履歴書や面接は不要、アプリで応募して賃金も即日振り込まれるスポットワーク(スキマバイト)。そのスキマバイトで訴訟に発展するほどのトラブルが起きているという。
ジャーナリストの藤田和恵さんが取材した――。
■朝7時に届いたキャンセル通知
「みかん箱運搬スタッフ大募集」
スキマバイトのタイミーで、ミカン農園での仕事を見つけた男性Aさん(50代)は早速応募した。この時点で時刻は12月9日の0時を回っており、勤務は翌10日8時からだった。ところが9日朝7時過ぎにキャンセル通知が届く。理由は「本日迄のスタッフの頑張りで作業が、進み作業が無しになりました」(原文ママ)。前日の解約だったが、給与は1円も補償されなかった。
Aさんが何より怒りを覚えたのは、キャンセルの理由が本当とは思えなかったことだ。マッチングから解約までわずか6時間あまり。しかも深夜から早朝にかけてである。
「スタッフががんばったと言いますけど、真夜中にミカンを収穫して、箱詰め、運搬までしたというんですかね。本当はただの掲載ミスだと思いますよ」
朝から夕方までの仕事で、本来なら8000円以上の給与が得られるはずだった。急いでほかの仕事を探したが、結局その日の収入はゼロだったという。

■10件の仕事をすべてキャンセルされた
また、男性Bさん(40代)は今年2月、タイミーを通して10件ほどマッチングしていた配送補助の仕事をすべてキャンセルされた。理由は同じく「作業がなくなったから」。
約8万円の収入を見込んでいたので、影響は大きかった。Bさんが会社に直接問い合わせたところ、「もともとスキマバイトの中によい人がいたら直接雇用にして、後はキャンセルするつもりだった。見つかったので、2月以降、ワーカーは不要になった。タイミーにも確認して、(キャンセルは)問題ないと言われている」という旨の説明をされた。
Bさんは“派遣切り”に遭ったので、家賃の安いアパートに引っ越しをするつもりだったという。物件の見つけやすい3月までに初期費用を貯めたかったが、大量キャンセルのせいで予定が狂った。「ほかにも複数のワーカーをキャンセルしたそうです。保険のようにワーカーを何日も、何人も確保して、いらなくなったら一気にキャンセルなんて。僕たちはコマじゃない」と憤る。
■半数が「仕事上のトラブルを経験した」
スキマバイトは履歴書も面接も不要で、短時間だけ働いて、給料もその日に振り込まれるといった手軽さが受け、各アプリの登録者数は急増している。

一方で「募集時の内容と実際の仕事が違った」「定時よりも早い時間に退勤させられた」などワーカーが不利益を被るケースも少なくない。労働組合の中央組織・連合がワーカーを対象に実施した調査では、半数が「仕事上のトラブルを経験した」と回答している。
中でも、給与をまるまるとりっぱぐれるキャンセルによる影響は深刻だ。この間、ワーカーが企業を相手取り、未払い賃金の支払いを求める訴訟も相次いでいる。
キャンセルをめぐるトラブルはなぜ起きるのか。
スキマバイトでは、アプリ上でワーカーと企業がマッチングすることで労働契約が成立する。企業によるキャンセルは、ワーカーにとっては違法な解雇に当たることもある。
■ワーカーのような“ペナルティ”がない
一方でタイミーなどのアプリ事業者らでつくるスポットワーク協会は、天災などに加え、就労開始の24時間前までであれば①天災等の不可抗力によらない営業中止②仕事量の変化に伴い募集人数の変更が必要になった③掲載ミスがあった――といった企業都合の場合でも解約ができるとしている。このように本来企業側に責任がある理由でもキャンセルできることが、トラブルにつながっていると思われる。
とはいえ企業によるキャンセルは、以前は今以上に頻発していた。もともと業界には「労働契約はワーカーが出勤時にスマホでQRコードを読み込んだときに成立する」という“独自ルール”があったからだ。現在の労働契約成立=マッチング時よりも後のタイミングのため、ルール上は当日や出勤直前の“ドタキャン”でさえ可能だった。

