近年、プロスポーツチームには「競技の勝敗」や「ハイレベルなエンターテインメントの提供」だけでなく、その影響力や集客力を活かした社会的・地域的な役割が強く求められている。プロ野球やJリーグをはじめ、地方自治体や地場産業と連携した取り組みは数多く生まれているものの、人口減少、少子高齢化、貧困といった地方都市が抱える深刻な課題を、本質的に解決した例はまだ限られているのが現状だ。
(文=清野修平[セイカダイ]、写真提供=©H.N.F.、©Scrum Ventures)
北海道全域を見据えた、Fビレッジ発の地域イノベーション構想
「Hokkaido F Village X」(以下、HFX)の拠点は、北海道ボールパークFビレッジ(以下、Fビレッジ)である。2024年12月には開業2年目を迎え、前年比21%増となる約418万人が来場。北海道の新たなシンボルとして、“世界がまだ見ぬボールパーク”というコンセプトのもと、順調に成功を重ねていると言えるだろう。
一方で、北海道やプロ野球に目を向けたとき、Fビレッジや球団運営がこの先も右肩上がりに成長し続けるかどうかについては慎重な検討が必要である。
北海道は、自然、食、スポーツ・エンターテインメント、観光といった多様な魅力を有する地域であり、近年では半導体、データセンター、再生可能エネルギーといった成長分野への投資も活発化。しかしながら、野球の競技人口および北海道全体の人口は年々減少傾向にあり、地域資本に大きく依存するプロスポーツチームの経営にとっては、見逃せない現実である。特に道内の生産年齢人口および年少人口は大幅な減少が続いており、いずれもピーク時と比較して約100万人が減少。これにより、地域インフラの持続可能性や人材確保といった社会課題に直面している。
北海道日本ハムファイターズの未来を切り拓くためには、Fビレッジを中心とした街づくりと、そこで培ったナレッジを北海道全域へと展開していくイノベーションが不可欠だ。HFXの立ち上げにあたり、株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメント 常務取締役 開発本部長の前沢賢氏は次のように語っている。
「今回のHFXは、単なる実証実験の場にとどまりません。スタートアップが持つテクノロジーやサービスを、北海道にリアルに実装してもらうための取り組みにしていきたいと考えています」
前沢氏は、HFXが単なる検証プロジェクトではなく、実際の地域社会での実装と変革を見据えた本格的な取り組みであることを強調した。

スポーツ×スタートアップの先駆者とファイターズ
HFXは、シリコンバレーと東京に拠点を構え、複数の投資ファンドを運営するスクラムベンチャーズ合同会社が主催し、ファイターズ スポーツ&エンターテインメントと連携して推進されるプロジェクトだ。
スクラムベンチャーズは、2018年にスポーツをテーマとしたグローバルなスタートアップ支援プログラム「SPORTS TECH TOKYO」を開催。さらに2024年には、スポーツおよびエンターテインメント分野に特化したスタートアップへの投資ファンド「Scrum Sports & Entertainment Fund I」を約100億円規模で組成するなど、同分野における投資・アクセラレーションの先駆者として注目されている。直近では、タイガー・ウッズとローリー・マキロイが設立したインドアゴルフリーグ“TGL”にも出資を行った。
スクラムベンチャーズは、HFXの立ち上げにあたり北海道の現状について次のようにコメントしている。
「北海道は、日本国内だけでなく海外からも『食』『自然』『観光』などの魅力が広く知られています。特にコロナショック以降、働き方の自由度が高いスタートアップにとって、住環境が優れていることは魅力的です。近年では成長分野としてこれからの産業・社会の基盤である『半導体』『データセンター』『再生可能エネルギー』など、スタートアップの連携先となる新規事業が集積しつつある点は大きな魅力です。その一方で、今後世界中の地域が直面する少子高齢化問題などスタートアップが解決すべき社会課題もあります。広大な土地を背景に成長分野と社会課題が併存する北海道は、スケールの大きな挑戦ができる場所として、今後さらに注目が高まると感じています」

