習近平政権は2012年の発足以来、一強体制を強化している。元東京都知事の舛添要一さんは「中国国民が強権的な当局による監視と抑圧の体制を受け入れているのは、多少の言論の自由の制限があっても、平穏にビジネスができる環境を求めているからだ」という――。

※本稿は、舛添要一『中国の逆襲 習近平の戦略』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
■コロナ禍でも不況でも倒れない習近平
習近平政権について、私は盤石な体制を維持していると考えている。習近平の3期目は2027年に終わるが、4期目も継続して統治する勢いである。なぜ、そのような勢いを維持できるのだろうか。
習近平政権下では、新型コロナ対策・不動産不況など、国民が不満を抱くさまざまな問題が起こっている。それでも、経済成長率は高い。
習近平政権が発足した2012年の経済成長率は7.9%であった。その後も、2015年までは7%以上の成長率が続いた。その後、やや鈍化するが、2016年6.85%、2017年6.95%、2018年6.95%である。2019年は5.95%であったが、これは年末に新型コロナウイルスが流行し始めたからで、2020年には2.24%となった。
2021年は反動で8.45%となったが、2022年にはゼロコロナ政策で都市封鎖が行われ、2.99%に激減した。2023年は5.2%、2024年は5%である。

■GDPが減った日本、2倍になった中国
2012年に習近平政権が発足してから12年が経過した2024年を比較すると、中国のGDPは拡大し、中国人の生活は豊かになっている。1人あたりGDPは、2012年に約6400ドルだったのが、2024年には約1万3000ドルと倍増している。
いっぽう、日本の1人あたりGDPは2012年に約4万9000ドルだったが、2024年には約3万2000ドルと減少している。中国人が豊かになっているのに対して、日本人は貧しくなっていると言える。実際、私は最近の中国人の生活を現地でつぶさに見て、その豊かさに驚くのである。
国民は生活が豊かになれば満足する。いっぽう、言論が自由でも生活が困窮すれば為政者に対して不満を抱く。習近平政権が盤石である理由の一つがここにある。
■ようやく腹一杯食べられるようになった
習近平の言葉を引用してみよう。「2022年新年の挨拶」の一節である。
私も農村出身だから、貧困を肌で感じていた。代々続く努力の結果、以前は貧しかった人々も現在は腹一杯食べ、暖かい服を着て、充実した教育・住居・医療保障を手にした。
小康社会の全面的達成と貧困脱却はわが党が人民に示す成果であり、世界への貢献でもある。
もちろん、中国でも経済格差は拡大しており、それは都市と農村、地域間、企業間、学歴間などで顕著である。そこで、中国政府は、「共同富裕」を掲げて、格差の是正を図ろうとしているが、十分な成果を上げているとは言えない。
もちろん、経済的に豊かになっても、治安が悪く、いつ暴動が起こるかわからないような状況では、国民は平穏な生活を送れない。そこで、中国政府は、不満分子が抗議活動などを起こさないように、徹底した監視と強権的な取り締まりを実行している。
■ディストピアでも「幸福」な理由
今ではスマホが全国民に行き渡り、皮肉なことにそれを武器にして共産党は国民を完全に監視することに成功している。そのおかげで、犯罪や交通違反などが激減し、政権批判を生業(せいぎょう)としないかぎり、普通の中国人にとっては、『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐・高口康太、NHK出版新書、2019年)で描かれるような「幸福な監視国家」を甘受している。
それはジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたディストピアでもあるが、国民が不満を募らせているわけではない。
先端技術による国民監視が功を奏したのは、新型コロナウイルス対応である。徹底した「検査と隔離」によって、ウイルスの封じ込めに成功した。武漢では初動で後れを取り、感染の拡大を招いたが、その後は感染者が出た町を全面封鎖するなど、強権的手法で感染の抑制に成功した。
パンデミックの場合、感染防止のために基本的人権を抑制せねばならないのは先進民主主義国においても同じだが、独裁の中国ではその手法が徹底している。

