アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が2月末から続いている。原油高騰で日本経済は大きな影響を受けているが、問題はエネルギー危機だけではない。
軍事ジャーナリストの宮田敦司氏は「沖縄の米海兵隊が中東へ派遣されたことで、東アジアに戦力の空白が生じた。中国や北朝鮮がこの隙に乗じて軍事的圧力を強める最悪のシナリオもあり得る」という――。
■沖縄から消えた2500人の初動戦力
2026年3月、イラン情勢の急速な緊迫化を受け、米国防総省は沖縄に駐留する第31海兵遠征部隊(31st Marine Expeditionary Unit)の中東派遣を決定した。部隊は佐世保基地(長崎県)を母港とする強襲揚陸艦「トリポリ」とともに西太平洋を離れ、中東へ向かった。
移動した兵力は約2500人。在沖縄の海兵隊員の数は非公表のため正式には不明だが、およそ2万人とみられており、つまり1割程度にあたる。規模としては決して大きくないものの、この部隊は西太平洋に常時展開する米軍の即応戦力の中核だ。なおかつ、有事の際に最初に投入される初動戦力でもある。その不在は、地域の安全保障環境に少なからぬ影響を与える可能性がある。
そして強襲揚陸艦は、小型空母の機能と大規模輸送船の機能を併せ持つ洋上基地だ。数千人の部隊に加え、戦闘機や輸送機、ヘリコプター、医療施設などを一体で運用できる。
今回の派遣は、単に艦艇が一隻いなくなったという次元の話ではない。
F-35Bステルス戦闘機6機(標準搭載機数)、MV-22オスプレイ輸送機12機、戦闘ヘリコプターなどを含む航空戦力と医療機能を備えた部隊が、数万キロ離れた戦域へ移動したことを意味する。
中東情勢の緊張はエネルギー市場に波及し、国内経済に影響を及ぼしつつある。だが、事態はそれだけに留まらない。日本は今、防衛の領域においても試練に直面しているのだ。
■西太平洋の“抑止”を担う戦力
そもそも、なぜ米海兵隊は沖縄に常駐しているのか。
理由は明確だ。東アジアが世界でも有数の軍事的緊張地域だからである。
台湾海峡、朝鮮半島、そして南西諸島。これら三つの潜在的紛争地域のほぼ中央に位置するのが沖縄だ。米軍はここに海兵隊を前方展開することで、有事の際に迅速に部隊を投入できる体制を築いてきた。
その中核を担うのが第31海兵遠征部隊だ。
海兵遠征部隊(MEU)は、約2200~2500人の海兵隊部隊に航空部隊と後方支援部隊を統合した小規模な統合戦力として編成される。
平時から強襲揚陸艦などの艦艇と一体で行動し、海上で即応態勢を維持する。
そしてひとたび危機が発生すれば、数時間から数日のうちに現地へ投入され、空港や港湾を確保して後続部隊の展開を可能にする。つまりMEUは米軍の初動対応戦力の中核を担う存在なのだ。
沖縄に常駐する第31海兵遠征部隊は、西太平洋で常時展開している唯一の海兵遠征部隊であり、日本の南西諸島、台湾海峡、朝鮮半島有事の際には最初に動く戦力とされてきた。
その部隊が西太平洋を離れたことの意味は決して小さくない。今もし南西諸島や台湾海峡で緊急事態が発生した場合、米軍が初動で投入できる上陸戦力は大きく制限される。
在日米軍には空軍や海軍も存在するが、島嶼や沿岸部で初動の地上戦力を投入できる部隊は限られている。第31海兵遠征部隊は、その空白を埋める役割を担ってきた。
■戦力の空白が生まれてしまった
抑止力とは、単に強大な軍事力の保有によって成立するものではなく、戦争に勝利する可能性を相手に認識させないことで初めて機能する。裏返せば、軍事バランスの崩れは誤算や挑発の誘発につながりかねない。
中国は近年、東シナ海と南シナ海で軍事活動を急速に拡大している。台湾周辺では大規模な軍事演習が常態化し、中国海警局や海上民兵によるグレーゾーン活動も活発化している。

