世界有数の育成に長けたサッカークラブとして知られるドイツのSCフライブルク。現在もドイツU-21代表にも名を連ねたGKノア・アトゥボル、DFマックス・ローゼンフェルダーら若手の生え抜き選手が、ブンデスリーガで上位争いを繰り広げるチームを支えている。
(文=中野吉之伴、写真=なかしまだいすけ/アフロ)
「ドイツトップレベルの育成クラブ」という立ち位置
ドイツサッカー界で育成革命が起こったのが2000年代初頭。
366カ所の整理されたトレセン、学校と地元クラブの連携、指導者育成の本質的改善、そして各ブンデスリーガクラブには規定にのっとった育成アカデミー設立が次々に行われた。結果としてドイツ全土の育成力は大幅に上がり、それがブンデスリーガ、そしてドイツ代表のクオリティアップにつながったと喜びの声にあふれていた。
あれから20年近くの時が過ぎた。育成への取り組みが形骸化しているクラブも少なからず出てきている中で、SCフライブルクは常に優れた育成クラブとしての評価を確立している。フォルカー・フィンケがトップチームで監督をしていた1990年代からすでに育成をクラブ運営の大事な柱として重要視していたフライブルクでは、なぜいまも「ドイツトップレベルの育成クラブ」という立ち位置を確立できているのだろう? その秘密を探るべくフライブルク育成アカデミーを訪ね、育成ダイレクターのアンドレアス・シュタイエルトに直接話を伺ってきた。
フライブルクの育成が成功する3つの理由
フライブルクの育成がうまくいっている要因としてシュタイエルトが挙げたポイントは3つ。
「まず1つ目はいまも変わらずクラブの明確な方針として、自分たちの育成アカデミー出身の選手を大切にすること。2つ目はクラブスタッフの高い継続性。強化部長のヨハン・ザイアー、スポーツダイレクターのクレメンス・ハルテンバッハという重要なポストは10年以上変わっていません。昨季で辞任しましたが、クリスチャン・シュトライヒ前監督は16年もの間トップチームの監督としてクラブに貢献してきました。新しいユリアン・シュスター監督も長い間このクラブに在籍しています。私も12年間ここにいますし、育成指導者統括のマルティン・シュバイツァーは15年間います。とても重要なことですね。
ブンデスリーガでは自前の育成アカデミーで育成された選手のプレー時間について新しい統計を取っている。これによると例えば同じ州にあるVfBシュトゥットガルトは0分だが、フライブルクは5400分以上という結果がでている。
「例えばシュトゥットガルトとフライブルクのU-19やU-23の試合を見ると、頻繁に負けることもあります。彼らにも素晴らしい選手が揃っています。私たちだけに才能ある選手がいるわけではありません。若い才能をプロの世界へスムーズに移行させ、プレー時間を与えることへのチャレンジがあるからというのは一つの大きな理由だと思います。この分野において私たちは高いクオリティを持っており、それぞれの担当指導者による連携や、どのようにして一緒に取り組むかという点でも強みを発揮しています。ここは他のクラブよりも優れていると思っています」
10年前は若手選手にチャンスを与えやすい環境だったが…
トップチームで出場機会を作るのは簡単ではない。フライブルクはここ数年間でクラブの戦力を大幅にアップさせ、2年連続UEFAヨーロッパリーグに出場したり、今季も上位争いに食い込んでいる。10年前であれば残留が最大の目標だったし、若手選手にチャンスを与えやすい環境だったはず。だが普段4部でプレーしているU-23から、いきなりブンデスリーガの上位争いで戦力となれるだけのプレーができる選手となると、そうそう出てこない。その点はシュタイエルトも「以前よりも明らかに難しくなってきているのは確かです」と認めていた。
「以前であればトップチームへ昇格できていた選手がいまでは昇格できないという例も出てきています。
ケガをしにくい体となるためには…
トップチームが求める選手のクオリティが高くなるということは育成での取り組みにも変化が求められるのだろうか。これにはシュタイエルトは首を横に振った。
「私たちはフライブルク周辺の選手たちをできるだけ大切にしています。常にさまざまな質を向上させる努力をするのはもちろんですが、私たちのアイデアは、地域からできる限り多くのものを引き出すことです」
