※本稿は、加来耕三『歴史の一流は「師匠」から何を学んだのか』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■客観的な味方で軽やかに師と付き合う
勝海舟とほぼ同時代を生きた長州藩の伊藤博文もまた、「なんとか世に出たい」、「出世したい」と日々考えていました。
伊藤は足軽以下という貧しく低い身分でしたが、そこから這い上がるためには良師について学び、この力を借りて行動し、ついには日本の初代内閣総理大臣にまで上り詰めることに成功しました。
明治期に誕生した7人の首相のうち、4回を伊藤がつとめたという事実からも、その立身出世ぶりは明らかでしょう。
伊藤の師との付き合い方には、師への客観的な見方、軽やかさがありました。伊藤は師を崇拝しすぎることはなく、適度な距離を保ちながら、自身の目的のために教えを乞うのだ、という姿勢を常に明らかにしていました。
そのため師の言葉を絶対視せず、冷静に批判する目を養い、少し変わったか? 違うな、と判断すれば、師匠と別れることで新たな師を求めました。
伊藤は18歳のときに、松下村塾に入り、最初の師である吉田松陰と出会います。
人の長所を引き出す教育を行っていた松陰は、伊藤に対して「君には周旋家(しゅうせんか)(人と人との間を取り持ち、仲介する役割)の才がある」と教えました。この言葉によって伊藤は、自身の目指すべき像を少しだけ、明確にすることができたようです。
■人を観察して的確に対処し、情報を集める
松下村塾での学びは、松陰の江戸送還によって1年ほどでしかありませんでしたが、ここで桂小五郎(のち木戸孝允)や高杉晋作といった“雲の上”の知己(ちき)を得たことは、その後の伊藤の人生に決定的な影響を与えました。
とくに桂小五郎は、伊藤を手附(てつけ)(役付武士の雑用係)として身近に置いてくれました。
俊輔(しゅんすけ)と呼ばれた時代の伊藤には、突出した才能こそありませんでしたが、ここぞという好機を逃さず、迷いなく体を張れる度胸がありました(それしかなかった、ともいえますが)。
人物として豊臣秀吉の木下藤吉郎時代を彷彿させる(ありありと思い浮かぶ)ものがあります。さらに松陰の見立て通り、人を観察して的確に対処し、情報を集める周旋(しゅうせん)能力にも、伊藤は長(た)けていました。
桂の下にいた時期、幕末の長州藩には各地から勤王の志士が集まってきました。多忙な桂は、得体の知れない人物も含めて全員と面会するわけにはいきません。
そこで自身の家来であり、藩主直属ではないために、藩を代表する立場にはならない伊藤に、彼らの相手をさせたのです。
伊藤は桂から渡された金で志士たちに酒を振る舞い、女郎屋(じょろうや)へ連れて行っては本音で語り合いました。桂にとっては無価値に見える話の中にも、伊藤にとっては有益な情報が含まれていることもあったようです。
こうして集められた情報の量は、当時においては桂を凌ぐものであったと思われます。
■高杉晋作と心中する覚悟だった
桂小五郎に重用される一方で、伊藤は高杉晋作ともウマが合いました。
藩の名家の息子である高杉は金回りがよく、常識にとらわれない性格であったため、身分の違う伊藤にとっても、つき合いやすかったのでしょう。
22歳のときには、高杉と共に江戸の御殿山(ごてんやま)(現・東京都品川区北品川)にあったイギリス公使館を焼き討ちしたほどです。
もっとも、幕末の長州藩は当初から、倒幕の方針で一枚岩(いちまいいわ)になっていたわけではありませんでした。禁門の変で敗れて京都を追われ、第一次長州征伐では戦わずして降参したとき、さすがに倒幕勢力は鳴りを潜めました。幕府の威光を恐れて、幕閣に従おうという守旧派が藩内勢力を盛り返してきたのです。
このままでは、守旧派に藩政の主導権を握られてしまうと考えた高杉は、武力で盛り返させようとします。
そこで高杉は、当時、奇兵隊を掌握していた山縣有朋らに檄(げき)を飛ばしました。
日本中が再び徳川幕府の支配下に戻りつつあり、日本国内で倒幕の志を持っているのはわれら長州人だけであること、そして今こそわれらが決起して、武力で藩を動かすときが来たことを説き、「諸君、自分と一緒に戦ってもらいたい」と訴えたのです。
ところが山縣は、今のような状況で決起するのは無謀であり、集めうる兵数では正規軍に勝てるわけがない、時期を待つべきです、と高杉の決起に反対します。大半の幹部も、山縣と同意見でした。
周囲の反応に落胆する高杉に対し、ただ一人、「自分は高杉さんについていきます」と叫んだのが、伊藤俊輔=のちの博文だったのです。
■ライバル薩摩藩の大久保利通にも学ぶ
こうして高杉と伊藤は、「力士隊」をあわせた70から80人で決起し、兵力が少ないので奇襲攻撃を仕掛け、これが功を奏して下関の占領に成功しました。
以後、伊藤は高杉から全幅の信頼を得ます。
