※本稿は、福山隆『陸軍中野学校のDNA 国家情報局創設前に知っておきたい』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■自衛隊に潜り込んだ「反体制勢力」
戦前の日本では、国体と体制を守るために特別高等警察(特高)が設置され、治安維持法・治安警察法・出版法・新聞紙法などを根拠に、社会主義運動や労働運動、農民運動、さらには右翼の国家主義運動まで幅広く取り締まる体制が整えられていた。とくに、ソ連のコミンテルンの指導を受けていた日本共産党に対しては、国家の存立を脅かす存在として苛烈な弾圧が加えられた。
こうした戦前の厳格な防諜体制とは対照的に、戦後の自衛隊は憲法上の位置づけすら曖昧で、軍法も持たず、組織としての自衛権行使の枠組みも脆弱(ぜいじゃく)だった。そのため、自衛隊内部に潜入した反体制勢力に対して、戦前のような断固たる措置を取ることができなかった。
とくに第32普通科連隊(市ヶ谷駐屯地〔のちに大宮駐屯地〕、以下「32連隊」)では、新左翼が獲得・潜入させた「反戦自衛官」――新左翼諸派の影響を受け、反戦ビラ配布や情報収集などの活動を行った隊員――と、これに対抗する隊員との間で深刻な対立が生じ、組織の統制を揺るがす事態となった。
■元高級官僚のバックには誰がいた?
反戦自衛官以外にも、防衛庁(省)・自衛隊に対するスパイ活動が疑われる事案は複数存在する。たとえば、防衛庁(省)で要職を歴任した元高級官僚が、退官後に安全保障関連法を激しく批判し、共産党の主張と軌を一にする言論を展開した例がある。
その人物が実際にスパイであったかどうかは不明だが、仮にそうであれば、長期間にわたり国家の安全保障に関する機密が共産党や、さらにはソ連・ロシア、中国などに漏洩(ろうえい)していた可能性すらある。
重要なのは、防衛省と自衛隊がスパイの潜入を完全には防げていないという構造的欠陥である。体制防衛の最後の砦である自衛隊に、共産党、新左翼、オウム真理教などが工作員を送り込むのは、彼らの戦略から見れば当然の発想だと言える。
これから述べる「反戦自衛官事案」は、まさにその典型であり、私が32連隊長に就任する直前に発生した、新左翼による組織的な潜入工作の実例である。
■地下鉄サリン事件で出動した32連隊
私は平成5(1993)年7月1日付で市ヶ谷駐屯地の32連隊長を拝命した。32連隊は山手線内に駐屯する唯一の実戦部隊であり、隊員達は自らを「首都防衛連隊」「近衛(このえ)歩兵連隊」と称して誇りを持っていた。
任期制隊員の知能偏差値は全国でももっとも高く、状況適応力に優れ、訓練の進歩も速い。私は彼らを「人材の32連隊」と呼び、包括的な方針を示すだけで、各自が役割を理解し、相互調整しながら迅速に行動する隊風が確立していた。
この高い能力があったからこそ、のちに発生した地下鉄サリン事件という未曽有の事態にも、連隊は見事に対処できたのである。
32連隊の「プラスの側面」について書いたが、じつは「マイナスの側面」として「反戦自衛官問題」があった。当時、32連隊が全国的に有名になったのは隊員のなかから多数の「反戦自衛官」を出したからであった。
■夜学に通う自衛隊員がターゲットに
共産党などの左翼勢力が革命を実行するうえで、軍隊は大きな障害になる。この障害を乗り越えるためには、軍隊の中に革命分子を送り込むか、兵士を革命陣営に寝返らせることが必要だ。
日本の左翼グループも、彼らの考える革命を起こそうとするとき、最大かつ最後の障害となるのは自衛隊であることを強く認識していることだろう。当時、極左グループは自衛隊を弱体化するため、ないしは自衛隊そのものを革命に利用するために、自衛隊員を自陣営に取り込むことを目標にしていたものと思われる。
極左グループは「山手線の内側に唯一ある32連隊」の重要性に目を付け、計画的に隊員の取り込み工作をしてきたものであろう。連隊の隊員達(陸士、陸曹)の中には夜間大学(早稲田大学、東京理科大学、法政大学、東洋大学、日本大学、国士舘大学など)や定時制高校への通学者が多数いた。私が連隊長のころは、これらの夜学生は40~50名程度だったが、昭和50(1975)年ごろのピークには80~90名ほどもいたという。
連隊はこれら夜学生にさまざまな便宜を与えていた。東富士演習場などで連隊統一の訓練を実施する場合には、夜学生のみは訓練終了後1泊の野営をさせることなく、ひと足先に帰隊させ、通学させるのが習わしだった。また、各中隊には夜学生を指導する担当者を置いて、勉学などの指導をしていた。
これらの夜学生が、大学の左翼教授や極左グループなどの影響を受けやすい環境に置かれていたのは事実である。
