国会で審議された「医療保険制度改革関連法案」には75歳以上の後期高齢者に関する変更も含まれている。74歳現役FPの浦上さんは「これが実現すれば、金融資産への"二重課税"となり、平均的な収入の人で年間17万円の増税になる」という――。

■後期高齢者の税負担が増える?
現在、2026年の通常国会で「医療保険制度改革関連法案」が審議中だ。
この法案には社会保険料の改正が含まれ、「社会保険料の計算に、確定申告した金融所得を反映させる」というものだ。
具体的には、後期高齢者(75歳以上)への保険料の計算の対象に株式譲渡益や配当収入まで含める。今後は、年齢層が、65歳以上の高齢者、さらには、すべての国民健康保険加入者にまで拡大されるかもしれない。
政府は保険料の計算の対象に金融所得を含めることが「公平」と言っているが、公平性を実現する方法は一つではない。金融所得には一切社会保険料をかけないという選択もあるのだ。「公平性の実現」を理由にして保険料を上げたいという政府の意図が見えてくる。
そもそも、公的年金だけでは老後は暮らしていけないことは、日本社会のコンセンサスになっている。そんな経済状況にある高齢者が現役時代にためた資産を取り崩して生活しようとすれば、さらに税金がかかってしまう。そういうルールを高市政権は作ろうとしている。
社会保険は強制保険なので、これは「第二の税金」といえる。ドイツやフランスは社会保険税と呼んでいる。
もともと金融資産の運用益や配当には約20%の税金がかかっているのだから、それに加えて第二の税金である社会保険料をかけようとするのは、まさに「二重課税」ということになる。
本法案は3月13日に閣議決定された。現在自民党は衆院で3分の2を超える巨大与党であるため、残念ながら、今国会でこの法案が可決されるだろうと言われている。
この記事では、この法案が提出された背景、今後どのような金融所得が社会保険料計算の対象になるのか、社会保険料負担をなるべく増やさないための対策について解説したい。
■健康保険法改正法案提出の背景
この法案の背景には、高齢化が進んで医療費がどんどん増え、もはや現役世代の保険料負担が限界に近づいているという構造問題がある。総医療費48兆円(2023年度速報ベース)のうち約40%を後期高齢者医療費が占めるが、その多くが現役世代の支援で賄われている。
一方、これまで源泉徴収(特定口座)を選択して確定申告をしない金融所得は、保険料の計算対象から外れ、そういった金融所得は保険料の計算に反映されてこなかった。このため、「負担能力に応じた公平な負担(応能負担)を徹底する」という名目で、見直しが提案されているのだ。
ただし、この改正が実現したとしても、増収となるのは、おおざっぱに計算して5000億円程度で後期高齢者医療費約19兆円の1%にすぎず、総医療費の毎年の増加額1.4兆円(2023年ベース)にも満たない。
つまりこの改正が実現したとしても、まさに「焼け石に水」。問題解決には程遠いのだ。
むしろ、政府の本当の狙いは、国民の所得を完璧に捕捉して、資産があるところから税金を取る構造を作り上げることではないか。

■どのような金融所得が対象に?
図表2は金融所得の種類を書き出し、それらが社会保険料の計算になるかどうかを示したものである。◎は現状でも計算の対象になっているもの。○は健保法改正後に対象になるもの、×は健保法改正後も対象にならないものを示す。
今回の改正で対象になるものは、「上場株式等の配当・利子・譲渡所得で株式の配当や株式を売却した場合の売却益」である。
現役時代に購入した株式の配当をもらったり、株式を売却した場合の利益に対して、保険料がかけられる。
これに対して、銀行預金の利子や元本は対象にならない、国債や地方債も同様である。
また、当たり前ではあるが、非課税所得である遺族年金、障害年金、NISAの運用益なども対象にならないし、株式等の含み益も対象にならない。
保険料をかけられたくなければ、株式を売らず含み益を膨らまし続けるか、NISAを取り崩すしかないということだ。
また、株式の売却損が出てもゼロとしてカウントされるだけで、保険料が減ることはない。
■保険料はどのくらい上がるか?
それではこの改正により、75歳以上の後期高齢者の負担はどのくらい増えるだろうか?
増えるのは、医療保険料だけでなく、窓口負担割合と介護保険料も上がる可能性がある。
図表3は75歳以上の人の2つのケースにつき試算したものである。
①は住民税非課税レベルの人、②は平均的な生活者レベルの人の場合だ。

