世界最古のカップ戦で、日本人MFが歴史を塗り替えた。5月17日、イングランド・FAカップ決勝でマンチェスター・シティーを1−0で破ったクリスタルパレスがクラブ初の主要タイトルを獲得。
(文=田嶋コウスケ、写真=AP/アフロ)
チームの歴史に残る特別なゲーム「普通にプレーできた」
クリスタルパレスのMF鎌田大地が、世界最古のカップ戦であるFAカップのトロフィーを掲げた。
5月17日に行われたFAカップ・ファイナル、クリスタルパレス対マンチェスター・シティー戦。“サッカーの聖地”ウェンブリー・スタジアムでの決勝には、8万4163人のサポーターがつめかけた。イギリス国内で英BBC放送と英テレビ局ITVの2局が生中継した注目の一戦を、クリスタルパレスが1−0で制した。1861年創立のクラブにとって、国内主要タイトルはこれが初めてだった。
鎌田は3−4−2−1のセントラルMFとして先発フル出場。結果的に決勝点となった前半16分の先制点に絡み、後半11分の絶対的なピンチの場面ではスライディングでブロック。攻守両方で存在感を示し、クラブ初のタイトル獲得に大きく貢献した。
2022年に欧州リーグのタイトルを獲得している鎌田は、FAカップ優勝後、その胸中を語った。
「カップ戦というのは、勝たないと(いけない)。
自分のキャリアで決勝の舞台に立つのは初めてのことではない。大きなクラブでやってるわけではないですけど、自分のキャリアでこういう経験をたくさん積めているのは、今日普通にプレーできたことにもつながっている。パレスのような(タイトル獲得で)歴史のないチームには特別なことだと思う。ファンの熱気も明らかにパレスのほうが上だった。選手だけではなく、チーム全体で戦った試合でした」
「やりたいサッカー」と「実際にやってるサッカー」の乖離
FAカップ決勝前、メディアには先発メンバーの記されたチームシートが配られた。スタメンに「18 Daichi Kamada」の名前を見つけると、こみ上げるものがあった。
シーズン序盤から中盤にかけて、鎌田は苦戦が続いた。開幕から先発とベンチを行き来していた頃、チームは未勝利が続き、降格圏に沈んだ。鎌田が槍玉に挙げられたのは、ちょうどこのタイミングだった。
サポーターから批判の声が噴き出したのは、9月28日のエバートン戦だ。鎌田は先発したが、自陣でのパスミスから失点を招き、チームは1−2で敗れた。
批判がさらに強まったは11月9日のフラム戦だった。スタメン出場の日本代表MFは、後半31分に危険なタックルがあったとして一発退場を命じられた。ホームで行われた一戦であったものの、一部の自軍サポーターからヤジを浴びた。このあたりから、ベンチスタートが増えていった。
一方で鎌田も、クリスタルパレスのプレースタイルに戸惑いを感じていた。指揮官は、フランクフルト時代の恩師、オリバー・グラスナー。ドイツ・ブンデスリーガ時代のグラスナー監督は「ポゼッションベースの攻撃的なサッカー」を志向していた。だが今季は結果が出ず、パレス本来のプレースタイルである「ロングボールを多用する守備的なサッカー」に路線を変更した。
フランクフルトやイタリアのラツィオで攻撃的なサッカーに慣れていた鎌田にとって、フィジカル重視のプレースタイルは試練となった。当時、鎌田はこう話していた。
「すごくリスクのない、ロングボールを多用するサッカーをしていて、自分としては難しさがある。パレスにはフィジカル面が強い選手が多く、チームとしてボールをつなぐ意識があまりない。
シーズン序盤がうまくいかなかったので、勝ち点を積み上げないといけないとか(そういう事情もあった)。フランクフルトでやってたサッカーが、今の監督でやりたいことは一緒だろうけど、実際にやってるサッカーが全然違う」
「現時点で最強チーム」に名を連ねた要因は“守備力”
ただサムライ戦士は、不満を述べるだけでは終わらなかった。
