NHK「ばけばけ」の最終回が放送され、“ばけばけロス”を訴える声が上がっている。ドラマではヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の息子たちが幼いままで結末を迎えた。
モデルとなった小泉八雲の子供たちは、その後どのような人生を歩んだのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。
■“東京編”をもっと見たかった
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」が終わった。
半年間、毎朝トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の物語を追いかけてきた視聴者は、いま「ばけばけロス」の真っ只中にいることだろう。
最終回前日までの急な波乱に満ちた展開には動揺したが、最後は朝ドラらしい爽やかな終わりを迎えてホッとした。とりわけ秀逸なのは蚊のシーン。八雲がスペンサーの進化哲学と仏教を混ぜて独自の輪廻観にたどり着いたように、このドラマも生と死の境界を軽やかに飛び越えてみせた。
しかし、である。ドラマが終わっても物語は終わっていない。
なにしろ、松江のパートに多くの時間を割いた今回のシナリオ。松江の人々が総じて作品を愛したことはわかっているが……。小泉八雲とセツの物語を語るなら、やっぱり東京に出てからの物語にも尺を割いてほしかったという思いが残る。

それに、前回の記事で書いた通り、八雲亡き後のセツの人生はまだ28年間。そして、息子や娘たち、その家族を通じて八雲の物語は、現代へと繋がっている。
(参考:「ばけばけ」のセツは“夫の遺言”を守り通した…文豪・小泉八雲が築いた「莫大な財産」の“まさかの使い道”
■「八雲の息子」でスピンオフを
だから、ばけばけロスに苦しむ皆さんに提案がある。続編を望む声は多いだろうが、八雲は死んでいるのだから続編は厳しい。そこで、スピンオフである。
タイトルは『ラフカディオ・ヘルンの息子』。
朝ドラ枠は無理だ。朝8時から、母親が息子の実印を握って勝手に保証人にする話を流したら、全国のお茶の間が凍りつく。かつてNHKにあった「ドラマ人間模様」枠――土曜の夜に、じっくり人間の業を描くあの枠、で放送してほしい。
ここで描かれるセツは朝の連続テレビ小説とはまったく違う人物となるだろう。
怖い。そして業が深い。
そんな母親の相手をする長男・一雄は真面目で、割を食い続ける長男。何をされても母を嫌いになれない息子なのだ。
第1話冒頭から物語は只者ではないはずだ。卵の数をごまかした少年時代の一雄が母・セツに引っぱたかれるシーンからスタートするはずである。
(参考:「ばけばけ」では絶対に放送できない…小泉八雲も息子も手に負えなかった妻セツの“ヒステリーすぎる素顔”
これまでの記事でも書いたように、セツはキレると手がつけられない。八雲も慌てて養母・チエに助けを求めていたほどだ。そのキレぶりたるや、物を投げる、襖を壊す程度では済まない。叫びまくって最悪の結末すらちらつかせてくるのである。
■一雄だけでなく、次男「巌」の人生も波瀾万丈
しかも、これまでの記事でも記した通り、八雲の死後、セツは謡曲など趣味を楽しむ一方で、その「我が道をいく」ぶりは加速しまくりである。銀行から融資を引っ張り、借家を建て、屋敷を改築し、一雄に「大宮に土地を買って家を建てろ」と命じる。反論は許されない。実印はセツが握っている。

八雲の名誉を語れるのは私、八雲の名誉を継ぐ子供たちを導くのも私……セツにとって、八雲なき後の小泉家はすべて自分が差配すべき領土だった。その統治は、優しさと恐怖を使い分けるという点で、圧倒的な支配力に満ちたものだった。
視聴者は毎週画面に向かって叫ぶだろう。「逃げろ一雄‼」と。しかし逃げられないのが一雄の魅力となるわけだ。これは、話題のドラマになりそうだ。
さて、一雄については、多くの著書を遺したこともあり、これまでの記事でもたびたび言及してきた。しかし、ほかの兄弟も負けず劣らず、さすがは八雲とセツの子供だというエピソードに満ちている。
そう、セツの死から僅か数年後に、40歳で早逝した次男・巌の人生もなかなかの波瀾万丈だ。
巌は、養家である稲垣家の家督を継ぎ、岡山県の第六高等学校から京都帝大へ進学している。一雄からみれば「あえて遠方に進学することで、うまくセツのヒステリーから逃れることに成功した」とも感じたかもしれない。
■「八雲の父」を彷彿とさせる、次男の衝動性
しかも、巌は在学中に学生結婚まで果たし、1923年には長男・明男が誕生している。
セツにとって初孫である。子供に対しては支配的なセツの目の届くところからは上手に逃れて、初孫までつくっている。どこか憎めない要領のよさがある。
でも、巌の人生は要領がよいだけには留まらない。大学を卒業後に英語教師となった巌は、京都の桃山中学に赴任した。
ここで、巌は大事件を起こしている。さる令嬢と恋仲に陥ってしまったのだ。これに怒った妻・ミドリは子供3人を連れて故郷の八戸に帰ってしまった。
大学まで出て、子供を3人も作っているのに、よその令嬢と浮気どころか本気になってしまう。母・ローザを捨てた八雲の父親、巌にとっては祖父にあたるチャールズ・ブッシュ・ハーンが思い出される。
もしも八雲が生きていたならば激怒したはずだが、セツは違った。一雄によれば「母は子のある嫁を離別して新にその恋人との結婚を是認したかったらしい」というのである(小泉一雄『父小泉八雲』小山書店、1950年)。

