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企業選びの価値基準が変わった
かつて新卒の就職先といえば大企業かベンチャーかという二項対立が語られましたが、働く場所を企業に「属す」かどうかそのもの自体が選択肢になった現代、その前提が大きく揺らいでいます。若手にとって起業やフリーランスで働くハードルは下がり、ワーキングホリデー等を通じて海外でキャリアを積む道も開かれました。
もはや「終身雇用の安心」のためだけに組織に属する必要は薄れつつあります。
こうした変化の中心にいるZ世代(一般的に1990年代半ば~2000年代生まれ)は、デジタルネイティブで情報感度が高く、自分の価値観にフィットする組織かをシビアに見極めます。
企業ブランドや規模の大きさより、「自分がそこで働く理由」を重視する世代です。
では、所属しなくても生きていける時代に、あえて企業に属する理由とは何でしょうか? そしてZ世代から“選ばれる組織”とはどんな条件を備えているのでしょうか。
本稿ではその問いを掘り下げます。
“人的資本経営”の乱用とZ世代の冷静なまなざし
近年、人材を企業価値の源泉と捉える「人的資本経営」が脚光を浴び、各社がこぞって掲げるようになりました。米国SEC(証券取引委員会)が2020年に人的資本情報の開示を義務付けるなど規制面で動きがあったことや、日本でもコーポレートガバナンスコード改訂で人的資本の開示が求められた流れが後押ししています。しかし一方で、「人的資本経営」という言葉ばかりが先行し、中身が伴わないケースも少なくありません。表面的な施策導入やPR、福利厚生の充実アピールだけでは、真に人を大切にしていることにはなりません。
実際、「人的資本経営」がバズワード化する中で、外向けの開示や個々のスキル可視化といった表面的な取り組みばかりが語られ、真の意味で経営に落とし込めていない例も多いのです。
Z世代はそうした“ニセ人的資本経営”を敏感に見抜きます。
形だけのスローガンや制度では心を動かされず、企業の本質をクールに評価します。
彼らが感じ取る“ニセモノ感”には共通点があります。
・社内風土との乖離:掲げる理念やバリューと、日々の現場での行動原則が一致しないギャップです。「人が資本」と言いながら実際には数字至上主義で人を使い捨てにしていたり、トップが多様性を唱えながら実態は画一的な文化がはびこっているなど、言行不一致の風土は若手に見透かされます。
・定量指標だけに依存するKPI信仰:エンゲージメントスコアや離職率といった数字目標を設定するものの、その背景にある現場の声や質的な部分に向き合わないケースです。数字が良ければ人的資本経営ができていると錯覚しがちですが、数字は結果であって原因ではないことをZ世代は理解しています。
数値目標のためにアンケート評価を操作したり、研修受講時間だけ増やして満足する企業も少なくなりません。
・「声だけ大きく、対話が機能していない」エンゲージメント施策:経営層が「従業員と対話する」と称して発信はするものの、一方通行で社員の本音を受け止めていない場合です。社内報や社長メッセージで綺麗事を語っても、現場との双方向のコミュニケーションがなければ信頼は生まれません。対話なきエンゲージメント施策は、かえって若手の冷笑を買います。
こうした企業側の表面的なアピールに対し、Z世代は社内から発せられるリアルな情報を重視します。SNSや口コミサイトで社員の本音や内部事情を容易に知ることができる今、企業発信の美辞麗句より現場社員の率直な声が信頼される傾向が顕著です。
実際、就職活動中の若者の 84.4% が企業の良し悪しを見極める手段として「社員の口コミサイト」を挙げ、公式IR情報や会社HPで判断する人はごくわずかでした。
また、そうした口コミサイトを「信頼している」と回答したZ世代は半数を超えており、もはや企業の実態は内部からオープンに晒されていると考えるべきでしょう。要するに、企業がいくら表面を取り繕っても、現場のリアルな声が暴露される時代背景があるのです。
