WBC連覇を目指す侍ジャパンの戦いは決勝ラウンドを迎える。
2006年の第1回大会で日本は決勝戦でキューバを10-6で下して初代王者に輝いた。
その優勝メンバーである川﨑宗則さんが、のちに『神の右手』と呼ばれることになるプレーを振り返る映像をNetflixが公開した。
キューバとの決勝戦、9回を迎えた時点で日本のリードはわずか1点だった。
9回表の攻撃、イチロー氏のライト前ヒットで2塁走者だった川﨑さんはホームへ突入。際どいクロスプレーになったが、間一髪でセーフとなり、貴重な1点を追加した。
ただ、当時はコリジョンルールがなかったため、川﨑さんが差し込んだ右腕は、ホームベースに覆いかぶるようにしていた相手キャッチャーに押しつぶされるような形になった。
決死のホームインで右肘を痛めた川﨑さんは生還後に顔を歪めると、その後、交代を余儀なくされた。
そのプレーについてこう振り返っていた。
「絶対に帰らないといけないという思いを塁上で持っていたのを覚えていますね。
最初は左手でいこうと思ったけど、これじゃ入らないなと思って、右手で…。
実際、靱帯が何本か3本くらいブチ切れてたんですよ」
「2度とできないプレーでしょうね、一生やってはいけないプレーだと思います。
イチローさんのヒットで帰れなかったら、俺は誰のことを目指してきたんだと。あの時は意地でも1点とろうと思いました。
今シーズンが終わる、これで野球(人生)が終わるかもしれない、構わないと思った。それくらいの覚悟でスライディングで右手を出しましたね。
松中(信彦)さんも『ムネ、やったろ?』って…音が聞こえたらしいです、グキッって。右手はくれてやるよ、俺の魂はやらないよ」
負傷覚悟の決死のプレーだったようで、ネクストバッターとしてホームコーチャーを務めた松中さんも異音を耳にしていたという。
また、川﨑さんは、侍ジャパンチャンネルの映像でも、こう語っている。
「当時はブロックがあったから、いったら潰されるなと思って。
あれで靱帯を損傷しまして、(プロ野球の)開幕には間に合わなかったですね。2か月かな、リハビリにかかったっすね。
(試合後も)靱帯ブチブチにやったんで、吐き気がすごくて、折れたなってのがあったんですよね。
シャンパンファイトした時、僕は参加してないはずなんですよ。朦朧としてトレーナールームに横たわっていた」
決死のホーム突入で当時所属していた福岡ソフトバンクホークスではしばらく離脱を余儀なくされたそう。
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優勝後もセレモニーどころではなかったようだ。
筆者:井上大輔(編集部)

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