学歴が本当に影響するのはどんなシーンか。学歴論の専門家である社会学者の吉川徹氏は「学歴至上主義はもはや“日本の文化”だといえる。
そんな学歴が真に実効性を帯びるのは、就職でも昇進でもない、まったく別の場面だ」という――。
■学歴という「不確かなマジックワード」
ビジネスシーンでは「部長は東大を出ているから……」とか、「今度入ってきた青学の新人が……」というように、卒業した大学名が常々認識される。
学歴は、自らの能力の指標とされ、社会に出た後も終生ついて回るアイデンティティだ。人前でひけらかしはしないが、心の中では「出身大学名はステータスを見定める決め手になる」と多くの人が信じている。ビジネスキャリア上の実績や経験が重視される時代になったといわれるものの、学歴社会・日本の旧習は依然として根強い。
だが、学歴という言葉は、いくつもの意味で根拠の不確かなマジックワードだ。人々のあやふやな認識の集合体である学歴社会は、市場や法制度のようなシステムではなく、誤解と幻想の上に成り立つ虚構に他ならない。そうした危うい実情について、多くの人はなんとなく気が付いている。それでもなお、学歴は大事だという思いを捨て去るのは難しい。
今回は、新年度に改めて認識したい「学歴の正体」について紹介したい。
■①「入試難易度≒学校歴ランク」は勘違い
大卒層にとって学歴といえば、どこの大学を出たかということだ。義務教育卒、高校卒、四大卒、大学院卒などの学校制度段階と区別するために、社会学では卒業した大学名を「学校歴」と呼んでいる。

この学校歴に加えて、学部・学科による区別、すなわち専攻がいわれることもある。かつては法、文、経済、理、工、医、歯、薬などの旧来の名称が過半だったが、今は、現代システム、データサイエンス、地球総合、国際人間科学など、各大学のオリジナリティを打ち出した専攻名が増えている。他方では総合科学、学際研究が奨励され、人文社会系、理工系というかつての区分は曖昧(あいまい)になった。
それゆえに、専攻についての一般社会の理解と評価は定まっておらず、学校歴のように序列化された地位のシンボルとはみなしにくい。「いや、医学部は別だ」というかもしれないが、医学部卒業≒医師国家資格≒メディカルドクターなので、専攻自体が認識されているというわけではない。学歴を見極める際の焦点は、ひとえに学校歴、すなわち卒業をした大学銘柄だ。
大学受験を経験した私たちは、入試難易度の競い合いこそが重要だと考える。人生で最も多感な時期を勉学に賭けるのだから無理もない。もっとも、その「ゲーム」で指標とされる大学ランキングは、民間受験産業が公表している入試難易度だ。
■学校歴ランクは非公認かつ“目的外使用”
入試難易度には、東大、京大、早慶などの上位大学から、下はいわゆるFランク大学までの序列がある。評価が高く人気があるから難関校となるのか、入試が難関であるから上位校なのかは「卵が先か鶏(にわとり)が先か」であり判断が難しい。
けれどもそこに市場原理が働いている様子はなく、ただあるのは細かく序列化された入試の事前予想、いわゆるボーダーライン(模擬試験の偏差値の合格者中央値)という「指標」だ。
情報の受け手は受験生、その親たち、そして高校の進路指導教員である。
これは各社が学年ごとに把握している模試の成績と、合否実績に基づいているので、デタラメなものではない。だが、不思議なことにまだデータがないはずの新設大学や新設学部にも、ボーダーライン偏差値が示されていたりする。
そして、このランキングは一般に安定していて、10年やそこらでは入れ替わらない。だが、大学側からみると、偏差値ランクによって序列を示し、毎年の入試問題の傾向をしきりに解説する民間受験産業は、公営ギャンブル場でレース情報を売る予想屋のようなものだ。
「入試難易度≒学校歴ランク」というルールは、制度として公認されたものではない。入試難易度はあくまで大学受験をサポートする目的で示されるものなので、これを社会人が出身大学の銘柄を誇るための基準とするのは、いわば“目的外使用”だ。
だから、「2026年度から東海大学と日本大学の順位が入れ替わりました」などとファクトチェックに基づいた情報が一般向けに公表され、人びとの共通認識が修正されることなどありえない。
■②「難関大学入学=秀才の証し」ではない
大学入試自体も、この20年ほどの間に大きく変わった。総合型選抜、学校推薦などの、いわゆるAO入試もしくは年内入試と呼ばれる経路からの入学者は、今や半数を超えている。春先の一般選抜試験で複数の大学を受験し、結果によっては浪人をしたりするという、大人たちが慣れ親しんだ大学受験は、もはや典型経路ではないのだ。
その背景には、四年制大学への進学希望者の増加に合わせて、大学の定員の総数が増す一方で、18歳人口が少子化により漸減(ぜんげん)しているため、入試の競争性が低くなっていることがある。
加えて文部科学省は選抜方法の多様化を奨励しているので、各大学は複数の入試枠組を用意せざるをえない。
この他に3年次編入、国際バカロレアや帰国子女の特別枠などもあるので、とにかく大学の入り方は様々で、「学歴ゲーム」のルールにはおおいにゆらぎが生じている。大学入学は受験競争の結果とは限らない、ということは肝(きも)に銘(めい)じておきたい。
■内実が大きく変わっている大学も
他方で各大学は、さかんに学部を新設し、人気のある学部は募集定員を増やしている。大学の合併もさかんだ。例えば、系列の女子大を新学部として組み入れた名門私立大学もあるし、国公立、私立を問わず大学法人が統合する例もある。
大阪では府立大学と市立大学が統合して公立大阪大学が創設されたが、これなどはかつて入試で選択を迷った競合校が、今は同じ大学名になったという実例だ。他方では、経営難から地方私立大学が公立大学になるということもある。
文部科学省は大学改革を絶え間なく進めているので、一世代前と内実が変わっていない大学などない。そして大学は、大学銘柄を製造販売しているわけではないので、あなたの大卒学歴について責任をもって品質保証してはくれない。
■③大学の“銘柄”より“就活力”が重要
では企業の大卒新規採用における有利さはどうだろうか。「よい大学に行くのは、よい仕事に就くため」というのは老若男女を問わず、学歴社会の決まり文句だ。

