2025年8月7日~8月11日にかけて行われた、WTTチャンピオンズ横浜。男子シングルスの決勝は日本の張本智和が最強中国の世界王者・王楚欽を4-2で下し、圧巻の優勝劇を飾った。
(文=本島修司、写真=森田直樹/アフロスポーツ)
一つ目の進化、精神的な余裕と視野の広さ
「強いのは認めますけど、もう少し敬意を」
こんな発言をしたのは、大会中の出来事だった。決勝戦の前日でもある。準決勝で世界ランク9位の向鵬を4-2で負かした直後。向鵬とは握手を交わしたものの、相手の中国ベンチへ向かうと監督は握手をしてくれず。目を合わせることもなく軽いハイタッチを交わしただけとなったことを受けての発言だ。
そして「いつも負けたら握手してくれないんで。相手の監督が……」と続けた。一方で中国側が勝った時には「自信をもって握手してくれる」と言う。
とてもまっとうな苦言の呈し方だが、大会の後に言うことも可能だったはずのこの発言を、まだ自身の決勝戦が残っている大会中に口にした。
このあたりに、今大会の張本智和からは「自信と余裕」が感じられた。
そして迎えた決勝戦。見事なサプライズプレーが飛び出す。
二つ目の進化、チキータ封印というサプライズ戦術
張本が、自身の代名詞の一つとも言えるチキータを使わない――。誰がこの戦術を予測できただろうか。
世界ランキング2位で現世界王者の王楚欽との対戦は、「ドライブの猛攻撃+チキータ封印」というコンビネーションでまさに“圧巻の張本劇場”となった。
1ゲーム目。ツッツキとストップで仕掛けながら、台上で揺さぶりをかける。いつものチキータで先手を取る展開が見られない。出足の戦いぶりから“いつもと少し違う”という雰囲気だ。前半はリードを許すも、ストップ合戦から8-8に追いつくとナックル性のサーブでレシーブミスを誘い、11-9で勝ち切る。
2ゲーム目。壮絶な打ち合いが展開される。後ろにひっくり返りながらも、ネットインでねじ込むラリーで6-2とリードを奪う展開に。
3ゲーム目。前半はバックハンド、中盤は両ハンドで切り返してのラリーが冴え渡って流れをつかんでいく。7-4とここも主導権を握りながら進める。8-4からも壮絶なラリーを制して9-4。今日の張本は隙がない。最後はナックル性のサーブに王がバックドライブをミス。第1ゲームとまったく同じ終わり方でこのゲームも取り切り、ゲームカウントを3-0とする。
4ゲーム目。追い詰められた王も、ここから死に物狂いになってくる。
張本がチキータを解禁。しかし最後の最後まで…
5ゲーム目。このゲームで張本がチキータを解禁。2-2の大事な場面で使った。普段は連発するチキータをここまであまり見せず、あえて「奇襲」のような形使ってきた。
大激戦となったが、11-13でこのゲームも王が意地を見せる。
6ゲーム目。お互い一歩も引かない両ハンドでのラリーの打ち合いが多くなる。その中で、このゲームでも張本はチキータを極力使わない姿勢を見せた。まったく新しい張本と言える戦いだ。チキータに頼らないのに、表情にはどこか余裕がある。
点数も9-4とリードを握り、そこからの場面でも台上のストップ合戦を展開。珍しいことに世界王者である王が、台上でのミスを繰り返す試合になっていく。
まるでの王が、台上ストップが下手に見えてしまうほど。
王が必死の表情でサーブを出す。これも張本がストップレシーブ。王がストップをやり返す。張本が打ちそうに見せかけて打たず、またストップレシーブ。すると王がストップをミスした。
張本のチキータは、最後の最後まで「連発で使われる」ことはなかった。
決め球封印で、世界王者を撃破。張本智和のサプライズプレーが、まったく予期せぬ形で世界中に披露された瞬間だった。
この動きについて張本は「ラスベガス(USスマッシュ)で負けた時に王選手にチキータは通用しないので、次の対戦する時はどこであろうともチキータはしないと決めていました」と試合後に語った。
チキータは「攻めるレシーブ」や「攻める2球目攻撃」として大きな武器ではあるが、相手に慣れられると、「あえてチキ-タをさせてそれを狙い撃つ」という戦術が成り立ってしまうこともある。ましてや相手は、世界王者で百戦錬磨の王楚欽だ。いくら張本のチキータが鋭いものであっても、それくらいのことはやってのけてくる。
今大会の張本は、台上プレーでチキータではなく「ストップ」を多く使った。最後の決まり手までストップだった。これは今まで日本人選手に足りなかった「サプライズ戦法」と言える。
張本は今、世界の卓球の中心にいることを印象づけた
張本の苦言が功を奏したか、決勝戦で敗れた際に中国の監督はしっかり握手を交わした。
張本が最強の卓球大国・中国に、そして世界の卓球に、実力だけではなくスポーツマンシップの面も含めて大きな影響を与え始めている。
これまで日本人選手は、世界の大舞台では順調に勝ち上がりながらも、大一番で中国のトップ選手に負けることが多かった。
その差は中国側が最後の最後で繰り出してくる「サプライズプレー」や「ビッグプレー」にあった。どうしてもその“戦術を含めての勝負強さ”だけが見劣りしていた。
今大会の、王との大一番での張本の戦い方は「1試合を通じてのサプライズ」と言える驚きと凄味があった。王は最後の最後まで、「いつ、いつものチキータでくるのか」という“待ち方”をさせられながら、何度も台上ストップを「やらされた」試合だった。
その中で張本は、ストップと見せかけての長いツッツキも挟み、前後に揺さぶることも忘れなかった。まさか最初から最後まで、ほぼすべてが「ストップ・ツッツキの組み合わせ」からラリーに入る展開になるとは王は予測できなかったはずだ。
試合の最後に、何か驚くような技術や、やっていなかった技術を1~2本出すことだけがサプライズではない。張本智和のプレーはそのことを教えてくれているかのようだ。
世界の卓球が明らかに張本を中心に回り始めた。それを印象づけた今大会。最強・中国のトップ選手を最後まで翻弄した「台上プレーのサプライズ」。
技術の使い方を変えることで、こんな驚きを生み出すことができる今の張本からは「次はどんな戦術でくるのか」というワクワク感も漂う。
今までにないパフォーマンスを見せた、逞しさ溢れる張本智和の姿に、日本中が酔いしれた。
<了>
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