なぜ脱炭素がなかなか進まないのか。スタディサプリ講師の村山秀太郎さんは「世界最大の石炭消費国は中国だ。
習近平政権は、2060年にCO2排出量の実質ゼロを目指すと宣言しながら、石炭火力発電所の新設をどんどん進めている」という――。
※本稿は、村山秀太郎監修『2時間 de 資源史』(秀和システム新社)の一部を再編集したものです。
■石炭の時代は終わったはずが…
20世紀に入ると、主役の座は新たなエネルギー源「石油」へと移っていきます。石炭は、公害の象徴、古い産業の遺物と見なされるようになり、特に21世紀に入ってからは地球温暖化の最大の元凶として、世界的な「脱炭素」の流れの中で、真っ先に排除されるべき存在とされてきました。
「石炭の時代は終わった」。誰もがそう信じていました。ヨーロッパ諸国は次々と炭鉱を閉鎖し、石炭火力発電所を廃止する計画を立てました。
しかし、現実はどうでしょうか。2020年代に入り、私たちは驚くべき光景を目の当たりにしています。石炭の消費量は過去最高レベルで高止まりし、その価格は地政学的な動乱のたびに激しく高騰する。そして、その「黒い石」をめぐって、国家間の熾烈な争奪戦や、むき出しの戦略が展開されています。
なぜ「終わったはずの燃料」が、今ふたたび世界の地政学の最前線に躍り出ているのでしょうか。
本稿では「脱炭素」という理想と「エネルギー安全保障」という現実が激突する、現代の石炭をめぐる地政学的な争いを読み解いていきます。
■世界最大の生産国であり消費国でもある
19世紀の「世界の工場」がイギリスであったなら、20世紀末から21世紀にかけて、その称号を引き継いだのは間違いなく中国です。
1970年代末の改革開放以降、中国は「世界の工場」として凄まじい経済成長を遂げました。その成長の原動力、電力の源は、一貫して「石炭」でした。中国は、世界最大の石炭生産国であり、同時に世界最大の石炭消費国です。その消費量は、世界の石炭消費量全体の約半分(!)を占めるほど突出しています。
この「石炭依存」こそが、現代中国の最大の強みであり、同時に最大のアキレス腱、すなわち「ジレンマ」となっています。
■中国の経済成長を支えるエネルギー源
①経済成長という「生命線」
中国共産党が統治の正統性をどこに置いているか。それは「経済成長」です。国民を豊かにし、生活を向上させ続けることこそが、一党支配体制を支える最大の柱です。そして、その経済成長を支える安価で安定した電力の供給源が、国内に潤沢に存在する石炭なのです。
もし石炭火力を止めれば、電力不足で工場は止まり、経済成長は鈍化し、社会不安が増大する。
これは、体制の安定を何よりも優先する中国共産党にとって、絶対に避けなければならないシナリオです。
②環境問題という「国内の時限爆弾」
しかし、石炭への過度な依存は、深刻な副作用をもたらしました。その最たるものが「大気汚染」です。2010年代、北京や上海などの大都市は、PM2.5(微小粒子状物質)を含む濃密なスモッグに頻繁に覆われ、健康被害が社会問題化しました。
空が灰色に淀み、人々がマスクなしでは外出できない日々は、国民の不満を増大させました。この国内世論の高まりは、政府にとって「経済成長の鈍化」と同じくらい危険なシグナルでした。
■脱石炭を宣言する一方、石炭火力を新設
③「CO2排出国」という国際的圧力
さらに、中国は石炭を燃やし続けた結果、世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国となりました。地球温暖化対策の国際的な枠組み(パリ協定など)において、中国は常に厳しい視線を浴びることになります。
国内の環境汚染対策と、国際社会でのメンツ。この二重の圧力から、中国政府はついに重い腰を上げます。2020年、習近平国家主席は国連総会で、中国が「2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを実現する」と宣言しました(「30・60目標」)。
④矛盾するエネルギー政策
この宣言を受け、世界は「ついに中国も本格的な脱石炭に舵を切るか」と期待しました。
しかし、その後の中国の動きは、一見すると矛盾しています。
まず、中国は太陽光パネルや風力発電といった再生可能エネルギーの分野で、世界最大規模の投資と設置を進めています。そのスピードは驚異的です。
しかし、それと同時に、中国は国内で「石炭火力発電所」の新設を世界で最も多く進めている国でもあるのです。
■不安定な再エネに依存するのは危ない
脱炭素を宣言しながら、なぜ石炭を増やすのか? これこそが、中国のジレンマと、彼らなりの「答え」を示しています。
中国の戦略は、「古いエネルギー(石炭)を捨ててから新しいエネルギー(再エネ)を導入する」のではなく、「まず新しいエネルギーを全力で確保し、それが古いエネルギーの分を完全に代替できる見通しが立って初めて、古いエネルギーを徐々に減らす」というものです。
なぜなら、彼らにとって再エネは「天候次第」で不安定であり、経済の生命線である電力を「不安定」なものに委ねるリスクは取れないからです。安定供給の「土台」として、石炭火力は絶対に手放せないのです。
■「石炭の禁輸」で自分の首を絞めた
この中国の石炭への渇望が、2021年に裏目に出たことがあります。当時、中国は政治的対立から、オーストラリアからの石炭輸入を事実上禁止する「報復措置」を取りました。
最大の輸入先を失った中国は、以前からの電力需要の急増と、国内炭鉱での増産トラブルが重なり、深刻な電力不足に陥りました。全国の工場で計画停電が相次ぎ、一部の都市では信号まで消える事態となったのです。

結局、中国政府はプライドを捨て、この非公式な禁輸措置をひっそりと解除せざるを得ませんでした。自国の経済の「アキレス腱」が石炭であることを、自ら世界に露呈してしまった瞬間でした。

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村山 秀太郎(むらやま・ひでたろう)

スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰

早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。予備校で教鞭をとりながら百余国を歴訪し、昨今の国際情勢にも精通している。主な著書・監修に『これ1冊!世界各国史』(アーク出版)、『東大の世界史ワークブック』(かんき出版)、『地政学で読みとく「これからの世界」』(世界文化社)、『イッキにわかる!国際情勢』(二見書房)、『絵本のようにめくる世界遺産の物語』(昭文社)などがある。

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(スタディサプリ講師、世界史塾バロンドール主宰 村山 秀太郎)
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