子どもたちそれぞれの資質をどれほど引き出せるかどうか。そしてそうした資質を持った子どもたちをどれだけ地域で見つけ出せるかがポイントになってくる。
「どれだけ経験を積み重ねても、選手のキャリアを早い段階で見極めるのは困難です。もし11歳の段階でプロ選手になれる要素を見つける方法を知っている人がいるとすれば、きっと非常に裕福になれるでしょう(笑)。
成長にはさまざまな要因があります。「身体はどのように成長するのか?」「どのような環境がどんな影響を与えるのか?」「心の中では何が起こっているのか?」「誰がどうやって何を学ぶのか?」「どのように物事を受け入れるのか?」「プレシャーにどのように対処できるのか?」……。
それにケガなく成長できるかという点も重要です。私たちのクラブでも非常に大きな才能を持った選手がいました。成長力も申し分ない。でもあまりにも多く、あまりに頻繁にケガをしてしまいました。欠場期が長く頻繁にあると、コンスタントに成長することができない。フィジカル的にもメンタル的にも、ピークパフォーマンスを発揮できない。ケガをしないことは才能における証明の一つになるといえます」
ケガをしにくい体となるためには、幼児期からの運動習慣があるかどうかは大きなポイントになるわけだが、ドイツにおいても子どもたちが外で遊んだり、他の子とスポーツをする機会がどんどん減ってきているというのが社会的な問題になってきている。多くの学校では体育の授業が減らされてしまったり、午後の授業が増えて放課後スポーツクラブに行きにくい傾向もみられる。さらに子どもたちはゲーム機で遊んだりスマホを使ったりすることで、すぐ身近に気を散らされる要素が増えてきている。
「その通りですね。昔のように木に登ったり、障害物を越えたりすることができなくなっている。さらには空き地やミニサッカーコートでサッカーをする機会も減ってきている。これはドイツにおける社会的な変化です。だからこそトレーニングの中で昔のストリートサッカーのように自由なプレーができる環境を作る必要があると考えています。つまり、子どもたちが自由に自分で多くの決定を下し、うまくいったかどうかのフィードバックを自分たちで受け取れるようなシチュエーションを常に提供することが大切です」
近隣の小学校や保育園と連携する重要性
フライブルクではクラブ内での活動だけではなく、近隣の小学校や保育園との共同でサッカーや運動プログラムを提供している。コーチとして帯同するのはフライブルクのコンセプトやメソッドの研修を受けたスポーツ学や教育学の学生たち。プロクラブとして学校や保育園と一緒になって取り組むことはどれほど重要なのだろうか?
「これは非常に重要なことです。学校との協力において大事なのはサッカーをすることではなく、まずは子どもたちがスポーツを通じて体を動かすこと。そのための機会を提供することです。健康を通じて社会に良い影響をもたらすものであり、もっともっと多くの子どもたちにスポーツの機会を提供する中で、さらに多くの『運動の才能を持つ子』が育まれてくる下地を作ろうとしています。『運動の才能を持つ子』が多くなることが、最終的により多くの才能ある選手が育つことにつながると考えています。
時代が変わり、社会が変わり、生活習慣が変わったことで、昔と同じアプローチではうまくいかないことも増えてくる。それはドイツでも日本でも、世界中どこでも一緒だ。やり方をアレンジして、より効果的なアプローチを考えることが必要になってくる。
それでも本質的なものは変わらない。外遊びの機会が少ない子どもたちみんなが外遊びを嫌いなわけではない。体を動かす喜びを知れば、またやりたくなる。ボールがそこにあれば蹴ってみたくなる。仲間と一緒にプレーする成功体験を積み重ねたらサッカークラブの門をたたきたくなる。
どこにどんなきっかけを作るのか。そのためにフライブルクはプロクラブとしてできることを常に考えている。自分たちから足を運ぶ。ブンデスリーガで強豪クラブの仲間入りができる位置になっても、地元を何よりも大事にする精神はこれからも変わらずそこにあり続ける。
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【連載後編】育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
<了>
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