■人口減で消滅の危機からの脱却決意
時は2014年のこと。人口減少に警鐘を鳴らす「日本創成会議」から発表された「消滅可能性自治体」リストに、大分県豊後高田(ぶんごたかだ)市も名を連ねていた。
「消滅可能性自治体」とは、20~39歳の若年女性人口が50%以上減少すると見込まれる自治体で、豊後高田市の減少率はマイナス51.8%。2010年には2031名だった若年女性人口が、2040年には978名にまで減ると予測されていた。
その3年後の2017年に就任した佐々木敏夫(としお)市長(83歳)は、このデータに危機感を抱き、1期目も2期目も、政策の重点課題は「人口減少対策」一択に据え、そのための2つの柱に「人口増施策」と、「新たな観光振興」を打ち出した。
「人口増対策」のための施策が全国トップレベルの「子育て支援策」であり、もう一つが「移住・定住施策」だった。
■100坪の宅地を無償で提供する大胆さ
移住・定住者を増やすための大胆な施策として、佐々木市長は移住者を対象に「定住促進無償宅地」の提供を始めた。100坪の土地を移住者に無料で提供するというもので、真玉(またま)地区に35区画、都甲(とごう)地区に7区画整備され、真玉はすでに完売、都甲でも残り2区画となり、まさに早い者勝ちの状態だ。
「日本の夕陽百選」に選ばれた真玉海岸を有する、真玉地区のその一画には、個性的な新しい一戸建てが並ぶ、のどかな住宅街が広がっていた。
どの家にも広々とした庭があり、子どもたちが遊び、家庭菜園も作られている。近くには市役所の庁舎、小・中学校、スーパーもあり、生活の便もよく、移住者たちが新生活を始めるには適した場所だ。
移住を担当する「地域活力創造課」の小野政文(まさふみ)課長は、その大胆さゆえに反対もあったと語る。
「議会では、『タダでやるのか』という反対や、作るなら市街地にすべきという声もありました。ですが、市長は『作るなら、周辺部だ』という考えを貫きました。それは、この地域一帯の振興を考えてのことでした」
真玉地区ではすでに、第2期の無償宅地を整備する予定となっている。
■「移住の先輩」の体験談をサイトに公開
市にはさまざまな場面における、手厚い定住・移住促進策がある。
年間を通じて移住相談会が実施され、空き家見学プログラムや、「お試し居住」で田舎暮らしを体験するプログラム、豊後高田での暮らしをサポートする「楽しい暮らしサポーターズ事務局」の設置や空き家バンク情報、求人情報など、移住に特化した具体的な情報が「IJU(いじゅう)支援サイト」のクリック一つで得られようになっている。
サイト内にある「移住の先輩体験談」では、79組の移住者たちの生の声に触れることができ、これから移住を考えている人にとって、これほど得難いアドバイスはないだろう。
さらにライフスタイルやニーズに応じた格安家賃の市営住宅ばかりか、「就労家賃応援金」「女子ターン奨励金」「お婿さん奨励金」「引っ越し応援資金」「空き家DIY奨励金」など、さまざまな移住者に応じた奨励金も用意され、それぞれ10万円ほどの資金援助が受けられる仕組みもある。
就労・就農情報も充実しており、新天地での仕事探しや起業、農業・漁業などへの就業支援など、移住者が市内でどのように働き、暮らしていくのかについて、責任を持って伴走してくれる。
■8年間で人口の1割強が移住者に
移住者と直接関わる「地域活力創造課」定住促進係、大塚佳代(かよ)係長は2冊のガイドブックを見せてくれた。
『ぶんごたかだ 定住ガイドブック』は、市のさまざまな施策やサービスを年度ごとにまとめたものだ。
自治体のサービスを使うには、自力で調べないと各情報に到達できないと思い込んでいたが、豊後高田では市がこうして住民の側に寄り添ってくれるのだ。
『豊後高田市 保育園・幼稚園・小中学校ガイドブック』は市内全ての施設がその特徴とともに網羅され、移住者にとって、子どもをどの保育園や学校に入れるのかに際し、非常に便利で役立つものとなっている。
佐々木市長が言う。
「豊後高田市の人口は2万1500人です。私が就任してから8年で、移住者が2521人。今、人口の11.5%が移住者ですよ。移住者がおらなかったら、高田はどうなるのか? 人口がどんどん減って、活力が失われる。何もしない自治体は、あっという間に財政が悪化していくんです」
■「3世代・3家族」総勢9人で移住
土居慶一郎さん(52歳)とひとみさん(44歳)夫妻は2014年、大阪府枚方(ひらかた)市から小4、小2、年長の子ども3人を連れて移住した。
飲食店の店長をしていた慶一郎さんには、家族の時間を増やしたいと切実な思いがあり、ひとみさんには夫の健康への不安があった。
田舎で暮らしたいと思い、『田舎暮らしの本』で豊後高田市を知り、移住者向けのツアーで国の重要文化的景観である田染荘(たしぶのしょう)の田園風景を見て一目惚れ、移住を決めた。
もともと、ひとみさんの両親も田舎暮らしを望んでいたこともあり、空き家バンクで敷地内に母屋と離れがある物件を見つけ、母屋に土居さん家族、離れにひとみさんの両親が住むことに。
