※本稿は、村山秀太郎監修『2時間 de 資源史』(秀和システム新社)の一部を再編集したものです。
■アメリカの窮地を救った「シェール革命」
2000年代、エネルギー市場の最大の関心事は「ピークオイル」でした。これは、「地球の(在来型)石油生産は、やがてピークを迎え、その後は減少の一途をたどる」という理論です。石油が枯渇すれば、人類の文明は立ち行かなくなるのではないか、と。
特に、世界最大の石油消費国でありながら、国内生産量が1970年をピークに減少し続けていたアメリカにとって、これは国家安全保障上の悪夢でした。中東の不安定な情勢に、自国の経済と軍事(そしてドルの運命)が人質に取られている状況が続いていたのです。
しかし、この悪夢を一夜にして(正確には10年ほどで)終わらせたのが、「シェール革命」と呼ばれる技術革新でした。
「シェール」とは、日本語で「頁岩(けつがん)」と呼ばれる、非常に硬く、緻密な岩石の層のことです。この岩盤の内部に、石油や天然ガスが閉じ込められていること自体は、昔から知られていました。しかし、それは、私たちが「油田」と聞いてイメージするような「地下の空間に溜まっている油」ではありません。
■岩盤に閉じ込められた「宝」を取り出せるか
シェールオイルは、「硬いスポンジに染み込んだ油」のようなもので、岩が硬すぎて、従来の技術では商業的に取り出すことが不可能だったのです。
①水平掘削:従来の井戸が「下」に向かって垂直に掘るだけだったのに対し、この技術は、地下深くでドリルを90度曲げ、石油やガスを含む「薄いシェール層」に沿って、水平に数キロメートルも掘り進めることを可能にしました。
②水圧破砕法:水平に掘った井戸から、水、砂、化学薬品を混ぜた液体を「超高圧」で注入し、周囲の硬い岩盤(シェール層)に人工的に無数の「ヒビ」を入れます。このヒビを通じて、岩に閉じ込められていた石油やガスが井戸に流れ込むのです。
■アメリカが世界最大の原油生産国へ
この技術は、ジョージ・P・ミッチェルという、ギリシャ移民の息子である独立系石油開発者の執念によって、2000年代初頭にテキサス州でついに完成を見ます。
その効果は、劇的でした。2008年頃から、アメリカの原油生産量は、1970年以来初めて増加に転じ、そこからあり得ない角度の右肩上がりで急増します。
2018年、アメリカはついにサウジアラビアとロシアを抜き、世界最大の原油生産国へと返り咲きました。そして2020年には、石油製品の純輸入国(輸入が輸出を上回る)だったアメリカが、約70年ぶりに「純輸出国」へと転換したのです。これは、エネルギーの歴史における、そして世界の地政学における「巨大地震」でした。
■「中東重視」の外交政策が一変した
アメリカは、もはや中東の石油に(少なくとも戦略的には)依存する必要がなくなったのです。これにより、アメリカの外交政策は大きく舵を切ります。
中東への過剰な関与を減らし、世界の警察官から徐々に手を引いていく(「世界の保安官」程度になる)一方で、そのリソースを、新たな最大のライバルと見なす中国への対策(「アジア・ピボット」)に振り向ける余裕が生まれました。
ドナルド・トランプ前大統領が、それまでタブーとされてきた「イラン核合意からの離脱」や「在イスラエル大使館のエルサレム移転」を強行できたのも、極論すれば「中東の産油国の顔色を、昔ほど伺う必要がなくなった」という、シェール革命による「エネルギー自立」が背景にあるのです。
しかし、このアメリカの「自立」は、これまで石油価格をコントロールしてきた「古い巨人たち」を、新たな戦いへと引きずり込むことになりました。
■最安コストを誇るサウジアラビアの逆襲
アメリカという「世界最大の買い手」が、突如「世界最大のライバル売り手」に変貌した――。OPECの盟主であるサウジアラビアと、OPEC非加盟国で世界第2位(当時)の生産国であったロシアにとって、これは悪夢以外の何物でもありませんでした。
アメリカのシェールオイルが市場に溢れかえった結果、2014年半ばには1バレル=110ドル以上あった原油価格は、2015年末には30ドル台へと暴落します。
OPECとロシアは、国家予算の大半を石油収入に頼る「モノカルチャー経済」です。この価格暴落は、国家財政の破綻を意味します。
ここでまず動いたのは、サウジアラビアでした。当時、実権を握り始めていた若きムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(現皇太子、通称Mbs)は、大胆な「価格戦争」を仕掛けます。
「ならば、我々は『減産』しない。むしろ『増産』して価格をさらに叩き潰し、コストの高いアメリカのシェール企業を市場から一掃してやる」
サウジアラビアの原油は、砂漠に穴を掘れば勝手に湧き出てくるようなもので、生産コストは世界最安(1バレル=10ドル以下)です。
■3カ国が石油価格を左右する新体制へ
この「消耗戦」は、確かに多くのアメリカのシェール企業を倒産に追い込みました。しかし、サウジアラビアもまた、自らが仕掛けた価格戦争によって財政が火の車となり、音を上げます。そこでMbsは、戦略を180度転換します。
「アメリカを潰すのが無理なら、別の巨人と手を組むしかない」
その相手こそが、同じく低価格に苦しむロシアのウラジーミル・プーチン大統領でした。2016年、歴史的な合意が成立します。OPEC加盟国と、ロシアを中心とする非OPEC産油国が、共同で「協調減産」を行うことを決定したのです。
