
知る人ぞ知る実力者が企業の誇りを胸に奮闘している。
宮城県1部(J7相当)IRIS.F.CのDF本吉佑多―。
大学在学中はJリーグクラブから獲得オファーを受けるほどの実力を誇り、ダイナミックな空中戦、球際の強さ、圧倒的な身体能力で大学時代の同期であるJ1浦和レッズMF松尾佑介やJ1ファジアーノ岡山MF岩渕弘人と並ぶほど注目されていた。
当時の本吉を知るJリーグ関係者は「フィジカルが並外れていた。あの身体能力の高さは素晴らしかった。センターフォワードもセンターバックもできる彼はプロになると思っていた」というほどだ。
そんな本吉はプロの道へは進まず、家電製品や生活用品を製造、販売するアイリスオーヤマ株式会社へ入社した。なぜプロ注目だった男は一般企業に入社し、仕事とサッカーの二足の草鞋をはいたのかに迫った。
企業入社を選んだ理由
IRIS.F.Cのホームグラウンドに行くと太陽のように明るい男が、ピッチ上で存在感を見せていた。
大学時代と変わらない野性味あふれるスタイルで相手MFを弾き飛ばす男は、過去に天皇杯で元日本代表FW三浦知良(アトレチコ鈴鹿クラブ所属)にも強烈なタックルを仕掛けたほどの強心臓の持ち主だ。物怖じしない姿勢とパワフルさでチームをけん引している。

誰もがJリーガーになるだろうと期待されていた本吉に、なぜプロへ進まなかったのかと問いかけると、意外な答えが返ってきた。
「ずっとプロになると考えていながらも、社会人として働く世界もすごく気になっていました。『サッカーだけじゃない世界も知りたかった』という素直な気持ちですね」と赤裸々に語った。
「自分たちがサッカーをしてきた環境は、どこからお金が出てきて成り立っているのか、プレーできているのか、実際に世の中がどう動いているのかを、サッカーをやっているだけだと知れないので、それを知りたくてアイリスオーヤマに入社しました」と明かすように、Jリーガーを目指していた男は企業戦士となる道を選んだ。
現在本吉は若干28歳でありながら東北支店長の役職に就いており、敏腕営業マンとしてサッカーの照明器具などの販売に励んでいる。
「自分の選んだ道は正解だったと心から思っていますね。いまこうやってサッカーを全力でできる環境がありながらも、仕事も若くして支店長という役職を大企業でいただけました。(プロで)サッカーをやっていたら経験できなかった。いまその経験ができているから、こっちを選んで良かったなと思っています」と、プロのオファーを断った後悔は一切ないという。
現在本吉はサラリーマンをしながらも、2018年に創部したクラブで主将を務めている。福島県から練習拠点がある宮城県角田(かくだ)市まで通っていた時期もあり、多忙の中でJFL(日本フットボールリーグ、J4相当)参入を虎視眈々と目指している。
地域リーグとは思えない環境
創部7年目となるIRIS.F.Cは、地域リーグとは思えない充実した環境にある。

J1鹿島アントラーズやJ2仙台のアカデミーが使用する自社製の人工芝フィールドに、大型照明器具がそろっており、充実した設備の中で選手たちは生き生きとプレーしていた。
「(会社が)IRIS.F.Cを強くするために力を入れてくれていることが、すごく分かる環境です。素晴らしい環境でサッカーをさせていただいていると感じています」と本吉。
指導者も別格だ。前監督は現在J2ジェフユナイテッド千葉で指揮官を務めている小林慶行(よしゆき)監督がIRIS.F.Cを指導していた。

さらに今季からは元J2仙台の梁勇基(りゃん・よんぎ)さんがヘッドコーチ、鹿島で長くプレーした遠藤康さんがコーチ兼スカウトに就任。環境だけでなく、指導者の実力もJリーグクラスだ。
本吉は「遠藤康さんと梁さんは、自分たちが仕事をやりながら土日にサッカーを本気でやっているサイクルや環境を理解して指導してくれています。自分たちの身を考えて、しっかり教えてくれるところがすごいですね」と明かした。

充実した環境、レベルの高い指導により、現在IRIS.F.Cは強豪大選手や元Jリーガーが入団するほどのチームとなっており、宮城県のサッカー界では異色のチームとして存在感を見せている。
目指すはアマチュアリーグ最高峰
近年企業チームは苦境の中にあるという。今後JリーグやJFLは秋春制に移行するため、企業のカレンダーとサッカーのカレンダーが異なる状況となる。新入社員選手がリーグ途中加入になるなど、困難を強いられそうだ。
昨年、アマチュアサッカー界を長きにわたって支え続けたソニー仙台FCがチームを解散した。「企業がチームを運営するのに冬の時代が到来するのでは」と、複数関係者から話を聞くが、IRIS.F.Cはこの困難な状況の中でもJFL参入を高らかに掲げている。
本吉は「まず会社としては、恐らく東北でいま最も注目をいただいている企業に成長しています。それに伴ってスポーツ面でも、東北だけじゃなく、JFLを目指して全国にアイリスオーヤマの名前を知ってもらうためにも、このチームを強くしたいと思っています」と意気込んだ。

サッカー、業務と二足の草鞋をはきながら全力で戦う本吉にはキャリアの目標がある。目指す先は会社の顔になることだ。
「アイリスオーヤマといったら、サッカーで本吉。営業でも『本吉というすごい営業マンがいるぞ』と言われるように、会社の顔になりたいですね」
チームは今月27日から開催される全国クラブチーム選手権に出場する。目指すはタイトル獲得であり、勢いそのままに東北2部南昇格へとつなげる機運をつくりたい。
「全国に知ってもらえる初めての機会なので、結果を残して、IRIS.F.Cの名を全国にとどろかせたいです」と意欲を見せた。

Jリーグに行けた男はプロの道へ進まずとも、充実した表情を浮かべながらも真剣な姿勢で競技に取り組んでいた。大学時代に「俺はビッグな男になります」と言っていた本吉は、いま有言実行している最中だ。
(取材・文・撮影 宇田春一)