高齢者の「声を磨く」ことで健康と社会的孤立の課題に挑む――。モンテディオ山形が展開する「O-60 モンテディオやまびこ」は、声のトレーニングを軸に、地域の高齢者がつながりを持ち、スタジアムを訪れるきっかけを創出している。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=モンテディオ山形)
自治体での活動が初観戦のきっかけに
――「O-60 モンテディオやまびこ」の活動には、昨年から今年にかけてどのくらいの方が参加されましたか?
荒井:企画を立ち上げた昨年から、これまでに250~300人ほどの方々に参加していただいています。昨年は2つの自治体と連携し、普段からスタジアムに来てくださる方々と、自治体への出張によるボイストレーニングや健康教室の開催を通じて初めて観戦にいらした方々が一緒に活動しました。1日でおよそ150名が集まり、普段は交わることのない方々が交流するきっかけをつくれたのは大きな成果でした。今年はホームゲーム全19試合で実施を予定しています。
――県外からも参加希望者がいると思いますが、参加方法や料金についても教えてください。
荒井:電話、FAX、インターネットと、どの方法でも申し込みが可能です。今年から新たに、年間のハーフプランを2万5000円で準備しています。また、各回ごとの単発プランもあり、活動に参加するだけなら3000円、好きな選手のサイン入りTシャツ付きプランは5000円です。どのプランにも試合観戦チケットが付いていて、スタジアムでの来場者プレゼントも並ばずにもらえるなど、特典も用意しています。
――60歳以上で初めてスタジアムに足を運ぶ方にとっては、新たな喜びや刺激になりそうですね。
荒井:実際、ご夫婦で参加される方も多く、中には「初めてスタジアムで試合を観戦した」という方もいました。
――スタジアムには男性の来場者が多い印象もありますが、参加者の男女比はどのような割合ですか?
荒井:今回の「O-60 モンテディオやまびこ」では、参加者の6~7割が女性です。女性のほうがよりアクティブに参加してくださっている印象がありますね。ご夫婦で参加される方もいらっしゃいます。
――「Jリーグシャレン!アウォーズ2025」でクラブ選考賞を受賞したことで、県内外からの反響もあったのでは?
荒井:そうですね。クラブ選考賞は、Jクラブの実行委員による投票で選ばれる賞ですので、他のクラブの代表者をはじめ、チーム関係者の方々にも注目していただけたのではないかと思います。そういった意味でも、ポジティブな影響が広がっていればうれしいです。
“声”がつなぐ、初観戦のきっかけと仲間づくり
――高齢化の課題解決や事業の持続可能性についての手応えはありますか?
荒井:はい。当初は「声を磨くことで本当に健康につながるのか」と半信半疑でしたが、実際に参加された方の表情がだんだんと明るくなり、声も大きく出せる方が多く見受けられ、その効果を実感しました。また、参加者の皆さんにアンケートを取ると、「試合はよく観に行っていたけれど、同世代と話す機会がなかった。新しいコミュニティができて、会話をするきっかけになった」といったポジティブな声が多く寄せられました。こうしたつながりが広がることで、事業を進める意義や手応えを得ましたし、発展していく可能性も強く感じています。
――ファン・サポーター同士のコミュニティが広がるのは、クラブにとっても大きな価値ですね。
荒井:そうですね。各自治体で実施する際は、1回に20~30名ほどの方が参加されますが、その多くが、モンテディオ山形の試合を観に来たことがない方や、スタジアム自体に足を運んだことがない方です。より多くのシニアの方々に試合の情報を届けたいと思っていますが、クラブのホームページやSNSでは告知が届きづらいため、現地でボイストレーニングを行う際に、「私たちは実はサッカークラブなんです」と自己紹介して、「ぜひ一緒に試合を観戦しましょう」と伝えながら活動を行っています。それが、シニアの方々の外出や観戦のきっかけになることを目指しています。
――短期的な目標としては、どのように活動を発展させたいと考えていますか?
荒井:現在は県内5つの自治体(朝日町・川西町・西川町・山形市・山辺町)と連携していますが、将来的には山形県内の全市町村でボイストレーニングや健康教室の活動を展開することが一つの目標です。また、年に1回でもいいので、参加者がスタジアムに集い、自治体を越えて交流できる機会を設けたいですね。シニアの方向けの観戦エリアを作って参加者同士で観戦を楽しんだり、イベントの企画や試合観戦のコンテンツを一緒に作ることなども構想しています。
――地域密着型の活動が、集客にもつながっていくというビジョンですね。
荒井:はい。クラブとしてはファミリー層が大きなターゲットですが、今回の「O-60 モンテディオやまびこ」活動を通して多くのシニア層とご縁ができました。また、「U-23マーケティング部」のような若年層を通じて、モンテディオ山形が、サッカーだけでなく、さまざまな地域活動に取り組んでいることが伝わればいいなと思っています。また、他の地域やプロスポーツクラブ、企業に向けても、年齢層ごとに明確なマーケティングを展開する“ロールモデル”となれたらうれしいです。
世代を越えた新たな企画構想も
――今後、「O-60 モンテディオやまびこ」として新たな企画も予定されていますか?
荒井:はい。今後は、私たちのクラブとつながりのある農家さんにご協力いただき、スタジアム以外の場所でも活動を広げたいと考えています。たとえば、O-60のコミュニティの方々と一緒に農地で田植えや稲刈りを体験するなど、非日常の体験を楽しめるような企画も検討しています。
――若者が体験しても面白そうですね。若年層とシニアの世代間交流の相乗効果も期待できそうです。
荒井:おっしゃる通りです。現在はU-23マーケティング部とO-60で別々に活動していますが、今後は2つの世代を融合させた企画も面白いと思っています。たとえば、ユースやジュニアユースの子どもたちとシニアの方々が一緒に何かを取り組むなど、年齢の枠にとらわれず、異なる視点で、新しいチャレンジをしていきたいですね。
――こうしたコミュニティが全国に広がれば、社会課題の解決にもつながりますね。
荒井:そうですね。山形県は現在、高齢化率が全国でワースト5位になっていますが、高齢化は全国的な課題だと思います。だからこそ、この活動が他のプロスポーツチームにも広がっていけばと考えています。
【前編はこちら】「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
<了>
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[PROFILE]
荒井薫(あらい・かおる)
モンテディオ山形 運営部ホームタウン担当。クラブの地域密着施策に携わり、若年層向けの『U-23マーケティング部』や、シニア世代を対象とした『O-60プロジェクト』(2023年より開始)など、幅広い世代に向けた取り組みに関与。特に『O-60 モンテディオやまびこ』では、スポーツ庁「SOIP」採択に際しプレゼンターを務めるなど、プロジェクトのマーケティングや対外発信の中核を担っている。