これが、現代の石油価格を決定づける最強のカルテル「OPECプラス」の誕生です。
世界の石油地政学は、
1・アメリカ(価格の「天井」を守る力)
2・サウジアラビア(価格の「底」を作る力)
3・ロシア(両者に影響を持つソロプレイヤー)
という、三つ巴の「新・三極体制」へと移行しました。
しかし、このMbsとプーチンという、二人の強権的な指導者の「同盟」は、常に利益とエゴが衝突する、極めて不安定なものでした。
■ロシアとサウジアラビアの危うい関係
その矛盾が爆発したのが、2020年3月。新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界中の経済活動が停止し、石油需要が「蒸発」した時のことです。
OPECプラスは、価格暴落を防ぐため、緊急の追加減産を協議しました。しかし、ここでプーチンが「待った」をかけます。ロシアは、アメリカのシェール産業を今度こそ叩き潰すため、減産を拒否したのです。激怒したMbsは「(ロシアがやる気なら)サウジは、過去に例のないレベルで『大増産』する」と宣言。
たった一日で、原油価格は30%以上も暴落。世界市場はパニックに陥りました。
この未曾有の危機は、さすがにトランプ大統領の仲介でサウジとロシアが手打ち(史上最大の協調減産)をすることで収束しましたが、この一件は、OPECプラスという枠組みがいかに「Mbsとプーチン」という二人の指導者の個人的な関係と、アメリカのシェール産業への対抗意識の上で成り立っているかを世界に示しました。
■石油輸入国にとって最大の「急所」
シェール革命によりアメリカは「エネルギー自立」を達成しました。しかし、これで「中東の石油」が重要でなくなったかというと、まったくそんなことはありません。なぜなら、アメリカは自立しても、アメリカの同盟国である日本、韓国、そしてヨーロッパ諸国は、依然として中東の石油に依存しきっているからです。
そして、世界最大の石油「輸入国」の座は、アメリカから「中国」に取って代わりました。中国もまた、その輸入の大半を中東に頼っています。
中東、特にペルシャ湾岸地域は、現在もアジアとヨーロッパの「生命線」であり続けています。そしてこの生命線には、たった一つの「急所(チョーク・ポイント)」が存在します。
それが、ペルシャ湾とインド洋(オマーン湾)を繫ぐ、幅わずか数十キロの狭い海峡、「ホルムズ海峡」です。
■イランが世界経済を動かす理由
世界の石油(海上輸送)の約3分の1、LNG(液化天然ガス)の約4分の1が、この狭い水路を通過しています。もし、このホルムズ海峡が何者かによって「1日」封鎖されたら?
世界の石油供給の3分の1が止まり、原油価格は即座に1バレル=200ドル、300ドルへと際限なく跳ね上がり、世界経済は瞬時に破滅的な打撃を受けます。
そして、この「世界経済の首を絞める」ことができる位置に陣取っている国こそが、サウジアラビアの最大の宿敵であり、アメリカが「ならず者国家」と呼ぶ、イラン共和国です。
シーア派の盟主であるイランは、湾岸戦争以来、アメリカを中心とする西側諸国から厳しい経済制裁を受けてきました。特にアメリカが2018年に「イラン核合意」から一方的に離脱し、イラン産原油の「全面禁輸」という、事実上の経済戦争を仕掛けて以降、両国の緊張は一触即発の状態が続いています。
■「ホルムズ海峡封鎖」のインパクト
追い詰められたイランに残された、最強の「ジョーカー」が、このホルムズ海峡の「軍事封鎖」です。イランは、海峡を封鎖する能力(機雷、高速艇、対艦ミサイル)を誇示し続けており、これが西側諸国にとって最大の脅威となっています。
現代の原油価格が、中東の地政学リスクと常に連動しているのはこのためです。
○ イランが支援するイエメンの反政府勢力が、サウジアラビアの石油施設をドローンで攻撃した(2019年)
○ ホルムズ海峡付近で、謎の勢力が、日本のタンカーを含む複数の石油タンカーを攻撃した(2019年)
○ アメリカが、イランの英雄であるソレイマニ司令官をイラクで暗殺した(2020年)
こうした事件が報じられるたびに、市場は「ホルムズ海峡封鎖」のリスクを瞬時に織り込み、原油価格は急騰します。
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村山 秀太郎(むらやま・ひでたろう)
スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰
早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。予備校で教鞭をとりながら百余国を歴訪し、昨今の国際情勢にも精通している。主な著書・監修に『これ1冊!世界各国史』(アーク出版)、『東大の世界史ワークブック』(かんき出版)、『地政学で読みとく「これからの世界」』(世界文化社)、『イッキにわかる!国際情勢』(二見書房)、『絵本のようにめくる世界遺産の物語』(昭文社)などがある。
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(スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰 村山 秀太郎)

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