生命保険業界で、出向先から個人情報を不正取得する等の不祥事が続いている。なぜなのか。
金融機関出身で組織不祥事に関する専門家の脇拓也氏は「金融業界は個人情報の取得や管理に対する意識が高い。それにもかかわらず不祥事が多発する背景には、生保業界ならではの構造的な問題が潜んでいる」という――。
※本稿は、2026年3月30日15時の情報を元に執筆しています。
■相次ぐ生保業界の情報不正取得事案
2026年3月17日、メットライフ生命保険からの出向者が、数千件の情報を出向先から不正に持ち出した疑いがあると報道された(注1)。本稿を執筆している3月30日現在、メットライフ生命は未だ沈黙を保ったままだが、情報を不正取得された側の広島銀行と福岡銀行は相次いで情報漏えいの状況を発表(注2)。福岡銀行に関しては、個人顧客1052件、法人顧客45社という規模の情報漏えい事案である。
こうした生保業界の組織不祥事は以前から続いている。複数の大手生命保険会社で、保険代理店や銀行などへの出向者が、出向先の了承を得ないまま他の生命保険会社の商品情報などの内部情報を持ち出し、出向元と共有していた事案が相次いで明らかになった。
各社は、明示的な組織的指示は確認されなかったとする一方、出向者の役割の曖昧さ、情報授受ルールの不明確さ、コンプライアンス意識の不足、管理・牽制態勢の弱さなどを原因として挙げている。
生命保険は、人々の不安を「いざという時の安心」に変える商品であり、その業務は顧客の信用と信頼の上に成り立つ。したがって今回の問題は、金融機関の基盤を揺るがす重大な事案である。
こうした問題が起きると、厳しいノルマや成果主義、あるいは営業担当者個人の倫理観の欠如が原因だと語られがちである。
もちろんそれらは重要な論点である。しかし、それだけでは十分ではない。「不正をした個人が悪い」「厳しく処分すれば済む」という理解では、なぜ同種の事案が繰り返されるのかを説明しきれないからである。
本稿では、組織による出向業務のリスク認識と、現場で生じる倫理判断の鈍化という二つの視点から、この問題を考えてみたい。

注1:日本経済新聞「メットライフ生命保険、出向先からの情報持ち出し数千件に

注2:広島銀行「保険会社からの出向者による『お客さま情報の漏えい』について」、福岡銀行「お客さまの保険契約情報の漏えい事案について
■問題発生は本当に予見できなかったのか
どんなビジネスにおいても自社の商品特性や業務特性に応じたリスクの的確な認識が重要である。製造業であれば製品の安全性、食品産業であれば加熱や調理方法・鮮度・賞味期限があるだろう。
そのうえで、金融業、特に生命保険会社はお金と個人情報を扱っている。生命保険文化センターでは、生命保険について「自分と家族の生活を守る、大切な備えです。」と述べられており「生命保険は、大勢の加入者があらかじめ公平に保険料を負担しあい、『もしも』のことが現実に起きたときに給付を受ける仕組み」と解説されている(注3)。人生の様々なライフイベントやライフステージを支えるセーフティーネットなのである。
そして生命保険会社は、個人の健康状態・病歴や家族構成など、もっとも機微な情報を扱う。だからこそ、平素から厳格な情報管理や規律の徹底を行うことが必要である。
本件のような出向先の情報の取り扱いは、業務上のリスクに対して、組織のガバナンスや内部統制の仕組みや意識が希薄だったといえるだろう。


注3:生命保険文化センター「生命保険とは
■出向者ならではの「取引コスト」
実際、大手生命保険会社各社(注4)が発表したニュースリリースによれば、1.5線(現場部門)や2線(コンプライアンス部門)は、出向者による不適切な情報提供リスクに対する想像力の欠如(日本生命)や、出向者の役割や保険代理店との情報授受に関するルールの明確化が不十分であり、出向者への的確な指導や明確な指示が十分に行われていなかったこと(第一生命)などが原因分析の中で述べられている。
これは、組織の設計不足に他ならない。出向者が出向先において行う業務範囲の認識や指揮命令系統が明確であったかを振り返る必要がある。
特に出向者は、自らの組織からは離れて業務を行っており、判断に迷ったときに出向先に相談すべきか、出向元の組織に相談すべきか悩ましい場合がある。出向元の組織との「情報の非対称性」が発生し、どのように実務を扱うべきか判断に迷う局面が存在する。
同時に、本人の業務上の目標達成があるなかで、出向元に報告するための心理的ハードルや物理的・時間的な距離感があるため、相談するための「取引コスト」(目に見えないコスト、心理的壁など)が発生する。そしてこの取引コストが大きくなり、本店に相談せずに「現場担当者の資料持ち出し」という判断につながった可能性がある。

注4:日本生命「当社出向者による不適切な手段での情報取得事案に係る金融庁への報告について」、第一生命HD「保険代理店への出向者からの不適切な情報取得について」、明治安田生命保険「出向者による情報持ち出しに関する調査結果について
■出向者による不正は「想定外ではない」
しかしこれは、組織としては従前から認識できたリスクではないだろうか?
もともと代理店営業や出向という形態は、本部との間に物理的・心理的な「距離」が生じる。その結果、誰が責任者なのかが曖昧になり、情報の非対称性や取引コストが発生しやすい土壌であることは、近年リスクやコンプライアンスを学んだ者であれば、想定できるのではないだろうか。
元来、生命保険会社は数多くの代理店を抱えてきたことから、業務特性上、担当者個人や代理店の現場裁量が多いビジネスモデルである。
であれば出向先での判断や現場裁量において、「何が適切で、これ以上は問題か」といった倫理観やリスク基準が個々の社員任せになっていなかったのか? 迷ったら本店のコンプライアンス部門に気軽に相談できなかったのか? という点が挙げられる。
加えて、判断に迷った場合に相談しやすい環境の構築や、本店部門が現場社員への積極的なコンプライアンス意識の醸成や働きかけはあったのかという点も重要だ。


