■電気代の値上げは避けられない
ホルムズ海峡の封鎖で、ガソリンの値上がりが注目されている。しかし真の脅威は、遅れてやって来る「電気代の値上げ」だ。
日本政府が確保してきた石油備蓄は254日分。約4億7000万バレルは世界でも最大級の備えだと、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は評価する。
一方で心許ないのが、日本国内の発電量の3分の1をまかなっているLNG(液化天然ガス)の在庫だ。わずか400万トンに留まり、国内全消費量のおよそ3週間分しかない。LNGは極低温で保管する必要があり、長期備蓄が難しい。
イランをめぐる紛争で、日本の石油輸入の9割超が経由するホルムズ海峡が事実上封鎖された。石油備蓄がいくら潤沢でも、世界的なエネルギーの奪い合いと価格高騰から日本は逃れられないと、同研究所は指摘する。
日本の電源構成を見れば、事態の深刻さがよく分かる。日本の経済産業省の2024年度速報値によると、LNG火力が国内発電量の約32%を占め、最大の割合となっている。
■アジアのガス価格は65%急騰
LNGの供給不足に関し、世界的にも危機感が広がっている。
ホルムズ海峡が事実上封鎖され、3月だけで世界のLNG月間供給量の約14%にあたる580万トンが市場から消えた。年間処理能力7700万トンを誇るカタール最大のLNG基地ラス・ラファンが操業を停止し、買い手各社に対し、不可抗力により供給を断念すると通知したためだ。
コモディティ市場データ分析企業のケプラーによると、欧州とアジアのガス価格は混乱が始まってから約65%急騰し、2023年3月以来の高値をつけた。投機筋による一時的な値動きではなく、現実の供給不足がそのまま価格に反映された結果だという。
日本で取引される電力先物も、即座に反応した。米金融情報サービスのブルームバーグによると、欧州エネルギー取引所(EEX)に上場する東京エリア2026年度のベースロード契約(24時間一定供給型)は3月3日に11%急騰し、1キロワット時あたり13.58円と過去最高値を更新した。
まだ1年以上先の契約がこれほどの値動きを記録したのは、中東情勢の緊迫化を受け、将来のエネルギーコスト上昇に備えるヘッジ買いが一斉に入ったためだ。関係者は共通して、今回のLNGの混乱で、日本の電気料金は確実に上がると読んでいる。
■“値上がり実感”までには数カ月
もっとも、LNGが急騰しても、電気代には即座に跳ね返らない。
日本の電気料金には「燃料費調整制度」があり、値上がりが請求書に表れるまでに数カ月かかるためだ。実際に各家庭に届く請求書に変化が見て取れるのは、まだ先ということになる。
だが、卸売市場ではすでに大幅な値上がりが見込まれている。ブルームバーグNEFのアナリスト、マリコ・オニール氏によると、東京の卸売電力価格は今年24%上昇し、平均15.6円/kWhに達する見通しだ。供給の混乱が長引けば、さらに25%高い19.6円/kWhまで跳ね上がりかねないという。仮にそうなれば、あのロシアのウクライナ侵攻に端を発した2022年のエネルギー危機以来の高水準となる。
燃料費調整制度を運用するのは、東京電力エナジーパートナーなど大手電力だ。毎月の請求額は、一定のタイムラグを経て、LNGや石炭の輸入価格に連動して上下する。
当の東京電力も、世界的なエネルギー情勢の変化や需給のひっ迫が生じれば、「燃料費調整額が大幅に増加する可能性がある」と公式ウェブサイトに注記している。いま起きていることは、まさにこの注意書きが想定している事態に他ならない。
■「夏のエアコンシーズン」を電気代値上げが直撃
見落とされがちだが、この制度には数カ月のタイムラグがある。調整額の算出に使われるのは、貿易統計に基づく直近3カ月間の燃料価格の平均だ。
したがって、各家庭でこの値上がりを実感するのは今ではない。その意味では高市早苗首相の3月3日の衆院予算委員会での「直ちに上昇することはない」との答弁は正しい。ただし、3月で終了が予定されている補助金施策が延長されない場合、エアコンで電気使用量が大幅に増加する夏シーズンに、まさに電力価格の上昇が家計を直撃することとなる。
価格の上昇は、いつになれば収まるのか。
