健康志向が高まる中、学校給食もオーガニックにする動きが広がりつつある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「東京都品川区では区立小・中学校の給食で導入されているが、オーガニックのほうがより安全、という科学的根拠はない」という――。

■「都内初」品川区の肝いり事業
品川区が、区立小中学校の学校給食のすべての野菜に有機農産物や特別栽培農産物を導入するという“オーガニック給食”事業を2025年9月から試行しました。2月に森澤恭子区長が自ら発表し、「より安全安心な学校給食を実現する」と説明した事業でしたが、結果はどうだったのか? 内部資料を入手しました。
調理の現場から「調理時間が延びてしまった」「傷みがあり、提供できる量が減ってしまった」などの声が上がり、問題点が浮き彫りに。保護者からは「オーガニックのほうがより安全、健康を増進するという根拠がない」との批判も出ています。区に取材を申し入れましたが、回答なし。区は2026年度もこの事業を続ける構えです。
■「オール有機野菜」の実態は…
森澤区長は2025年2月、翌2025年度の予算案の一つとして「オール有機野菜による学校給食の提供、都内初」と華々しく発表しました。中学生を対象としたタウンミーティングで「学校給食をおいしくしてほしい」と意見が出たことに触れ、「より安全安心な学校給食を実現し、児童生徒の健康を増進する」と説明しました。
メディアは、「区立小中学校の給食の全野菜をオーガニックに」(朝日新聞、2025年2月5日)などと盛んに報道しました。
2025年9月から試行され、11月と今年1月に開かれた校長連絡会で経過が報告されています。担当の区教育委員会学務課が出した説明資料によれば、9月は、各校で月に少なくとも3日間、1日あたり1種類以上の野菜に有機農産物等を用いる、と指示。10月は、じゃがいもを最低限使用する指定品目としています。

11月はたまねぎ、さつまいもも加えましたが、12月はじゃがいも、にんじんを指定品目とし、可能であればプラスαの品目も用いることに。1~3月はじゃがいも、にんじんで継続することとしています。
つまり、オール有機野菜とうたったものの、実際にはじゃがいもとにんじん以外は、切り替えできていないのです。
■「可食量が減った」「作業時間が増大」
資料には、調理現場の混乱ぶりが記載されています。10月は、じゃがいもを扱った延べ200校(全体の6割)が「作業時間が増えた」と回答しており、最大60分も作業時間が増えた、としています。
11月も延べ59校(全体の2割)が「作業時間が増えた」としており、やはり最大60分よけいにかかっています。にんじん、たまねぎは、じゃがいもに比べればましですが、作業時間が増えた学校が一定数あります。
現場の意見も多数記載されています。「旬でない品目について、安定供給に欠けていた」「納入業者によって、商品の状況が異なる(ばらつき、サイズの大小、中腐れ等)」「学校給食の物資としての求める品質、規格に乖離がある」「可食量が減った」「じゃがいもは機械で皮をむくことができず作業負担が生じた」「じゃがいものサイズが小さく芽とりの数が増えた」「たまねぎの規格が小さく、傷んだ部分の除去もあり、作業時間が増大した」などです。
■子どもからも「量が少ない」という声
12月に行われた「区長・教育長とPTA会長との意見交換会」の概要報告には、参加者からの意見として「オーガニック食材導入後、形の不揃いや傷みが多く、調理現場の負担が増加した」「児童からも『量が少ない』との声がある」など記載されています。
区は、「生産者のみならず、調理現場とも丁寧な意見交換を行っており、一定程度調理の負担が生じていることは把握している」「調理の負担が少なくなるような食材を納入できるよう、市場関係者とも調整を行っているところ」と回答しています。
なぜ、オーガニック導入により調理現場の負担が増えたのか? これは、学校給食の特性が大きく絡んでいます。