つまり、想定外の事故ではなく、「出向という仕組みに内在していたリスクを把握し対策しなかった」問題ともいえるのだ。
■良かれと思って行動した可能性もある
次に、担当者個人の倫理観やリスク基準の視点から見てみよう。今回の出向先情報の取得事案は、単に「個人の倫理観が低かった」と片づけても十分には説明できない。担当者に必ずしも悪意があったとは限らず、むしろ自社と出向先の双方に貢献したいという意識のもとで、良かれと思って行動した可能性もある。
たしかに、目の前にある情報が個人顧客の病歴などであれば、それが極めて機微な情報であることは直感的にも分かりやすいが、出向先で取り扱う他社生保の契約情報や販売動向などは、個人の機微情報と比べると、社外秘であっても倫理的な問題として認識されにくいことがある。
さらに、出向先や出向元からの評価を高めるための提案や情報共有のために行うという、本人にとっては業務貢献の意図がある場合、結果的に「どこまでが許され、どこからが問題なのか」という境界線が曖昧になり、本人に悪意がなくても判断が歪んでしまう。
行動倫理学では、このように、本人に倫理的であろうとする意識があっても、置かれた状況や認識の偏りによって非倫理的な判断をしてしまう現象を「限定倫理性(Bounded Ethicality)」と呼ぶ。
本人がそもそも倫理的問題だと気づいていない場合や、成果プレッシャーが強く、心理的安全性が低い場合には、倫理的な感覚は徐々に鈍ってしまう。
その意味で、組織不正の多くは、個人的な詐取や横領のような明確な悪意だけで起きるのではない。むしろ、悪意のない問題行為として発生するからこそ、本人も組織も気づかず厄介なのである。
■組織の指示関与より重要視されるべき論点
大手生命保険会社のニュースリリースを見るといずれも「組織的関与は無かった」「組織としては指示していない」と述べられている。さらには経営陣の減俸といった措置もとられている。

しかし、不祥事防止という観点から見れば「組織としては指示していない」では許されない。
なぜならば、生命保険という、個人のリスクや病歴などの極めて機微な個人情報を扱っている業態である以上、経営陣は「業務上こういう問題が起き得る」として、戦略策定や意思決定の段階で、業務上のリスクは想定可能であり、あらかじめ対処しておくべきだからだ。特に、ガバナンスの3ラインディフェンスの1.5線や2線の強化や相談のしやすさ、さらに心理的安全性の重要性は、昨日今日で言われ始めたことではない。
同時に出向者の行為を非難するだけでも解決しない。責任の所在が曖昧な環境下において、現場は「会社のため」という思い込み(大義名分)から、結果的に不適切行為に走ってしまう。出向者が資料持ち出しを「倫理的に問題である行為だ」と気づき、行動を改める機会がなかったのか、という点で個人の倫理観を養うとともに、個人の倫理観が発揮されるよう支える組織的な取り組みや心理的安全性があったのかという点まで問われる。
■不祥事事案からいかに学ぶか
組織不祥事に対する姿勢としては、個人や組織を批判することではなく不祥事事案からいかに学ぶかということである。
はじめに、自らの組織のリスク特性の把握が重要と考える。
製造業や飲食業においても不祥事が発生している。例えば、自動車業界の検査不正や、食品業界における産地偽装や賞味期限の改ざんなどがあるが、今回の生保事例も含めて言えることは、自社・自業界の業界特性や扱う商品について「どのようなリスクや不祥事が発生しやすいか」「不祥事につながらないためにはどうすればよいか」を日ごろから認識する必要があるという点である。
また、今回は保険会社による資料持ち出し事案であるが、適切な情報管理は近年すべての業界において特に重要と考える。
■情報管理を見直すタイミング
現在、あらゆる企業で「テレワーク」や「副業」さらには「業務委託」が浸透している。
一つの業務について、多様な働き方や組織とのかかわり方があるため、物理的、心理的に組織と個人の間に「様々な距離」と「情報の非対称性」が発生する。特に業務委託や副業など働き方によって、役割や責任の所在も不明確になりがちである。
業務がうまくいっている普段は気にしなくてよい。なぜなら問題が顕在化しないからだ。しかし、ちょっとしたトラブルであったり、慣れによる倫理観の麻痺によって、現場担当者の「悪意なき倫理的問題行為」が発生しうる。現場の情報管理やトラブル発生時の対応などについて想定されているか、また現場任せにせず本部がグリップしているかという点を意識すべきだ。
今回の不祥事は、新しい働き方を導入するすべての企業で起こり得る構造的課題ともいえる。組織は、経営関与の有無を言い訳にするのではなく、従業員の「悪意のない不祥事」や「突出行為」など、普段から「不祥事は発生する(起こり得る)ものである」という前提に立った組織管理・取り組みが不可欠であると考える。

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脇 拓也(わき・たくや)

獨協大学経済学部経営学科准教授

慶應義塾大学を卒業後、銀行員として勤務。銀行では事務管理や外為制度、マネロン対策、コンプライアンス(サステナビリティ対策、障碍者配慮施策など)を担当。銀行勤務の傍ら大学院に通い、修了〔慶應義塾大学 博士(商学)〕。現在に至る。


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(獨協大学経済学部経営学科准教授 脇 拓也)
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