ホルムズ海峡の事実上の封鎖による、エネルギー危機はいつまで続くのか。海運に詳しい神奈川大学教授の松田琢磨氏は「紅海とスエズ運河のケースでは、2025年11月に船舶への攻撃が停止されても、いまだ通行量の回復は遅れている」という――。
(第2回)
※本稿は、松田琢磨『コンテナ海運が世界を動かす』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■ウクライナ戦争で日本を直撃した意外なリスク
地政学的な状況の変化も国際物流の動向に影響を与えるため、供給網を安定化させる視点から着目しておかなければなりません。
典型的な例は2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻でしょう。
侵攻を受けて、ロシアに対しては日本を含む各国から経済制裁が科されています。
経済制裁に基づき、EU各国の税関はロシア向け貨物の積み替えを拒否しており、ロシアからの貨物発着は難しい状況にあります。
海運会社のほうもロシア発着の貨物予約や寄港を削減しています。
また、海運会社が加入する船舶保険などの都合によって輸送ができなくなる可能性もあります。
2022年末、ウクライナ情勢の長期化を受けて、保険会社の保険金支払いの一部を肩代わりする欧州の再保険会社が、2023年からロシアやウクライナの全海域で、戦争などによる船舶の被害を補償する船舶戦争保険の引き受けを停止する方針を示しました。
再保険会社による保険引き受け停止が実施されることで、保険会社も船舶戦争保険の提供をできなくなります。
■ひとまず「サハリン2」は継続となったが…
最終的には日本政府も仲介して保険会社と再保険会社との間で交渉が行われ、再保険引き受けは現在継続されています。
その結果、サハリン2からのLNG輸入は止まることはなく、2024年時点で日本のLNG輸入の約9%を占めています。
しかし、2025年11月に英国政府がロシア産LNGの海上輸送に対する保険サービス提供を2026年春から段階的に禁止する方針を示しており、今後の状況はまたも不透明なものとなっています。

今現在で影響を大きく受けているのはサハリンからのLNG輸送であるものの、同様の問題は紛争地域に関連するコンテナ輸送でも起こる可能性があるのです。
ほかにもロシアによるウクライナ侵攻の国際物流への影響がありました。燃料価格の問題です。
侵攻は世界的なエネルギー価格高騰をもたらし、船の燃料価格も高騰を続けているのです。
燃料は運航費の10~20%を占め、海運会社にとってはコスト高騰の要因になっています。
地政学上の変化が様々な形でサプライチェーンの状況に影響することは考慮に入れておく必要があるでしょう。
■紅海でのフーシ派による商船攻撃
もう一つの例は、2023年10月に始まったイスラエルとパレスチナのイスラム組織ハマスとの紛争の影響です。
この紛争に伴ってフーシ派による商船への攻撃が始まりました。
2023年に37回、2024年に104回、2025年に入っても11月までに7回の攻撃が報告されています。
紅海はスエズ運河を起点とする重要な海運ルートであり、世界の海上貿易量の約10%、海上コンテナ貿易の約20%がこの航路を通っていると言われますが、さまざまな種類の船種が紅海の通航を回避せざるを得なくなりました。
コンテナ輸送ではアジア・欧州間やアジア・北米東岸間を航行する船が、スエズ運河から喜望峰への航路変更を余儀なくされています。
2025年11月時点で、スエズ運河を通航するコンテナ船の船腹量は、2023年と比較して88%減少した状態です。

2025年9月25日にトランプ大統領が提案した合意案がイスラエルおよびハマス双方の合意を得て、10月10日イスラエル軍の撤退開始とともに同計画の第1段階が始まっています。
■スエズ運河の通航再開に向けた高いハードル
11月に入ってフーシ派がイスラエルの船舶、イスラエルの港湾の攻撃を停止すると報道があり、紅海の通航再開へとつながるか注目されています。
ただし、紅海やスエズ運河の通航が本格的に再開するためには、いくつかハードルが残されている状況です。
大前提となるのは、停戦が進行して再び商船への攻撃が起こらず、実際に運航に携わる船員の安全が確保される見通しが立つことです。
そのうえで戦争リスクに対する保険料率が低下して、荷物に対する外航貨物海上保険や船舶に対する船舶保険などの海上保険料が下がること、さらに船舶のオーナーである船主や運航を行う海運会社、船員の同意を得られることが必要条件となります。
紅海通航に戻ることは、航海にかかる時間とTEUマイルの短縮を通じ、燃料費や船員費といった運航コストの削減につながるメリットがあり、2026年にはスエズ運河の通航再開が本格化するとの期待も高まっているとの報道も出ています。
しかし、上述の条件が満たされるためにはある程度の時間が必要になると見込まれ、現在でも通航再開に対して海運会社間でも対応が分かれており、2026年4月時点での見通しはまだ不透明です。
■トランプ政権と米中摩擦が変えた輸出シェア
地政学的問題によるサプライチェーンの問題としては、米中貿易摩擦も典型例として挙げられます。
2010年代には労働集約性の高い軽工業品を中心に、中国から東南アジアや南アジアへの生産拠点の移行が進行してチャイナプラスワン(中国以外の生産拠点の模索)の動きは起こっていました。
これに加えて、大きな変化がみられたのは第1次トランプ政権の時期です。
米中間の緊張の高まりを受けて、北米航路では米中貿易摩擦の影響が明確に表れました。
アジアと米国を中心とした荷動き全体のボリュームは従来並みで推移していますが、アジア輸出国側の構成に変化が表れたのです。

