いい睡眠をとるにはどうしたらいいのか。スマートウォッチの睡眠スコアも、流行の睡眠サプリも、SNSで話題の睡眠法も、科学的根拠は乏しいという。
睡眠科学者のメライン・ファンデラールさんの著書『熟睡力』(新潮社)から紹介する――。(第3回)
※本稿は、メライン・ファンデラール(著)、國森由美子(訳)『熟睡力』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■スマートウォッチでは脳の活動は測れない
現代人は新しいテクノロジーで健康を把握したいという思いにますます駆りたてられている。スマホには1日の歩数を表示する機能がある。血圧計は薬局で購入できる。スマートウォッチは活動レベルや体温、血中酸素濃度、心拍数まで測定できる。皮膚の表面に流れる電流を測定することで、ストレスレベルを追跡しているという人もいる。
ユーザーは一日の終わりにストレスレベルの上昇・低下についての測定レポートを受け取り、パターンを把握して原因の特定に役立てる。健康に関することは何でも数字で表せるはずだ、それが現在の体調を知る適切な手段だ、という考え方がそこにある。
スマートウォッチの多くは睡眠の質も測定し、「睡眠スコア」に変換する。また、過去数晩のレム睡眠とノンレム睡眠の割合をきれいなグラフで表示する。
ここで浮かぶ疑問は、第1に、この測定は正確なのだろうか? ということで、第2には睡眠改善に役立つのだろうか、睡眠を数字で表すことに意味があるのだろうか? ということだ。

睡眠ポリグラフ検査は、客観的な睡眠の質を測定するゴールドスタンダードである。この睡眠検査には脳の活動を測定するという重要な特徴がある。
現在消費者が自宅で利用できる機器では測定できない。ほとんどのウェアラブル機器で、睡眠や覚醒を検知して表示するのに用いられるのは加速度計、熱流センサー、光学式血流センサーだ。また、この種の機器はユーザーがどの睡眠段階にいるかを推定し、表示する。
■「睡眠スコア」の意味と根拠は曖昧
いくつかの研究は、一般消費者向けの睡眠測定テクノロジーと睡眠ポリグラフ検査とを比較し、一般向けの機器やアプリの大半は睡眠段階の測定の精度は不充分だが、不眠症ではない健康な人の睡眠時間や覚醒時間を表示するには充分だろうと結論づけている。
最近のある文献調査は、ウェアラブル機器の精度を高める有望な新技術があると結論づけた。例としては光電式容積脈波記録法(血液量の変化を測定する)、人工知能(計算の精度を高める)、心拍変動のような新しい測定指標などだ。
しかし、メーカーは曖昧で未定義の「睡眠スコア」のような用語を頻繁に使用するため、どう解釈するか難しい場合が多い。消費者は根拠のないスコアに価値を置くことになりかねないのだ。
私は睡眠療法士として、スマホで表示された睡眠スコアが低いことに気分を害する患者をよく見てきたが、実際のスコアの意味や根拠は不明瞭だった。最近の調査では、新しいアプリは、睡眠に問題がない人の場合には睡眠段階を測定するのに極めて信頼度が高いと結論づけられた。

しかし、大事なのは測定データの解釈だ。身体をきちんと機能させるのに深い睡眠の割合が10%で充分な人もいれば20%必要な人もいる。これだけをとっても大きな個人差がある。
■「睡眠スコア」の気にし過ぎは逆効果
では、「睡眠スコア」をどの程度重視したらいいのだろう? ほとんどの場合、大切なのはただ自分の直感に従うことだ。消費者向けアプリは、睡眠に問題がなく、睡眠リズムや睡眠時間の変動を記録したいなら使いようがあるだろう。
不眠症の場合は、専門家の治療を受けずにデジタル機器やアプリに頼るのは勧められない。睡眠時間や睡眠段階の測定に充分信頼性があるとは言えないからだ。睡眠問題を抱えるが不眠症未満の場合、睡眠トラッカーは概して睡眠時間を過大評価する。複数の研究で、ある機器は睡眠時間の推定では優れた性能を示したが、深い睡眠を過小評価し、浅い睡眠を過大評価した。
ウェアラブル機器は健康的な人が健康状態全般やライフスタイルを見直す際には最適である。だが睡眠問題を抱える患者にとっては消費者向け睡眠テクノロジーは、完璧な睡眠を追求するあまりに睡眠チェックのテクノロジーに過剰に依存し、逆効果になるいわゆる「オルソソムニア」を引き起こすかもしれず、問題を悪化させる懸念がある。
不眠症患者が睡眠トラッカーの結果を慎重に解釈できる睡眠専門家の治療を受けているなら、また、患者が数値を絶えずチェックしないという確証があるなら、ウェアラブル機器は認知行動療法に役立つこともある。