けれども就活の有利・不利もまた、大学入試の難易度ランキングと直結しているわけではない。人気企業が偏差値上位から順に採用者を選んでいるというわけではないし、一流大学名をエントリーシートに書けば内定はほしいまま、などとは昨今だれも考えない。
リクルートやマイナビというような就職活動をナビゲートする人材企業が、河合塾、東進、ベネッセ、旺文社などの受験産業のボーダーラインを照合して、就職内定の有利さを示しているのもみたことはない。ついでにいえば、私たち大学人がこだわっている「大学における人材育成の質」も、就活に確実に反映されるわけではない。
というのも、就職活動では「就活力」の名のもとに、「学チカ」と通称される学生時代に力を入れたことの逸話のインパクトや、コミュニケーション力が個人単位で見極められるからだ。
企業側は、大学名の序列を鵜呑(うの)みにすることはまずない。さすがにいわゆるFランク大学はエントリーシートの段階で苦戦するというが、例えば慶應(けいおう)の湘南藤沢、早稲田の所沢、中央の八王子の間に、就活における明らかな有利・不利はないはずだ。
むしろ採用企業側が、大学名で応募者を機械的にふるい分けたりすると、「学歴フィルターを使っている」と就活生側からの非難の対象になる。不思議なことに、ここでは同じ大学新卒は横並びであるはずだ、という理屈が振りかざされる。
■④転職や管理職昇進の決め手にならない
企業や官公庁に入ると、ビジネスパーソンとしての経験と実績、個人のパーソナリティと能力が、個別の人材評価の主要な要素になっていく。雇用の流動化で、近年活発化している大卒ホワイトカラーの転職市場では、大量のエントリーを効率よく捌(さば)く必要がないので、新卒就活のときのように学校歴ランクが見比べられることはない。日東駒専卒でも地方国立大卒でも大差はなくなるだろう。

