静岡県伊東市の田久保真紀前市長が、有印私文書偽造・同行使と地方自治法違反の罪で在宅起訴された。起訴状によると、田久保氏は東洋大学の卒業証書を偽造したという。
東洋大学の元研究助手で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「昨年6月の疑惑発覚から約10カ月が過ぎても世間の関心は高い。その理由は、田久保氏が図らずも『選挙の本質』を突きつけたからではないか」という――。
■学歴詐称で「異例」の在宅起訴
3月30日、静岡県伊東市の田久保真紀・前市長が在宅起訴された。
共同通信によれば、田久保氏が訴追された罪は、有印私文書偽造・同行使と地方自治法違反の2つである。前者は、市議会の百条委員会での虚偽証言であり、後者は、偽の東洋大学の卒業証書を市議会議長らに示したものである。
前者については、珍しいのではないか。新聞記事や判例のデータベースを見ても、告発された例は散見されるものの、起訴に至った案件は少ない。2003年に千葉県松戸市の市議(当時)が、百条委員会で虚偽の証言をした罪に問われたもので、3年後に千葉地裁松戸支部が禁錮10カ月(当時)、執行猶予3年の有罪判決を言い渡し、判決が確定した。
起訴されてこなかったのは、検察側に有罪判決を得られる確証がなかったからであり、裏を返せば、今回の田久保氏については、静岡地検が自信を持っている証左と言えるのではないか。
■世間の琴線に触れる「2つの要素」
その自信は、もうひとつの罪状にかかわるとみられる。有印私文書偽造・同行使とは、田久保氏が「東洋大を除籍されていたのに、昨年5月29日から6月4日、自宅または周辺で、卒業者として自身の名前を書き、インターネットを通じて業者に作成させた印鑑を押し卒業証書を偽造」したというものである(「田久保前市長を在宅起訴 自ら『卒業証書』偽造か 学歴詐称疑惑、法廷へ」共同通信、2026年3月30日)。
田久保氏側が、どのような主張をするのかは定かではない。
しかし、仮に田久保氏が、自分のものではない印鑑を使って、卒業証書を作り、それを見せていたとしたら、それは刑法159条に触れる、というのが、検察当局の判断なのだろう。
こうした異例とも言える起訴への経緯は、たしかに、私たちが今もなお、この事件に関心を持ちつづける動機のひとつに違いない。ただ、それ以上に、田久保氏の言動が、世間の琴線に触れる要素があるのではないか。少なくとも2つの要素があるのではないか。
■「法学博士」「文学博士」の印鑑を偽造
ひとつは、田久保氏が“異形”とも言える人物だという点である。「学歴」を偽っているのは明らかなのに、「卒業している」と主張し続けた。当初は、辞職すると言ったのに、前言を翻して続投した。市議会が不信任案を可決した後の選挙でもなお、自分の正当性を訴えた。
また、報道されている起訴状によれば、「法学博士」や「文学博士」といった印鑑を偽造していたとされており、仮にこれが事実だとすると、犯意は明白だったと言わざるを得ない。「卒業証書」なるものを、かねて用意していたのではなく、伊東市長に当選してから作ろうとしたのだとすれば、自覚した上での犯罪と疑うほかない。
もちろん、どのような立場も自由である。彼女が、どんな考えを持とうが、どのような演説をしようが、いかなる行為をしようとも、誰にも止める権利はない。
実際、昨年には、その信条や姿勢を評価されて、市長選挙に当選した以上、一定の敬意を示さなければなるまい。
■「東洋大学」の絶妙さがカギだった
とはいえ、疑惑を指摘されようと、市議会から追及されようと、選挙で落選しようと、まったく非を認めていない。その姿は異形と称するほかないのではないか。彼女のメンタルの強さには、あらためて感服するしかない。
加えて、これは偶然に過ぎないものの、東洋大学という大学名が、彼女にとってもカギだった可能性が高い。たとえば、東京大学であれば、実業家の堀江貴文氏のように堂々と「中退」と掲げたのではないか。「学歴」をネタにするYouTuberの高田ふーみん氏もまた「京大中退」を売りにしている。
東洋大学ほどには有名とは言いにくい大学だったらどうか。それでもまた、田久保氏にとっては卒業している、と強弁する意味は薄かったのかもしれない。この偶然も含めて、田久保氏個人が私たちを惹きつけていたのではないか。
けれども、この点、つまり、属人的な面だけなら、1年近くにわたって興味を呼び起こせない。もうひとつの要素、すなわち、この問題が図らずも突いた本質のほうが、重要ではないか。
それは何か。
■「学歴」で投票するわけではないが…
政治家への信頼である。仮に、田久保氏が「東洋大学中退」を立候補の時から掲げていたとしたら、差し支えはなかった。文部科学省のデータに基づくと、日本の大学の中退率は2.00%と、きわめて低いものの、それでも、卒業しなかったからといって、政治家として不適格なわけでは、まったくない。それどころか、どの大学を出ているのかは、決定打とは言えない。