アプリの利点は、治療の成果につながるというより、睡眠記録をつける手間が省けることにあると、研究からはわかっている。
■専門家の指導なしの管理は不眠を悪化させる
まとめると次のようになる。睡眠トラッカーでのおおよその睡眠時間の測定については、精度が高まってきている。睡眠に問題がない場合、睡眠の測定や覚醒の記録に優れている。新しいアプリは睡眠段階の測定でも信頼できる。
しかし、「睡眠スコア」のような測定結果の解釈は明瞭でなく、信頼性もない。睡眠段階の測定が信頼できるものであったとしても、健康的なスコアの基準は個人差が大きいため、意味するところを推定するのは難しい。
睡眠に問題はあるが不眠症未満の場合、睡眠と覚醒についての結果の精度が低くなるため、専門家の指導なしに睡眠トラッカーを使用して睡眠を監視するのは推奨できない。
さらに、専門家の指導なく使用すると、過度のチェックが原因で不眠の症状が悪化しかねない。不眠症の治療を受けている場合、例えば認知行動療法などで睡眠のモニタリングをする際には睡眠トラッカーが役立つことはある。
■SNSで広がる「万能の睡眠法」にエビデンスはない
人々は睡眠についての情報を様々な経路で収集しているが、SNSからの情報はますます増えている。しかし、情報の裏づけとなるエビデンスは検証されていないことが多く、誤解を招きかねない。

SNSには研究の裏づけのない睡眠アドバイスが多い。最近TikTokやインスタグラムで広まった、夜、就寝前に口にテープを貼るマウステーピングをすると睡眠の質が改善し、いびきが減少するという情報はその一例だ。
マウステーピングと睡眠についてのデータはある。しかし、主に閉塞性睡眠時無呼吸症候群患者を対象とした調査によるもので、被験者数はごくわずかだ。
くり返すが、この調査は一般の人々ではなく、非常に特殊な睡眠障害があるごく限られたグループを対象にしたものだ。研究ではマウステーピングがいびきと睡眠時の無呼吸症状を減少させた。この症状を持つ患者の睡眠の質を改善させる可能性はあるだろう。
問題は、マウステーピングは万人に効果があると一部のインフルエンサーたちが解釈したことだ。専門家の指導がなければ呼吸困難などの症状を引き起こしかねず、危険だ。にもかかわらず、多くの著名人やアスリートがマウステーピングを推奨し始めたのだ。
■ビタミン剤もサプリも科学的根拠が乏しい
SNSの担った役割は悪だったのだろうか? 私はそう思う。一般的に、明確な情報――どんな種類で誰が対象かなど――を伝えることは非常に大切だ。
不眠症の人々が、解決策はマウステーピングだと信じるかもしれず、誤った方向へ導けば危険なのだ。
睡眠改善を謳う特定のビタミン剤やサプリメントを推奨するインフルエンサーも同じだ。ほとんどの睡眠サプリメントの効果はエビデンスに基づいていない。この種の製品を購入する際に必要不可欠なのは、効能が科学的な研究結果に基づいているかを消費者が知り、慎重に検討した上で購入の決定を下すことだ。
SNSのインフルエンサーが暴走した別の例は「午前5時クラブ」だ。大勢のインフルエンサーが朝非常に早く起きると概日リズムが整い、多くのエネルギーを生むとして拡散した。世の中には夜型の人も多く、この流行に同調圧力を感じれば、早朝に起きることで睡眠時間が(さらに)奪われる可能性があるということを考慮していない。
何度でもくり返すが、こうした主張には明確な科学的根拠が欠如しており、人によってはアドバイスに従うことでむしろ害を蒙(こうむ)ることになるかもしれないのだ。
■インフルエンサーの過度な信頼は禁物
多くのインフルエンサーのポジティブな側面は、世界中に大勢のフォロワーがおり、アイデアを伝えるのに非常に説得力のある方法を用いていることだ。
科学者は学ぶところがあるかもしれない。睡眠科学の大きな問題は、数多くの優秀な科学者が魅力的な方法で情報を広く伝達できていないことだ。科学者にもインフルエンサーにも、睡眠についての正確な知識を広める責任があり、互いの持つ強みから恩恵を受けることができる。

