今年で4回目を迎える「日本DX大賞」は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて、社会やビジネスの課題を解決し、持続可能な成長とウェルビーイングを実現する取り組みを表彰するアワードです。
今回受賞したBUJIDASは、ネットワークカメラで撮影した牛の姿勢を判定し、起立困難の発生を予防*1する日本初の非接触型サービスです。起立困難の可能性がある危険な姿勢を検知した際に、ネットワークカメラから音を発報することで、牛に姿勢を変えさせ、起立困難の発生を予防します。NTTテクノクロスは肥育農家の負担を軽減し、非接触で牛にストレスを与えないアニマルウェルフェアの実現に取り組んでいます。
受賞に至るまで、6年にわたり現場に通い続けたエンジニアたちの、知られざる苦闘と情熱をかけたサービスの開発秘話をご紹介します。
■肥育農家が抱える大きな課題とは
牛肉を生産する肉用牛経営のうち、繁殖農家が育てた子牛を肥育牛*2として大きく育てる肥育農家を悩ませているのが、肥育牛の起立困難です。起立困難とは、牛の体内で異常発生したガスが横隔膜を圧迫することで、呼吸困難や起立不能になる事象のことです。約20ヵ月に及ぶ飼育期間の中で病気や事故等で牛1頭を失った場合、子牛の購入費や飼料代など約120万円*3を超える大きな経済的損失が発生するといわれています。そのため、飼育するすべての牛の状態を丁寧に見守り、疾病や事故などの危険な兆候を事前に察知することが必要です。しかし、牛舎の見回りは、肉体的・精神的な負担が大きく、また人手不足を背景に新規での人員確保も難しいため、農家にとって大きな課題となっています。

■ある農家が語った言葉が転機に
NTTテクノクロスのエンジニアである赤野間信行と大家眸美は、約6年間、農家の皆様と共に農業DXに取り組み、起立困難の解決に挑み続けてきました。センサーを利用して牛の「姿勢」と「動き」を同時に推定するサービスを開発し、牛の行動や状態を24時間モニタリングする中で、赤野間は起立困難による死亡事故に遭遇しました。
「朝、牛舎を訪ねると、死亡事故に遭った牛に向き合い悲しんでいる農家さんの姿がありました。経済的損失もありますが、何よりも無事に送り出すことができなかった、大切な命が失われてしまったことに悲しんでいる様子を見て、なんとかして農家さんの負担を軽減したいと決意しました」(赤野間)
それから、赤野間と大家は何十回と夜間の牛舎の見回りを続けました。偶然、危険な姿勢で寝ている牛を見かけて、その牛を助けたこともありました。
起立困難への解決策が見つからないまま、牛舎の見回りを続けていた2人が感じたのは、「このままでは、農家さんの肉体的・精神的負担が大きすぎる」ということでした。
「農業の未来のためにも、解決を急ぎたい」という想いを2人はますます強くしていきました。
そんな時、ある出会いがありました。牛の見回りに同行していたところ「起立困難になりそうな牛は声をかけて起こすんだよ」と、実際に寝ている牛に声をかけて起こしている様子を見せてくれたのです。
「声をかけて牛を起こす姿を見て、はっとしました。牛は聴覚が優れていることは知っていましたが、こんな解決策があったとは思いつきもしませんでした。まさに現場でしか知りえない暗黙知だなと…」(赤野間)
赤野間と大家は、「これだ・・・!」と思い、この仕組みをシステム化したいとすぐに検討をはじめました。いままで悩んでいたことの霧が晴れるような思いで、これならすぐに形にできると確信を得ました。
自社に戻ってから早速ネットワークカメラで牛の様子を見守っていた大家。すると、画面の向こうに危険な姿勢で横たわる一頭の牛を発見しました。
その瞬間、大家の胸に熱い感動が込み上げました。
「私の声でも起きてくれるんだ!」
遠く離れた場所からでも牛を見守り、救うことができた…。
この劇的な体験が、「牛の姿勢を判定し、自動で声を掛ける」というBUJIDASの原形へとつながっていったのです。

