■「子もちは幸福度が低い」が定説だった
子どもがいる人のほうが幸せ――そう思う人は多いでしょう。
子どもはかけがえのない存在であり、成長を見守ることは人生の大きな喜びです。実際、「子どもがいるから頑張れる」「子どもが生きがいだ」と語る人は少なくありません。
しかし、学術研究が示してきた結論は、この常識とは正反対のものでした。
1990年代から2010年代にかけて、経済学・社会学・心理学の多くの研究は、「子どもがいる人ほど、幸福度は低い」という結果を報告してきたのです(*1)。
なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
■子どもが「幸福度」を下げてしまう3つの理由
理由はシンプルです。
子どもは「喜び」であると同時に、「大きなコスト」でもあるからです。
まず、金銭的負担。子どもを育てるには、20年以上にわたって衣食住や教育に多額の支出が必要になります。
次に、時間的負担。特に幼少期には目を離すことができず、自分の時間は大きく制約されます。共働きが一般化した現代では、「時間貧困」に陥る人も珍しくありません。
さらに、精神的負担もあります。子どもの健康、安全、学業、人間関係――成長に伴って、親が背負う責任は形を変えて続いていきます。
こうした負担の積み重ねによって、本来は幸福をもたらすはずの子どもが、結果として幸福度を押し下げてしまう。それがこれまでの研究の基本的な理解でした。
ところが、ここにきて状況が変わりつつあるのです。
■「子どもがいる人ほど幸せ」という逆転が発生
2020年以降の海外研究では、「子どもがいる人ほど幸福度が高い」という、これまでとは逆の結果が報告されるようになってきたのです。
一見すると、これは喜ばしい変化に見えるでしょう。しかし、この結果をそのまま受け取るのは危険です。
なぜなら、その背後には「ある残酷な選別」が起きている可能性があるからです。
今回はこの点を詳しく見ていきたいと思います。
子どもとメンタルヘルスの関係を分析した興味深い研究があります。ノルウェー公衆衛生研究所のマリア・リスター・アンデルセン研究員らによる研究です(*2)。
この研究の最大の特徴は、その桁違いの規模にあります。2006年から2019年にかけて、31歳から80歳までの約220万人を対象に、毎年のデータを追跡しています。約220万人という、国民の半数規模のデータです。
この巨大データは何を明らかにしたのでしょうか。
■子どもがいる男女ほどメンタルヘルスが良好
分析結果は明確でした。
子どもがいる人ほど、メンタルヘルスが良好だったのです。
具体的には、母親は精神疾患のオッズが33%低く、父親では40%低いという結果が示されました。対象には、うつ病、不安障害、睡眠障害などが含まれています。
さらに注目すべきは、この傾向が特定の属性に限られない点です。
結婚しているかどうか、学歴の高低にかかわらず、子どもがいる人のほうが精神疾患の割合は低くなっていました。反対に、特にリスクが高かったのは「未婚で子どもがいない男性」や「低学歴で子どもがいない男性」です。
そしてもう一つ重要なのは、この差が時間とともに拡大している点です。2006年から2019年にかけて、親と非親のメンタルヘルス格差は広がっていました。
つまり、「親であること」と「メンタルの安定」の結びつきは、むしろ強まっているのです。
ここまでを見ると、「やはり子どもは人を幸せにする」と考えたくなります。実際、アンデルセン研究員らは親になることで①生活のリズムが安定(早寝早起き等)、②社会的つながりの拡大(ママ友・パパ友の増加)、③意味・目的意識の向上といったメリットがあり、これらがメンタルヘルスの安定につながると指摘しています。子どもの存在はメンタルヘルスの安定に一役買っているわけです。
しかし、アンデルセン研究員らはもう一つの別な要因の影響も指摘しています。
■逆転の可能性:「幸せだから子どもを持てる」
それは選択バイアスです。
これは、「観察されているグループがそもそも偏っているのではないか」という問題です。今回のケースでいえば、「子どもがいる人」は、実は最初からメンタルヘルスが良好な人たちなのではないか、ということです。
もしそうであれば、子どもがいるからメンタルが安定するのではなく、メンタルが安定している人ほど子どもを持てているという解釈が成り立ちます。
■「親になれる人」が変わりつつある社会
さらに興味深いのは、この選択バイアスが強まっている可能性をアンデルセン研究員らが指摘している点です。
背景にあるのは、結婚や出産をめぐる社会の変化です。かつては、ある程度の年齢になれば結婚し、子どもを持つことが半ば当然とされていました。しかし現在では、結婚も出産も個人の選択に委ねられています。
その結果、パートナーとして選ばれやすい人、つまり心身が健康で、経済的に安定し、社会的に有利な条件を持つ人ほど家庭を築きやすくなっているのです。