一方は科学的な研究で自らの主張を裏づけることで、もう一方はアクセスしやすく影響力のある方法で情報を伝えることで、だ。将来は、双方がもっと頻繁に力を合わせられることを願う。しかし、現時点では、まずは医師や睡眠の専門家に必ず相談し、特定の有名インフルエンサーの意見を信じこまないようにしてほしい。
睡眠のサポートのため多くの人が様々な製品を用いている。睡眠用のアイマスク、耳栓、旅行に持っていく自分専用の枕や掛け布団、ナイトウェアや靴下、バレリアン入りキャンディー、ベッドタイムティーなど思いつくだけでもこれだけある。
企業は睡眠改善に役立ちそうな商品を探す消費者のニーズに巧みに応えている。同時に、日々ますます多くのテクノロジー機器が市場に登場している。
■睡眠ロボットも不眠症改善に効果がない
将来、ベッド周りでは睡眠改善ロボットを使う人ばかりになるのだろうか? 未来の人々は、夜の睡眠を向上させる機械を持つようになるのだろうか? なにやら異様なアイデアに思えるかもしれないが、実は睡眠ロボットはすでに市場に出まわっており、多くの人が使用している。
豆の形をしたクッションで、呼吸をするような動きをしたり、リラックスのための音や音楽を発して、ユーザーの呼吸を落ち着かせるべく誘導する。
問題は多くの新しいテクノロジー開発、殊(こと)にスタートアップ企業の開発では、科学研究を行うための資金があまりないことである。このため、新製品が実際に睡眠の向上に役立つかどうかを科学者が判断するのが遅れることが多い。
睡眠ロボットに関するデータでは、44人のグループが3週間使用したところ、不眠症の症状の有意な減少は見られず、睡眠、不安、うつに関する測定値にも変化は見られなかった。研究者たちは、そのロボットは不眠症患者の症状軽減には効果的ではないと結論づけた。
■睡眠改善の「ノイズ」が難聴を招くこともある
睡眠ロボットの調査結果がはかばかしくなかったことは、睡眠の改善について先に述べた以下のことと符合する――不眠症を治療する最も効果的な方法は睡眠制限療法である。これは不眠症のための認知行動療法(CBT-i)の全工程を受けるのと同じくらい効果的である。
睡眠ロボットはリラックスを促すことで不眠に介入し、入眠前に気持ちを楽にさせ、中途覚醒時に再入眠をサポートするなどとされているが、眠れない時に多くの人が抱える大きなストレスを取り除くことまではできないのかもしれない。
睡眠制限療法を受けている人が通常の治療に追加する形で睡眠ロボットを用いて、その効果の有無を調査すれば、興味深い結果になるのかもしれない。
もう一つ、ここ数年関心を集めているのは音を用いることだ。睡眠改善のために用いられる継続的なノイズをよく「ホワイトノイズ」――すべての可聴周波数の音を均等に含むノイズ――と呼ぶが、必ずしも正しくはない。
ホワイトノイズだけでなくピンクノイズ(高周波数の音が少ない)やブラウンノイズ(ピンクノイズよりもさらに高周波数の音が少ない)など他の種類もある。継続的なノイズが寝室の邪魔なノイズを覆い隠し、睡眠の質を向上させるという考え方だ。複数の研究で、継続的なノイズは入眠を速やかにし、睡眠の断片化を減らすのに役立つ可能性があると結論づけられている。
しかし、エビデンスの質は非常に低い。被験者が少ないことがその主な要因だが、ただし、重度の耳鳴りの症状がある人のグループでは、継続的なノイズは入眠の問題を軽減するのに効果があったようだ。別の研究では、健康な被験者ではノイズが睡眠を妨げる、難聴を引き起こすなどの場合があることもわかっている。
■睡眠テクノロジーの研究はまだ初期段階
寝室のノイズに対処するテクノロジーとしてはノイズをできる限り取り去るというものもあり、ノイズをほぼ完全に除去する耳栓を使用するのがその一例である。ノイズを遮断すれば睡眠の質が向上するのは容易に想像がつく。
実際、ノイズキャンセリング耳栓は睡眠改善に効果がある。医療関連職のシフト制勤務者を対象とした研究では、睡眠の質が向上し、緊張が低減して、日中の眠気が減少したことがわかっている。しかし、デジタルの耳栓が従来の耳栓と比べてどの程度優れているのかは明らかでない。
睡眠の改善における新技術の有効性についての研究は、まだ初期段階だ。機器やテクノロジーが本当に睡眠の改善に役立つかどうかを明らかにするには、さらに大規模な研究を必要とする。
この種の製品を扱う上での当面の最善のアプローチは、治療に単独で用いるのではなく睡眠制限療法のような効果が実証済みの治療に付加的に使用することで、睡眠の質の向上のための基本原則に目を向けることだ。
これは未来よりも過去と関係している。急速に変化する環境の中で、心身のバランスを維持するための知識は不可欠なのだ。夜ぐっすり眠るためには、私たちの身体が太古から持つ自然な欲求に従うのが最善であるようだ。

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メライン・ファンデラール
睡眠科学者

1979年、オランダ・ヴェールト生まれ。マーストリヒト大学で生物心理学を学び、博士号を取得。現在は同大学で教鞭を執る。専門は不眠症および睡眠問題。長年オランダの睡眠医学センターに勤務。睡眠医学の普及のため、本国では多数のメディアに執筆、出演。

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(睡眠科学者 メライン・ファンデラール)
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