「お父さんの靴」と揶揄されたブランドが、いま全スポーツ史上最高額のスポンサー収入を誇る大谷翔平選手の相棒となっている。なぜ大谷選手はナイキではなくニューバランスを選んだのか。
海外メディアは、選手を「ただの広告塔」にしない独自のパートナーシップ哲学に注目している――。
■なぜ大谷翔平はニューバランスを選んだのか
MLB(米大リーグ)ロサンゼルス・ドジャースに所属する大谷翔平選手のスポンサー収入は、年間推定1億2500万ドル[199億円(6日現在のレート、1ドル159.4円で換算、以下同)]。米スポーツビジネスメディア「スポーティコ」によれば、これは全スポーツ史上最高額だ。
アメリカの4大スポーツの中でも、NBA(全米プロバスケットボール)は特に選手とのタイアップ文化が盛んだとされる。比べるとスポンサーの獲得力では一歩及ばないと言われる野球から、この突出した記録は生まれた。大谷選手のエージェントであるネズ・バレロ氏は、「彼は野球の世界で前例のないことをやってのけている」と語る。
その前例のないビジネスを支えるパートナー企業の一つが、かつては「お父さんの靴」とまで揶揄されたニューバランス(New Balance)だ。1906年の米ボストンで、元々は扁平足などをサポートする矯正用の靴メーカーとして産声を上げた。
現在では、矯正用途で培った知見を生かし、履き心地良く疲れにくいブランドとして認知度が上昇。抜群のフィット感やクッション性を備えるほか、どんな服にも合うファッション性でファン層を拡大している。
同社が米ビジネスニュース専門局のCNBCに独占的に明かした業績に、同社の成長の勢いが表れている。2025年の売上高は前年比19%増の92億ドル(1兆5000億円)。
2020年比では180%増にのぼる。
なぜニューバランスは大谷選手らを引きつけ、ナイキやアディダスを始めとする業界の巨大企業を圧してスポンサー契約を確保できるのか。創業120年の非上場ブランドであるニューバランスは、選手を単なる広告塔ではなく、事業の共同経営者として迎え入れてきた。従来のスポンサーシップとは根本的に違う発想が、急成長の鍵となっている。
■目指すは100億ドルブランド
2020年に33億ドル(5300億円)だったニューバランスの売上高は、わずか3年でほぼ倍の65億ドル(1兆円)へ跳ね上がった。いまや非上場企業としては、スポーツウェア業界最大の事業規模を誇る。
ブランド社長兼最高マーケティング責任者のクリス・デイビス氏は、「数年以内に100億ドル(1兆6000億円)ブランドになれると確信している」と語る。
実際、英ファッション専門メディアのビジネス・オブ・ファッションによると、2024年上半期も前年同期比13%増と2桁成長が続く。1980年代後半には「誰にも推薦されない(Endorsed by No One)」を掲げ、有名選手との契約を意図的に避けていた。その老舗がいま、スイス生まれのオン(On)やフランスが誇るホカ(HOKA)といった新興勢力とともに、業界の勢力図を書き換えつつある。
時代も急成長に味方した。CNBCによると、最大のライバルであるナイキはコロナ禍に、長年の付き合いがあった卸売業者との取引を大幅に縮小。
自社サイトと直営店を軸にした直販モデルへ移行した。米各地の小売店の棚に、ぽっかりと空白が生まれた。
ニューバランスをはじめとする競合たちは、一斉に店舗の隙間を埋めにかかった。直販体制の構築に注力したナイキは、商品開発でも後手に回り、パフォーマンスシューズ(高機能スポーツシューズ)市場での優位性を徐々に失っていく。
しかし、小売店の商品棚をごっそりと手にしてなお、ニューバランスは数を追わなかった。かつてナイキ自身がブランドを築いた手法に倣い、販売チャネルを絞り込み、値引きを抑えた。CNBCによると、過去5年間で平均販売価格を約30%引き上げている。
広がった商品棚をめぐって多くの競合が安売りに走るなか、こうしてあえて逆を行き、プレミアムブランドとしての地位を固めた。
