今季開幕戦で優勝候補の一角とされる鹿島アントラーズを撃破し、現在4戦終えて3勝1分のJ1リーグ2位。例年になく、湘南ベルマーレがスタートダッシュに成功している。
(文=佐藤亮太、写真=アフロスポーツ)
「残留争いの名手」が今季はスタートダッシュに成功
2025年のJ1湘南ベルマーレは一味違う。開幕戦で鹿島アントラーズを1‐0で破ると、セレッソ大阪、浦和レッズにともに2‐1で勝って3連勝。その後、横浜F・マリノスにアウェイで1-1引き分け、4試合終わって3勝1分の勝点「10」でスタートダッシュに成功した。
湘南といえば「攻撃的で、走る意欲に満ち溢れた、アグレッシブで痛快なサッカー」が、いわゆる湘南スタイル。2012年の曺貴裁監督の就任にはじまり、2019年途中に就任した浮嶋敏監督を経て、2021年9月にバトンを受けた山口智監督は今季5シーズン目。継続とアップデートで磨きをかけ続ける。
ただ例年、序盤は決まって内容は良いものの結果が伴わない。ここ3シーズン、開幕5試合の戦績を見ると2022年が2分3敗。23年、24年ともに1勝2分2敗といずれも厳しいスタート。しかし秋口から見違えるように本領発揮。
“若い選手たち”が躍動する湘南ベルマーレの現在
湘南の原動力の一つは、20代前半を中心とした若い選手たちの活躍にある。
昨季、10得点。今季、背番号10番を背負いキャプテンを務める鈴木章斗(21歳)をはじめ、各年代別代表に選ばれる速さとスタミナを備えた畑大雅(23歳)。献身的にピッチを駆け回りトップ下でも輝く平岡大陽(22歳)。昨年センターバックにコンバートされ、レギュラーをつかんだ鈴木淳之介(21歳)。さらに今季初出場となった横浜FM戦で同点ゴールを挙げたU‐20日本代表FW石井久継(19歳)がいる。
彼らに共通しているのは高校を卒業して湘南に加入した選手ばかりという点。ちなみに鈴木章斗は大阪の阪南大高。畑は千葉の市立船橋高。平岡は大阪の履正社高。
実力拮抗のJ1。高卒選手の場合、出場までにどうしても時間がかかる。多くのクラブは外国籍選手や、J2以下含めた他チームから主力選手を、あるいは海外クラブに在籍した日本人選手ら即戦力をメインに獲得する。
湘南同様に、高卒の選手が活躍しているJ1クラブはある。FC東京もそうだ。2022年のデビューシーズンから主力として活躍した青森山田高出身の松木玖生(現ギョズテペSK)。23年にFC東京U-18からトップ昇格した俵積田晃太らが即主力として活躍している。今シーズンもFC東京U-15むさし所属の中学生MF北原槙がJ1史上最年少出場を果たすなど、率先して若手選手を起用している。
ただし、湘南のように時間をかけながら高卒選手を主力に育て上げ、しかも複数の選手がスタメンを張るのはJ1ではあまりないケースであり、これまでの湘南でもそうはなかった現象だ。
「たまたまですよ。みんなひょろひょろでしたから」
なぜ、彼ら高卒選手は主力となりえたのか?