■ヒントは「農場」に。6年間起立困難に挑み続けてきた赤野間と大家の信頼と技術の融合
早速サービス開発を進めた赤野間と大家。サービスの仕組みが決まってからは、これまで農場に通う中で培ってきたデータ分析の技術を活用することで、約1年間という短期間でサービスの開発を完了し、提供にこぎ着けることができました。これまでを振り返り大家は語ります。「一見簡単に解決したように見えるかもしれません。しかし、6年間挑み続けたことで、牛の姿勢などデータ分析の技術とノウハウを蓄積してきたので、技術や実装の面では全く不安はありませんでした。その一方で、今回のサービス開発で一番重要だったのは、現場で働く農家さんしか知らない知識を私たちエンジニアが知ることだったと思います。
これまで全国の農場を訪ねてお話を聞いたり、一緒に夜間の見守りに同行して寝ている牛を起こしたり、そのようなことの積み重ねで、農家さんから知識を教えていただける関係を築くことができました。この信頼関係の構築に6年という時間がかかったと言えるかもしれません」(大家)

■夜の見回りが減った…ずっと心配だった外出時も、カメラを見るだけで安心できる
2024年4月からBUJIDASの協力農場として実証実験にご協力いただいている園畠畜産の園畠章さん。令和5年度鹿児島県肉牛枝肉共進会、グランドチャンピオンを受賞されており、約170頭の肥育牛の生産者です。これまでは年間数頭の起立困難が発生していましたが、2024年4月にBUJIDASを導入してから今日まで起立困難による死亡発生はゼロとなっています。園畠さんは語ります。
「最初は半信半疑という感じだったのですが、今ではすごく助かっています。長く寝ている牛にはチェックがついて、その画像が携帯電話に送られてくるので、カメラを見れば農場から離れていても牛の様子がわかるようになりました。画像を見て駆けつけるべきか判断できますし、そもそもBUJIDASによる声掛けだけで起きている牛もいるかと思います。一番良いのは外出していても携帯で様子を見られることです。これまでは、ずっと心配していましたが、カメラを見るだけで安心できます。」(園畠)

このように、BUJIDASを活用してDXに取り組んでいる園畠さんですが、システムとの関わり方について、次のように話されました。
「牛を作るにはやはり人間の手が必要だと思うんです。極めるとなればもう機械任せじゃできないのかなと…。
現場に通い続けたからこそ見える農家の皆様の苦労、そして何より牛の命を助けることの大切さ。
それらを胸に、現場の負担軽減と牛の命を救うことを目指し続けてきた赤野間と大家の想いが実現の一歩を踏み出しました。
■農家とエンジニアの技術の共創が未来を変える
現在も赤野間と大家は、農家の皆様が抱える課題を解決するため、農場に通い試行錯誤を重ねています。たとえ、多くの技術があり、それを実装する技術力を持っていたとしても、それが農業の現場でどのように役立つのかを考えなければ、本当に使えるサービスにはなりません。だからこそ、農家の皆様が何に困っているのか、現地で知ることを大切にしています。今後の展望について赤野間は次のように語ります。
「“日本一農場に行くエンジニア”と自負している私たちだからこそできる、農家さんに寄り添った農業DXにこれからも取り組んでいきたいと考えています。実際に牛舎に行って、自分ゴトとして体験することで、農家さんの知識を理解することができます。その暗黙知を可視化し、仕組み化を進めることで、現場の業務効率化に貢献していきたいです。
起立困難による牛の死亡事故に直面したあの時の悲しい気持ちも、農家さんからBUJIDASのおかげで安心して眠れるようになったと言われて涙が出そうになった時のことも、この先忘れることはありません。
私たちが取り組むべき課題はまだまだあります。
農業現場には、まだまだ課題が多く残っています。今後生まれる新しいサービスが農家の皆様の「目」と「手」を補い、未来をどのように変えていくのか。農業現場で生まれる気づきや知識が形になることで、やがて大きな変化につながるはずです。
NTTテクノクロスでは、農家の皆様の負担を和らげ、牛の命を守るための挑戦を続け、現場と技術の融合から生まれるイノベーションにより、農業DXに貢献していきます。

農業現場には、まだまだ課題が多く残っています。今後生まれる新しいサービスが農家の皆様の「目」と「手」を補い、未来をどのように変えていくのか。農業現場で生まれる気づきや知識が形になることで、やがて大きな変化につながるはずです。
NTTテクノクロスでは、農家の皆様の負担を和らげ、牛の命を守るための挑戦を続け、現場と技術の融合から生まれるイノベーションにより、農業DXに貢献していきます。
*1 本サービスは起立困難の発生を100%防げるものではありません
*2 肥育牛:食肉用に育てられた牛のこと
*3 内閣府webサイト
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/nourin/20190424/190424nourin03-5.pdf
所属・役職及び本記事の内容は執筆時点のものです。
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