豊後高田市で特徴的なのは、子育て世代に限らず、子育てを終えた60代以上のシニア世代も多いことだ。子を産まない世代でも歓迎してくれるのは、シニア世代にはありがたい。
■ママ友はじめノーストレスな暮らし
「こっちの生活では車が必須なので、母は65歳で免許を取りました」
ひとみさんは明るく笑う。夫の慶一郎さんは一人っ子だったゆえ、慶一郎さんの両親も「孫がいなくなって寂しい」と1年半後に追っかけ移住。今は便のいい、高田地区の中心部で暮らしている。こうして3世代・3家族、総勢9名で豊後高田市への移住となった。
土居さん夫婦は懇意にしていた唐揚げ屋の主人から店を任され、夫婦で観光名所「豊後高田昭和の町」で、テイクアウト中心の「からあげ壱気(いっき)」を経営。地元民からも観光客からもおいしいと評判の店となっている。
移住から12年、22歳の長女は大阪で就職し、長男は長崎の大学へ、高3の次男も卒業後は大阪の専門学校に入る予定だ。子どもが巣立つ寂しさはあるが、「移住して良かった」という思いは夫婦ともに変わりはない。
「子どもたちは友達に恵まれて、穏やかにのびのびと育つことができ、私もママ友はじめ、末永く付き合っていきたい人たちに出会えました。
夫妻の溢れんばかりの屈託のない笑顔が、豊後高田での暮らしの全てを物語っていた。
■国東半島全体の魅力を積極的に発信
佐々木市長が強調するのは、「人を呼び込む魅力づくり」だ。
「観光も、魅力のないところへ出かける人はいません。だから、中途半端はダメ。『日本の夕陽百選』の真玉海岸には約4億円をかけて、展望デッキと食堂を作りました。展望デッキがあれば、夕陽と干潟の美しい縞模様が上から見えるんです。リゾートキャンプ場である『花とアートの岬 長崎鼻』には5億円かけて道路、バーベキューテラス、キャンピングトレーラーを作りました。『馬ノ瀬(マノセ)』のトンボロ現象をご存じですか? 干潮時に海に砂道が現れる現象です。これが見られる高台にはログハウスを10棟作って、今年の夏にオープンします。6億円をかけています。人を呼び込むためには徹底して、元からある環境資源を活かすしかない。
■あれもやりたい、これもやりたい
2021年の観光客数を見れば、「真玉海岸」が約2万人、観光地として名高い「豊後高田昭和の町」が約17万8000人だったのが、2024年にはそれぞれ約10万8000人、約25万5000人に上った。確実に、費用対効果を上げているわけだ。
今後は、国東半島全体の文化遺産の魅力を発信することに力を入れる。
「『六郷満山(ろくごうまんざん)』です。これは、神仏習合のもとで発展した約100カ所にのぼる寺院群の総称です。この魅力を発信して、国東半島全体の観光資源をお客さんに共有していただき、喜んで帰ってもらったらいい。お客さんがどんどん来てくれれば、定着する人口もあって、経済が活性化する。この土地には、岩壁に直接彫られた磨崖仏(まがいぶつ)も多くあり、日本の三叡山の一つ、西叡山(さいえいざん)もある。だから、観光資源は豊富なんです。あれもやりたい、これもやりたい。夢は尽きません」
■「地域の活力は人」というスローガンの真意
佐々木市長の手法は、担当者に「徹底して任せる」が基本だ。
「私は、民間企業にいた人間です。
そしてこれは、「市役所でも全く変わらない」と言う。
「私が人を選ぶのではなく、役所で働く彼らがリーダーを選ぶ。なにしろ民間企業で、これほどの人材を採用できる会社はありませんから。みな、すこぶる優秀です。ですから予算作成などもすべて、担当者に一任します。トップは基本的に、細かなことを言う必要はありません」
佐々木市長の「教育に隔たりがあってはならない」という理念と、就任以来掲げている、「地域の活力は人」というスローガンの根幹はこの思いにあるのだ。
■「社会増」を成し遂げた豊後高田市
2024年、人口減少対策を議論する「人口戦略会議」の「消滅可能性自治体」に、豊後高田市は含まれなかった。
若年女性人口減少率は2014年調査のマイナス51.8%から、マイナス38.7%へと好転を遂げ、「消滅可能性自治体」から脱却。さらに大分県において、転入者から転出者を引いた「社会動態」が増加した5市1町に、豊後高田市も入っている。徹底した子育て支援策、移住・定住策で豊後高田市は、人口の「社会増」を成し遂げたのだ。
まさに「何もしなかったらどんどん衰退する」という佐々木市長の危機感からの、一大逆転劇だった。
そして今、さらに活気ある自治体作りのため、市は職員一丸となっての取り組みを続けている。それは、誰も取り残さない、誰もが住み良い町にほかならない。
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黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。
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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)

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