6シリーズ連続で森保ジャパンに招集されながら、12試合でベンチ外――。それでも長友佑都は、声を上げ、大きな熱量を持ってチームを支え続けている。

ワールドカップ4大会で先発し続けた38歳のベテランに対し、森保一監督はその存在価値を繰り返し評価してきた。ポジションや戦術の変化により立場が変わっても、チーム内で放つ影響力は揺るがない。日本代表史上最多となる5大会連続出場に向けて歩みを進める長友の軌跡と現在地を、その覚悟とともに紐解く。

(文=藤江直人、写真=松岡健三郎/アフロ)

「ベンチ外」を告げる夜。指揮官との対話から生まれた覚悟

森保ジャパンは試合前夜に、避けては通れない時間を迎える。宿泊しているホテルの部屋で、各々がくつろいでいるときにドアがノックされる。選手たちの部屋を訪ねて回るのは森保一監督。翌日の試合でベンチ入りメンバーから外れる選手たちへ、自らが決定事項を伝えるためだ。

敵地パースで5日にオーストラリア代表と、大阪で10日にインドネシア代表とFIFAワールドカップ・アジア最終予選を戦った6月シリーズ。森保監督は延べ5人の選手の部屋を訪ねている。

27人が招集されたオーストラリア戦ではDF長友佑都、DF鈴木淳之介、MF佐藤龍之介、FW細谷真大の4人が、ベンチ入りする23人のメンバーから外れると指揮官から直接告げられた。

そして帰国後にDF町田浩樹、DF渡辺剛、MF熊坂光希が相次いで負傷離脱を強いられ、一方で追加招集される選手がいない状況で迎えたインドネシア戦の前夜。

部屋を訪ねてきた森保監督に、24人となったメンバーのなかでただ一人、ベンチ外を告げられたのは長友だった。

昨年の6月から6シリーズ連続で森保ジャパンに招集されながら、長友は全12試合でベンチから外れている。要は代表戦に出られる可能性が、前夜の段階で消滅している。直接伝えてくれる森保監督の配慮に感謝しながら、インドネシア戦を前にして38歳の鉄人はこう語っていた。

「(試合前日の)夜まで多分、選手の選考に関しては悩んでいると思います。そのなかで僕が常に監督に言ってきたのは『絶対に選んでもらえるようにしてみせます』と。それだけです」

森保監督が語る「長友佑都の存在価値」

第2次岡田ジャパン時代の2008年5月。コートジボワール代表との国際親善試合で、初めて獲得したキャップを歴代2位の「142」に伸ばし、同1位の遠藤保仁の「152」を射程距離にとらえかけた2022年のワールドカップ・カタール大会で、日本代表における長友の軌跡は一度途切れた。

翌2023年3月に船出した第2次森保ジャパンが掲げた世代交代のもとで、長くキャプテンを務めたDF吉田麻也らとともに長友も選外になった。2023年は一度も招集されなかった長友に、再び声がかかったのは昨年3月。北朝鮮代表とのワールドカップ・アジア2次予選の直前だった。

当然ながら、長友の代表復帰は大きな驚きをもって受け止められた。世代交代に逆行する形で、すでに大ベテランの域に達して久しい長友を招集した理由を、森保監督は「一人の選手として選んだ、という点をまずは伝えたい」と断りを入れた上で、次のように言及した。

「ピッチ外、プレー外のところでどんなときでも反省を怠らず、常にポジティブに前向きに振る舞ってくれる点で長友は突き抜けている。これからさらに厳しい戦いが待つなかで、彼がもたらしてくれるエネルギーに期待しているし、さらなるパワーアップのために彼を招集させてもらった」

当時の第2次森保ジャパンは、大混乱に陥りかけていた。直前の1月から2月にかけて中東カタールで開催されたアジアカップ。大陸王者を決める公式戦で、優勝候補の筆頭に挙げられていた日本は3大会ぶり5度目の頂点に立つどころか、準々決勝でイラン代表に屈してしまった。

歴代最長の国際Aマッチ10連勝を引っさげて臨んだ日本は、大会を通じて中東勢のロングボール攻撃に苦しめられた。有効な対策を講じられなかった森保監督への求心力は下がり、ネット上では解任論が飛び交った状況で、アジア2次予選で最も警戒していた北朝鮮戦が近づいてきた。

代表チームを外から見ていた長友の目には、後輩たちの姿が「元気がないというか、ちょっと覇気がなかった」と映っていた。直後の代表復帰を、百戦錬磨の男はこう受け止めていた。

「次のワールドカップまでの長い期間で、いい時期だけじゃなく難しい時期も必ず訪れる。そうなったときに自分自身が呼ばれるための、やはり長友は代表に必要な存在だと思われるための準備はしてきた。経験に関しては誰よりも積んでいるので、そういった部分も評価されたのかな、と」

戦術の変化で揺らいだ立場。それでも招集され続ける理由

日本は1-0で北朝鮮を破り、長友もベンチで勝利を見届けた。

しかし、続く6月シリーズから状況が一変する。すでにアジア最終予選進出を決めている状況で迎えたミャンマー、シリア両代表とのアジア2次予選で、長友は代表に招集されながら、ともにベンチ入りを果たせなかった。

このシリーズから森保監督は3バックへスイッチ。さらに左右のウイングバックに左は三笘薫や中村敬斗、右には堂安律や伊東純也が配置された布陣が継続されたなかで、純粋なサイドバックの選手の居場所がなくなった。そして、同じ状況が1年間にわたって続いている。

長友はその間も、代表の元気印であり続けた。トレーニング開始前のランニングでは率先して先頭を走り、誰よりも声を出し、熱量をほとばしらせてきた。最終予選中にはこう語っている。