高市早苗首相を支持する人たちのなかで、彼女の学歴=神戸大学卒業を挙げる割合は、どれくらいだろうか。慶應義塾大学卒業の石破茂・前首相と高市氏を「学歴」という点で比べる人が、どれだけいるのだろうか。高市氏が信頼しているとされ、首相補佐官を務める日本維新の会の遠藤敬衆議院議員は、大学に進学していない。「高卒」だから、などという理由での彼への批判は寡聞にして知らない。
選挙で政治家を選ぶ理由は「学歴」(だけ)ではない。人柄、見た目、印象、雰囲気、といった、ことばにできないものも左右する。投票箱を前にして名前を書くときに初めて見た文字面からなんとなく決める、そんな場合もあろう。

なるほど、政策や、その実行力が問われるのは、言うまでもない。何をしたいのか、何をするのか、何ができるのか。そういった政治家としての能力が試されるのが選挙である。それでも、いや、だからこそ、誰に投票するのかは、実は、とても難しい。
■選挙で「誰に投票するか」は難しい
すでに実績を残した人物であれば、それをもとに評価できる。逆に、今回の田久保氏のように、これまでの政治経験のなさを、しがらみのなさや清新さとして売り出すときには、かえって邪魔になる。それだけではない。「この政策を実現する」という訴えそのものが、「詐称」とまではいかなくても、大言壮語というか誇張である場合は少なくない。
かつて、小泉純一郎氏は「自民党をぶっ壊す」と叫び、「郵政民営化は必要ないのか、国民の皆さんに聞いてみたい」として、衆議院を解散し、選挙に打って出た。あれから20年以上が過ぎ、民主党をはじめ多くの政党がなくなった(壊れた)のに対して、自民党は政権から3年3カ月離れただけで与党の立場にいる。
郵政三事業は民営化されたものの、郵便料金が高くなった以外に、私たちがダイレクトに実感する変化に乏しいのではないか。かといって、小泉氏が嘘つきだったとか、郵政民営化は無駄だったなどとあげつらいたいわけではない。
あのとき、多くの有権者が小泉氏を信じ、一票を投じたのは、間違いではなかったし、反省すべき愚行でもない。
■何をもって政治家を信じるべきか
今回の田久保氏についても、伊東市民が騙されたとか、見る目がなかったとか、そういった対象ではない。彼女が選挙で掲げた政策はフェイクではなかっただろうし、「学歴」を除いては、有権者を騙そうとはしていなかったのではないか。本当の詐欺師というか、邪な心に満ちていたのなら、もっと賢い方法がいくらでもあったのではないか。少なくとも、彼女が伊東市や市民のために、と心を砕いた姿だけは信じたい。
まさにここに選挙の難点がある。何が大事な政策で、何をもって政治家を信じるべきなのか、信じられるのか、という難しさがある。こう書いている私からして、「学歴詐称」に手を染めた田久保氏の政治家としての真心を疑いきれないのである。
これが、田久保氏が、私たちの耳目を集めつづける要因ではないか。彼女が、異例の起訴をされ、鋼のメンタルを持った異形の人だから、だけではない。意図せずして田久保氏が突きつけたのが、選挙とは何か、という根本的なテーマだったからではないか。
政治家にとって「学歴」とは何か。
有権者が政治家を選ぶときに、何をもとに決めればよいのか。決めるべきなのか。そういった、私たちが考えているつもりでいながら、実は、よく考えるとなおざりにしている大切なポイントを気付かされたからではないか。
■田久保氏から目が離せない本当の理由
では、私たちに何が求められているのか。政治家に卒業証書を提出させたり、企業や役所などへの在籍証明書をとらせたり、といった、公的な証拠を要求させる振る舞いなのか。いや、そうした小手先の、かたちだけの対応策では、物足りない。討論会をさせて優勢だった人を選べば済むわけでもない。自分の意見と各政党・候補者の考えの一致度を数値で表示する「ボートマッチ」と呼ばれるツールでも決められない。
決め手がないからこそ、逆説的に、私たちの直感を信じる覚悟が求められるのではないか。
かつて、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは、政治家には、何があっても引き受ける「責任倫理」が必須だと喝破した。言い訳をせずに、結果や事態、現実をありのままに受け止めなければならない、と説いた。
有権者たる私たちに求められているのもまた、これに近い。「学歴」をはじめとする釣書だけでも、聞こえの良い「政策」だけでもなく、最後は、私たち一人ひとりが、その政治家を信じられるかどうか、その感覚が問われている。自分たちの選択が招く結末がどうあれ、受け入れる覚悟が問われている。こうした直感や覚悟には、絶対の正解はない。田久保氏から私たちが目を離せないのは、そのせいなのだろう。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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