3月19日、カタール国営エネルギー企業カタールエナジーのサアド・アル・カアビーCEO兼エネルギー担当国務大臣が英通信社のロイターに語った見通しは、楽観を許さないものだった。
■LNG不足は年単位で続く
イランの攻撃で、カタールが保有するLNGトレイン(液化処理設備)14基のうち2基と、GTL(天然ガスを液体燃料に変える施設)2基のうち1基が損傷した。年間1280万トン分のLNG生産が止まった。カタールのLNG輸出全体の約17%にあたり、年200億ドル(約3兆円)の収益が消えている計算だ。修復には3~5年を要するという。
カタールエナジーは生産拠点ラス・ラファンへの攻撃を受け、LNGの全生産量について不可抗力(フォース・マジュール)を宣言した。
仮に報復態勢が早期に収束しても、すぐには回復しない。ケプラーが3月5日に公表した分析によれば、船舶が安全に航行できるようになった後も、カタール北部のLNG生産拠点ラス・ラファンの完全再稼働には約2週間かかる。紛争が長引けば、市場の前提を根本から見直さざるを得なくなるとも指摘している。
今後の供給拡大も、見通しが立たなくなっている。カタールが進める世界最大規模のノースフィールド・ガス田の拡張工事が全面停止しており、ロイターは1年以上の遅延が生じる可能性があると伝えている。LNG不足は、年単位で続く公算だ。
■日本のLNG備蓄は“全消費量の約3週間分”
当然、政府としても手をこまねいているわけではない。こうした事態を想定し、一定の民間備蓄を確保してきた。経済産業省は、電力・ガス会社が保有するLNG在庫約400万トンが、ホルムズ海峡経由のLNG輸入量の「約1年分」にあたると強調する。
3月10日の電力・ガスの需給と燃料調達に関する第4回官民連絡会議でも、業界の受け止めは落ち着いていた。
2021年にはLNG融通の枠組みが整備されており、事業者間で対処しきれない場合には、資源エネルギー庁が全国規模で調整に乗り出す。中東情勢の急変を受け、電力広域的運営推進機関は夏に向けた燃料在庫の臨時モニタリングにも着手する方針だ。
加えて、外交面でも模索が続く。アメリカの戦略国際問題研究所も取りあげているように、高市首相が3月初旬に国際社会と連携した外交的解決を呼びかけたほか、経産省はエネルギー供給への影響を評価するタスクフォースを設置した。
ただし、「短期的に支障なし」との判断は、あくまで供給の「量」についてのものだ。経済産業省が「約1年分」と説明するのは、ホルムズ海峡経由分との比較にすぎない。ホルムズ経由は日本のLNG輸入全体の約6%にとどまり、国内の全消費量を基準にすれば、同じ400万トンでも約3週間分しか持たない。
■「輸入3%減」で「支払額2倍」になった例も
ホルムズ海峡への依存度は6%と低く、これはたしかに調達先多様化の成果と言える。だが、米エネルギーシンクタンクのIEEFAは、この数字には落とし穴があると指摘する。
同シンクタンクが発表した報告書のタイトル「多様化されたLNG調達戦略は世界的な価格急騰から完全には守れない」が、内容を端的に表している。日本のLNG長期契約は、大半が原油価格に連動している。調達先をいくら分散しようと、価格は世界市場で決まるため、世界的な値上がりから逃れられないとの指摘だ。
2022年のウクライナ危機でも、日本は同じ状況に巻き込まれた。当時、日本のLNG輸入に占めるロシア産の割合は、わずか8.7%にすぎなかった。それでもロシアが欧州向けパイプラインガスの供給を絞ると、世界のLNG価格は高騰した。日本の月間輸入額は2021年4月の2213億円から翌年8月には8780億円超へ、約4倍に膨れ上がった。
年間で見ると、変化はさらに鮮明だ。輸入量は3%減ったのに、輸入総額はドル建てで65%増。円安が追い打ちをかけ、円建ての支払額は98%増と、平時のほぼ2倍に達した。
今回のイラン紛争でも構図は変わらない。IEEFAによると、アジアのLNG指標価格JKM(日韓マーカー)はすでに2倍に急騰している。ホルムズ海峡経由の依存度が6%であろうと、世界市場で価格が跳ね上がれば、日本も同じ高値で買うしかない。
■世界的にも余力はほとんどない
高値を抑えるには中東以外の代替の供給源が必要となるが、世界を見渡しても余力はほとんどない。
