■「農業危機報道」の既視感
石油価格の高騰が農業生産に大きな影響を与えるという報道がなされている。また、ホルムズ海峡を経由して大量の化学肥料が主としてアジア諸国に供給されていることから、紛争が長期化すれば食料安全保障を脅かすとも報道されている(3月15日付日本経済新聞)
2026年3月30日テレビ朝日「グッド!モーニング」は、農業経営への影響を緩和するために補助が必要だという農家の主張を報道した。
生産コストが増す一方でコメの販売価格が下落傾向になることで、農家を取り巻く環境は厳しさを増しています。『自分たちでできる節約の限界があるので、燃料・肥料・農薬は補助があれば良いなとは思う』(農家)
29日には、全国17カ所で農業の危機的状況を訴える「令和の百姓一揆」というデモ行進が行われた。
ある農業経済学者の食料危機を予告する主張も目にした。
「コメ生産は田植えの時にも、収穫時にも農機を稼働させるので、燃料代高騰の影響はバカになりません。最近は農機そのものも値上がりするなど、営農コストが上がるばかり。多くのコメ生産者は経営が苦しく、次の世代に引き継ぐ余裕もない。今回の中東情勢でさらにコメ農家の負担が増えれば、雪崩を打って離農してしまいかねません。その果てに待っているのは、日本の食糧危機です」(3月12日付日刊ゲンダイDIGITAL「中東情勢悪化で日本の農業に大打撃…ほぼ全量が輸入依存の原油&肥料高で“二重苦”に」)
“またか!”という思いだ。
■2022年の酪農危機報道とそっくり
4年前の2022年、穀物価格の高騰で輸入トウモロコシを飼料として使っている酪農経営が悪化したと騒がれた。NHKクローズアップ現代などさまざまなメディアが、酪農家の離農が続き、このままでは牛乳が飲めなくなると報道した。危機を煽る学者はテレビなどに盛んに出演した。
しかし、その前の6年間ほど酪農家の所得は1600万円で酪農バブルと言われるほどだった。22年でも700万円の所得だった(図表1)。それなのに、酪農経営は問題ないという私の指摘や主張はマスメディアから無視され、政府からの補助を期待していた酪農家やその団体からは余計なことを言うなと強く抗議された。
では、あれから4年たって牛乳は飲めなくなったのだろうか? 生乳生産は好調で減少するどころか増加している。マスメディアも大騒ぎしたことを忘れているようだ。
■「農家=弱者論」のウソ
農家が貧しい弱者だと思い込んでいる人たちは、農家経営に影響が生じると補助すべきだという主張に共感する。農業界もこのような国民の心理に甘え利用してきた。先の酪農の例では、経営が苦しいことを理由に政府から補助を引き出そうと考えたのだ。
しかし、農家だから貧しいという状況は1960年代初めに消滅している。
小農の本業はサラリーマンなので貧しくはない。他方で、農家票が欲しい国会議員は、農家から陳情を受けると補助の実現のために農水省に働きかけを行う。さらに、国内農業に影響が出ると聞くと国民は食料供給に不安が生じると思う。これらが上記の主張の背後にある。
このような考えが正しいのか、ファクツ(事実)に基づき検証したい。
■ホルムズ海峡封鎖の影響を検証
農家経営への影響はどのくらいなのか?
石油や化学肥料などの農業生産要素の価格が上昇すると農業経営に良くない状況が生まれることは当然だろう。ただし、それがどの程度なのか、それが他の産業に比べて農家の経営に補助しなければならないほどの悪影響を与えるのか、農産物価格にどれだけ影響するのかを検討する必要がある。
日本農業の代表的な作物で多くの報道で影響が生じるとされるコメについて検討しよう。
まず、今流通している2025年(令和7年)産は昨年収穫されたコメなので生産への影響はない。現在のコメの価格に影響が生じるとしても、それは物流コストが上昇することを通じた限定的なものに過ぎない。現在大量のコメ在庫があるので、コメの価格は下げの方向への力が大きく働くだろう。
影響が出るとすれば、今年(2026年)産のコメである。
米作について実際にかかった生産費(物財費という)9942円(60キログラムあたり2024年産米生産費調査/農水省「農業経営統計調査」より)のうち、石油が多くを占める光熱動力費は699円、肥料代は1303円、石油価格上昇で値上がりが予想される農薬代は1007円で、合わせて3009円、30.4%である。26年2月から3月にかけての軽油価格の上昇率は12%程度であるが、かりに、これらの資材価格の上昇を大きく見積もって50%としたとしても、米作の生産費を1505円、15%程度引き上げ、1万1447円とするに過ぎない。
■コメ価格が戻っても収支はトントン
問題は、これが「雪崩を打って離農してしまいかね」ないという深刻な影響を農家経済に与えるのだろうかということである。
コストと比べるのは価格である。価格よりコストの方がはるかに大きければ、農業経営は大幅な赤字となり、離農を検討しなければならないかもしれない。
ではコメの価格はどうなのだろうか? 図表2は、JA農協がその手数料を入れて卸売業者に販売する価格なので、農家が受け取る価格はこれから3000円程度の農協手数料を引いた額である。2010年からこの15年ほど農家が受け取る価格はおおむね(60kgあたり)1万円から1万2000円ほどだった。しかし、令和のコメ騒動で2024年産は2万2000円、2025年産は3万3000円ほどに上昇している。
24年産や25年産のバブル米価では、1万1447円のコストでも大幅な黒字である。
現在大幅な在庫があるので米価の低下が予想される。これにコスト上昇を考えて農家が作付けを減少させれば、供給が減少して米価の下げ幅は少なくなる。
しかも24年産と25年産のバブル米価の貯えがある(25年産のコメ農家の一年の純所得を試算すると、10~15ヘクタール規模2000万円、15~20ヘクタール規模3000万円、20~30ヘクタール規模5000万円、30~50ヘクタール規模7000万円、50ヘクタール超規模1億円)。赤字になっても貯金を取り崩せばよい。22年の酪農と同じだ。