チームを強化する手段として
「HFXは事業面・競技面両方において利点がある」と語るのは前沢氏。
二刀流という前代未聞の方法で大谷翔平選手を育成したファイターズの育成手腕は、世界からも一目を置かれており最先端を走っている印象だ。しかし、前沢氏は「2月にドミニカとアメリカに行ってきましたが、日本より進んだテクノロジーで野球が行われてしまっている。それはHFX アドバイザーに就任した栗山さんが一番感じていると思う。それを追いつけ、追い越せではなく、圧倒的に超越していくにはスクラムベンチャーズさんや海外のテクノロジーを持つ企業とわれわれが手を組むというのが一つの解決方法」とコメントした。
本プロジェクトには、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍ジャパンを世界一に導いた栗山英樹氏がアドバイザーに就任。
栗山氏は「私は長年、野球に携わってきていますが、野球の世界は、イノベーションの力によって急速に進化しています。かつて曖昧だった技術が数値化され、精密なデータ分析が戦略の鍵となっています。ピッチャーの変化球や打者の打撃フォームなど、あらゆる面でデジタル技術が活用されています。さらにAIを活用した選手育成も進んでおり、より効率的、かつ効果的な技術向上が可能になっています。データやAIを活用し、先入観を払拭し、個々の選手の潜在能力を見出すことができれば、大谷翔平選手のように、選手の可能性を最大限に引き出すことができるようになるかもしれません。野球をはじめとするスポーツとイノベーションの融合は、スポーツの未来を切り開く大きな可能性を秘めています。常識にとらわれず新しい発想でスポーツを進化させていくことが、今後のスポーツ界にとって不可欠なんです」とコメントした。
競技力の向上には、データ・アプリケーション・デジタルデバイス等が必要で、なおかつそれらを適切に扱うことができる人材が必要であるが、世界中で日々立ち上がるサービスをキャッチアップして導入するという点ではまだまだ苦労している印象を受ける。HFXを通じて、競技力を飛躍的に向上させられるスタートアップが発掘されることを期待したい。
ドジャースやパッカーズに学ぶ、地域密着型アクセラレーションの可能性
スポーツと社会がより密接に交わっているアメリカに目を向けるとどうか。実は、大谷翔平選手が所属するロサンゼルス・ドジャースは、2015年にテクノロジー企業の育成プログラム「LA Dodgers Accelerator」をいち早く立ち上げている。
LA Dodgers Acceleratorは、スポーツチームが自らイノベーションのハブとなることで、競技の枠を超えた社会的・経済的インパクトを創出した先駆的な事例だ。
特筆すべきは、同アクセラレーターから実際に市場で成功を収めたスタートアップの存在である。例えば、選手の身体能力やパフォーマンスを計測するモーションキャプチャ企業「Kinduct」や、チケットの再販市場を変革した「SeatGeek」などは、ドジャースとの連携を通じてスポーツ業界に革新をもたらした。現在では、MLBの他チームや他のスポーツリーグにも波及している。これらの事例は、球団自体がイノベーションの起点となることの意義を如実に示している。
また、地域とスポーツが一体となってイノベーションを推進する事例としては、NFLグリーンベイ・パッカーズが地元ウィスコンシン州グリーンベイに設けた「Titletown District」が挙げられる。パッカーズは、アメリカ4大スポーツの中で唯一、市民が所有する“コミュニティ所有型”のチームであり、地域と深く結びついた運営スタイルを貫いている。小規模都市に本拠を置きながらも、NFLでも屈指の人気と実績を誇る名門球団であり、その地域密着の姿勢はスポーツビジネス界でも特異な存在感を放っている。

Titletown Districtは、スタジアムを中心に、ホテル、商業施設、起業支援施設などを備えた複合開発地区であり、単なるスポーツ施設を超えて、地域経済の活性化とイノベーション創出のハブとして機能している。このTitletown District内に設立された「TitletownTech」は、パッカーズとマイクロソフトが共同で出資したベンチャースタジオ兼投資会社であり、スタートアップ支援と地方経済の活性化を同時に実現。すでに複数のユニコーン候補企業がここから生まれつつあり、地方都市からでも世界水準のイノベーションを生み出せることを証明している。

HFXもこのTitletownを一つのロールモデルとしており、プロジェクト立ち上げ前には視察を行っている。
「Titletownは、パッカーズが中心となり、スポーツを核に地域産業と共創しながら街づくりを推進した先進事例です。広大な土地にホテル、オフィス、住宅、商業施設などを一体整備し、『暮らす・働く・遊ぶ』が融合する新たなコミュニティを形成。さらに、パッカーズとマイクロソフトが共同設立したTitletownTechでは、スポーツ領域に留まらず、ヘルステックやアグリテック、製造業など幅広い産業分野でスタートアップ支援と地域産業の活性化を実現しています。スポーツを核にしながら、地域課題を解決し、持続可能なまちづくりとスタートアップエコシステムを同時に育てようとするTitletownは、北海道・Fビレッジにおいてもモデルの一つとなると感じました。
また、スタートアップのテクノロジーと地域や市民の方々が抱える社会課題の解決は非常に相性が良いと考えています。これは、スタートアップが持つ革新性や機動力、そして従来の枠組みにとらわれない発想が、複雑化・多様化する現代の社会課題の解決に適しているためです。特に、北海道のように広域に人々が暮らす地域では、人口減少により公共交通や医療・教育、インフラの維持が難しくなり、地域の担い手不足も深刻化しています。こうした課題に対し、農業や交通、医療、エネルギーなどの分野で、スタートアップの新たな挑戦が実用化されることで、暮らしを支え続ける仕組みづくりが進みつつあります。北海道という大きなフィールドだからこそ、こうした技術が地域の未来を描き直す大きな力になると感じています」
HFXが描く、世界基準のイノベーションモデル
置かれた環境は異なるが、HFXが目指すのも、こうした「地域とプロスポーツの融合によるイノベーション・エコシステム」の創出である。広大で多様な資源を抱える北海道、Fビレッジというリアルな都市空間、プロ野球という日本のトッププロスポーツ、これらを掛け合わせることで、世界基準のイノベーションモデルを築く可能性があるだろう。
参加スタートアップは、北海道に実在する課題解決の現場=Fビレッジを舞台に、現場視察や関係者とのディスカッション、アイデアのブラッシュアップ、そしてプロトタイピングといった一連のプロセスを通じて、製品やサービスの実装を目指す。
また、プログラム期間中は、ファイターズの球団関係者、自治体、地域企業、投資家、メンター陣とのネットワーキングも設けられており、PoC後の継続的な協業・事業化や投資検討の機会も提供される。
HFXは、北海道が抱える社会課題の“実験場”にとどまらず、次代のスポーツテックやローカルイノベーションのショーケースとなることを目指している。北海道から、世界へ。プロ野球チームが核となる“社会実装型アクセラレーション”の成果が今後どう育っていくのか、注目が集まる。
<了>
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[HFX アクセラレーションプログラム概要]
応募期間:2025年4月~5月
選考期間:2025年6月中旬に採択チーム決定
プログラム実施期間:2025年7月~10月(予定)
参加対象:道内外・海外問わず、社会課題・スポーツ課題に取り組むスタートアップ
主な支援内容:FビレッジでのPoC支援
スポーツ・地域関係者とのネットワーキング
メンタリング・事業開発サポート
投資・協業検討機会の提供