Z世代はこのように「見る目」を持っており、上辺だけの人的資本経営にはシビアです。
だからこそ企業は、“やっている感”ではなく本質的な変革に取り組む姿勢を示す必要があります。
Z世代の存在感が示す、企業経営のパラダイムシフト
75%をミレニアル世代とZ世代が占め、日本でも両世代が労働力人口の約50%に達すると予測されてきました。いよいよその時代が現実となり、企業の主役は新しい価値観を持つ若い世代へと移りつつあります。若手人材に選ばれる企業かどうかが、今後の持続的成長のカギを握る理由は明白です。
第一に、人材獲得競争の勝敗です。労働力人口に占める若年層の割合がこれだけ高まると、優秀な若手を引きつけられない企業は人材プール自体が細ることになります。新しいスキルや発想を持つZ世代を確保できなければ、イノベーションの源泉も失われかねません。
第二に、組織の新陳代謝と適応力です。デジタルネイティブで多様性やサステナビリティ志向が強いZ世代を組織に取り込めない企業は、顧客層の変化や社会の価値観変化にも取り残されるリスクがあります。逆に言えば、Z世代から選ばれる企業は、それ自体が現代的な企業文化・価値観を備えている証であり、市場の変化に適応する柔軟性を持っているといえます。
ここで発想を転換すべきは、「Z世代をどう受け入れるか」ではなく「Z世代とともに何を創るか」という視点です。
社内に半数近くを占める存在となる以上、彼らを単に“これからの戦力”として迎え入れるだけでは不十分です。共創のパートナーとして位置づけ、組織づくりや戦略策定の段階から声を反映させる姿勢が求められます。旧来型のトップダウンではなく、多様な若手とともに組織文化やビジネスモデルを進化させていくことこそ、これからの経営パラダイムシフトの核となるでしょう。
Z世代が離れた企業 vs 集まる企業の違い
ここでケーススタディとして、対照的な2社を見てみます。A社は“ニセ人的資本経営”に終始し若手社員の失望を招いた企業、B社は真の人的資本経営に転換して若手に選ばれる組織へ変革した企業です。それぞれの歩みから、具体的な違いを浮き彫りにします。A社:ニセ人的資本経営が生んだ失望
A社は老舗の中堅企業。数年前から「働きがい改革」の旗印を掲げ、人的資本経営に取り組むと社外にPRしていました。従業員エンゲージメント向上のKPIを設定し、社内報で「人材第一主義」を特集し、福利厚生の拡充も打ち出しました。しかし、実態は掛け声とは裏腹でした。エンゲージメント向上のためと称して導入されたのは、社員の勤怠や業務日報を細かくチェックする新システム。管理が強化されただけで現場の裁量は減り、社員はかえって萎縮してしまいました。若手社員は次第に会社の本気度に疑念を抱きます。
Z世代の社員はリアルタイムで情報を発信しますから、企業の内情は隠し通せません。結果としてA社は「イメージだけで中身が伴わない会社」として評判が低下し、採用市場でも敬遠される悪循環に陥ってしまいました。
B社:真の人的資本経営で選ばれる組織へ
一方、B社は従来は典型的なトップダウン組織でしたが、経営陣がこのままでは若手に見放されると危機感を抱き、本気の改革に乗り出しました。まず取り組んだのが社内ヒアリングです。経営層自ら各部門の20代社員と対話し、働きやすさや不満点、やりがいについて率直な意見を集めました。並行して、社内の人的資本状況を見える化する「KANAME」を実施。これは当社が提供する独自の診断ツールで、組織の深層部分を分析し、組織風土を形成するに至った組織の潜在意識やリーダー層のマネジメントスタイルなどを多面的に解析し、組織の構造的な課題を洗い出すものです。
診断の結果、B社では「部門間のサイロ化」「組織に蔓延る妥協意識」「信頼関係があるようでない馴れ合い組織」といった問題が浮かび上がりました。