そこで伊藤は、禁門の変以来、姿を隠していた桂小五郎を探し出し、再び師とも上司とも敬います。薩長が中心となって誕生した明治新政府において、長州のトップは桂小五郎――すでに木戸孝允に改名していた――でした。
木戸のおかげで、伊藤は“政治”を学びつつ、新政府内で順調に出世していきます。
ところが、幕末の苦労で疲弊していた木戸は、精神を病むようになり、幕府は倒したものの、現実の政治を思うように進めることができません。困難が持ち上がるたびに、抗議の辞表を出す木戸を見て伊藤は、もうこの人には学べない、と感じ始めます。
そのため木戸と行動を共にすることを少しずつ、避けるようになりました。
もともと木戸は几帳面な性格であり、真面目で、物事の本質にこだわる性質だったため、多くの部下がついていきたい、と思う上司ではありませんでした。
そこで次に伊藤が選んだ、新たな上司にして師匠が、薩摩藩士の大久保利通だったのです。これは、本来ならあり得ない選択でした。
■「口数の多い男だけど、使えるかもしれない」
当時の薩長は、共に討幕を果たした間柄とはいえ、日本の主導権を争う、藩閥のライバル関係です。しのぎを削り合う、相手陣営のトップに師弟の礼をとるというのは、きわめて難しいことでもありました。
しかし、伊藤は大久保にリーダーの資質を見い出し、学びたい、という思いを抱きます。木戸の場合、なんでも自分で仕切りたがります。伊藤がアイデアを出しても、木戸は「いや、そこはこうしろ」と最終的に、自分の意見で修正をしてしまいます。
一方、木戸の政敵の大久保利通は、細部を部下に任せることができる人物でした。
部下の提案を丸のみして、「よし、やってみろ」と一任してくれるのです。
とはいえ伊藤は、大久保が簡単に自分のことを買ってくれない、と考えていました。
口数の多い伊藤のことを、寡黙な大久保は好んでいないだろうと思ってもいました。
けれども、そんな伊藤に機会(チャンス)が巡ってきました。明治新政府の首脳陣を欧米に派遣した岩倉遣欧使節団に、大久保と共に伊藤も選ばれたのです。
長い船旅の中で伊藤は大久保に接近し、二人で日本へ戻るという、出発前にはなかった突発的な出来事もあって、往復する間、じっくりと話し合う時間を持つことができたのです。
その結果、大久保は「口数の多い男だけど、伊藤は使えるかもしれない」と理解を示すようになりました。
伊藤はこうして、本来は政敵であるはずの大久保に認められていったのです。
使節団が日本へ帰国したときには、伊藤は大久保の部下、師に対する弟子となっていました。
■最下層の身分から国政のトップに
その後、大久保が暗殺されたあと、伊藤が大久保の内務卿(ないむきょう)のイスに座ります。内閣総理大臣が生まれる前の、実質的な日本のトップの地位でした。
伊藤がそこまで上り詰められたのは、そのときどきの師匠に盲従せず、常に学ぶ目的を明確にしつつ、師を客観的に見ていたからでした。
伊藤が師匠を立てる一方で、自らの色も保ち続けていたことがわかる挿話があります。信長に学びつつ、どこかで反面教師の目をもっていた秀吉にも通じるところ、といえるかもしれません。
ドイツのビスマルクを師と仰いだ大久保利通にあやかり、伊藤も師としたビスマルクを真似、口髭やフロックコートの着こなし、葉巻の吸い方、歩き方などを同様に模倣しました。
しかし、内務卿(ないむきょう)となった伊藤は、大久保とはまるで違う人格を人々に表します。
大久保がトップだった頃の内務省は、省内が緊張で張り詰め、静まり返った中で聞こえるのは大久保の靴音だけ、とまでいわれていました。
ところが、伊藤がトップになると、雰囲気はガラリと変わります。
久しぶりに内務省を訪れた人は、ガヤガヤと落ち着きのない職員の姿を見て驚いています。しかも内務卿の執務室では、伊藤が前日に飲み明かした芸者の話をしていた、というのです。
大久保のような威厳を示せない伊藤は、むしろ友好的(フレンドリー)な人柄を演出しようと心がけたようです。
伊藤は生涯を通して、出世という目的のために師匠を選び、多くのことを学びつづけました。最下層の身分から国政のトップに立った伊藤は、何人もの師匠からの学びを活かし、のちの日清戦争・日露戦争でも、なんとか存在感を発揮することに成功しました。
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加来 耕三(かく・こうぞう)
歴史家、作家
1958年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科卒業。『日本史に学ぶ リーダーが嫌になった時に読む本』(クロスメディア・パブリッシング)、『歴史の失敗学 25人の英雄に学ぶ教訓』(日経BP)など、著書多数。
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(歴史家、作家 加来 耕三)

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