■反戦自衛官=“悪魔”に操られた犠牲者
私が連隊長に着任して以来、連隊本部の担当者は月1回の連隊朝礼のたびに私の隊員向けの訓話をテープに録音し、これを活字に起こしていた。その理由はこうだ。反戦自衛官問題が浮上して以来、歴代連隊長が朝礼で話した内容は、夕刻には反戦自衛官機関紙の『不屈の旗』に掲載されていたとのこと。これが法廷闘争などで使われる恐れがあるというので、連隊側も記録を残していたのだった。
着任後、隊員達の話を聞くうちに、32連隊から多数の反戦自衛官が出たことが、彼らの心に暗い影を落としていると感じた。
反戦自衛官は、かつて同じ釜の飯を食った仲間であり、都内で偶然再会して言葉を交わすこともあったという。
そのため、私は訓話で彼らを直接非難するのではなく、次のように語るようにしていた。
「反戦自衛官となった彼らは、もともと頭も良く、正義感に富んだ優秀な人間だった。しかし、極左グループから誤った思想を吹き込まれ、それを純粋に信じてしまった。彼らは“悪魔”に操られた犠牲者であり、真に憎むべきは彼らを利用した黒幕の側だ」
私はいまもその考えを変えていない。
■イデオロギーとの出合いは「偶然」
人がどの思想に傾くかは、しばしば偶然の産物である。私自身、小学生のころに「共産主義は貧しい人を救う思想だ」と聞いて感動し、「大人になったら共産党に入ろう」と思ったことがある。
家族に強く反対されて思いとどまったが、もし別の進路を歩んでいれば、私は体制側ではなく反体制側にいたかもしれない。
人は、深い比較検討を経て思想を選ぶというより、偶然のきっかけで出合い、のめり込み、やがて体制側と反体制側に分かれて争うようになる。反戦自衛官問題は、その典型的な構造を示している。
■32連隊生え抜きの隊員が対峙した
反戦自衛官問題の渦中で、32連隊内部の秩序維持と組織防衛の最前線に立った幹部がいた。当時、連隊本部3科(作戦・運用)に所属していた清水剛1尉である。
清水1尉は武道に秀で、銃剣道では全日本大会で複数回優勝するほどの実力者で、若い隊員からの信頼も厚かった。だが、彼が反戦自衛官との闘争で果たした最大の役割は、武道の強さではなく、組織の規律と士気を守るために必要な“人心の機微を掴む力”とリーダーシップだった。
以下は、私が連隊長として着任した際、清水1尉から直接聞いた証言を基にまとめたものである。
■「“代理戦争”だったのではないか」
清水1尉が反戦自衛官と対峙したのは、彼が3尉になったばかりのころだった。彼はこう語った。
「自衛隊の歴史のなかで、隊内に反戦自衛官が公然と存在し、ビラ配布や掲示を行い、長期間にわたり隊員獲得工作を続けた例は、32連隊以外にないと思います」
憲法上、自衛隊の存在が曖昧であり、思想信条の自由が強く保障されているなかで、自衛官の思想を規制する明確な根拠は乏しかった。そのため、反戦自衛官との対立は、武力を伴わない「静かな闘争」として長期化した。
清水1尉は、この闘争を次のように位置づけている。
「本質的には、冷戦下の東西対立の延長線上にある“代理戦争”だったのではないか」
つまり、32連隊内部で起きた対立は、単なる隊内トラブルではなく、外部勢力が自衛隊内部に影響力を及ぼそうとした構造的問題だったということだ。
そして彼自身は、かつて同じ釜の飯を食った仲間と対立せざるを得なかった苦しみを、こう語った。
「本来は戦友であるはずの仲間と骨肉の争いをすることになった。
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福山 隆(ふくやま・たかし)
元陸将
昭和22(1947)年長崎県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。平成2(1990)年、外務省に出向。その後、大韓民国防衛駐在官として朝鮮半島のインテリジェンスに関わる。平成7年、連隊長として地下鉄サリン事件の除染作戦を指揮。九州補給処処長時には九州の防衛を担当する西部方面隊の兵站を担った。その後、西部方面総監部幕僚長・陸将で平成17年に退官。ハーバード大学アジアセンター上級客員研究員を経て、現在は執筆・講演活動を続けている。おもな著書に『兵站』(扶桑社新書)、『防衛駐在官という任務』『トランプ帝国の「ネオ・パクス・アメリカーナ」』(ともにワニブックス【PLUS】新書)がある。
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(元陸将 福山 隆)

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