「エネルギーがあり余っているというか、年をとってからはそういうのがより一層強くなっている。こうして代表に来ると、疲れも吹っ飛ぶ。そういった意味でも気持ちは大事だと、あらためて感じている。最初のころは若い選手や新しい選手が僕の熱量に引いているというか、ちょっと距離を取られている感覚があったけど、練習していくうちに心は近づいていくはずなので」

一方で森保監督に対しては、試合で使わないのになぜ長友を招集し続けるのか、若手のチャンスを奪っている、といった批判が向けられた。

その間も指揮官は長友をこう語ってきた。

「チームへ大和魂を注入してくれる選手は、絶対に必要だと思っている。キャラクター、経験、パフォーマンスを含めたピッチ内外のすべてがいつもポジティブで、後輩選手たちに好影響を与えてくれている。自分はできる、日本はできるという思いが代表全体に伝わっている」

熱量と経験で導く“現役コーチ”。「今の自分にできる仕事を全力で」

森保監督はさらに、長友にしかできない役割が増えたともつけ加えている。

「いろいろなアプローチから、後輩選手たちにアドバイスができる。代表やヨーロッパでさまざまな経験を積んできた彼だからこそ、選手であると同時にコーチの役割も務めてくれる。現役の選手から同じ目線で言われるほうが、選手たちもよりスムーズに吸収できる場合がある」

選手兼コーチという考え方に、現役選手の一人として、長友はこんな思いを抱いている。

「もちろん僕は選手として来ている。盛り上げ役のためだけに来ているわけではないので」

反論しているわけではない。試合前夜に森保監督に部屋を訪ねさせる自分が悪いという思いを、これまでも、そしてこれからも日本代表に対して抱く愛を込めて初めて明かしている。

「最終的に決めるのは監督だけど、監督に僕をベンチ外にしようと決めさせている点がすごく悔しいし、責任を感じている。

本当に実力があれば、監督は僕を使いたいと思うはずなので。ただ、人生は短いし、サッカー人生はもっと短いなかで日本代表という名誉を授かり、代表のために戦える期間は僕にとって本当にはかないというか、尊い時間でもある。その意味でも、どんな役割に対しても誇りをもっているし、いまの自分にできる仕事を全力でやりたい、とも思っている」

ベクトルを自分自身に向けながら、自分にしかできない役割もまっとうする。たとえばオーストラリア戦の直前。初めて代表に招集され、自分と同じポジションの左ウイングバックで先発したFC東京の後輩、20歳の俵積田晃太の緊張を、長友はこんな言葉を介してほぐしている。

「お前、ちょっと緊張しすぎやろう。大丈夫だって。お前、若いんだから、ミスをしたって次がある。俺はミスをしたらもう次はないけど、お前はあるんだから積極的にやれよ」

ピッチ内外で支えた4度のワールドカップ。「ピッチの外には何も落ちていない」

初めてワールドカップに挑んだ2010年の南アフリカ大会を皮切りに、2014年のブラジル大会、2018年のロシア大会、そして3年前のカタール大会で全15試合に先発。日本代表史上でワールドカップ最多出場を継続している長友は、ピッチ外でも欠かせない存在だった。

カタール大会では期間中に髪の毛を金髪から赤色へと変えながら、イタリア語の感嘆詞である「ブラボー!」や勇敢さを意味する「コラージョ!」を連呼。

グループステージで強敵のドイツ、スペイン両代表を撃破し、世界を驚かせた快進撃を縁の下で支えた自分をこう語っている。

「チームの一人ひとりのキャラクターを考えたときに、経験値が一番高い僕がどんどん熱量を出していかなければいけない、という使命的なものを感じた。すべてが僕の本当の姿ではなかったかもしれないけど、それでも確実にチームのプラスになると思っていた。こんなにもうるさくて、変わったキャラクターの持ち主でもあるオッサンを受け入れてくれた後輩たちには本当に感謝している」

チーム内で放つ存在感は、いま現在もまったく変わらない。もっとも初招集組を含めて、代表歴の浅い若手や中堅が、長友の立ち居振る舞いによってどれだけ助けられているか。それでも長友は「ピッチの外には、何も落ちていないと思っている」と選手としての価値を貪欲に追い求める。

「いくら自分が盛り上げて輪を作っていったとしても、監督が『長友を使おう』とはならない。すべての答えはピッチ内に落ちているし、だからこそ僕の心は折れないし、絶対にあきらめない。僕自身は絶対にピッチに立つ、という強い気持ちでいるし、ピッチに立てばやれる自信もあるので」

5度目の大舞台へ。E-1で目指す軌跡

カタール大会後に現役続行を決めたときから、長友は世界でもアルゼンチン代表リオネル・メッシ、ポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドら7人しか達成していない、5大会連続のワールドカップ出場を目標に設定。そこから逆算しながら、自身のキャリアを紡いできた。

愚直で一途な生き様が、再び日本代表の軌跡と交わってから1年3カ月あまり。9月には39歳になる長友は、FC東京でも若手や中堅とポジション争いを繰り広げながら、日本代表が8大会連続8度目の出場をすでに決めている、来年6月のワールドカップ北中米大会を見すえながら笑う。

「偉そうに言うとまた批判されて叩かれると思うけど、それもエネルギーに変えてやっていく。やるべきことがあまりにも多すぎて、本当に時間が足りないくらいですよ」

現代社会を生きていくうえでも見習いたくなるほど前向きな視線は、カタールの地で途切れたままになっている代表戦出場の軌跡が、再び紡がれる先にしか注がれていない。長友が望む次のチャンスは7月8日に開幕し、香港、12日の中国、15日の開催国・韓国各代表と順に対戦するEAFF E-1サッカー選手権。国内組だけで編成される代表メンバーは同3日に発表される。

<了>

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