ケプラーの試算によると、アメリカやオーストラリアの設備はすでにフル稼働に近く、ナイジェリアやアルジェリアも原料ガスそのものが足りない。代替供給源を世界中からかき集めても、確保できるのは月200万トン未満。月580万トンに上る供給不足の3分の1にも満たず、穴埋めにはほど遠い。すでに大西洋岸産のLNGがアジアへ流れ始め、欧州に届く分が減っている。
欧州エネルギー大手のトップも危機感を隠さない。シェルのワエル・サワンCEOは3月にヒューストンで開催されたエネルギー国際会議CERAウィークで、イラン紛争に伴うホルムズ海峡の通航制限を受け、供給危機が拡大するおそれがあると警告した。同氏は米ビジネスニュース専門局のCNBCに対し、「最初に打撃を受けたのは南アジアだった。それが東南アジア、そして(日本が位置する)北東アジアへと広がり、4月以降は欧州にさらに波及していく」と語っている。
■欧州とアジアで需要が増える「夏」
最も厳しくなるのはこの夏だ。フランスのエネルギー大手トタルエナジーズのパトリック・プヤンヌCEOもCNBCの取材で、市場が「機能不全(dislocated)」に陥っていると指摘した。
同氏が懸念するのは、タイミングのバッティングだ。欧州がガスの貯蔵に動くまさにその時期に、アジアではLNG需要が例年急伸する。
ユーロニュースの報道によると、欧州のガス指標であるオランダTTF先物は3月単月で、38ユーロ/MWhから54ユーロ/MWhへと約42%跳ね上がった。CNBCは、一時60ユーロ/MWhを超えたと報じている。
ゴールドマン・サックスは今後、さらなる上昇を見込む。ホルムズ海峡のエネルギー流量の低下が10週間に及ぶ「悪化シナリオ」では、夏のTTF平均が89ユーロ超に。さらに、カタールのインフラに長期的な損傷が生じる「より深刻なシナリオ」では100ユーロ超に達する可能性があると見る。仮に100ユーロを付けたなら、紛争開始後の3月月初の38ユーロ/MWhと比べ、約2.6倍の高値となる。
日本でも価格上昇が予想される。経済産業省によると、攻撃前(2月27日時点)のアジアのLNGスポット価格は100万BTUあたり11.06ドル(約1766円)だった。IEEFAによれば、アジアのLNGスポット取引の代表的な指標価格であるJKM(Japan-Korea Marker)は、封鎖後に2倍に急騰した。欧州とアジアが同時にLNGを必要とする夏は、もう目前に迫る。
経済産業省は緩和策として、2026年度に限り、非効率な石炭火力発電所に対する稼働制限を一時凍結した。本来、脱炭素の方針に沿う形で環境保護のため課してきた規制だ。今回の制限凍結は、石炭を焚き増してでもLNG消費を減らそうという苦肉の策となる。
■家庭負担は「年間1万5000円以上」増えるか
だが、同省の試算では、LNGの節約効果は2026年度で約50万トン。ホルムズ海峡経由の年間LNG輸入量約400万トンに対し、1割強にすぎない。
たとえLNGの消費量を多少絞ったところで、国際価格が跳ね上がれば電気代は上がる。問題は量ではなく、価格だ。IEEFAは3月の報告書で、東京電力と中部電力が4月から調達コストの小売転嫁を加速させると指摘した。イラン情勢で燃料費が再び上昇しているためだ。
IEEFAによると、原油1バレル97ドル(約1万4550円)を前提にした試算では、家庭の年間電気料金は約1万5000円増える。ただし、国際的な原油価格指標であるブレント原油はすでに102ドル(約1万5300円)を超えている。1万5000円は、控えめな数字とも言える。
小売業者の淘汰も問題だ。2022年のLNG価格急騰では、195社の電力小売事業者が市場から姿を消した。同じことが起きても不思議はない。
低効率な石炭火力発電を一時解禁したところで、急場しのぎにすぎず、電源構成のLNG依存は何ら変わらない。ウクライナ情勢や中東情勢など、遠く離れた世界的危機に翻弄されない電力源作りには、再エネの大幅な拡大あるいは原子力の再稼働が欠かせないが、いずれも足踏みが続く。エネルギーを安全保障の一環として捉えた、長期的なリスク削減策が求められる。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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