少子化問題の解決策とは何か。ノンフィクション作家の黒川祥子さんは「人口2万人ほどの大分県豊後高田市には、全国トップレベルの子育て支援を“本気”で目指す取り組みがある」という――。
(前編/全2回)
■「住みたい田舎ベストランキング」の常連覇者
大分県の北東部にある国東(くにさき)半島は、古代から多くの寺院や磨崖仏(まがいぶつ)が作られ、六郷満山(ろくごうまんざん)と呼ばれる独特な仏教文化が栄えた土地だ。この国東半島の西側に位置するのが、豊後高田(ぶんごたかだ)市だ。
全国的にも知名度が低いと言っていい豊後高田市が、宝島社発行の『田舎暮らしの本』(2026年2月号)の特集「住みたい田舎ベストランキング」において、「人口3万人未満の市」で、全世代対象の総合部門・第1位、若者世代・単身者部門・第1位、子育て世代部門・第1位、そしてシニア世代部門でも第1位に選ばれ、全国で唯一「14年連続ベスト3」を達成、しかも6年連続全部門第1位は「全国初」という快挙を成し遂げた。
人口からも見てみよう。107万4257人(2024年10月~2025年9月)の大分県人口のなかで、豊後高田市は社会動態(転入-転出)が78人増加している。ちなみに14市4町村中、増えているのは大分市を筆頭に5市1町のみ。しかも2020年国勢調査では、豊後高田市だけが、若年女性(20~39歳)の人口増減率が“増えて”いる。
鉄道も通っていない、人口2万人ほどの小さな自治体がなぜ、このような偉業を達成できたのか。
その理由の一つに、全国トップレベルの子育て支援を「本気」で目指す市の取り組みがある。
■県立高校「無料給食」の豊かさ
2025年4月21日、豊後高田市にある唯一の県立高校「高田高校」において、前代未聞の取り組みがスタートした。それが希望者への「無料給食」の提供だ。
初日のメニューは豊後高田産の無農薬米のご飯に、国産鶏肉を甘辛く味付けして揚げたメインをオン、副菜はキャベツとコーンの炒め物に、汁物は地元産タマネギとニンジンの味噌汁という、見た目にも栄養価的にも優れた昼食だ。

基本、メニューは小中学校と一緒で、高校生にはごはんとおかずの量が多くなっている。全校生徒355人中、340人から申し込みがあり、生徒からは「親の負担が減ってよかった」「温かいものが食べられてうれしい」と笑顔の感想が寄せられた。
大分県初という試みだが、全国の公立高校において、無償で給食を提供している学校がどれほどあるのだろう。貧困家庭の生徒が多く通う高校で、若者支援のNPO法人や地域の法人会などが週に数回、無料の朝食や昼食を出しているケースを取材したことがあるが、自治体が無償で毎日、質に優れ、栄養価の高い給食を提供するケースなんて聞いたことがない。
これは「本気」で取り組むということの紛れもない証しではないか。この「本気」の先頭にいるのが、2017年に就任した佐々木敏夫(としお)市長だ。3期目を迎え、今年10月に84歳になる佐々木市長は、全国で最高齢市長でもある。
■「現状」を起点にする問題意識
佐々木市長は「問題意識」の重要さをまず、挙げた。
そこから何をやるべきかという、テーマが見えてくる。何と言っても、人口減少対策が最重点課題だった。
就任当時、豊後高田市は「消滅可能性自治体」だと公表されていた。これは民間の有識者等でつくる「人口戦略会議」の予測で、若い女性が30年間で「50%以上減少する」とされたのだ。
数にして、2010年には2031名だった若年女性人口が、2040年には978名にまで減るという推計だ。
そこで、「人口増施策」と「新たな観光振興」の2つを柱に据えた。
どうすれば、人口が増えるのか。佐々木市長の出発点は、あくまで「現状」だ。そこに、「大黒柱の夫に専業主婦の妻、子ども2人」といういまだ“標準世帯”とされる、古き良き“日本の家庭”という理念や幻影は微塵(みじん)もない。
「子どもを産む若い世代は、まず所得が低い。かつ、ほぼ夫婦共働き。では、子どもを産んだらいったい誰が子育てをするのか、経済的負担はどうなるか。この課題が解決できればおのずと、地域の魅力づくりにもつながるんです」
佐々木市長は就任の翌年に幼稚園、小中学校の給食費の無料化、高校生までの子どもの医療費の無料化、小中学校の放課後学習サポートを無料にするという、大胆な子育て支援策を打ち出した。これが、全国トップレベルを誇る子育て支援策の第一歩だった。
「無料にすることで、差別がなくなるんです。給食費を納める家と納めない家があって、それが子どものいじめに発展する。
無料にすれば、いじめがなくなるでしょ」
では、そのための財源をどうするのか。
■“財源の無駄”にメスを入れた佐々木市長
「基本は、ふるさと納税の活用です。給食費と医療費で9000万円は必要。ふるさと納税の寄付金は1億4000万円で、経費を引いたら7000万円しか残らない。そこで、現状の“財源の無駄”を整理しました」
2017年の就任当時から、ゴミ清掃工場の維持補修費、し尿処理場の管理料、ケーブルテレビ端末の入れ替えなどにメスを入れ、約33億円の節約を可能にした。
「すべて、担当職員に感謝しかありません。職員は問題意識を共有して、努力して取り組んでくれました」
ふるさと納税の寄付額は翌年には倍増し、その後5年間で寄付額は4億円以上に拡大したという。これは子育て支援に対する、市の「本気」が伝わったことが大きい。
■「教育に隔たりは要らない」という信念
佐々木市長就任3年目の2019年には、保育料・幼稚園の授業料を無料にし、子育て応援「誕生祝い金」を新設した。
第1子、第2子は妊娠時に5万円、出産時に5万円の合計10万円、第3子は妊娠時と出産時に5万円、1歳時に20万円、2歳時に20万円の合計50万円、第4子は3歳まで合計100万円、第5子以降は6歳まで合計200万円が支給されるという制度だ。
2020年には妊産婦の医療費を無料に、2022年には高田高校に無料学習塾を設置、2023年には高田高校の授業料を完全無償化し、市外の高校に行く場合も同額を支援。2024年には小学校、中学校、高校の入学時に、「子育て応援入学祝い金」として5万円を支給、高校生までの入院時の食事代を無料にし、2025年には冒頭で紹介した高田高校への無料の昼食提供を開始した。
これにより、0歳児から高校生までの保育料・授業料・給食費・医療費の「完全無料化」を実現したのだ。
さらに今年4月からは保護者の就労しやすい環境と負担軽減のため、「放課後児童クラブ」「放課後等デイサービス」の無料化を実践。そればかりではない。高田高校を卒業し、大学等へ進学した子ども一人につき、在学期間中「1年あたり5万円」を保護者に支給することも決めた。
ここには佐々木市長の「教育に、隔たりがあってはいけない」という強い信念がある。日本全国を眺めれば、今や教育は「隔たり」だらけではないか。経済格差がストレートに、学力格差につながっているのは今さら指摘するまでもない。
■全国トップレベル級“プロ”の子育て支援
アリバイ的に「やった感」を出す自治体が多い中、豊後高田市がここまで実効性の高い政策を次々実行していくことに、正真正銘の「本気」を見る。これこそ、全国トップレベルの子育て支援であり、この政策があればこそ、子育て世代が豊後高田に移住してくるのだ。市内の田染(たしぶ)小学校では今や、クラスの半分の児童が移住者世帯の子どもとなっている。
これだけの手厚い支援があれば、子どもを産むことを躊躇(ためら)う要因はおのずと減り、この環境で子どもを育てたいと、子育て世代がわざわざ移住してくるのも頷ける。
具体的な支援策もまさに“プロ”の策だ。

