今や働く60代元会社員が9割の中、60歳で仕事を辞める人の理由は何か。パーソル総合研究所シンクタンク本部・上席主任研究員の藤井薫さんが統計データを基に60代のリアルな定年前後の思惑を紐解く――。

※本稿は、藤井薫『定年前後のキャリア戦略 データで読み解く60代社員のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■元気なうちは働くのが当然?
「近々引退しようと思っているという話をすると、お世辞かもしれないけど、いろいろな人から『まだまだ元気なのに、もったいない。これからどうなさるんですか』って言われるんだよね。会社関係の人だけじゃなくて、家族や友人からもそう言われてる」
実によく聞く話です。長年勤めた会社を退職しようとすると、60代前半ならなおさらのこと、60代後半でも、そのような反応が返ってくることが多いのではないでしょうか。
「元気なのに、もったいない」は単なる感想だったり、ある種の社交辞令だったりするのかもしれませんが、いったい誰にとって、何が「もったいないのか」、裏読みをすると60代の働き方に関する根本的な問いが見えてきます。
就労上の配慮が必要な病気やケガがあるという人は、就業者では60代前半・後半ともに15%前後、非就業者では60代前半が30%、60代後半が約25%でした(図表1参照)。
病気やケガがある人の一部は60代後半に引退していることがうかがえますが、多くの人は働くうえでの健康問題は抱えていません。そして、「ずっと会社員だった」60代前半の就業率は95%超、60代後半でも約9割(図表2参照)なので、「元気なのに」の裏には、「働けるのに働いていない人=悪い人」とまでは言わないものの、健康ならば、60代であっても働くのが当然」という固定観念がありそうです。しかし、元気なうちは働くべきなのかというと、そこは個人の価値観の問題ではないでしょうか。
■仕事で真っ白な灰になって燃え尽きる?
余談ですが、1968~1973年まで「週刊少年マガジン」に連載されていた漫画『あしたのジョー』を読んだ人も多いと思います。テレビアニメも放送されていました。

60代後半の人が小学生の頃です。孤児として育った矢吹丈がボクシングに出会い、力石徹をはじめとするライバルたちと死闘を繰り広げ、ラストシーンは、世界チャンピオンのホセ・メンドーサとの15ラウンドでボロボロになり、「燃えつきた……まっ白な灰に……」で幕を閉じます。筆者もその熾烈な生き様に感情を揺さぶられたものです。
さて、話を戻すと、燃え尽きるまで仕事をやりたいのか、いつまで働くのかと問われた場合、オーナーや社長、ましてや役員でもない、ふつうの「ずっと会社員だった」60代にとって、仕事で真っ白な灰になって燃え尽きる人生は、おそらく理想像ではないと思われます。また、仮にそれを望んだとしても、文字通りの終身雇用でもない限り、その思いが果たされることはありません。
■「元気なうちに辞める」ことをお勧め
筆者は、基本的には、「元気なうちに辞める」ことをお勧めします。仕事以外の人生も楽しむつもりなら、「元気でなくなってから辞める」のでは遅すぎます。自分がいつまで元気なのかは誰にもわかりません。しかし、自分だけはいつまでも元気だということもありません。
就業者がリタイア後に健康寿命を享受できる年数は、本人が思っているよりも、ずっと短いかもしれないのです(図表3参照)。
特に60代後半については、働くのか働かないのか、また、「元気なうちは働く」にしても、大半の時間を仕事に充てるのかどうかは、しっかり考えておくべきです。
60代後半は勤務先の継続雇用義務がなくなり、ハローワークを通じて職を探す人が増えます。
60代前半の継続勤務者の年収のボリュームゾーン「400万~600万円未満」に対して、60代後半のパート・アルバイトでは「200万円未満」が5割弱、「200万~400万円未満」が約4割です(図表4参照)。年収は半分以下になる可能性が大です。
■60代後半のパート・アルバイトは過酷
たとえば、2025年10月に約5.4%引き上げられた東京都の最低賃金1226円で200万~300万円を稼ごうとすると、何時間働かなくてはならないか、単純計算してみると、
・200万円÷12カ月÷1226円=毎月135.9時間、月20日勤務だと1日6.8時間勤務

・300万円÷12カ月÷1226円=毎月203.9時間、月20日勤務だと1日10.2時間勤務
200万円稼ぐには、ほぼフルタイムに近い勤務が必要であり、300万円なら毎日2時間残業する感覚です。
60歳で給与が3割下がっても、60代前半の継続勤務者の処遇条件は比較的恵まれています。しかし、パート・アルバイトになると、給与がさらに下がるのに仕事に充てる時間はさほど変わらない状況になります。
きっと、さまざまな疑問が頭に浮かんでくることでしょう。
「今後、実際にいくら必要なんだろう?」