例えば、守備力の向上。「デュエルでの勝利数やカバーリング、ミスをしないことは、6番(=セントラルMF)として出場するときは大事」と語るように、タフで安定した守備で中盤を支えた。
また意識も変えた。前線にはフィジカル系のアタッカーが揃うことから、自身はカバーリングを重視した。セントラルMFとして大事にしていたのは「攻守のバランス」。チャンスと見れば前線まで駆け上がってラストパスを引き出そうとしたが、「スペースを開けない」といったリスク管理を徹底し、チーム全体のバランスをうまくコントロールした。
トレーニングを通して、守備の成長も感じた。「守備に行くタイミングや、自分が狙った場所でボールを取るプレーも、最初にここに来た時よりも良くなっている」と鎌田。優れたサッカーIQや、攻撃時のスペースへの侵入を評価されることが多いが、クリスタルパレスではそれまで得意ではなかった守備にも力を入れた。
チームは、フィジカル志向に立ち返ったことで成績が上向いた。すると鎌田は、シーズン終盤にレギュラーポジションを確保するようになった。
当初はプレースタイルとの違いに戸惑っていたものの、鎌田は「自分のやるべきこと」と「課題」に向き合い、チームのスタイルにゆっくりと順応していった。そしてレギュラー奪取──。グラスナー監督が「現時点で最強チーム」と位置づけたFAカップ準決勝のアストンビラ戦に先発すると、決勝でもスタメンに名を連ねた。
終わりよければすべてよし「自分が他の人と違うところ」
振り返ると、鎌田は2022年にフランクフルトで欧州リーグを制覇しているが、このシーズンは開幕当初からレギュラーとして稼働した。
今回のFAカップについて、筆者が「スタートはレギュラーではありませんでしたが、最終的に優勝に貢献した。フランクフルトでの欧州リーグ優勝とはまた違った意味を持つのでは?」と問うと、鎌田は少し考えたあと、こう語った。
「タイトルを取れたのは本当に素晴らしいことだと思います。自分自身がパレスに来たときに、カップ戦以外は優勝できるチャンスはなかなかないと思っていた。ここに来たときに『タイトルを取りたい』と言っていて、その言葉を達成できた。僕としてもチームとしても素晴らしいことだと思います。
自分自身としては、ほんとに難しいシーズンでした。昨シーズンのラツィオでも、同じような感じで最初うまくいかなくて、最後ある程度うまくいくようになった。今シーズンも本当に難しいシーズンでしたが、最後の最後で這い上がってこれるのは、自分が他の人と違うところだと思う。
難しい時期もやり続けたのが、こういう結果につながったと思う。また自分自身が今までやってきていることが、しっかり合ってるんだなということも再確認できました。ほんとに難しいシーズンだったと思います。だけど、“終わりよければすべてよし”ではないですけど、素晴らしいシーズンに変わってるのではないかなと」
鎌田のサッカーIQの高さが滲み出ていたシーン
改めて得点場面を振り返ると、パスを出す際に鎌田がポジション取りを一気にFW付近まで押し上げていた。「どうしてあの位置に?」と聞いてみると、鎌田はこう言った。
「後ろ(=DF)の選手たちが勇気を持ってプレーできてなかった。なので、DFが長いボールを蹴るのを前提に、自分がセカンドボールを拾おうかなと思って、ちょっと前に出ていきました」
これぞ、鎌田の真骨頂だろう。読みの良さを生かして前線近くまで上がり、FWジャン=フィリップ・マテタをフリーにするパスを出した。鎌田のサッカーIQの高さが滲み出ていたシーンだった。
今回のFAカップは、鎌田にとって「ベンチメンバーの立ち位置」から大逆転でつかみ取った栄冠だった。
持ち味の優れたサッカーIQを生かしてチームを動かしつつ、「自分の得意じゃない部分を伸ばさないと試合に出れないと思った」と語る通り、守備の改善にも真摯に取り組んだ。
「最後の最後で這い上がってこれるのは、自分が他の人と違うところ」。
<了>
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