㊧市田 大樹(いちだ だいき)
キユーピー 研究開発本部 市販用開発部 マヨネーズチーム
㊥田中 知珠(たなか ともみ)
キユーピー 研究開発本部 野菜価値創造部 野菜・惣菜研究チーム
㊨田中 亮治(たなか りょうじ)
キユーピー 研究開発本部 グループR&D推進部 イノベーション戦略チーム
※所属、役職等は公開時のものです
キユーピーは、サラダファーストプロジェクトを推進しています。今回は「サラダで人は幸せになれるのか?」という問いを起点に、この可能性を探求しています。一人の研究者の「サラダボウルで気持ちが変わった」という実感をきっかけに、「食が心に作用する」メカニズムの解明に着手しました。
キユーピー サラダファースト
https://www.kewpie.co.jp/saladfirst/

「午後の仕事に向かう気持ちが、サラダボウルで変わった気がした」そんなひとつの実感から、キユーピーが本気で「サラダとウェルビーイングの関係」に向き合いはじめました。食事は心に作用する。その仮説をどう証明し、未来の食卓にどうつなげるのか。新たな研究活動を行っているWell-being Design Lab.のメンバーに話を聞きました。
「気持ちが変わる食事」はあるのか?
キユーピーグループの研究開発は、さまざまな分野で培ってきたコア技術と強み素材をかけ合わせ、さらに世界のパートナーとの共創により、「人の健康」「地球の健康」「未来の食生活の創造」へ貢献することを目指しています。これまでは、マヨネーズやドレッシングなど調味料の分野で親しまれてきました。しかし今、キユーピーが目指しているのは新たな食の価値を創造するイノベーションです。
その挑戦のひとつとして着目したのが、食が心に与える影響です。私たちは「気持ちがととのう食事とは何か?」という問いを立て、その答えを探求していきました。

研究開発ビジョン コア技術を活用した価値創造
https://www.kewpie.com/rd/vision/
ある社員の実感から始まった、研究プロジェクト
この研究の発端は、田中(知)の何気ない体験からでした。田中(知):「サラダボウルを食べたとき、ただおいしいというだけじゃなく、心が落ち着くような、前向きになる感覚があったんです。それまでサラダは、特に好きでも嫌いでもなかった。
食べ物が「心に作用する」という感覚でした。単なる栄養補給ではなく、気分の変化や行動への前向きな影響。これを理論立てて捉えたい。その思いを実現するべく研究をスタートさせました。
学術的視点の導入 ── 前野 隆司教授との連携

左から、市田 大樹、前野 隆司教授、田中 知珠、田中 亮治
研究をさらに深めるため、私たちは武蔵野大学の前野 隆司教授にご指導をいただきました。ウェルビーイングの第一人者として知られる前野教授は、幸福を構成する以下の「4つの因子」を提唱されています。
・やってみよう(自己実現と成長の因子)
・なんとかなる(前向きと楽観の因子)
・ありがとう(つながりと感謝の因子)
・ありのままに(独立と自分らしさの因子)
この理論をもとに、「サラダを食べることで、これらの幸福因子がどう変化するのか?」という実証実験を設計しました。従業員を対象に、サラダボウルを提供する前後で心理状態の変化を測定しました。

実験で見えてきた、サラダの「ココロへの効能」
結果は、私たちの予想を上回るものでした。まず、アンケートでは被験者の6割以上が「食生活を見直すきっかけになった」と回答。4つの幸福因子すべてにおいて、統計的に有意なスコアの上昇が確認されました。
特に「なんとかなる」因子が顕著でした。さらに1週間でみると、「ありのままに」因子のスコアが高くなりました。
また、今回の調査で提供されたのは、サラダ専門店のサラダボウル。栄養バランスだけでなく、彩り・香り・ボリューム感なども含めた「豊かさ」が、心理的な満足感や自己肯定感を後押ししていたと考えられます。

メンバーにも生まれた変化。「サラダを選ぶこと」の力
この研究は、調査対象者だけでなく、関わった社内メンバーにも影響を与えました。サラダを食べるという行為の中に、「自分を認める感覚」があることに気づいたといいます。
田中(亮):「サラダって、ただ健康的な選択というだけでなく、『今日もちゃんと自分のために何かを選べた』という手応えがあるんですよね。それが、午後の仕事の質まで変えてくれる感覚がありました。食が行動をつくり、行動が感情に作用する。これは、単なる健康効果とは一線を画す体験だと感じました。」
市田:「サラダは、単に『野菜を食べる』ことだと思われがちですが、今回の研究を通して『ととのえるために食べる』という新しい価値があることに気づきました。手軽で、誰にでも届きやすくて、自分の気分に合わせて選べる。そうした柔軟性が、いまの社会に求められているのではないでしょうか。」
そして、研究のきっかけをつくった田中(知)は、この「ととのう」感覚を、自身の体験としてこう話します。
田中(知):「私はもともと、サラダが特別好きというタイプでもなかったんです。でも、ある日サラダボウルを食べたときに、何とも言えない『ととのった感じ』があった。気持ちがリセットされて、よし、もうひとがんばりしようと思えるような。そう仮説を立てたことが、今回の研究につながりました」

サラダの社会的価値とは?
今回の取り組みを通じて、キユーピーは「商品」から一歩踏み込み、「食習慣や心の健康」といった社会的価値の創出を目指しています。市田:「サラダという形態は、自由度が高く、さまざまなライフスタイルにフィットしやすい。自炊する人、コンビニで済ませる人、外食する人、どんな人にも『気持ちをととのえる選択肢』として寄り添える。これは他の食スタイルにはない、サラダならではの価値だと考えています。」
これまでの「健康のためのサラダ」から、「心の状態を支えるサラダ」へ ── その価値転換が、いま静かに進んでいます。
学会での発表とその反響
2025年3月、ウェルビーイング学会にて本研究の成果を発表。食品企業の取り組みとしては珍しいテーマでしたが、企業、研究機関、大学をはじめ、業界や分野を越えて多くの方々から高い関心が寄せられました。「日常生活に根ざした研究」「企業だからこそできる視点」といった評価があり、今後は産学連携の広がりも視野に入れた展開が検討されています。
働く平日の昼食におけるサラダボウルの摂取が幸せ因子に与える効果の主観アンケート調査による検証(対象者:キユーピーグループの従業員である20~40代の男女デスクワーカー19名)
未来へ。食が支える「ひとの健やかさ」とは?
この研究を通して見えてきたのは、「サラダ=野菜を摂る食事」という側面に加え、「サラダ=心をととのえる食事」という新たな視点です。私たちは、この「ととのう」という感覚が、幸福の4因子(やってみよう・ありがとう・なんとかなる・ありのままに)が育まれるための「土台」の役割を果たすのではないかと考えています。まず、食事によって心と体が健やかにととのう。
田中(知):「今回は鮮やかで豪華なサラダボウルを用いましたが、いつものパッケージサラダに好きなドレッシングをかけるだけでもいい。その手軽なひと手間で『ちょっとととのう』ことができれば、自然と『ちょっと前向き』になれる。それこそが、食が持つ未来の可能性だと思っています」
小さな一歩から、未来をつくる
「サラダで人は幸せになれるのか?」という問いは、ひとつの確かな足跡を刻みました。それは、「ととのえる」という感覚が、食によって日常の中に生まれうるという事実。そして、そこに企業として貢献できる可能性があるという発見です。
これから先、私たちの食卓に並ぶサラダは、栄養や味を超えて、「その人らしさ」や「その日の気分」に寄り添っているかもしれません。
キユーピーのこの新たな探求は、未来の食を変える確かな一歩になろうとしています。