B社はその結果を踏まえ、若手との共創による制度改革に乗り出しました。20~30代の社員を中心メンバーとするプロジェクトチームを立ち上げました。
この「任せることへの投資」は見事に功を奏します。自分たちの意見が反映された制度のもと、若手社員は会社への信頼を深め、積極的に新しい挑戦に手を挙げるようになりました。「どうせ声を上げても無駄」と萎縮していた空気が一変し、「この会社なら自分も成長できる」「一緒に良くしていける」という挑戦の文化が芽生えたのです。
その結果、B社では離職率が大幅に低下し、社員紹介経由で有望な人材が集まるなどポジティブな循環が生まれました。社員に裁量と信頼を与えたことでエンゲージメントが高まり業績にも良い影響が現れる、まさに人的資本経営の理想的な軌道に乗り始めたのです。
実際、従業員に権限移譲することは組織のエンゲージメント向上に直結するとの研究結果もあります。ある調査では、裁量がなく無力感を抱いている社員のエンゲージメントは下位24%だったのに対し、高い裁量を与えられ「力が発揮できている」と感じる社員では79%に跳ね上がったと報告されています。
権限委譲の目的は単に仕事を任せることではなく、信頼と協働の文化を育むことにあります。社員が裁量と責任を持つことで、組織内に信頼関係が生まれ、コラボレーションが進み、ひいてはイノベーションが促進されます。B社のケースは、そうした理論を実践によって証明したと言えるでしょう。
Z世代に選ばれる組織づくりの支援とは
上述のB社ケーススタディはフィクションですが、私たち自身も現実のクライアント企業で同様の変革を支援しています。そのエッセンスをここでご紹介します。まず重視するのは、企業が掲げる理念と実態のギャップを可視化することです。経営理念やバリューが社内文化にどれだけ浸透し体現されているか、定量・定性の両面から診断します。
例えば従業員アンケートやインタビューで「経営の言っていることと現場の実感とのズレ」を洗い出し、経営層に提示します。
また、経営陣がZ世代の声を汲み取らずに意思決定していないかもチェックします。若手社員の考えや価値観を把握せずに下した方針は現場との乖離を生みリスク要因となるため、「Z世代の声」なき経営判断のリスクをデータで示します。
課題が見えたら、次にそれを解決する具体策を企業と共に設計・実行します。その際、国際標準であるISO 30414のフレームワークを活用することがあります。
ISO 30414は人的資本の情報開示ガイドラインで、エンゲージメントや離職率、リーダーシップ、ダイバーシティ等11項目・58指標を定めた包括的な枠組みです。私たちはこの指標体系を参考に、自社の経営課題に直結する人的資本KPIを設定するお手伝いをします。
ただ闇雲に「研修時間」「有給取得率」などを測るのではなく、経営目標との因果関係を意識した指標選定を行う点が肝要です。例えば「エンゲージメントスコア×顧客満足度」のように、人的資本と事業成果の関連を示すKPIを経営ダッシュボードに組み込みます。
加えて、組織の将来を担う「要人材」の発見と育成設計も重要な支援領域です。要人材とは文字通り組織の要となる人材で、年次や現職位に関わらず高い潜在力と影響力を持つ人物を指します。
B社の例でも若手リーダーを抜擢しましたが、我々は独自手法で社内からこうした人材を洗い出し、経営層との対話を促したり計画的なキャリア機会を与えたりする仕組みづくりを支援します。
例えばISO 30414でも後継者計画やリーダーシップの指標が重視されていますが、実際に重要ポストを定義し承継候補者の育成状況をモニタリングするといった施策が有効です。要人材の成長を支えることは、組織全体の未来のリーダーシップパイプラインを構築することに他なりません。
最後に、施策の効果をデータで検証します。離職率やエンゲージメントスコアの推移、人材定着や採用応募者数の変化などKPIの改善を追います。例えばあるクライアント企業では、人的資本KPI導入後に若手社員の離職率が年間15%から5%へと大幅改善し、採用競争力も飛躍的に向上しました。