■バスケ専門の部署すらなかった
ニューバランスの勢いを支える要因の一つが、ユニークなスポンサー展開だ。
ナイキが圧倒的に支配するNBA(米プロバスケットボールリーグ)で、ニューバランスが事業の「顔」にあえて選んだのは、リーグで最も寡黙と言われる男だった。2018年11月に複数年契約を結んだ、カワイ・レナード選手だ。
なぜ彼だったのか。
米ヤフー!ファイナンス」の取材に対し、同社グローバル・コンシューマーマーケティング責任者のパトリック・キャシディ氏はこう語っている。求めていたのは、「クリエイティブなビジョンを持ち、起業家の精神でバスケ部門の立ち上げを共に担ってくれる人物」だった、と。
レナード選手は初顔合わせの場で、なぜいまバスケに投資するのかと、スポンサーであるニューバランス側に遠慮なく質問をぶつけてきた。これがかえってキャシディ氏の好感を買ったという。「開口一番、遠慮なくずばりと質問してきた。『この男はちゃんと下調べをしてきたな』と思ったよ」と振り返る。
当時、ニューバランスにはまだ開発完了したバスケットボール製品もなければ、バスケを専門に扱う部署すらなかった。それでもレナード選手と「すでにビジョンを共有し始めていた」と、キャシディ氏は当時を振り返っている。
■商品の付加価値は「選手の個性」
ニューバランスは、この寡黙な個性をそのままマーケティングの武器にした。
トロント・ラプターズへの移籍会見に臨んだ2018年、自身の性格について尋ねられたレナード選手は、独特の単調な声で「I'm a fun guy(俺は楽しい奴だよ)」とコメント。直後に発したロボットのような「アーアッアッアー」との不思議な笑い声とともに、SNSの話題をさらった。この一言を、キャンペーンの核に据えたのだ。

ニューバランスはNBAオールスターウィークエンドにCMを打ち、トロントの商業施設イートンセンター上空の看板に腕を組むレナード選手と「fun guy」の文字を掲げた。このフレーズをあしらった限定Tシャツを求めて店頭には行列ができ、わずか数分で完売した。
選手の個性をそのまま押し出したシンプルなマーケティングは、こうして大成功を収める。翌2019年、ラプターズがNBAファイナルを制したころ、ファン間でグッズの売買ができるリセール市場でもニューバランスへの需要が殺到した。
米ファッション業界専門誌のウィメンズ・ウェア・デイリーによると、ファン向け取引プラットフォームのストックX(StockX)では、ラプターズのカワイ・レナード選手の名を冠した専用モデル「997S」の価格が急騰。ファイナル前の256ドル(約4万800円)から417ドル(約6万6500円)へ63%跳ね上がり、「OMN1s」も530ドル(約8万4500円)から855ドル(約13万6300円)へ61%値上がりした。
こうした変動はファン間の二次販売サイトにおける価格差であるため、差額がニューバランスの収益となるわけではない。それでも、選手の個性とシューズの需要が連動していることを物語る、ニューバランスらしいエピソードだ。
■「選ばれる側」から「選ぶ側」に
ニューバランスのCMO(最高マーケティング責任者)であるクリス・デイビス氏は、選手との関係を「スポンサーシップ」ではなく「パートナーシップ」と呼ぶ。
従来のスポンサー契約で重視されるのは、ロゴの露出回数やウェアの着用義務だ。契約金に見合うリターンを、いかに早く回収するかが勝負とされる。だが、ニューバランスの発想は根本から違う。
選手自らが商品開発や戦略づくりに加わり、ブランドを共に育てていくことで、選手側の深いコミットメントを得る。
ニューバランス幹部のクリス・デイビス氏は米ビジネス誌のファスト・カンパニーの取材に対し、「主要アスリートが関わるすべての活動を共同で進めている。ストーリーテリングも、製品開発も、ビジネス戦略も一緒に作り上げる」と語る。選手の影響力が広がれば、ブランドとの結びつきも自ずと深まる。互いの利害がかみ合う設計だ。