■学校給食には作業効率が求められる
学校給食は、1校あたり数百食を短時間で一気に作るため、作業効率が強く求められます。じゃがいもであれば、品種は同一で大きく形がよく、同じ大きさのものを納入してもらえれば、手でも機械でも皮をむきやすく、均一な大きさに加工でき、火の通りも揃って調理もスムーズです。小さかったりでこぼこしたり、では困るのです。
じゃがいもの芽の部分にはソラニン類というかなり強い毒性物質が含まれるため、芽とりは入念に行わなければなりません。中が空洞や黒くなる生理障害が起きている、というのも、調理負担につながります。
品目それぞれに、求められる規格や性質が異なります。そのため、学校給食用の食材を納入する業者は通常、学校での大量調理に向いた扱いやすい野菜を市場や生産者などから調達するべく、奮闘しています。
一方、オーガニック農家の多くは栽培規模が小さいのが普通。また、気象条件や病害虫の流行等により、農作物の出来にむらが出やすいのです。そのため、オーガニックの野菜を大量に集めようとすると、多数の農家が出荷したものをかき集めることになり、大きさも品質もバラバラになってしまいます。
品川区の学校給食は1日2万食以上に上り、農家はほとんどなく、全量を他産地からの調達に頼ることになります。他自治体で、地元の農家と協力してオーガニックに切り替えたという成功例はありますが、規模がまったく異なり、オーガニックを取り入れる難易度は格段に高くなります。