中国からの輸出が減り、東南アジア・南アジアからの輸出が拡大しました。
2018年における中国積みのシェアは65.3%であったのに対して、翌年には59.8%に急減しました。
ASEANのシェアは15.3%から19.6%に高まりました。
中国は改革開放政策に転じてから、30年近く経済成長を続けてきたため、沿岸部を中心に電力や水道、道路や輸送網など製造業を営むためのインフラが整っており、大規模な生産に関してほかの地域や国々に比べて優位な点は残っています。
■西岸経由からスエズ経由へ変わる最適ルート
とはいえ、人件費の上昇以外にもサプライチェーンの安定性の面からもチャイナプラスワンを求めるニーズが出てきていたこともあり、米中貿易摩擦が産業移転を促進するきっかけになったと考えることができます。
現在米国が輸入するコンテナ貨物の多くが西岸のロサンゼルス港やロングビーチ港で荷下ろしされています。
人口の多い米国東岸向けの貨物も鉄道に積み替えて内陸輸送することもみられています。
しかし、東南アジアや南アジアからの場合、西岸港を経由するのではなく、インド洋を渡り、紅海からスエズ運河を経由して地中海、大西洋を回って東岸の港へと輸送したほうが望ましいケースがあります。
船だけで米国東岸へ向かう場合、太平洋を渡りパナマ運河を経由して大西洋を北上するルートがあるものの、スエズ運河経由のほうが距離は短くなるのです。
そのため、アジアにおける生産拠点の移動は、国際的な輸送動向の変化を通じて日本にも影響を与える可能性があります。
前述のように、米国東岸へは、東南アジアから西ではスエズ運河経由が有利です(そのため、シンガポールから米国東岸に向かうコンテナ定期航路は、通常スエズ運河経由で、現在は喜望峰を迂回しています)。
■基幹航路から日本が素通りされる
そして、生産拠点が移行するにしたがって輸送される荷物の多い地域が西に移動すると、荷物の多い地域を行き来する定期便が増加します。

これが何を意味するかというと、北米東岸や欧州に直接向かう船(基幹航路の母船)が日本を経由しなくなる要因となるのです。
現在、日本のコンテナ港湾は基幹航路の寄港が減少を続けています。2026年春には、それまで唯一の欧州と日本を結ぶ直航便となっていた、プレミアアライアンスによる欧州直航便「FP1」「FP2」が日本への寄港を休止しました。
その後、フランスの海運会社CMA-CGMが日本と欧州直航便「Ocean Rise Express(OCR)」を開設したことで欧州と日本の直航便はなんとか維持されていますが、不利な状況にあることは否めません。
万が一直行便がなくなると、日本からの輸出や日本への輸入ルートも、釡山やシンガポールなどの港での積み替えが必要になるなどの変更が発生しますし、直接寄港するケースと積み替えを行うケースでは輸送にかかる時間も異なってきます。
チャイナプラスワンの進行は、日本企業による海外拠点変更やサプライチェーン組み換えといった主体的なかかわりはもちろん、間接的な形で国際物流や貿易に影響を与える可能性もあります。

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松田 琢磨(まつだ・たくま)

神奈川大学経済学部教授

筑波大学第三学群社会工学類卒業、東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)(東京工業大学)。(公財)日本海事センター主任研究員、拓殖大学商学部教授を経て、2025年4月より現職。専門分野は海運経済学、物流(国際・国内)。コンテナ輸送市場と業界の動向に関して調査・研究を進めている。共著書として『新国際物流論 基礎からDXまで』(平田燕奈・渡部大輔との共著、晃洋書房)、『日の丸コンテナ会社ONEはなぜ成功したのか?』(幡野武彦との共著、日経BP)がある。


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(神奈川大学経済学部教授 松田 琢磨)
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