こうした姿勢は、企業に一方的にコントロールされることなく自らのブランド力を育てていきたい選手側にとって、またとない機会を生む。かつてはニューバランスのほうから選手に売り込みをかけていたが、いまは立場が逆転。寄せられるオファーの約99%を断っているほどだと同記事は伝えている。
■契約選手が少ないからできること
象徴的なエピソードが、ナイキとの対比だ。米スポーツ専門チャンネルのESPNは2012年、MLBのカーティス・グランダーソン選手がナイキからニューバランスに移った経緯を報じている。
ナイキ時代、グランダーソン選手は特別仕様のシューズを約束されたが、待てど暮らせど実現しなかった。サイズすら合わないスパイクが届くこともあったという。
グランダーソン選手としては、数ある選手の1人として扱われているように感じたことだろう。
ニューバランスに移ると、扱いは一変した。ジャッキー・ロビンソン・デー(人種の壁を破ったMLBの先駆者を称える記念日)の記念シューズが作られ、自身の財団ロゴを入れたシューズまで用意された。
パートナーシップを結ぶ相手先の選手が少数だからこそ、一人ひとりに手をかけられる。ニューバランスのキャシディ氏は2019年、ヤフー!ファイナンスの取材に対し、「他とは一線を画す存在で、独立心があり、自分自身の未来予想図に沿って動きたいと思うアスリートを求めている」と述べ、契約選手数を最大5~10人にとどめる方針を明かしている。
■大谷が贈った6万個のグローブ
大谷選手との関係性では、日本でもグローブが話題になった。
2023年11月、当時フリーエージェントだった大谷選手は、日本全国の小学校約2万校に子ども用グローブ約6万個を寄贈すると発表した。この動きはESPNでも取りあげられている。大谷選手は、「子どもたちが野球をきっかけに、毎日を元気いっぱい楽しく過ごしてもらえたら嬉しいです」と当時コメントしている。
寄贈されたグローブは、すべてニューバランス製だった。通常のスポンサー契約であれば、選手の名前やロゴを広告に使うことで企業側は満足する。だがニューバランスは、大谷選手が自ら企画した社会貢献活動に対し、6万個のグローブの製造・提供という形で応えた。選手の想いを一緒に形にする「パートナーシップ」の哲学が、ここでも貫かれている。
大谷選手はニューバランスとともに、自身のシグネチャーコレクションにも乗り出している。米スポーツ・イラストレイテッドが挙げるように、試合中に着る高機能なオンフィールド・ウェアはもちろん、上質なコットンの服やナイロン素材のジャケットなど普段着として使えるカジュアルウェアや、大谷選手専用に設計された野球用スパイクなど、頭からつま先まで全身を揃えられるラインナップになっている。
バスケットボールでは選手のシグネチャーモデルを販売することは珍しくないが、選手向けのスパイクなどを除き、野球選手が自身のフルラインのコレクションを消費者向けに展開する例はほとんどない。大谷ブランド初のシグネチャーシューズ「Ohtani 1」の「Lab Work」カラーウェイ(カラーバリエーション)は、ほとんどのサイズで即完売。前例を打ち破り選手の意向に応える積極姿勢で注目を集めた。
■100億ドル規模で「少数精鋭」は通用するか
ニューバランスが成長するにつれ、少数精鋭の哲学はどこまで貫くことができるのか。
スニーカー業界に詳しいマイク・サイクス氏は、ビジネス・オブ・ファッションの取材に対し、100億ドルへの成長余地は十分にあるとしつつも、「もっと大きな声」が必要になるかもしれないと指摘する。少数精鋭の控えめなスポンサー展開では限界が来るとの読みだ。
同氏はレナード選手にも触れ、「ブランドの最も有名なアスリートであるカワイ・レナードは、スポーツ界で最も寡黙な人物だ」と述べた。武器にしてきたはずの寡黙さも、規模を追う局面では裏目に出かねないとサイクス氏は考える。
