高市首相が国家戦略として取り込み始めた、核融合発電の狙いは何か。元日本原子力研究所研究員で作家の高嶋哲夫さんは「経済安全保障政策を見ていくと、核融合は『投資対象として位置づけられ始めている』ことが読み取れる。
『電気をつくる技術』ではなく、『次世代の巨大産業システム』として捉えている点に、日本独自の戦略性がある」という――。
※本稿は、高嶋哲夫『核融合発電で世界はこう変わる』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■核分裂発電と核融合発電の違い
水素のような軽い原子(水素の同位体)を融合させて、より重い原子になるときに出るエネルギーを利用して発電を行なうのが、核融合発電です。太陽が光り続けているのは、内部で核融合反応が起こっているからです。なお、従来の原子力発電は「核分裂」です。
核融合の燃料となる重水素と三重水素は海水から取れるのでほぼ無限にあり、世界中で手に入ります。装置にトラブルが起こると、燃料のプラズマ自体が生成されず消えてしまいます。高レベル放射性物質や二酸化炭素も出しません。
核融合では、少量の燃料で大量のエネルギーが生み出されます。海水ポリタンク1本分、18リットルに含まれる重水素から、石油ポリタンク250本分に相当するエネルギーが生み出されます。
核融合の燃料になる三重水素、つまりトリチウムが漏れたらどうなるのかと心配する方もいらっしゃいます。福島第一原発の処理水で有名になったトリチウムの出す放射線のエネルギーは極めて微弱で、皮膚で遮(さえぎ)ることができます。
ですから、体外の放射性物質から影響を受ける「外部被曝(ひばく)」はほとんど発生しません。
また、仮にトリチウム水を飲み込んだ場合でも、通常の水と同じように体の外へ排出され、臓器などに蓄積されていくことはないと見られており、「内部被曝」のリスクも問題視する必要はないと言えます。
■日本の国家戦略としての位置づけ
日本の政治の最前線において、核融合エネルギーが単なる研究テーマではなく、国家戦略の中心課題として取り扱われ始めています。
その象徴的な出来事が、2020年代前半における政治リーダーたちの動きです。核融合は長年、研究者や技術者の間で「未来のエネルギー」として語られてきましたが、ここにきて政府の成長戦略や政策の主要な柱として扱われるようになっています。
なかでも注目されるのが、高市早苗氏の動きです。高市氏はこれまで長年内閣府の科学技術政策や経済安全保障の分野に関与してきた政治家で、経済・技術の競争力強化策として核融合を強く支持する立場を一貫して示してきました。
実際に、彼女の政治的立場の紹介でも、人工知能、半導体、核融合、バイオテクノロジーなどを「危機管理と成長のための重点投資分野」として挙げるなど、政府の積極的な支援の対象として核融合を明確に位置づけています。
この背景には、核融合が日本にとって単なる技術課題ではなく、エネルギーの自立性や経済成長の源泉、産業競争力の強化につながる戦略的課題であるという認識があります。核融合はCO2を出さず、大量のエネルギーを持続的に供給し得るため、エネルギー安全保障と脱炭素の双方を実現する「次世代の基盤インフラ技術」です。
こうした良いことずくめの核融合発電を国家戦略に組み込むことは、単に科学技術予算を増やすだけでなく、経済や外交、国際的なリーダーシップの獲得へとつながる可能性があるという見方が強まっています。
■議員が研究者と直接議論する意味
高市氏自身は長年、核融合技術の重要性を訴える立場を取ってきました。
たとえば自由民主党の総裁選でも、核融合や小型モジュール炉(SMR)など次世代原子炉の実用化促進を成長戦略に位置づける政策を公言し、その実現に向けた政府の積極的なかじ取りを主張しています。
これは単なる選挙のスローガンにとどまらず、政策形成プロセスの中で具体的な提言として反映されてきたという評価があります。
また、政策実行の現場でも、国会議員や政府関係者による核融合研究機関への訪問が増えています。自由民主党内には核融合エネルギー推進のプロジェクトチームがあり、その幹事長や事務局長を務める議員らが、核融合研究の中核機関である核融合科学研究所や量子科学技術研究開発機構(QST)を視察する動きが見られます。
具体的には、衆議院議員の小林鷹之氏らが、QST内の核融合施設を視察し、研究者たちと意見を交わしたという報道がありました。こうした現場訪問は、単なる「見学」ではなく、政策立案の材料を直接研究現場から得るための重要な情報収集活動であり、国政と研究現場の距離を縮める実務的な動きだと考えられます。
議員が研究者と直接議論することは、「予算の付け先を判断する側が、技術の本質を理解しに来ている」という意味を持ちます。
■経済成長戦略や国際競争戦略の柱に
高市政権が核融合に力を入れていることのもう一つのエビデンスは、政府の成長戦略や国家戦略に核融合が組み込まれている点です。
政府は2023年頃から、核融合や量子技術を含む「次世代エネルギー・産業化戦略」を策定し、核融合発電の実用化を早めるための政策パッケージをまとめています。これには、研究・開発費の拡充だけでなく、関連する産業の育成、国際協力の推進、規制整備、公共投資の仕組み化などが含まれます。
核融合発電は単独の科学プロジェクトではなく、社会インフラや産業構造の根幹にかかわる国家プロジェクトとして位置づけられているのです。 
高市政権が核融合を重視する背景には、日本がエネルギー資源の乏しい国であり、エネルギー自給率の向上とエネルギー価格の安定化が喫緊の課題であるという現実認識があります。