「たまたまですよ。彼らがこのチームに入ったとき、みんなひょろひょろでしたから(笑)」
そう話すのが坂本紘司代表取締役社長。湘南のレジェンドの一人だ。2000年にジュビロ磐田から加入。引退する2012年シーズン終了までリーグ456試合に出場。引退後、クラブに入社し、23年1月、代表取締役GMに就任。いまに至る。
坂本氏は続ける。「プレー以外にも人の話を聞けるかといった傾聴力など、サッカー以外のことも大事にしていることは間違いないです」。
湘南の公式ホームページには「獲得基準」が明記されている。
~湘南スタイルを具現化するための必要絶対条件~
・判断スピードを持ち合わせている選手
・走る意欲のある選手(90分間走り続ける強い意志)
・取り組む姿勢がポジティブな選手
・逆境をプラスにできる選手
・チームを忘れず、協調性をもって行動できる選手
湘南スタイルと加入前の選手のプレースタイルが合っているかは、プレーを見ればある程度判断することができる。問題はメンタルの部分。
「最初はつらかったですね。試合に全然出られなかったので。練習ではミスもあって……こんなに手が届かないほど、高いレベルなのかと感じました」。そう畑は回想する。
高校2年のとき、複数のJクラブに練習参加した畑はチーム選びの際、選手層の厚いチームより出場機会を得られそうな湘南を選んだ。しかし「甘くなかった」と振り返る。
「監督が(浮嶋)敏さんになって苦手なテクニカルな練習が増えました。たくさん言われました。でもその分、ひたすら練習しましたね」。その甲斐あってか1年目から出場機会を得るようになった。
目の前の課題に背を向けず、練習に打ち込む
一方、プロ1年目の2022シーズン、リーグ2試合に出場し、無得点にとどまった鈴木章斗はこう振り返る。「自分のレベルというか……1年目で試合に出させてもらってもプレーがよくなかったので『このままじゃダメだ』と思うようになりました。『いまのままでは試合に出ても何もできない』。そう気持ちを切り替え、やり続けるしかないなと」。そう腹をくくった。
試合に出られない理由を外的要因に求めず、目の前の課題に背を向けず、練習に打ち込む。これまでトレーニング後に自主トレに励む鈴木章斗の姿を何度も目にしてきた。おそらく施設内のジムでも相当汗を流しているのだろう、当時より一回り、二回り体が大きくなっていることにも気づかされる。
ただ、いくら愚直にトレーニングに励んでもすぐには報われない。ここで大事なのが、選手を評価する側、つまり監督、スタッフの目だ。畑同様、1年目で出場機会を得た平岡は回想する。
「僕がリーグ戦初スタメンになった試合(2021年J1第17節・徳島ヴォルティス戦)、その前に行われた練習試合できっかけをつかみました。どこかのタイミングでは(出場の)機会はあるなと思っていました。
湘南にはサッカーに没頭できる環境がある
1年目の2022年、リーグ出場なし。翌23年リーグ5試合に出場。昨季、コンバートによりコンスタントな出場機会を得た鈴木淳之介は当時をこう振り返る。
「自分のレベルが足りず、試合に出られないことは、初めてのキャンプのときにわかりました。それでも少しでも追いつけ、追い越せでやってきました。試合に出られない時期はありましたが、スタッフ・コーチは変わらず声をかけてくれました。みんな見てくれたので、腐らず、続けられました。練習で良いプレーを見せれば、ベンチ入りできたので、モチベーション高くできました。高卒で試合に出るのは難しいですが、それを成し遂げる見本が周りにあったことも大きいです」
その見本というのが、先輩の畑、平岡であり、同期の鈴木章斗の姿だったのだろう。
鈴木淳之介は2024年6月、J1第17節・ガンバ大阪戦、負傷離脱したキム・ミンテに代わって、緊急的にボランチからセンターバックにポジションを変えてリーグ戦初先発。それがコンバートのきっかけとなった。日頃からつぶさに選手の成長を見守る監督・スタッフの判断。それでもポジション変更は、鈴木淳之介にとってはある種、自身のこれまで培ったアイデンティティーを捨てるようなもの。それでも試合に出るため、チームのためにとコンバートを受け入れ、定位置をつかんだ。
湘南を取材していて感じるのは、チーム全体に共通する、サッカーに対する真摯な姿勢。もとからの性格の良さ、プロ向きの性格という表現が適しているかもしれない。
湘南では高卒の選手は寮ではなく、一人暮らし。練習が終われば、自由な時間となる。同世代の若者に比べると、使えるお金もあるはずだ。本業のサッカーに影響しそうな夜遊びを覚えてしまうことだってあるだろう。
ただ彼らにとってそれはまったくのいらぬ心配。「関東に友達がいなかったので、遊びようがなかったです」(平岡)、「みなさんが思うほど、そんなお金ないですよ」(鈴木淳)とたしなめられた。
