やすくなる」と山田医師。
「寝返りというのは血液やリンパ液などの体液を動かしてくれ、それによって疲労していた体の組織の循環が良くなるのです。例えば動かなかった関節が、寝返りによって循環することでリカバリーして、翌朝また“使える体”に戻っていきます」
だから低反発ウレタンフォームや羽毛などの軟らかくフワフワした枕は、寝返りが打ちにくいためNGという。
同院の枕診断士・松本和也氏が「軟らかい枕は体を動かすときに力が入り、寝返りをするたびに覚醒してしまう」と補足する。スムーズな寝返りができるという観点から「平面で硬い枕が良い」となる。
ぜひ玄関マットとタオルケットで自作する枕、名付けて「玄関マット枕」でスムーズな寝返りを体感してほしい。
用意するものは、毛足が短く裏地がしっかりして硬い玄関マットとタオルケット(あるいは大判のバスタオル)の2つのみ。それぞれ三つ折りにし、玄関マットの上にタオルケットを置く。首に当たる部分をタオルがめくれる側にしよう。
最初に横向きの体勢になり、額から鼻、あご、胸を通る線がまっすぐになるのが適切な状態(写真1)。

次に、あおむけになり、のどや首筋に圧迫感がないかの確認を(写真2)。
この2つを満たせば自然な寝返りが打てるようになるという。写真1のように両腕を胸の前でクロスして、左右の鎖骨の上に両手を置き、そのまま右に左にゴロンゴロンと寝返りを。力を入れなくてもラクに転がることができれば、それがあなたにとってベストな枕の高さだ。
「健康な成人の場合、一晩に20~30回の寝返りをするといわれます」と、山田医師。
「とはいえ実際に一晩で何回の寝返りをするのが最良か、また寝返りがどのように心身に作用して睡眠の質や痛みを改善しているのかはいまだ完全には解明していません。けれども寝返りを重視し、寝返りができるかを基準に枕の高さを決めてきたら、統計的に優位な差が表れるほど多くの患者さんの不調が改善されたのです」
本来“眠り”というのはリカバリーの時間だと、山田医師は訴える。
「昼間にダメージを受けた体を休ませ、細胞の再生やメンテナンスを促す作用を持ちます。若い人ならクタクタに疲れれば、玄関のドアを開け、そのまま倒れ込むように床に寝ることも可能かもしれませんが、それではリカバリーになりません。眠りは捨てる時間でもオフタイムでもなく、積極的に努力して良くするべき時間だと思うんです」
取材をして理論的に納得した私は、もう一度「枕の高さ調節」をしっかり行ってから、引き続き「整形外科枕」を使用した。そして1週間後、試しに手元にあるなかで一番マシと考えていた枕に変えてみると、呼吸がしにくいと感じた。なかなか寝付けなくなり、整形外科枕に戻すとスッと眠りにつけたのである。

日頃から「よく眠る」ためには、日中に「よく動く」ことが大切だと考えている。同時にリカバリーできる睡眠環境、すなわち寝返りが打てるかどうかにも気を配りたいと思うのだった。

----------

笹井 恵里子(ささい・えりこ)

ノンフィクション作家、ジャーナリスト

1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。

----------

(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)
編集部おすすめ