現在のところ、ニューバランスは順調に拡大している。直販比率は2019年の35%から2025年3月には50%に達し、年間100店舗以上の新規出店と世界3000店舗の改装が同時に進む。コラボレーションマーケティング専門家のビマ・ウィリアムズ氏は、同社が重視するアスリートに合わせたストーリーテリングを、一般消費者向けのライフスタイル領域へ広げるべきだと提言する。少数精鋭で育んだ個性重視戦略を、事業が急拡大するこの局面でどう守るのか、試されている。
ニューバランスは現在のところこの問いに、非上場であり続けるというやり方で応えている。同社CMO(最高マーケティング責任者)のクリス・デイビス氏はファスト・カンパニーの取材で、目指すのは「世界最大のブランド」ではなく、「世界最高であり、そして最もブティック的でもあるスポーツマーケティングブランド」だと断言する。
ウォール街(株主)にも四半期決算にも追われない分、腰を据えて判断できるのだというのが同氏の考えだ。社内の合言葉は、「ヘリテージ(伝統)ブランドではなく、ヘリテージを持つブランド」。過去の遺産に頼りきらず、歴史を誇りながらも未来へ向けた革新を重視するブランドだ。120年の歴史を胸に、次の100億ドルの大台を自らのペースで追う。
■異例だったニュースターの「バッシュ」
昨年12月15日、ダラス・マーベリックスのルーキー、クーパー・フラッグ選手が、18歳にしてNBA史上最年少で40得点超えを達成した。その足元で輝きを放っていたのは、紛れもなく1足のニューバランスだった。
ファスト・カンパニーによると、10代の選手が1試合で40得点・5リバウンド・5アシストを記録した例は、NBAの79年の歴史でわずか3度。レブロン・ジェームズ選手とケビン・デュラント選手に続く快挙だ。この2人は、いずれもナイキを履いていた。選手の約65%がナイキを着用するリーグで、最新例となったフラッグ選手がニューバランスを相棒に選んでいたことは、実に象徴的だ。
NBA以外に目を向ければ、競技も時代も違う選手たちが、同じ理由でニューバランスを選んできた。2012年、MLB三冠王に輝いたミゲル・カブレラ選手のもとには複数のメーカーからオファーが届いた。より高額な条件を提示した企業もあった。それでもカブレラ選手はニューバランスを選んだ。当時、ESPNの取材にこう語っている、「お金の問題ではなかった。ニューバランスは本当によくしてくれた」
■「金だけ」ならニューバランスを選ばない
ESPNによると、カブレラ選手のナイキとの契約が切れた2011年、ニューバランスは正式契約の書面を準備していた。しかし直後に飲酒運転が報じられ、同社は契約を見送った。過ちを犯した以上、スポンサー契約は結べない。ニューバランスとして、当然の判断だ。
だが、シューズの提供はやめなかった。プロ野球選手にとって、足に合わないスパイクは選手生命に関わる。同じESPNの記事で、同僚のC.J.ウィルソン投手は「粗悪なスパイクのせいで脚に疲労骨折を起こした」と証言している。ナイキ時代のグランダーソン選手がサイズ違いの靴を送りつけられた話とは対照的に、ニューバランスはカブレラ選手の足に合った専用シューズを、無契約のまま2シーズンにわたり作り続けた。
その後、三冠王を獲得したカブレラ選手のもとには、より高額なオファーも他社から届いた。それでもなお、スポンサー契約に復帰したカブレラ選手が最終的に選んだのは、ニューバランスだったという。
いま、大谷選手は全スポーツ史上最高額のスポンサー収入を手にしている。だが選手たちがニューバランスを選んできた理由は、契約書に踊る金額の桁数ではないようだ。
一人ひとりの想いに応え、共に歩むパートナーであること。その姿勢を、大谷選手を含めた各界の名プレーヤーたちは知っている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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