■零細農家の生産量はわずか2%
ところで、9942円というコストは、零細農家も大規模農家も含めた平均のコストである。
実際には、0.5ヘクタール未満の零細農家のコストは1万5948円であるのに対し、5ヘクタール以上では7907円、20ヘクタール以上では7010円である。規模の大きな農家のコストが石油価格等の上昇の影響を受けたとしても、以前の米価でも赤字になることはない。
零細な農家はこれまでもずっと赤字だった。町でコメを買うより自分で作る方が安上がりだから米作を続けてきた。かれらの主たる収入は、サラリーマン収入か年金収入である。米作が少々赤字でも生計が維持できなくなるわけではない。かれらは、かわいそうな貧農ではない。
しかも、これら零細農家が生産するコメの量は全体の生産量からすればごくわずかである。食料供給の観点から重要なのは規模の大きい農家である。
日本農業の特徴は2%と50%である。戸数では2%の大規模農家が50%の生産をし、50%の零細農家が2%の生産しかしていない。零細農家の赤字幅が拡大して離農しても食料供給への影響はわずかである。
■ホルムズ海峡封鎖で食糧危機は起きない
逆に米価の低下とコスト上昇で、彼らが農地を大規模農家に貸し渡し地代収入を得るようになれば、「より効率的で安定的な農業生産=食料供給」が実現できる。農業経済学者が脅すような“食料危機”は起きない。すでに、近年零細な農家が離農して水田は大規模農家に集積している。ホルムズ海峡の閉鎖は、この動きを加速させる。
さらに農水省は、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化、化学肥料の使用量を30%削減、化学農薬の使用量を50%削減、有機農業の割合を25%に拡大するという“みどりの食料システム戦略”を推進している。
石油や化学肥料等の価格上昇は、これらの資材の使用量を抑制することになり、“緑の食料システム戦略”に貢献する。
■日本の肥料はアメリカの倍
3月30日、JA全農は肥料価格の引き上げを農家に宣告した。これを問題視する農家や農業経済学者がいないのは残念である。
同じ価格の原材料を使いながら、日本の肥料、農薬、農機具の価格はアメリカの2倍もしている。6割から8割という圧倒的な市場シェアを持つJA農協が独占的な価格を設定してきたからである。
私が知っている北海道のコメ農家はJA農協から買わずに韓国から肥料を輸入している。JA農協より3割安くなるのだという。2012年ころ福井県のJA越前たけふが肥料を全農から購入するのをやめて独自開発したところ肥料の価格は2~3割安くなった。生産資材の価格が独占的な価格設定により、きわめて高く設定されていることが、農家の経営を圧迫し、日本の消費者に高い食料を買わせる一因となっている。酪農家が購入する飼料の価格も同じである。
JA全農が肥料価格を引き上げて、政府が農家に肥料価格の補助をすれば、儲かるのは全農で損するのは納税者・国民である。農家は政府に補助を求めるよりも、自らが主人であるJA農協に対して資材価格の引き下げを求めるべきではないだろうか?
困ると政府に援助を求めようとする農業者がいるのは残念である。私は、2014年米価が低落した際、ある女性農業者が言った言葉が忘れられない。
「弱音を吐いて誰かに助けを求めているようでは、農業は人から憧れられるような職業にならない」
このような農業者が多数になれば、国民は農業を真剣に守り育成しようとするのではないだろうか? それとも、ないものねだりだろうか?
■食糧輸入にホルムズ海峡は関係ない
そもそも石油や肥料等の価格高騰でコメ農業が影響を受けたとして、それで食料危機になるのだろうか? この主張は、食料供給の主体が国内農業だけだと短絡的に思い込むという間違いを犯している。
平成のコメ騒動を思い出してもらいたい。あの時は冷害で26%の不作となった。260万トンの不足を政府は中国やタイなどから輸入することで埋め合わせた。2014年のバター不足を最終的に解決したのも輸入だった。
食料輸入はホルムズ海峡に依存していない。国内生産が影響を受けても輸入ができれば、日本に食料危機は起きない。すでに日本の食料自給率は38%。カロリーの6割強を輸入に頼っているのだ。
石油等の価格上昇で国際的な穀物価格も上昇するかもしれない。しかし、穀物価格が3倍になった時を含めて、カロリーの供給上重要な農産物である穀物と大豆の輸入額が全輸入額に占める割合は1~1.6%に過ぎない。日本が輸入できなくなることはない。
■“海峡封鎖”より“亡国農政”が深刻
わが国周辺のシーレーンが破壊され、エネルギーだけでなく食料の輸入ができなくなれば、深刻な食料危機が生じる。戦時中の配給制度を維持するためには、コメは1600万トン必要なのに、減反で700万トン程度の供給しかできない。半年で国民すべてが餓死する。
農水省、JA農協、自民党農林族という農政トライアングルが推進してきた減反という亡国農政のツケを、それを放置した国民が払わされることになる。日本に食料危機を起こすもの。それはホルムズ海峡の閉鎖ではなく、農政トライアングルである。
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山下 一仁(やました・かずひと)
農政アナリスト、前キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(農政アナリスト、前キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)

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