加えてワーカーが仕事をキャンセルした場合は、アプリの利用を制限されるなどのペナルティを課せられるのに対し、企業がキャンセルした場合は、アプリによって違いはあるものの、ワーカーほどの不利益はない。このため全国の労働基準監督署などにはワーカーからの相談が寄せられた。
こうした事態を受け、厚生労働省は昨年7月、労働契約成立のタイミングは、原則ワーカーと企業がアプリ上でマッチングした時点との見解を初めて示した。
■未払い賃金の支払いを求める訴訟
同時にスポットワーク協会は厚労省の見解を踏まえたうえで、企業都合のキャンセルは先に述べた3項目としたほか、24時間を切ってからの解約は休業手当として給与を満額支払うこととするなどの内容をまとめたリーフレットを公表。同年9月より、新ルールに基づく運用を始めるよう、企業やアプリ事業者らに周知した。
新たな動きは司法の場にも波及した。未払い賃金の支払いを求める訴訟は昨年10月以降、少なくとも3件起きており、いずれも企業に支払いを命じる判決が出されている。
原告の1人は都内の大学に通う男性(20代)。1人暮らしをしながら、タイミーを利用して得た収入を生活費などにあてていた。ところが、昨年5月に東京・渋谷区の飲食店から、同年6月に横浜市の飲食店から、それぞれ勤務日の前日にキャンセルされてしまう。別の仕事を探したものの見つからず、見込んでいた収入を得られなかったという。
■キャンセルによる未払い賃金は300億円?
裁判ではいずれの飲食店側も期日に出廷せず、裁判所は請求通り計9700円の支払いを命じた。
提訴したケース以外にも複数回にわたって直前キャンセルを経験したという大学生は取材に対し、次のように語った。
「こちらは働くために時間を空けているのに、収入がなくなるのは困りました。便利な働き方ですが、お店は(事実上)好きなだけキャンセルができて、僕らにはペナルティがあるのは、アンフェアな仕組みだなというもやもや感もありました。一時は泣き寝入りするしかないと諦めていたので、裁判をしてよかったです」
大学生が勝ち取ったのは9700円だが、業界全体ではキャンセルによる未払い賃金は過去3年間で300億円に上るという試算もある。タイミーが設立したスポットワーク研究所によると、スキマバイトの過去3年の市場規模は約2319億円。企業都合によるキャンセル率は10~15%とされることなどから導き出されたデータである。
大学生の代理人である牧野裕貴弁護士は「厚労省による労働契約成立のタイミングについての見解は法律の解釈をあらためて示したものであり、(新ルール開始前の)9月1日以前にも適用されると考えます。今回の訴訟を通し、飲食店側の賃金未払いは違法状態であることが認められました。過去のキャンセルについても賃金を請求できることを、多くのワーカーに知ってほしい」と話す。
■タイミーの言い分は?
一方、タイミー広報は取材に対して文書で回答。一連の裁判は報道などを見る限り、被告側企業が出廷しなかったことから、事実関係が争われず、裁判所が個別の審理・判断を行うことなく、原告の請求をそのまま認めたいわゆる「欠席判決」だったとの認識を持っているとした。
そのうえで「個別事案における判決は特定の事実関係に基づいて行われるものであり、9月1日以前のキャンセルが一律に休業手当の支払いが必要になるものではないと考えています」などと述べ、賃金支払いの必要性の有無は、個別のケースごとに司法の判断にゆだねられるとの考えを示した。

また、スポットワーク協会は裁判の判決や識者らの指摘を受け、再びルールの見直しを行う予定だ。就業開始24時間前までの企業都合によるキャンセルは「やむを得ない事情による営業中止や大幅な仕事量の変化による募集人数の変更があったときには、解約が認められる場合がある」などとしたうえで、それまで可能だった「掲載ミス」は解約不可とする。キャンセル規定をさらに厳格化した形で、2026年5月より運用を始める。
同協会の後藤一重事務局長は「使用者(企業)からの解約は原則認められない、ということをあらためて強調しました」とする。
■アプリを相手取った訴訟も検討する
しかし、最新のルールをもってしても、冒頭で紹介したAさんやBさんの“被害”は救済されない。Aさんがキャンセルされたのは正確には7時2分、勤務開始は翌日の8時で、就労開始の24時間58分前の解約だからだ。
Bさんの場合は、そもそもキャンセルできる件数に制限がない。企業都合のキャンセルの余地が残されている以上、文字通りルールの趣旨のスキマを縫ってくる一部の悪質企業は、今後もなくならないだろう。
牧野弁護士は「一方的な解雇を制限する法制度の趣旨に照らすと、営業中止や募集人員の変更といった企業都合による解約は無効と判断される可能性がある」と主張。現在、キャンセルを経験したワーカーらを原告とした集団訴訟の準備を進めているほか、今後はタイミーなどのプラットフォーマーを相手取った訴訟も検討したいとしたうえで、スキマバイトの“未来”について次のように語る。
「スポットワークは新しい、柔軟な働き方だと思います。健全な仕組みをつくるためにも、タイミーのようなプラットフォーマーには過去の未払い賃金の補償などを積極的に行う社会的な責任があるのではないでしょうか」
この間、一部のワーカーが声をあげたことで、キャンセルをめぐる状況は改善された。
しかし、過去の未払い賃金の問題は放置され、最新のルールの中にも違法性が疑われる解約条件は残されたまま。原告の大学生が指摘する「アンフェアな仕組み」の解消はいまだ道半ばである。

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藤田 和恵(ふじた・かずえ)

ジャーナリスト

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、貧困問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う』(扶桑社)、『不寛容の時代 ボクらは「貧困強制社会」を生きている』(くんぷる)など。東洋経済オンラインで「大人の貧困『雇用の谷間』でもがくミドルエイジ」を連載中。2020年「貧困ジャーナリズム賞」を受賞。

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(ジャーナリスト 藤田 和恵)
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