学校給食関係者の間では当初から危ぶまれていましたが、試行結果を見る限りやはり難しく、結局は、導入がじゃがいも、にんじんに留まる状況です。
■「オール有機野菜」にはトリックがあった
実は、品川区は「オール有機野菜」と銘打っていましたが、トリックがあります。区の資料をよく読むと、すべて「有機農産物等を活用」となっています。“等”がくせもの。実際には、オーガニック、有機野菜だけでなく、特別栽培農産物も含んでいます。
有機農産物は、第三者認証機関が化学合成農薬や化学肥料などを使わないなどのルールを満たして有機栽培をしていると認証した農家の生産物を指します。店頭で有機JASマークを付けて売られている野菜や米などがこれです。
■「無農薬だから安全」という幻想
一方、特別栽培農産物は、地域で通常使われる農薬の成分使用回数と化学肥料の窒素成分量について、それぞれ5割以下に削減した農産物を指します。
地域で通常使われる「慣行レベル」は、都道府県など自治体が農作物や栽培型に分けて決めています。たとえば、ほうれんそう春まきは慣行の農薬使用回数が10回、10aあたりの化学肥料施用量15kg……という具合です。この場合、農薬使用回数が5回以下、化学肥料が7.5kg以下であれば、「特別栽培農産物」を名乗れます。
品川区はこれらも含めて「オール有機野菜」と言っているのです。
実際には、施行した10月、11月のさつまいもは、「おもに特別栽培を使用」でした。オール有機、オーガニック給食、というと、多くの人が「無農薬だから安全」というイメージを抱きますが、ほど遠いのです。
■品川区に取材を申し込んでも無回答
これらについて、区長室戦略広報課宛てに、区長インタビューの申し込みをしました。区長が難しければ、副区長か担当課の課長に話を聞きたい、文書回答でもよい、と書き添えました。事業の効果(おいしいという感想が増えた、安全性が上がったなど)や浮上した課題、有機農産物と特別栽培農産物の使用割合など、質問項目も提出しました。
一番気になったのは、「区長・教育長とPTA会長との意見交換会」で出た「量が少ない」という話です。「学校給食摂取基準」により、児童や生徒の1人1回あたりの摂取栄養素の基準が決められています。弾力的な運用が求められ、1回不足したから大問題、というわけではありません。
しかし、オーガニック等の導入により満たさない日が増えれば、健康への影響も懸念されます。不足が発生した校数、回数や、摂取量がどの程度減ったのかを、区や区教育委員会が把握しているのか、対策を講じているのか、知りたいと考えました。
しかし「区議会会期中のため、調整が難しい」という理由で、回答は返ってきませんでした。「量が少ない」という声に対して、だれも説明しようとしない。
これは、不誠実な対応と言わざるを得ません。
■「より安全」の科学的根拠はない
区長は25年2月の予算案のプレス発表でオーガニック導入を説明した際、「より安全安心な学校給食を実現する」と説明しました。では、「より安全」とした根拠はなにか? これも質問しましたが、区からの回答はありません。当然でしょう。そもそも、オーガニックのほうがより安全、という科学的根拠はありません。
オーガニックの農産物、有機農産物は、化学合成農薬や化学肥料を原則として使わないなど一定の栽培ルールを守って作ったものであり、農産物としての品質は保証されていません。使用を認められている農薬も、銅剤や微生物から抽出した毒性物質など約40種類あり、無農薬とは限りません。
化学合成農薬などを用いる「慣行農法」の農産物に比べ、化学合成農薬の含有量が少ないことは国内外で報告されています。一方で、化学合成農薬はリスク評価が行われたうえで使われており、1日の摂取量が許容一日摂取量(ADI)を超えなければリスクの懸念はないとされています。国が摂取量調査を毎年していますが、ほとんどの農薬の1日の摂取量はADIの1%すらも大きく下回っています。
■国産小麦をオーガニック栽培するリスク
慣行栽培され店頭に並ぶ多くの農産物で、実際には農薬が検出されない例が多いこともわかっています。現在の農薬は、光や空気などにより分解されやすいものが多いのです。
慣行の農産物も安全で、農薬摂取量自体が非常に少ないのですから、有機でさらに摂取量を下げる健康への意味は不明です。
また、植物は、栽培中にかびが増殖してかび毒を作ることがあります。化学合成農薬でかびを防除できない有機農産物におけるかび毒のリスクは不明です。農作物によってはかび病に侵されやすい品目があり、国産小麦については、かび毒デオキシニバレノールを防ぐ観点から、オーガニック栽培をすべきでない、という意見もあります。
こうしたことから、日本の農水省も諸外国の政府機関も、「オーガニックだからより安全」とは説明していません。
ちなみに、栄養面からも、慣行農産物と差異がない、という研究結果が目立ちます。
■「オーガニックを食べる人=健康」の意味
オーガニックを多く食べている人たちはより健康的で疾病リスクが低い、という疫学研究の結果は多数あります。オーガニックは慣行農産物に比べ高価であり、食べる人たちは高収入で健康に配慮し、栄養や食事の量も管理し運動をよくするケースが多く、そうした因子を取り除いて純粋にオーガニックの農産物のほうがより安全、健康的と言えるような根拠はない、というのが、研究者の大勢の意見です。
また、オーガニックだからおいしい、という根拠もありません。食品のおいしさは、栽培方法のほか、品種や栽培時期、鮮度、調理の方法、食べる側の健康状態など多数の要素により変わります。オーガニックは主に栽培のルールなので、ほかの要素によっておいしくなったりまずくなったり、です。
■反対署名活動を始めた母親の訴え
紹介した品川区の内部文書は、区立中学に長男を通わせている女性が、情報公開請求により開示を受けたもの。女性は、「安全性向上やおいしさの根拠がないのに導入し、その結果、給食の調理現場の負担が増している。完全にデメリットが上回っていると言わざるを得ない状況にも関わらず、区長から何の説明もないのはおかしい」と語ります。
女性は、昨年2月の区長発表直後から、「有機農産物にとらわれない給食を求めます!」とインターネットで署名活動し、1000人あまりの署名を集めて提出しました。
オーガニックの農産物は、慣行農産物より高価です。品川区は2025年度、オーガニックによる上乗せ分として2827万円を計上しました。4月からの2026年度も継続する、と校長連絡会等では示されていますが、2026年度の予算案に事業費としては計上されていません。
区の関係者は、情報開示請求をした女性に対して「民間企業の寄付を、オーガニック導入による負担増に充てる」と説明しました。この点についても区に質問しましたが、回答はありませんでした。
情報開示請求をした女性は「食材費は寄付で賄うと言っても、栄養士、調理員、区教育委員会学務課の負担増は区民にとって大きな損失になる。オーガニックで増加する費用を、季節ごとの状態の良い食材の購入に充てたほうが、より『おいしい給食』につながるのではないか」と話します。
オーガニックは、循環系の構築や生物多様性の保全に一定の貢献をすることは、多数の研究によりわかっています。学校給食に導入し、子どもたちに環境への効果を伝えている自治体もあります。
品川区も、慣れてゆけば作業負担は減るでしょう。しかし、「より安全」「健康増進」「おいしい」は科学的根拠がなくウソです。学校給食は本来、教育委員会と教育長の判断が重要なのに、区長のパフォーマンスが先行し、ウソから始まった品川区のオーガニック給食。品川区は今後、どうするつもりなのでしょうか。
※記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。

参考文献

Poulia KA et al. Impact of organic foods on chronic diseases and health perception: a systematic review of the evidence. Eur J Clin Nutr. 2025 Mar;79(2):90-103.

Komati N et al. Potential Health Benefits of a Diet Rich in Organic Fruit and Vegetables versus a Diet Based on Conventional Produce: A Systematic Review. Nutr Rev. 2025 Mar 1;83(3):e1101-e1114.

Mayo Clinic・Organic foods: Are they safer? More nutritious?

プレジデントオンライン〈「国産小麦、オーガニック、天然酵母」は要注意…人気の高級ベーカリーにひそむカビ毒のリスク

----------

松永 和紀(まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。

----------

(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

編集部おすすめ