よって、就活入社時に、手に入れたばかりの「学歴カード」を一回限りで使っていた終身雇用の時代と比べると、やり直しが利(き)くようになった分だけ、生涯を通じた学歴の効用は弱まっているとみてよいだろう。
管理職への昇進においても、官僚などの一部の職を別とすれば、学部レベルの学校歴の細かな差が決定打になるということはやはり見込めない。学歴を最も重視するはずのアカデミアでも、教授昇任の可否が学部卒の大学名で変わってくるなどという例は聞かない。
逆にトップレベルの大学では、研究業績を重視するために、学閥が幅を利かせることは少なくなり、他大学の卒業者が数多く登用されている。「浪人してでも東大に入っておいてよかった」と30代以降で実感する機会は、以前ほど多くはなくなったのではないだろうか。
■⑤学歴が機能するのは「ファミリー局面」
では、学校歴はどんなときに切り札として働くのだろうか。
議員や首長などの公職選挙に立候補すれば、そのときは出身大学が見極められる。もっとも、昨年話題になった伊東市長の学歴詐称では、東洋大学という銘柄が問題になったわけではなく、あくまで「非大卒なのに大卒学歴だと偽ったこと」が問題とされたことに留意したい。
その他、各種メディアに出演する著名人や作家などとして、経歴を公表する場合には、どこの大学を出ているのかは一定の意味をもつ。しかしこれは一般人には関係ない。
意外なことだが、学歴は仕事面の「ワーク局面」ではなく、生活面である「ファミリー局面」のライフコース上で実質的な価値を発揮する。
まず結婚相手との関係性だ。
日本では、義務教育、高卒、高等教育卒という学歴段階で区分したとき、同じ学歴の男女が結婚する学歴同類婚の比率が7割を超えている。大卒層は、同じ大卒層から配偶者を選ぶ傾向が強いのだ。
結婚相手を選ぶ場合には、自分自身の出身大学を基準として、相手の出身大学をみる。このとき微細な上下差を一対(いっつい)比較するという観点が生じ、男女ともに細かい学校歴が視野に入れられる。
それゆえに、マッチングアプリや婚活サイトでは、学校歴は必須のプロフィールとされ、相手選びの初期段階で見極められる。一般に女性からみた場合、社会的地位が自分より上位の男性との結婚を望む「ハイパーガミー」という傾向があることが知られている。
就活では、自社が求める人材という漠然とした枠に対して、学校歴は参考とされるにすぎないが、ここでは、選び手の側に「自分と同等の○○大学以上」という絶対的な判断基準がある。
そしてパートナーとの上下関係は、親族や学友たちからも見定められるのではないか、とも考える。このとき、細かな大学銘柄の優劣は、鋭敏に意識されることになるのだ。この局面では、一般社会でいわれている序列が明確な効力をもち、たとえば早慶卒とMARCH卒、MARCH卒と日東駒専卒の間にはチャンスの差が生じてしまうことがありうる。
■親の学歴は子どもの人生の出発点
さらに重要なのは、子育てにおいて父親・母親がどこの大学を出ているかということだ。現在、20代では親のどちらかが四大卒で、本人も大学進学したという大卒第二世代が数を増し、同年人口の4割を超えるようになっている。
この場合、子ども世代は、親の学校歴を下回らないことを有形無形に意識して育つ。「学歴下降回避」という傾向だ。親の学校歴は「お父さんもお母さんも立教卒だから、自分もMARCH以上じゃないと……」などというように、世代間関係の上昇、下降を見定める観点では、人生の出発点とされる。この局面において、繊細な大学銘柄の序列は、おそらく人生最大の有用性を発揮する。
壮年期にある人は、自分の学校歴をいったいいつ、どのように使ったかを振り返ってみてほしい。引き出しの奥に大切にしまい込んでいる自分の学歴が、ここぞとばかりにもてはやされた経験は、事実上は「身内の間だけだった」ということに気が付くはずだ。
学歴社会は、配偶者や次世代という親密圏において有用化と再生産がなされることで、頑健な持続可能性をもっているのだ。
■⑥学歴は「学校歴文化」である
学校歴は、公的で客観的な指標ではない。またそれゆえに、人生の各局面で正当に評価されるわけでもなく、ほとんど使うことなくしまい込まれている。例えるならば、実際の対戦ゲームに使うわけではないのに、市場価値が発生して、コレクター間で売り買いされているトレーディングカードのようなものだ。
学歴社会・日本の実質は、学校歴が社会的地位を形成したり、表示したりする労働市場でのはたらきではなく、社会意識のあり方、すなわち「学校歴文化」にあるのだ。
今「wakatte.TV」に代表される、いわゆる“学歴系YouTuber”の運営するチャンネルが人気を集めている。配信されるコンテンツは、大学銘柄や入試偏差値に、学歴至上主義と言い得るほどのこだわりを示すものである。
彼らは、出身・所属大学銘柄という各人の「最重要」アイデンティティを「イジる」ような内容の配信を繰り返す。「そんな言い方をして危なくないのか」と受け手側はハラハラするが、特定個人や大学から人権侵害、名誉棄損、差別行為でかれらが告発されることはない。なぜならば、大学ランキングというものがそもそも虚構に過ぎないからである。
■学歴至上主義を捨て去るのは難しい
学歴系YouTuberは、だれもがかつて熱中した受験という「ゲーム」の勝ち負けにあえて執着してみせ、「大学名は人生の切り札なのだ」と崇(あが)めようとしている。よく知られているように、彼らの正体は民間受験産業の「中の人」だ。つまり、危うくなりがちな大学ブランドの価値を、発行元が固守しようとする活動なのだ。
そうした学歴系YouTuberが、Z世代を中心に支持を得ている。これは若い世代でも団塊の世代の大卒層でも同じように、学校歴ランクに関する「正当な拠(よ)り所」を探し求めているためだ。
彼らが学校歴の細かな違いに狂奔(きょうほん)する姿に、諧謔(かいぎゃく)と自嘲(じちょう)の念を抱きつつも「出身大学名は大切だ」という学歴至上主義の階層観を、自身も完全に捨て去ることは難しい。学歴主義が、この国の文化として根付いていることを実感させる現象だ。
今求められているのは、「学歴の正体」そして「学校歴の実効性」を正しく理解し、固定観念にとらわれがちな自分を冷静に自己診断する柔軟さであろう。多様な人と出会う新年度、ぜひ肝に銘じておいてほしい。

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吉川 徹(きっかわ・とおる)

関西大学 社会学部 教授

専門は計量社会学、特に社会意識論、学歴社会論。SSPプロジェクト(総格差社会日本を読み解く調査科学)代表。著書に『現代日本の「社会の心」』(有斐閣)、『学歴分断社会』(ちくま新書)、『学歴と格差・不平等』(東京大学出版会)、『階層・教育と社会意識の形成』(ミネルヴァ書房)、『日本の分断』(光文社新書)、『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書)などがある。

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(関西大学 社会学部 教授 吉川 徹)
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