どちらのケースも、金融資産を売って老後の生活資金に充てた場合は、想定のケースで、①で5万6000円、②で17万5000円の年間負担増になる。
金融所得に対する社会保険料値上がり比率は11%強なので、75歳以降に金融資産を取り崩した場合は、取り崩した金額の11%の負担が増えることになる。せっかく投資で得た利益も、その1割以上が社会保険料として吸い上げられる計算だ。
忘れてならないのは、金融資産を取り崩すと約20%の税金(所得税+住民税)がかかる。今回の改正では、それに加え、10%以上の社会保険料がかかるので、高齢者の負担は30%以上になるということだ。
■今後の懸念は「若い世代への拡大」
国が後期高齢者医療制度から着手するのは、年齢による“すみわけ”がしやすいからという理由に他ならない。真の理由は、金融所得の把握により、取れるところから税金や社会保険料を取るということなので、システムさえ整えば、制度の拡大は容易である。
まず、65歳以上の高齢者を含んだ国民健康保険の加入者にも拡大される可能性があるし、その後は国民健康保険加入者全体に及び、さらには、会社員、公務員にも金融所得「課税」が行われる可能性がある。
■どのように対策すればいいか
この新しい動きに対する対策は、先ほど述べたように、金融所得の取り崩しはNISAに限ることである。
NISAは非課税が大原則なので、さすがに社会保険料の対象にすることは政府もやりにくいだろう。
NISAでためた株式の配当をもらうか、NISAでためた株式の一部を老後資金として取り崩していくのであれば、社会保険料が上がることはない。
新NISAでは株式を売却しても売却した商品の取得価額(簿価)相当分は翌年には復活するので、また、非課税で投資をすることができる。
だから、NISAの株式を売却することを恐れることはない。
■改正法実施までのスケジュール
この制度が実施されるまでにはしばらくの猶予があるといわれている。
その理由は、支払調書や特定口座年間取引報告書を管理するシステムと社会保険料を管理するシステムを連携するための時間が必要であるため、法案が今国会で通っても、施行時期は2029年前後と見込まれている。
それまでの2、3年の間にNISAへの資金移動を加速するなどの対策を講じる時間があるのがせめてもの救いである。
■この改正の根本的な問題とは
今回の改革は、金融所得を社会保険料の計算の対象に組み入れることである。
この改革の問題点は以下の通りだ。
対象範囲の限定による新たな不公平感の醸成
今回の改正は75歳以上の後期高齢者に限定されている。
65歳以上の高齢者、国民健康保険加入者全員、会社員公務員等の被用者保険加入者は金融所得に対して社会保険料を払う義務はない。
なぜ、高齢者だけなのかという不公平感が出てきて当然だ。
低所得者への配慮が全くなされていない
図表4で挙げた①のケースは年金収入150万円、配当収入50万円の住民税非課税世帯となるレベルである。これらの人に対しても増税を強要している。これは制度設計が荒く、弱者保護の観点からの対策がなされていないことに起因している。
おかしいと言わざるを得ない。
■年金生活者に対する配慮がない
始めに述べたように、公的年金だけでは老後は暮らしていけないことはすでに日本のコンセンサスになっている。さらにその状況にインフレが拍車をかけている。
その状況で、現役時代にためた資産を現金化して生活費を補うのは当然の自衛行動だが、政府はそれにも負担増を強いようとしている。75歳以上の老人は富裕層だけではないのだ。また、政府主導で「貯蓄から投資へ」と旗を振りながら、運用の出口に実質的な増税(社会保険料上乗せ)を課すのは、投資意欲を削ぐ極めて矛盾した政策である。
今まで挙げた問題は、すべてが社会保険制度の設計が極めてずさんであることに起因している。消費税に財源を求めたり、今回のようなその場しのぎの一時的な修正を続けてきたことの“つけ”が回っている状態に過ぎない。
改正の前に、社会保障制度をイチから設計し直して確固たる方針を立てる必要があるのではないだろうか。

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浦上 登(うらかみ・のぼる)

コンサルタント

早稲田大学政治経済学部を卒業後、三菱重工業に入社、海外向け発電プラントの仕事に携わる。ベネズエラ駐在、米国ロサンゼルス営業所長などを歴任後、三菱重工グループの保険代理店に移り、取締役東京支店長。2009年にはファイナンシャル・プランナーの上位資格CFPを取得。
2017年にサマーアロー・コンサルティングを設立、著書に『70歳現役FPが教える 60歳からの「働き方」と「お金」の正解』(PHP研究所)がある。

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(コンサルタント 浦上 登)
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