つまりセツ、息子の不倫を推そうとしていたのだ。これは、どういうことか? ミドリと嫁姑の折り合いが悪かったのだろうか。一雄も、その理由までは書いていないので、永遠の謎である。
■兄の一雄に「愚弟」とまで呼ばれた
この嫁に対する裏切りを、一雄は生涯許せなかったのかもしれない。『父小泉八雲』の中では、巌を「愚弟」とまで呼んでいる。ただ、ミドリのほうは、その後「某博士」と再婚し幸せな生活を送ったと記しているのだけが救いである。
さて、その後、巌は癌を患い1937年に40歳で早逝することになる。癌が見つかったのは1934年1月のこと。診断してくれた医師・種市良春は妻ミドリの弟、つまり義弟であった。ところがその僅か数カ月後、巌は令嬢との恋仲が原因でミドリと子供たちに去られている。
命を救ってくれた義弟の姉を裏切ったわけである。巌は空気を読むなんて言葉とは無縁なのだろうか……(小野木重治 編著『ある英語教師の思い出:小泉八雲の次男・稲垣巌の生涯』恒文社、1992年)。

やはり、巌には祖父にあたるチャールズの遺伝子が濃厚に出現していたとしか思えない。なにしろチャールズは、赴任したギリシャ・レフカダ島でローザと恋に落ちた。閉鎖的な島にあって、ローザの一族の男たちから「女を盗んだ」と襲撃までされている。そんな苦難を乗り越えて関係を成就させたはずなのに、捨てたわけである。
(参考:だからセツとの距離が一気に縮まった…「ばけばけ」では描かれない、小泉八雲が重ねた「生き別れた母」の面影
天性の身軽さを備えていた巌。まさに祖父の生き写しとして、40年の短い人生は充実していたといえるだろう。周囲は迷惑この上ないが。その生涯を追った小野木重治 編著『ある英語教師の思い出:小泉八雲の次男・稲垣巌の生涯』(恒文社、1992年)には、教え子たちの手記も収録されている。ただ、教師としての巌の評判が極めてよいことは、伝えておきたい。
■“放浪者”だった三男「清」
巌と違い、八雲の放浪者的側面を色濃く受け継いだのが三男の清だった。
早くから画才を見いだされた清は、1919年に東京美術学校(現在の東京芸術大学)に進学している。学校は中退してしまったが、セツの死後に遺産を得ると、アトリエ兼自宅を構えている。
一雄によると、セツの死後発覚した百貨店への支払いや方々への借金などの負債を整理する時に、清は貧乏なため出せなかったという。ただ、その後大久保の屋敷を処分した利益は兄弟で分けた。それを得て、アトリエまでつくっているのだから、なかなかちゃっかりしている。
そして、ここで画業にいそしんだかと思いきや、違う。清が新興日本美術展で入賞し画壇にデビューしたのは、戦後の1946年のことである。いったいどういうことなのか? そう、清は根っからの放浪者であった。
東京美術学校に進学した清は、美術モデルだったシズと出会い恋愛結婚。このシズというのは、とにかく清に尽くした女性であった。小泉時(一雄の長男)は、シズのことをこう記している。
一雄夫婦も最後までほめていたが、シズという女性は非常に献身的な人で、中野の鷺ノ宮駅近くでビリヤード場を経営し、生計を支えた。