■「文化大革命の再来は絶対に嫌だ」
中国国民が強権的な当局による監視と抑圧の体制を受け入れているのは、文化大革命の惨事の再来は絶対に嫌だという思いがあるからである。言論の自由の制限など多少はあっても、治安を維持し、暴動を防ぎ、国内を分裂させないことを優先させる。平穏にビジネスができる環境を、人々は求めているのである。
言論の自由などの基本的人権に関しては「兵営国家」である北朝鮮ほど厳しくないにしても、中国では一定の制限が課せられる。
「黒い猫でも白い猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」と述べて、改革開放政策を展開した実利派の●小平にしても、政治的統制の手綱は緩めなかった。
共産党は建国以来、農業・工業・国防・科学技術の「4つの現代化」を政策目標として掲げてきた。他方、民主活動家の魏京生は1979年はじめに「4つの現代化」に加えて、「第5の近代化」として「政治の近代化」つまり、政治の民主化を求めた。
これに猛反発した●小平は、①社会主義の道、②プロレタリア独裁、③共産党の指導、④マルクス・レーニン主義と毛沢東思想という「4つの基本原則」を堅持することを明言し、3月29日に魏京生を逮捕した。
さらには、1989年の第二次天安門事件では戒厳令を布告し、政治的自由を求める学生たちを武力で鎮圧した。「4つの基本原則」に反する行動だからである。「4つの基本原則」には習近平も忠実であり、それに違反する行動は断固として弾圧する。
■中国とソ連の「社会主義」は別物
なお、中国の社会主義については、「中国の特色ある社会主義」「マルクス主義の中国化」などと表現をする。
そこには、1956年のフルシチョフのスターリン批判以降に先鋭化した中ソ対立が背景にある。
共産党はソ連の支援で新国家建設を進めてきたが、マルクス主義に忠実であろうとする毛沢東は、ソ連は修正主義に堕落したと結論づけ、対立していった。そして、ソ連型とは違う社会主義を目指した。その毛沢東思想と、改革開放を断行した●小平の理論が「中国の特色ある社会主義」になったのであり、習近平もそれを継承し、さらに発展させようとしているのである。
■習近平が極めた、飴と鞭の使い分け
習近平は2012年11月17日、第18期中央政治局第1回グループ学習会において、「中国の特色ある社会主義の堅持と発展をしっかりと中心に据えて第18回党大会の精神を学習・宣伝・貫徹しよう」という内容の談話を発表し、以下のように述べている。
中国の特色ある社会主義は改革開放の新しい歴史的時期に生み出されたものであり、……毛沢東同志を核心とする党の第一世代中央指導グループは、新しい歴史的時期における中国の特色ある社会主義創出のために貴重な経験、理論的準備、物的基盤を作り出した。●小平同志を核心とする党の第二世代中央指導グループは、中国の特色ある社会主義を切り開くことに成功した。江沢民同志を核心とする党の第三世代中央指導グループは、中国の特色ある社会主義を21世紀へ向かわせることに成功した。新世紀の新たな段階では、胡錦濤同志を総書記とする党中央は、新たな歴史的起点において中国の特色ある社会主義を堅持し、発展させることに成功した。中国の特色ある社会主義の理論体系は、マルクス主義の中国化の最新の成果である。そのなかの●小平理論、「三つの代表」重要思想、科学的発展観はマルクス・レーニン主義、毛沢東思想を堅持し、発展させ、受け継ぎ、刷新したものである。マルクス・レーニン主義、毛沢東思想は絶対に捨ててはならない。

経済的な果実と安全の保証という甘い「飴」を国民に与えると共に、共産党独裁という大原則に反する思想や行動に対しては、厳しく「鞭」を打つのである。
※●(トウ)は正しくは登におおざと。

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舛添 要一(ますぞえ・よういち)

国際政治学者、元東京都知事

1948年、福岡県生まれ。1971年に東京大学法学部政治学科卒業後、同大学法学部助手。パリ、ジュネーブ、ミュンヘンで外交史を研究。東京大学教養学部助教授を経て政界へ。2001年に参議院議員初当選後、厚生労働大臣、東京都知事を歴任。著書に『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『現代史を知れば世界がわかる』、佐藤優氏との共著『21世紀の独裁』など。

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(国際政治学者、元東京都知事 舛添 要一)
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