また、北朝鮮も弾道ミサイル発射を繰り返し、核・ミサイル戦力の高度化を進めている。
こうした状況の中で、西太平洋の即応海兵戦力が一時的に姿を消すことは、地域の安全保障に心理的な影響を与えかねない。
軍事史を振り返れば、多くの衝突は力の空白が生じたときに起きている。今回の海兵隊の中東派遣は、東アジアに小さいながらも確かな戦力の空白を生み出している。
■国産ミサイル配備が進んではいる
東アジアの安全保障環境が厳しさを増す中、日本は防衛力の強化を急いでいる。政府は地上発射型の国産ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」の配備を進めている。
同ミサイルは射程距離が従来の約200kmから約1000kmへ延伸したもので、今年3月に陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本県熊本市)に国内初配備された。加えて、米国製トマホーク巡航ミサイル(最大射程約1600km)の納入も始まった。
これらは、日本の「拒否的抑止」を強化するための措置である。強固な防衛能力によって「攻撃しても成功しない」と相手に認識させることで、攻撃そのものを思いとどまらせる戦略だ。
しかし、防衛力の強化には巨額の財政負担が伴う。また、当然のことながら一朝一夕で進展するものでもない。

■中国と北朝鮮が見る「好機」
米軍の戦力が中東に振り向けられ、東アジアの抑止力に空白が生じれば、中国や北朝鮮はその隙に乗じて軍事的圧力を強める可能性がある。例えば、中国がとる行動としては、以下のようなものが考えられる。
・日本周辺海域における空母の訓練強化(日本周辺へ2~3隻同時展開)

・日本周辺空域における爆撃機及び戦闘機の訓練強化(東京へ向けての空対地ミサイル発射訓練など)

・同訓練におけるロシアとの連携強化(日本海側と太平洋側から東京へ向けての空対地ミサイル発射訓練など)

・中国海警局による尖閣諸島での領海侵犯の常態化

・同諸島周辺への海軍艦艇の派遣
一方、北朝鮮も以下のような動きを見せうる。
・日本を標的とする準中距離弾道ミサイル(MRBM)の発射訓練

・米国を標的とする大陸間弾道ミサイル(ICBM)の日本列島を飛び越えての発射訓練
準中距離弾道ミサイルについては、意図的に日本の排他的経済水域(EEZ)内へ落下させて脅威を煽る可能性もある。
加えて、北朝鮮が発射実験を近年繰り返している「極超音速ミサイル」や「変則軌道ミサイル」は、現行のミサイル防衛では迎撃が極めて困難とされ、日本が直面する脅威は質・量ともに増大している。
こうした個々の動きの多くは、過去にすでに行われていたものであり、とりたてて特異なものではない。だが、日本に強力な軍事的圧力を加えることが必要になった場合、中朝が連携する可能性は高い。同時多発的に実行されれば自衛隊の負担は極めて大きくなり、「有事」の一歩手前の状況になる。
■台湾有事で露呈する米軍の限界
今回の海兵隊の中東派遣は、米軍の軍事力の配分の難しさを浮き彫りにした。
米国はウクライナ戦争、台湾有事、中東情勢という複数の課題を同時に抱えている。台湾有事を想定した作戦では、沖縄の海兵隊が重要な役割を担うとされてきた。しかし、その部隊が中東に派遣されたことで、米軍が東アジアに常時十分な戦力を維持することが難しい現実が示された。

米国は複数の戦域に戦力を分散させなければならない状況にある。これにより、日本は自らの防衛力をより強化せざるをえない立場に置かれたわけだ。
■揺らぎ始めた日本の安全保障の前提
台湾海峡、南西諸島、朝鮮半島――東アジアの主要な緊張地帯の中央に位置する沖縄から、その戦力が一時的に離れた意味は小さくない。戦後80年近く続いてきた「米軍依存」という日本の安全保障の前提は、今まさに転換点に差しかかっている。
米軍の戦力が複数の戦域に分散される現実の中で、日本はもはや「守られる側」にとどまることはできない。抑止と初動対応を自ら担う体制を構築しなければ、地域の不安定化はそのまま日本のリスクとなって跳ね返る。
安全保障と経済が同時に揺らぐ時代において、日本に今必要なのは単なる防衛力の強化ではない。国家としての意思と能力の双方を備えた、主体的な安全保障戦略への転換だといえるだろう。

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宮田 敦司(みやた・あつし)

元航空自衛官、ジャーナリスト

1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。中国・北朝鮮を担当。
2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。

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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)
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