(ワシオ・トシヒコ 編著『画家・小泉清の肖像:回想と評伝抄』恒文社、1995年)
■放浪、失敗、妻に支えられ…まるで八雲
セツと一雄は“シズとの恋愛”を認めず、清は一時、勘当状態になっていた。
だが、この時の清は肺を病んでおり、看病し生活を支えたのはシズであった。回復してからも音楽と絵以外にはなにも興味を持たず、才能も乏しかった。子供ができてからも映画館のヴァイオリン弾きで生計を立てたり、商売を始めては失敗して夜逃げすることもあった。
ただ、そうした苦しい生活を続けながらも、シズとの絆は深かった。その姿をみて、反対していたセツや一雄も態度を改めたということだろうか。
結局、清はセツの死後に得た遺産で、ビリヤード場に自宅とアトリエを兼ねた物件を手に入れ、ようやく生活は落ち着いた。
こうやって書くと、文豪を父に持ち、母の死後はその遺産で家まで手に入れて「画家でござい」と自称しているだけに見えるかもしれない。しかし、清は無能ではなかった。戦後、画壇に登場した清は一躍名を知られるようになった。死去した際には志賀直哉や武者小路実篤までもが文章を寄せているあたり、実力は広く認められたものだった。
要は、八雲の性質を受け継ぎすぎていたのである。放浪し、失敗し、夜逃げまでしながら、それでもシズという女性が傍にいた。ビリヤード場で稼ぐ妻に支えられて絵を描き続けた男。考えてみれば、セツに支えられて書き続けた八雲と、やっていることはまったく同じである。この夫婦の息子は、才能の受け継ぎ方まで律儀なのだ。
■癒えない「母なるもの」への渇望
そんな清は1962年に、前年に死去したシズの後を追って、自らその生涯を終えている。その死に際しては、子供たちに財産なども記した丁寧な遺書を遺した。
シズに尽くされ、シズを追った。遺書に子供たちへの配慮を忘れなかった。放浪者でありながら、最後の最後で八雲と同じことをしている。家族のために、自分にできることを残そうとしたのだ。
こうして三兄弟の人生を並べてみると、不思議な構図が浮かび上がる。巌は祖父チャールズの衝動を、清は父八雲の放浪を、それぞれ受け継いだ。では、すべてを背負い、すべてを書き残した一雄は、何を受け継いだのか。
ここで、もう一度、八雲の母ローザのことを思い出してほしい。
ギリシャ人であったローザは、父・チャールズとの結婚後、異郷のダブリンへ連れて行かれた。しかし、父は母を庇護するでもなく実家に置き去りにするように預けて、次の赴任地へと去っていった。馴れない気候と異邦人に冷淡なチャールズの一族の中に一人置かれたローザは精神を病んだ。しかし、チャールズは妻を守ることなく、叩き出すように離婚。こうして、ローザは幼い八雲と引き離されてギリシャへと帰った。
そして、八雲は生涯、母に会えなかった。母に捨てられた少年は、大人になっても「母なるもの」への渇望を抱え続けた。そして日本でセツに出会い、あれだけ溺愛した。全財産を譲ると遺言に書いた。「金々々!」と叫びながらも、それは自分のためではなく「ただ妻と子供のため」であった。
これは単なる夫婦愛だったのだろうか。ローザに捨てられた男が、生涯かけて「母なるもの」に自分のすべてを捧げた。八雲のセツへの献身は、そういう行為だったのではないか。
■一雄が止めた“連鎖”
ローザの故郷の信仰世界には「ケノーシス」という概念がある。自己空化。自分を空にして、他者のために捧げることだ。彼の地で広く信仰される正教のトロパリ(讃詞)は「天に在る者楽めよ、地に在る者悦べよ、主は其臂の力を顕はして死を以て死を亡し」と唱える。死によって死を滅ぼした。自らを最も低い場所まで降ろすことで、すべてをひっくり返す。そういう逆説である。
傷は世代を超えて伝わる。ローザが八雲に刻んだ傷は、八雲のセツへの異常な依存と献身に変わり、セツの支配欲となって一雄たちにのしかかった。巌は祖父チャールズと同じ衝動に飲まれ、清は父と同じ放浪の果てに妻を追って逝った。
しかし一雄は、その連鎖を止めた。
恨まなかった。逃げなかった。実印を握られ、保証人にされ、嫁まで選ばれ、借財まで押しつけられて……それでも母を嫌いになれなかった。すべてを諦観しながら、家族の物語を丁寧に書き残した。八雲の「金々々!」という叫びも、一雄の諦観も、形は違えど、自分を空にして家族のために捧げるという意味では同じ祈りだったのかもしれない。
■朝ドラに流れていた“八雲の渇望”
「ばけばけ」が描いたのは運命のロマンスだった。しかしその運命の根っこには、母と引き離された少年の、生涯癒えることのない渇望があった。八雲がセツを選び、全財産を譲ったのは、その渇望を昇華させた行為だったのだろう。そして一雄がセツを嫌いになれなかったのも、父が捧げたものを次の世代が静かに引き受けたということだ。
「割れ鍋に綴じ蓋」などと笑って済ませられない話が、この夫婦の底には流れている。
最終回、トキの手に止まった蚊はヘブンの生まれ変わりだった。しかしラストシーンは、第1話の蝋燭を前に語るトキとヘブンへと戻り、二人は散歩に出る。輪廻と復活……神々の国に生まれた母と妻の間に生きた八雲物語は、どちらとも決めずに終わった。それでいい。
折しも、まもなく4月12日は復活祭である。「ばけばけ」を見ていたあなたも、この春、八雲とセツと一雄たちのことを、少し記憶してみてほしい。

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昼間 たかし(ひるま・たかし)

ルポライター

1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。

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(ルポライター 昼間 たかし)
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