石油や天然ガスに頼らないエネルギー基盤の構築は、日本経済の持続可能性を高めるだけでなく、国際的な技術競争力を強化する意味も持っています。
高市政権は核融合を単なる研究テーマではなく、経済成長戦略や国際競争戦略の柱として位置づけていると言えます。それは、政治リーダー自らが研究現場を訪れ、研究者と対話し、政策立案に反映させるという具体的な行動にも表れています。
こうした政治の動きは、核融合が日本社会にとって単なる未来の夢ではなく、比較的近い将来に実際のエネルギー供給や産業の中核技術となる可能性を示す重要なサインでもあるのです。
■民間投資を呼び込むうえで決定的に重要な視点
高市早苗氏が核融合を重視している点は、単なる発言や理念にとどまりません。政府が実際に策定してきた成長戦略、科学技術・イノベーション政策、経済安全保障政策を見ていくと、核融合が「将来検討課題」ではなく、「投資対象として位置づけられ始めている」ことが読み取れます。
近年の政府文書では、量子技術、AI、半導体、宇宙と並び、核融合が「国家として押さえるべき基盤技術」として扱われています。特に重要なのは、核融合がエネルギー政策だけでなく、産業政策・安全保障政策と結びついて語られている点です。
これは、電力をつくる技術としてだけではなく、装置・材料・制御・燃料循環といった周辺分野を含めた「産業の塊(かたまり)」として認識されていることを意味します。
予算面でも、核融合関連は従来の学術研究費の枠を超え始めています。令和7年度補正予算では、核融合関連の予算は1021億円に上っています。QSTを中心とした基幹研究費に加え、民間との連携を前提とした実証研究、スタートアップ支援、国際共同研究に資金が回り始めています。

これらは、単年度の研究成果を求める予算ではなく、中長期的な社会実装を想定した性格を持っています。高市氏が繰り返し強調してきた「成長戦略としての科学技術投資」という考え方が、ここで具体化しつつあると言えるでしょう。
また、規制や制度設計への言及が増えている点も見逃せません。核融合は従来の原子力(核分裂)とは安全性やリスク構造が大きく異なりますが、日本の法体系は長く「原子力=核分裂炉」を前提に構築されてきました。
高市氏は、技術の実態に合ったルールづくり、すなわち「核融合を核分裂と同じではなく、核融合として扱う制度整備」の必要性を早い段階から示唆してきました。これは、民間投資を呼び込むうえで決定的に重要な視点です。
■米国・EU・中国との比較――日本の狙う先は
次に、他国の核融合政策と比較してみましょう。ここで重要なのは、「どの国が一番進んでいるか」ではなく、「どの国がどのポジションを取ろうとしているか」です。
米国は、明確に民間主導型のモデルを選択しています。国家は規制緩和、基礎研究、初期資金の呼び水を担い、実際の炉開発や技術革新はスタートアップに委ねる。
莫大なリスクを取れるベンチャーキャピタルと、優秀な研究者を引き寄せる市場が、その前提にあります。結果として、米国では炉本体を作ろうとする企業が複数並立し、「どれが勝つか」を市場で決める構図が生まれています。

EUは、これとは対照的に、国際協調型・公共主導型です。ITERに象徴されるように、各国が役割分担し、巨大プロジェクトを着実に進めるスタイルを取っています。
スピードは米国に比べて遅いものの、安全性、標準化、制度整備に強みがあります。日本の核融合実験装置JT‐60SAがEUとの共同プロジェクトであることは、日本がこの路線に深く関与している証拠でもあります。
中国は、国家主導・長期集中投資型です。研究者の数、装置の建設スピード、国家計画への組み込み方は非常に強力で、技術を「戦略物資」として扱っています。透明性の低さという課題はありますが、「やると決めたら止まらない」点で、最も手強い存在です。
■核融合は「次世代の巨大産業システム」に
こうした中で、日本が米国型を真似るのは現実的ではありません。巨額のリスクマネーを民間が単独で背負う構造は、日本には適しません。一方で、中国型の国家集中モデルも、社会制度や政治文化の違いから難しい。
だとすると、日本の現実的な立ち位置は、「EU型の国際協調を軸にしつつ、民間の強みを部分的に活かす」路線になります。
その中で、日本が最も優位に立てるのが、炉本体ではなく、周辺技術、装置工学、材料、制御、安全設計といった分野です。
高市氏が核融合を成長戦略に組み込む意義は、まさにここにあるでしょう。
核融合を「電気をつくる技術」ではなく、「次世代の巨大産業システム」として捉えている点に、日本独自の戦略性があると思います。

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高嶋 哲夫(たかしま・てつお)

作家

1949年岡山県生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、同大学院修士課程修了。日本原子力研究所研究員となり、当時世界最高水準だった核融合実験装置JT–60の研究開発に携わる。79年、日本原子力学会技術賞受賞。だがカリフォルニア大学に留学した際に研究者としての限界を痛感し、やがて小説家に転身する。94年、「メルトダウン」で第1回小説現代推理新人賞、99年、『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。著書に『M8 エムエイト』(集英社文庫)、『首都感染』(講談社文庫)、『官邸襲撃』(PHP文芸文庫)など多数。

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(作家 高嶋 哲夫)
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