加えて生活環境もある。湘南地域は都心から電車で約1時間と比較的離れ、落ち着いた土地柄。サッカーに没頭できる環境が湘南にはあるといえる。
起用する側とされる側。相互にその基準に齟齬が少ない
では、クラブ側はなぜ高卒選手が活躍できていると考えているのか。
「新卒の選手をプレゼンするときに一番大事しているのは人間力。その基準をもって、選手をチョイスします」と明かした吉野智行スポーツダイレクター(以下・SD)はこう説明する。
「選手の持つ可能性はもちろんのこと、クラブとしては選手の成長を促す方針。その方針に沿ったうえで、サッカーの本質のところを腹落ちさせる山口監督の指導力がある。納得すれば選手もやろうとする。トライもする。そのトライしたことを評価する。そしてしっかり試合本番で起用する」
成長を促す山口監督の指導。それは選手の特長をできるだけ生かすこと。そのためのアプローチの一つは、選手自身に考えさせることだという。ミニゲームで山口監督からは「なぜそのプレーをしたんだ」「ホントにそれでいいのか」、そう選手に問い続け、考えさせる。選手の良さを発揮し、相手の出方を見て、選手自ら判断しながら、周囲とつながってゴールを目指す。そのために根気強く問い続ける。
若手台頭の理由について山口監督はこう説明する。
「それは彼らの取り組みや受け取り方があったからです。そこがない限り、こちらがいくら伝えても、どんな試合をしても反省は残らないでしょう。また僕らがどうこうというより、本人が持っているものが満たされていった結果だと思います。これは若手だけでなく、選手として自分の確固たるものと、こちらから伝えたこととのバランスが難しい。その絶妙なバランスがある選手が成長します」
この言葉を裏づけるように平岡はこう話す。
「自分の特長を出せているかどうかが大事ですし、特長を見て起用されていると思います。監督は自分たちの何を見て評価しているのか、理解して試合に起用してもらっています」
起用する監督と起用される選手。相互にその基準に齟齬(そご)が少ない。吉野SDの言う「腹落ちさせる指導力」に通じている。さらに吉野SDは若手の成長にはいわゆるベテランの存在が大きいと話す。
「山田(直輝)、岡本(拓也)にしても、ここ湘南で一つの時代を作ったような選手が、湘南イズムをしっかり伝えている。それは引き継がれているもの。そうした選手がいたのはクラブの財産」
練習場でも、ピッチ外でも。ベテラン選手が直接言葉で、真剣に取り組む姿勢で、若手選手に伝えてきた歴史がある。試合中に、ベンチで、ミックスゾーンで。そしてケガでチームを離れたとき、そして切羽詰まった残留争いのとき、年長者はどのように振舞うのか。しっかりと彼らは見て、学んでいる。
高卒選手が活躍するのは湘南の伝統?
以前、畑が語っていた石原広教との裏話も、湘南らしい風土の一つを表す象徴的なエピソードだ。
「(石原は)すごく尊敬できる選手です。特にピッチ内で。例えば練習に向かう姿勢、試合での立ち振る舞い。ほんとに参考になりますし、勉強になりました。僕とは同じポジション(右ウィングバック)でしたが、僕が試合に出ているときに、アドバイスをしてくれました。それは普段の練習や試合のハーフタイム、試合の次の日でも『もっとこうしたらよかったんじゃないか』と話してくれました。僕は同じポジションの選手にはそこまでアドバイスすることは抵抗があるというわけではないですが、どうしても積極的にはできません。でも僕に対してアドバイスしてくれて……成長していくために手助けしてくれました」
2024年から浦和レッズでプレーする石原は、湘南生え抜きの26歳。ベテランというにはまだまだ若いが、こうした土壌が湘南にはある。
高卒選手が活躍するのは湘南の伝統なのかもしれない。古くは中田英寿氏、近年では日本代表の遠藤航、ここ数年は石原のほか、杉岡大暉(現柏レイソル)、鈴木冬一(現横浜FM)、田中聡(現サンフレッチェ広島)……彼らも高卒選手だった。この活躍に続けと、今年は流経大柏高の松本果成、神戸弘陵高の石橋瀬凪、湘南U-18の本多康太郎の高卒3選手が加入した。
以前はオフシーズンごとに、10選手がチームを去り、新たに10選手が加わる、出入りの激しいクラブだった。しかし、ここ数年は出入りが少なく、かつピンポイントの補強が当たっている。加えて選手が他チームに移籍しても若手に限らず、新たな選手が現れるのは、クラブが定めた獲得基準があること、監督の手腕、スタッフの判断、スカウトの目、選手の意識の高さ、チームの風土、地域の環境などさまざまな要因がある。
坂本氏曰く、「ひょろひょろだった選手」たちがたくましく主力に成長する土壌が湘南にはある。
残留争いの名手から目標のトップ5入りへ。湘南ベルマーレの躍進ははじまったばかりだ。
<了>
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