■人類の終わりの始まり
アフリカで誕生したホモ・サピエンスだけが約20万~30万年におよぶ過酷な淘汰を生き残れたのはなぜか。
遺跡の発掘を通じて、進化の解明を目指している名古屋大学博物館教授の門脇誠二氏は「コミュニケーションをとるなど社会的なつながりの中で、環境変化や食料不足などのリスクに対応していた」(三菱グループのインタビュー)と語っている。つまり、「社会的なつながりや、コミュニケーションによって問題を解決していく」ことが人類の生存戦略だった。
しかし今、多くの研究者たちはひとつの静かな仮説を提起している。デジタル技術が、人類の太古から続く生存本能・戦略に干渉しているのではないか、と――。
■スマホ普及と少子化加速の時期
韓国の合計特殊出生率は2015年の1.24から2024年には0.75に落ちた。フランスの出生率は2025年に第一次世界大戦終結以来最低の1.56を記録し、戦後初めて「自然減」の国になった。日本の2024年出生率は1.15と最少を更新し続けている。中国の年間婚姻件数は2013年比でほぼ60%減となった。
「豊かな国だけの話だ」と思うかもしれない。しかしタイの出生率は2024年に1.0、インドの2.1はすでに置換水準を割り込み、ラテンアメリカは2024年に1.8、イランは1.7、トルコは1.5。
唯一の例外がサブサハラ・アフリカで、現在も平均4.3を維持している。上記の国々との明確な違いのひとつは、スマートフォンの普及率がまだ低い地域だということだ。
■「出会い」が社会から消えている
人間がパートナーを見つけるためには、まず物理的に出会う必要がある。飲食店、職場の廊下、サークル、偶然の帰り道――そういう場所が、SNSやオンラインゲームにすり替わった。驚くべきことに、米国の若者(15~25歳)の対面交流時間は2003年から2017年の間に年間140時間減少しているという(Twenge & Spitzberg, 2020)。注目したいのは、この変化の時期は、スマートフォンが世界的に普及した時期と完全に重なるということだ。
スタンフォード大学客員准教授のアリス・エヴァンス博士は自身のSubstackの記事「出生が世界的に崩壊しているのはなぜ?("Why is Fertility Collapsing, Globally?“)2024年11月配信」の中でこう指摘している。
「オンラインエンターテインメントの質が劇的に向上したことで、社交や社会的スキルの発達が押しのけられ、出会いの形成や、婚姻内での子どもを持ちたいという意欲にも悪影響を及ぼしているのではないかと私は疑っている。これはあくまで仮説に過ぎないが、世界的なタイミングとパターンに合致している」
■「母親になるより自由でいたい」
「物理的な出会い」の場の減少だけが問題ではない。SNSは人が「どんな人生を想像するか」にも静かに影響している。ブダペストのユース研究所のゲオルギナ・キシュ=コズマ副所長は、この問題を長年研究してきた社会学者だ。
「人気のある女優やセレブリティの多くが子どもを持たないか、代理母を選びます。若者はそうした人たちをSNSでフォローし、自分も永遠に若々しい体型を保ちたい、母親になるより自由でいたいと感じるようになっていきます」
実際に、フランス国立人口学研究所調査では「理想の子どもは3人以上」と答えた人の割合が1998年の50%から2024年には29%に急減した。日本でも同様の傾向が確認できる。日本財団の2024年調査によれば、子どもを持ちたいと考える人でさえ、「3人以上が理想」と答えた割合は17%にすぎない。国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」(2021年)でも、未婚女性の平均希望子ども数は初めて2人を下回った。欲しいという気持ちそのものが薄れているのは明らかだ。
■TikTokが引き起こす少子化
フィンランド人口研究所のアンナ・ロートキルチ教授は2025年4月、『ベルリン・レビュー』に発表した論文「TikTokが引き起こす少子化」の中で、スマートフォンが出生率低下を加速させた経路として3つを挙げた。それは、①人生の理想像と志向の変容、②メンタルヘルスへの悪影響、そして➂性・関係形成・関係継続期間への影響である。
その証拠に、フィンランドのファミリー・バロメーター調査では、「子どもを望まない」人の割合が1990~2000年代の4~5%から2015年には15%へと3倍に膨れ上がったという。欲しいという気持ちが侵食される背景に、スマートフォンという新たな要因が浮かび上がっているのだ。
■なぜ欲しいという気持ちが侵食される?