「もっと効率的に稼ぐ方法もあるのでは?」

「結局、何のために働くんだろう?」

「本当に働く必要があるのか、もう十分なんじゃないのか?」

「辞めたら、毎日何をするのかな? やることはあるのかな?」
さて、どうしますか? どう考えますか?
■もう働きたくない
ここまで、今も働いている60代社員、50代後半社員に焦点を当ててきました。もちろん、働くのを辞めた人もいます。
55歳時点で通算20年以上、正社員として勤務していた人のうち、もう働いていない人は50代後半が2.5%、60代前半は4.2%、60代後半では10.7%と年代層が上がるにつれて増加するものの、かなりの少数派です(図表2参照)。
彼らは、なぜ働いていないのでしょうか。
働かない理由は各年代とも「もう働きたくない」が最多で、50代後半、60代前半では約5割、60代後半では6割近くを占めています(図表5)。
「もう働きたくない」をどう解釈するかですが、シンプルに読めば、「もう十分働いたし、働くのは嫌だ」、あるいは、「人生も後半なので、仕事よりも、もっとほかにやりたいことがある」ということなのでしょう。

しかし、生計が成り立たない人は働かざるを得ないわけですから、「もう働きたくない」から仕事を辞められる人は、自分としては経済的に問題がないと考えている人ということになりそうです。
「生計を維持したいから」は働く理由の1位であり、50代後半57.9%、60代前半52.8%、60代後半44.5%を占めます(図表6参照)。その裏返しで、働かない理由として「お金に不自由していない」を挙げる人は、50代後半12.2%、60代前半18.6%、60代後半21.9%です。また働く理由として、「働くことが好きだから」を挙げる人は1割前後しかいません。
■「お金があっても働きますか?」
「あなたは、お金があっても働きますか?」と問われたら、どう答えるでしょうか。
仕事が生計を立てる手段ならば、「働かない」と答える人も少なくなさそうです。お金ができたら辞めたいと考えた場合、現実問題として具体的な金額はいくらでしょうか?
60代社員が働き続けるか、辞めるかを判断するうえで、ここがひとつの悩みどころです。最大の悩みかもしれません。
ウェブには、総務省「家計調査報告(家計収支編)」の65歳以上の無職世帯の1カ月あたりの収入と支出に関するデータをベースにした「老後の必要資金はいくら?」という記事が溢れています。
「収入が25万3千円、支出が28万7千円で、毎月3万4千円の赤字と言われても、所詮、平均値なのでわが家に当てはまるかどうかわからないよ」という人は、フィナンシャルプランナーに相談すると、自分の暮らし方や今後のお金の使い道をあれこれ聞かれて、詳細な家計シミュレーションと資金運用プランを作成してくれます。
■FP相談は50代が最多
ちなみに、日本FP協会「くらしとお金のFP相談室」の2023年度実施状況報告によると、相談件数の年代別内訳は20代が6%、30代21%、40代24%、やはり50代が最多で34%ですが、60代は11%です。
40代以下が半数を占め、若いうちから備える人が少なくない中、60代が気になります。
もうすでに準備は万全ということならよいのですが、「退職金をもらったけど、さて、どうしようか」という人もいるのではないでしょうか。フィナンシャルプランナーはたいてい親切ですし、一度相談してみるとよいと思います。
■60代で働いていない人の特徴
一方、それで老後の資金ニーズに対して確信を持てるのか、どれだけ腑に落ちるのかは、また別の話です。
持っているお金の額が同じであれば、正社員・契約社員よりもパート・アルバイト、さらには働いていない人のほうが、お金に対して楽観的です。ガッツリ働いている人のほうが、お金に対して心配性の傾向があります。
純金融資産1億円以上の富裕層でも26.3%が、老後のお金に不安があると回答しています。フィナンシャルプランナーのシミュレーションなどで十分とされる以上のお金を持っていても、お金の不安を断ち切れない人は、お金のことを考えすぎているのかもしれません。考えれば考えるほど、足りないような気がしてくる人もいるのではないでしょうか。お金は必要であり重要なものですが、人生における優先順位第1位ではないはずです。お金は管理するものであって、お金に管理されることは避けたいものです。
働いていない人の傾向としては、お金に関して楽観的であることのほか、年代が上がるほど、「これまでのキャリアやスキルを活かせない」など、自分自身の選択で仕事を辞める傾向が強くなります。
一方、50代後半では「自分自身の健康上の理由」が4分の1強、そのほか、「仕事の負荷に耐えられない」「家族の事情」「家族の健康上の理由(介護など)」を挙げる割合が60代よりも多くなっており、やむなく仕事を辞める傾向が見られます。


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藤井 薫(ふじい・かおる)

パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員

電機メーカー人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、ソフトウェア開発企業にて取締役タレントマネジメントシステム事業部長を務める。2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て20年4月より現職。メディアへの寄稿も多数。著書に『人事ガチャの秘密』『ジョブ型人事の道しるべ』(ともに中公新書ラクレ)。

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(パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員 藤井 薫)
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