伊東純也、守田英正、渡辺剛、三笘薫……。日本の大学サッカー出身でヨーロッパで活躍する選手が近年ますます増えている。
(文=中野吉之伴、写真=MB Media/アフロ)
古橋亨梧の移籍で浮上した“連帯貢献金”の行方
サッカー選手が国外クラブへ移籍をした際には、FIFA(国際サッカー連盟)が定めたルールとして、12歳から23歳までに所属していたクラブが育成時の貢献を評価され、金銭的サポートを受けるために、移籍金の最大5%が分配される「連帯貢献金(Solidarity Contribution)」という制度がある。今年1月にセルティックからレンヌに移籍した古橋亨梧の場合、在籍した興国高校、中央大学、FC岐阜にそれぞれ支払われるという。
「私は2022年からサッカー部に関わっていて、帳簿関係を常にクリアにするように取り組んでいます。どこからどのようにお金が入って、どのように出ているのか。一般社団法人の形をうちは取っているので、そこでの収支はクリアなものになっています。ただ、この『連帯貢献金』というのは、どのような性質のお金として受け取っていいのかという前例がないので、まだ難しいところがあります」
中央大学商学部教授で、サッカー部やバスケットボール部などで役員を務める渡辺岳夫によると、「連帯貢献金」に関して、2023年度まではJFAが代理人の役割を果たしてくれていたという。JFAが窓口として移籍先とやり取りをして、そこから連帯貢献金が振り込まれるという形式が取られていた。
ただ今年からお金の流れをよりクリアなものにしようと、FIFAの決定事項としてFIFAと各サッカークラブ、団体が直接やり取りをすることになったそうだ。そのため今後は各部会や大学自身で直接FIFAと連絡を取り合って、手続きをする必要性がでてきたのだが、法人化していないところへはルール上振り込みできないため、法人格を持っていない大学サッカー部会がそのやり取りで苦労しているという。
「外貨を受け取ることになりますから、どういうお金が振り込まれるのかというのを明確に証明する必要があります。外貨を受け入れることに日本の銀行もいま慎重ですから。例えばベルギーに移籍した渡辺剛とのことでやりとりがあったんですが、彼が以前中央大学に所属していたという証明書類を作成したり、振り込まれるお金がどういう性質のものなのかを銀行に説明して、銀行の理解をまず得る必要があります。
それから銀行側に『手続きはこうやってください』という指示がされて、それをFIFAに連絡してと、さまざまなやり取りをクリアしないといけません。もちろん英語でのやり取りですから、そこも大変ですよね。そして日本における通常の部活動という団体のままだと、もう受け取れないわけなんですが、現状多くのところでこうした受け入れ体制が整っていないのは大きな改善点だと思います」
寄付?対価? 税務処理のグレーゾーンに悩む現場
手続き関係の複雑さのほかに頭を悩ませられているのが、連帯貢献金は果たして課税対象なのかが明文化されていないことだと渡辺教授は指摘する。
「大学はそもそも教育活動という位置づけにありますし、部活動もそのなかで一種の教育活動にあたります。大学側はサッカーを通じていろんなものを学ぶ機会を提供しているわけですよ。だからビジネスとして選手を育てているわけじゃない。だから選手が成長して移籍していったことに対して、何らかの対価を受け取るという図式なのか、あるいは謝礼的、寄付的なものなのか。そこに対して明文化されていないんです。
ここ10年ぐらいで数多くの日本人選手が海外に行くだけではなく、徐々に大きな違約金とともに動くようになってきている。連帯貢献金の数字だって大きくなるだけに、受け取る側の大学や高校、その下のジュニアユース、ジュニアサッカーの団体にとってこれは非常に重要なテーマになる。
大事なのはこれをポジティブなきっかけにしていくことだろう。こうした流れで多くの大学で部会に関して法人を作ることを考えるだろうし、そうなるとどうやって部を運営し、支援していくのか、というのをこれまで以上に真剣に考える必要がある。
「私もいい転換期になるのではと思っています。うちは早くに法人化しているので、他大学やいろいろな関係者から相談を受けることがあります。それはこれからも増えてくるはずなので、それこそ大学スポーツ部会を支援する一般社団法人なりNPO団体のようなものが作れるといいなと思うんです。要するに統括組織としての一般社団法人といったらいいのかな。
そうすればお互いの悩みを共有して、相互にいい方向に成長していける。例えば事務の共有化ができると、いますごく大変な事務作業が円滑にできるようになる。そんなふうに経理をまとめてやってくれる組織とかを作れたらいいですよね。
それに団体になればまた新しいパワーが出てきますから。
「古橋の連帯貢献金が満額入っても厳しい」大学事情
いま大学サッカーは新時代への扉を開ける時期にいるのかもしれない。以前は高校サッカー、Jリーグクラブのユースチームから、プロチームへ行けなかった選手が「他に選択肢もあまりないし……」という比較的消極的な選択肢として大学サッカーがあった。だが、ここ最近は、逆にトップチームに上がれるぐらい実力がある選手が、自発的に大学を選ぶケースも増えてきているという。
「セカンドキャリアを見据えというのもあるし、大学で学びながらというのもあるし、大学出身のフットボーラーが世界的に活躍しているっていうのもある。いずれにしても大学サッカー経由への評価が確実に以前よりも大きくなってきて、積極的に選ばれる存在になりつつあるっていうのを感じています。ただ、大学サッカーの環境がそれにふさわしいものを提供できているかというと、そうではないのが現実です」
練習施設や寮でプロ顔負けの設備をそろえる必要まではないかもしれないが、とはいえ過不足なく取り組めるスタンダードはあったほうがいい。衛生状況がいいとはいえない合宿所みたいな寮があったり、食事事情にしてもアスリートとして以前に若者が健康な日常を送るのに十分ではないところもある。
中央大学にしても人工芝の劣化が進み、公式戦の実施に支障が出かねない状態だという。だが普段の練習はケガのリスクを抱えながらもそこでやるしかないというジレンマ。だからといって人工芝の張替えをするには多大な資金が必要になる。
「そうなんです。それこそ古橋の連帯貢献金が満額入っても厳しいわけなんです。徐々に大学サッカーは選ばれる存在になってきているからこそ、ここをどうブレイクスルーしていくのかというのは、本当に難しい問題なんですが、向き合わなければならないテーマではないかと思うんです」
神奈川大学の事例に見る大学スポーツの可能性
そうした大学スポーツの価値観を高めるために、そしてより多くの協賛金や支援金が集まってくるためには、地域と密着した取り組みが重要となるかもしれない。
「神奈川大学が横浜線沿線の古い団地を改修して、そこにサッカー部員が入るようにしてますよね。4階建てでエレベーターもついてなくて、住んでる人たちの高齢化も進んでというなかに彼ら学生が入って、地域の高齢者の方々と積極的にさまざまな交流をしています。実際に高齢者の方たちが、神大サッカー部の試合に応援しに行くという、興味深い相互作用が生まれていると聞きます。行政からの注目も進み、補助金対象としてサポートしてくれているようです。自分たちも何かできないかと考えているところです」
それこそスポーツ庁が「生涯スポーツ社会の実現」に向けた柱と位置づけている、いわゆる総合型地域スポーツクラブ構想に関わってくるものにもなりうる。部活動から学校の先生を解放するという流れのなかでも、地域でさまざまなスポーツを運営して、地域の人たちと一緒に作って、地域の人たちと共生していくという流れを生み出し、大学スポーツが重要な位置づけに立つことができたら、非常に興味深い相互作用が生まれるかもしれない。
<了>
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