また従業員サーベイでは「経営が社員の声に耳を傾けている」との肯定回答が増加し、社内の信頼残高が大きく高まったことが示されました。
定量データに加え、社内の雰囲気や働きがいに関する定性フィードバックも重要です。面談や自由記述で「心理的安全性が高まった」「挑戦する風土になった」などの声が聞かれるようになれば、人的資本経営の定着度合いを測る指標となります。こうした定量・定性双方の結果を経営陣と共有し、さらなるPDCAサイクルへと繋げています。
以上のように、理念と実態のギャップを明らかにし、科学的なフレームワークで課題を特定し、若手を巻き込みながら解決策を共創する――それが私たちの人的資本経営支援のアプローチです。
単なるお題目で終わらせず、「変えている最中」という実感を社員と経営陣が共有できる状態をつくることをゴールとしています。
なぜ、今この論点が重要か
最後に改めて問いたいのは、なぜ「Z世代に選ばれる組織づくり」が今これほど重要なのかという点です。それは端的に言えば、「Z世代に選ばれる組織」こそが未来の企業価値を先取りしているからに他なりません。企業価値の源泉が有形資産から無形資産へとシフトする中、人材・組織力の重要性は増す一方です。実際、グローバルな機関投資家の調査でも71%の投資家が人的資本管理(HCM)は長期的価値創造に直結すると認識しているとの結果が出ています。
多様な人材を惹きつけ、育成し、エンゲージさせる力こそが企業のイノベーションと持続的成長を支えると見做され始めているのです。Z世代に選ばれる企業は、その人材マネジメント力が高く評価されている証拠であり、ひいては投資家から見ても将来性があると映るでしょう。人的資本経営への取り組みを単なる“旗印”で終わらせず、現場との共創によって具体的な価値創造につなげている企業こそ、これからの競争優位を握ると考えられます。
また、「見る目」を持った若者たちとの共創は、組織変革の強力なドライバーになります。Z世代は前述の通り組織の矛盾を見逃さず、合理性や倫理にも敏感です。
彼らと対話し協働する中で、経営側も従来の固定観念に気づかされ、結果として組織自体が健全化し革新力を増す効果があります。若い世代の率直なフィードバックは時に耳が痛いものですが、それを取り入れて進化できる組織こそが、これからの社会をリードしていく原動力になるでしょう。
言い換えれば、「Z世代に選ばれる組織」は同時に「Z世代によって鍛えられる組織」でもあり、環境変化に適応し続ける強さを備えていくのです。
この論点が今重要なのは、単に若者対応の話ではなく、企業の存続価値そのものに関わる戦略課題だからです。10年後、20年後の主力となる世代と今どのような関係を築くかで、企業の未来は大きく変わります。

人的資本経営の“真贋”を問う時代
人的資本経営が流行語のように語られる時代だからこそ、その“真贋”が厳しく問われていまるように思います。Z世代は企業の本質を冷静に見極め、「やっている風」なだけの取組みには見向きもしません。逆に言えば、「まだ途上だけれど本気で変えようとしている」組織には共感し、貢献したいと考えるのもまたZ世代の特徴です。
人と組織の関係性がフラット化しつつある現代、経営者自身が固定観念をアップデートし、未来世代と対話しながら変革を楽しめるかどうかが問われています。
私たちは今まさに、次世代の若者たちとともに新しい企業文化・経営の在り方を創造していく転換期に立っています。
“人的資本経営”という言葉を掲げるだけで満足するのではなく、それを現場との協働のプロセスに昇華できる企業こそが、激動の時代を勝ち残り社会をより良く変えていく原動力となるでしょう。Z世代の見極めに耐えうる真の人的資本経営を実践する組織が一社でも増えることが、ひいては日本企業全体の未来価値を高め、豊かな社会への礎になると信じています。