言い換えれば、「親になる人」がより選抜された集団になっているのです。これは「残酷な選別」と呼ぶべき変化だといえるでしょう。この変化が、「子どもがいる人のほうがメンタル状態が良い」という結果を押し広げている可能性があります。
実は同様の指摘は、アメリカやイギリスの研究でも見られます(*3)。いずれも、親のほうがメンタルヘルスが良好である一方、その背景に選択バイアスの存在を示唆しています。
ちなみに、アメリカの研究では、高所得の女性層においてむしろ子どもが増えるという分析結果もあります。
■日本でも「親になれる人」が変わりつつあるのか
それでは日本ではどうなのでしょうか。
残念ながら、日本において子どもを持つ世帯に偏りが生じるようになってきているのかを検証した学術的研究は存在していません。しかし、その「きざし」は確認されています。
たとえば、独身研究家の荒川和久氏は、2003年から2023年にかけて、世帯年収300万~500万円の中間層の子どものいる世帯数が激減したと指摘しています。これに対して世帯年収800万円以上の経済上位層では、子どものいる世帯数にあまり変化はありませんでした。
この結果は、「お金がある世帯で子どもが持てている」と解釈できます。
■選ばれた人が親になる社会でいいのか
この結果から日本でも、海外と同様の構図が静かに進んでいる可能性があります。
中間所得層で子どもを持つ世帯が減少する一方、高所得層では維持されているという事実は、「誰でも親になれる社会」から「選ばれた人だけが親になれる社会」へと変わりつつあることを示唆しています。
もしこの流れが続けば、「子どもがいる人ほど幸せ」という結果が今後強まっていくかもしれません。しかしそれは、子どもが人を幸せにしているからではなく、もともと経済的・社会的に恵まれた人だけが親になれているという「残酷な選別の結果」にすぎない可能性があるのです。
結婚や出産が個人の自由に委ねられる一方で、その自由を実現できる条件が限られていくなら、社会は静かに分断されていきます。
「親になれる人」と「なれない人」という、目に見えにくい格差が広がっていくからです。
では、このまま“選ばれた人だけが親になれる社会”へ進んでしまってよいのでしょうか。ここから先は、私たち自身が選ばなければなりません。
■「選別」を止められるのか
それでは、この「残酷な選別」を食い止めるために、何が必要なのでしょうか。
重要なのは、子どもを持つかどうかという選択そのものではなく、その選択を実現できる条件を社会としてどこまで整えられるかという点です。
教育費や住宅費の負担軽減、働き方の柔軟化、育児とキャリアの両立支援――こうした環境整備によって、「望めば誰もが親になれる可能性」を広げていく必要があります。
子どもを持つことが一部の人にだけ開かれた選択肢であり続けるのか。それとも、より多くの人にとって現実的な選択肢となるのか。
その分岐点に、いま私たちは立っているのかもしれません。
〈参考文献〉
(*1)Hansen, T. (2012). Parenthood and happiness: A review of folk theories versus empirical evidence. Social Indicators Research, 108(1), 29–64.
(*2)Andersen, M. L., Sunde, H. F., Hart, R. K., & Torvik, F. A.(2024). Parenthood, mental disorders, and symptoms through adulthood: A total population study. medRxiv.
(*3)(アメリカ)Nomaguchi, K., & Milkie, M. A.(2023). Trends in the parenthood gap in health and well-being among U.S. women from 1996 to 2018. Socius: Sociological Research for a Dynamic World, 9. 、(イギリス)Mansfield, R., & Henderson, M. (2025). Parenthood and mental health: Findings from an English longitudinal cohort aged 32. Social Science & Medicine, 383, 118471.
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佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)

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