【独占インタビュー】山本美憂、51歳の新たなる挑戦。プロボクシングのリングへ(前編)

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父親はミュンヘンオリンピックに出場したレスリングの日本代表。弟は2000年代の格闘技界を沸かせた山本“KID”徳郁。

妹もまたレスリングの日本代表選手(現在はダルビッシュ有の夫人)という格闘家一家に生まれた。
自身も女子レスリング界のパイオニアとして生きてきた。13歳でレスリング全日本女子選手権を制し、1991年に17歳で世界選手権を史上最年少で優勝。世界選手権は通算3度制覇し、美しさと強さを兼ね備えた存在としてメディアでも注目を集めた。結婚・出産を経て複数回の引退と復帰を経験しレスリングを引退後、42歳で総合格闘技デビュー。「RIZIN」の舞台で14試合を戦った。
そしていま。51歳になった山本美憂が、ボクシングのリングに上がる



MMAで出会い、夢中になったボクシング。51歳で挑む新たなリング



――レスリング、MMA(総合格闘技)を経験してきた美憂さんが3月28日にオーストラリアでプロボクシングデビューを飾ることが決まりました。



山本:「RIZIN」で最後に試合をしてから2年ほど経っています。競技者としては一区切りつけた形ですが、ずっとトレーニングを続けてきましたし、現役アスリートと変わらない生活をしていました。



――51歳でプロボクシングデビューすることを聞いて驚いたファンも多いと思います。



山本:レスリングやMMAをしている時からボクシングに興味がありました。うちの父(元レスリング日本代表の山本徳榮氏)に聞くと、私が母のお腹にいる頃から胎教としてボクシングの試合につれていったり、ブルース・リーの映画を見せたりしていたようです(笑)。レスリングを始めてから練習漬けだったので、自分がボクシングをやるとは思ってもいませんでした。



――女子レスリングがまだオリンピック種目として採用されていない時代に、競技を背負ってきました。その後、MMAに転向しましたが、ボクシングに触れたのはいつころですか。



山本:MMAで戦うために、ボクシングが練習メニューに入ってきた時(2016年)ですね。キックボクシングもグラップリングもあるんですけど、ボクシングだけはいくらでも練習ができました。それは、好きだからだと思います。ボクシングの技術を身につけるためにいろいろなところにトレーニングにいったり、動画を見て研究したりしていました。



――憧れたボクサーは誰ですか?



山本:私と同じサウスポーの長谷川穂積さん、ナジーム・ハメド選手ですね。WOWOWのボクシング番組が大好きで、弟(山本徳郁)とよく見ていました。



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格闘技歴30年以上でも感じるボクシングの難しさ



――トレーニングを続けていたとはいえ、ボクシングのリングに上がることに対して反対の声はありませんでしたか。



山本:私のトレーニング内容とかコンディションを知っている人たちは何も言いませんでした。

ボクシングは厳しい競技だし、年齢だけで判断すると「やめたほうがいい」となるかもしれませんけど。毎日、トレーニングをこなしているので、ボクシングの世界でもやれることを証明したいと考えています。年齢を意識することはありません。自分の練習をできているうちは現役で、それができなくなったら引退ということになるんだと思っています。



――初めてボクシングのリングに上がるにあたって、課題は何ですか。



山本:攻撃は手だけなんですけど、足をしっかり使わないといけない。手と足が合体していない時期があって……ものすごく難しさを感じています。レスリング時代からフットワークには自信があったのに、またちょっと違っていて。



――格闘技歴の長い美憂さんでも難しいと感じることがあるんですね。



山本:はい。でも、難しいことをやる楽しさがあるんですよ。ひとつひとつ、ハードルをクリアするという。

去年だったら絶対に無理だったことができるようになっていて、ボクシングをやってきて本当によかったなと思います。足を使って動き続けることは体で覚えられたかな。ただ、レスリング時代の癖のようなものが出ることもあって、構えとか立ち位置には気をつけています。



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「“ルーキー”なので負けるわけにはいかない」リングに上がる理由はただ一つ



――3月28日、オーストラリア・シドニーで対戦する相手はミシェル・マック(オーストラリア)選手、51.0キロ契約、2分6ラウンドで行われます。



山本:MMAに転向した時もそうでしたけど、ルーキーに戻れるっていいんですよ。本当に新鮮な気持ちです。同じ競技をずっと続けている人には味わえないものだと思います。



――どういうタイプのボクサーを目指していますか。



山本:ちゃんと足を使えて、打ち合いもできる選手ですね。ボクシングでも私は背が低いほうだと思うので(身長156センチ)、相手とのリーチ差をいかに埋めるか。大事なのは足の使い方だと思いますが、そこでは誰にも負けません。



――ボクサーとしての最終的な目標はありますか。



山本:私の場合、あまり先のことを考えすぎると、自分のことを見失いそうになるんです。だから、目の前のことを、本当に、ひとつひとつやるだけですね。今度の試合は、ルーキーなので絶対に負けるわけにはいきません。今、考えているのは、リングに上がって勝つことだけ。これまで以上に勝負にこだわっていきます。



【独占インタビュー】山本美憂、51歳の新たなる挑戦。プロボクシングのリングへ(前編)
画像: サンディエゴで通っていたボクシングジムの皆と

サンディエゴで通っていたボクシングジムの皆と



【プロフィール】



山本美憂(やまもと・みゆう)
1974年8月4日生まれ、神奈川県出身。レスリング一家に生まれ、父はミュンヘン五輪レスリング日本代表の山本徳榮。弟は総合格闘家の山本“KID”徳郁。妹はレスリング世界王者の山本聖子。レスリングでは1991年世界選手権優勝など輝かしい実績を残し、日本女子レスリングの黎明期を支えた存在。2016年、42歳で総合格闘技(MMA)に転向し「RIZIN」で14試合を戦った。2026年3月28日、オーストラリア・シドニーでプロボクシングデビューを予定。



【取材・文=元永知宏(もとなが・ともひろ)】
1968年生まれ。立教大学卒業後、ぴあ株式会社に入社。チケット情報誌『ぴあ』に配
属になり、プロレス、ボクシング、キックボクシング、空手、総合格闘技などを担当
。1990年、2000年代のビッグマッチのほとんどを取材している。2015年からスポー
ツライターに転身。近著に『長嶋茂雄が見たかった。』(集英社)。

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