豊後高田市は2005年に豊後高田市と真玉(またま)町、香々地(かかぢ)町が合併してできた自治体だ。佐々木市長は給食費や医療費無料を打ち出した子育て支援策1年目に、市内の2つの拠点・真玉と香々地に子育て支援拠点「花っこルーム」を新設した。今や高田地区と合わせて市内に3カ所、子育て支援の拠点として、親と子どもの居場所となる施設を持つ。
これが、「夫婦が共稼ぎである以上、誰が子どもの世話をするのか」という課題への市としての一つの答えであり、経済支援との両輪として欠かせないものとなっている。
■「やればできる」を示す“豊後高田モデル”
この「花っこルーム」も“豊後高田モデル”の代名詞と言えるだろう。
運営はNPO法人が行っており、子育てを終えた母親や、子どもの手が少し離れた子育て中の母親がスタッフとして常駐し、親と子どもが自由にやってきてはさまざまなプログラムを行ったり、お互いに交流を深めたりする場となっている。母親一人の孤立した子育てではなく、社会に開かれた場で同じ境遇の先輩ママに頼ったり、頼られたりしての子育てが、豊後高田市では可能なのだ。
さらに保護者の就労や病気、リフレッシュのためなどの「子どもの一時預かり事業」や、「病後児保育事業」「家事サポート事業」、話し相手や一緒に出かけるなどの「利用者支援事業」「多胎児家事育児サポート事業」や、個別のニーズに対応する相談業務など、かゆいところに手が届くさまざまな子育て支援事業が用意されており、とりわけ移住者にとって、見ず知らずの土地での子育てにおいてどれだけ頼りになり、心強いことか。
香々地の「花っこ」は日曜・祝日もオープンしているため、それぞれの特徴に応じて、3つの施設を回遊する母親も多いという。
この細やかな支援事業には、NPO法人や市の女性職員の経験や知恵が見事に生かされている。だから具体的であり、実際に役立つものであり、無駄がない。
空振りの少子化対策ばかり、もう何十年と耳にしている。
まず必要なのは、現状から出発することだ。そして、豊後高田市を見れば「やれば、できる」ことが如実にわかる。
「子育ては、社会全体で支えるべき」――国も自治体もここにこそ、少子化対策の原点を据えるべきであり、何をするかはおのずと見えてくるだろう。

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黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)

ノンフィクション作家

福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。

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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)
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