なぜ気持ちが薄れるのか。
アメリカの経済・政治学者マンサー・オルソンが1965年の著書『集合行為論』で確立した考え方で、個人が合理的に判断して行動した結果、集団全体にとって望ましくない結果が生まれる構造のことだ。少子化はまさにこれである可能性がある。ドイツ・マンハイム大学のミシェル・テルティルト教授らが『アメリカン・エコノミック・レビュー』誌に発表した論文はこう説明する。
〈親たちは子どもの教育に投資する際、絶対的な水準よりも「周囲の家庭と比べてどうか」を気にする。みんながそう考えるから、誰もが塾や習い事に費やす金額を競うように増やしていく。その結果、子育てのコストが社会全体で膨れ上がり、「もう一人産もう」という気持ちが削がれていく。一人ひとりの親は「わが子のために」合理的に行動しているのに、全員がそうすることで、誰も子どもを持ちにくい社会ができ上がってしまう〉――これが集合行為問題の罠だ。
そして、周囲に子どもを持つ人がいない環境では、自分だけが持とうとすれば旅行を断り、夜の集まりに参加できず、話題が合わなくなる。だから「今はまだいいか」と思う。全員がそう思えばロールモデルがいなくなり、子育てはますます「特殊な生き方」に見え始める。その連鎖が、次の世代の「欲しい」という気持ちをさらに遠ざける。誰も悪くない。
気づけば、日本では全世帯の34.6%が一人暮らしだ(厚生労働省、2024年)。「夫婦と子」の世帯ではない。「夫婦のみ」でもない。ひとりだ。これが今、最も多い世帯の形だ。
■お金では少子化は止められない
そして、こうした少子化の構図に「補助金」はそれほど役に立たない。アメリカ・メリーランド大学のメリッサ・カーニーと同ウェルズリー大学のフィリップ・レバインが2022年に発表した論文が引用する試算によれば、年間約37兆円(2500億ドル)を追加投入しても、出生率の上昇は女性ひとりあたり0.2人にとどまるという。
「欲しい」という気持ちそのものが侵食されるという問題は、お金ではできない。
実際に、ハンガリーは2010年代からGDP比約5%という世界最大級の巨額な家族支援政策を展開し(日本は約2%)、2011年に1.23だった出生率を2021年に1.61まで回復させた。フランスも手厚い保育制度と家族手当を誇り、一時は大きな成果を上げた。
ところが、両国の出生率は再び下落に転じたのだ。ハンガリーは2024年に1.41(Eurostat)、フランスは2025年に1.56(INSEE)。両国の政策は置換水準の2.1には届かなくても、子どもを増やし、EUの平均出生率よりも高い値を今も維持し続けているのだから、決して“失敗“とはいえないだろう。むしろ、大胆な少子化政策がなければ生まれた子供の数はもっと減っていたのだ。そして、これらの国々が家族政策を常にアップデートし続けているように、この未曽有の課題においては、トライ&エラーを繰り返しながら、前に進むしかない。問われているのは政策の巧拙だけではない。子どもを持つことを「当たり前」でも「義務」でもなく、「喜び」として社会が再発見できるかどうかだ。
■Metaに600億円の支払い命令
フランスは2018年から、ハンガリーは2024年から学校でのスマートフォンを禁止した。オーストラリアは2025年に16歳未満の子どもがSNSを使うことを禁止した。現在、世界の58%の国がスマホを学校で何らかの規制をしており(UNESCO, 2026年3月)、SNSの年齢制限を厳しくする国が増えている。
法廷も、同じ問いに向き合い始めた。2026年3月24日、アメリカ・ニューメキシコ州の陪審員がSNSの「Facebook」や「Instagram」を運営するMetaの責任を認定し、「児童性的搾取を放置した」として約540億円(3億7500万ドル=約600億円)の支払いを命じた。
翌25日には、ロサンゼルスの陪審員がMetaとGoogleが未成年者への依存を誘発するようにプラットフォームを設計したと認定し、(600万ドル=約8億7000万円)の賠償を命じた(Meta70%、Google30%負担)。
史上初めて、ソーシャルメディア企業が未成年者への弊害を理由に法的責任を問われたのである。
■人のいない世界がすぐそこに来ている
怖いのは、「破局」が静かにやってくることだ。戦争も疫病も災害もいらない。ただ今の出生率があと数十年続くだけでそれは訪れる。学校が統廃合され、地方の産婦人科が閉まり、介護の人手が足りなくなる。それぞれが「時代の変化」として処理されているうちに、次の10年が過ぎる。日本ではすでに「消滅可能性自治体」という言葉が行政文書に登場している。
現役世代の社会保険料負担はこの24年間で25万円増え、国民負担率はすでに45.8%に達している(2024年度)。すでに、年金の給付水準は少子化に連動して自動的に削られる仕組みになっている。全国の空き家はすでに900万戸、7棟に1棟が空いている(総務省、2023年)。そして全自治体の4割超、744の市区町村が「消滅可能性自治体」に分類されている(人口戦略会議、2024年)。100年後も存続できると判定された自治体は65――全体の4%に満たない。これらはすべて、今すでに起き、進行していることだ。
前出のキシュ=コズマ博士は筆者のインタビューの最後にこう言った。
「少子化の解決策はAIコンパニオン(自然言語による双方型の“会話”を通じて、日常会話の相手や子供の教育支援などを担うAIサービスやツール)などのテクノロジーではないと思います。幸せなコミュニティを若者が見つけられるよう助けることです」
この言葉が、少子化対策の文脈でこれほど根源的に聞こえたのには、理由がある。私自身、スマホ依存気味だからだ。友人や家族と同じ部屋にいながら、気づけば画面を見ている。体はそこにあるが、存在はどこか別の場所にいる。会話が進み、笑いが起きても、半分しかそこにいない。その感覚を、おそらく多くの人が知っているのではないか。
私がスマホと少子化の因果関係の仮説をイエスと見るのは、データだけからではない。自分自身の中に、その兆候を見るからだ。
問題の一端は経済や社会の制度にある。しかし私がこの取材を終えて残ったのは、もっと手前の問いだ。人が人と偶然に出会える場所が、静かに消えていないか。
やがて、産声は聞こえなくなる。その時に慌てても後の祭りである。
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池田 和加(いけだ・わか)
ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト
文化、社会、ジェンダー、家族政策などについて様々な国際的メディアから日本語と英語で発信。ハンガリーの研究機関で若者研究にも携わる。
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(ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト 池田 和加)

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