イングランド南部サウサンプトン郊外を拠点に、世界を飛び回る日本人がいる。その名は木谷将志。
(取材・文=田嶋コウスケ、写真提供=木谷将志)
ヨーロッパ、時にはアメリカへと、世界を飛び回る日々
日本人トレーナー、木谷将志の生活は多忙を極める。
生活の拠点は、イングランド南部に位置するサウサンプトン郊外。昨シーズンは、プレミアリーグ・サウサンプトンでプレーした菅原由勢を中心に施術を行った。基本的な流れは、試合の前々日に体全体をほぐしてベストパフォーマンスを引き出し、試合後にリカバリーを行う。このルーティーンを、木谷はシーズンを通して続けた。
ただし、木谷の顧客は菅原だけではない。
昨季のサウサンプトンでは、ヤン・ベドナレク、カイル・ウォーカー=ピータース、ウィル・スモールボーン、アダム・ララーナ(シーズン後に引退)の4選手を担当。プレミアリーグでは、ベン・デイビス(トッテナム)とジェームズ・ウォード=プラウズ(ウェストハム)、ケニー・テテ(フラム)も、木谷のクライアントだ。
そしてイギリス国外にも、木谷の施術に惚れ込んでいる選手がいる。ピエール=エミール・ホイビュア(フランス・マルセイユ)とオリオール・ロメウ(スペイン・バルセロナ)の2人である。
さらに、吉田麻也のサポートも続けている。
木谷は2019年4月に吉田の専属トレーナーとして渡英し、サウサンプトンで活動をスタート。吉田が2020~22年にイタリアのサンプドリア、22~23年にドイツのシャルケでプレーした期間も、時間を見つけては吉田の下を訪れて施術を続けた。
吉田が23年8月にアメリカのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した後も、頻度こそ減ったものの、木谷は変わらずケアを続けている。「欧州サッカー界のオフ」や「インターナショナルマッチウィーク」を使ってアメリカにわたり、吉田をサポートしているのである。MLS(メジャーリーグサッカー)のオフに吉田がイギリスに帰国した際も、木谷は36歳になったDFのメンテナンスを集中的に行っている。
現在の木谷は、菅原の施術を生活の中心に据えながら、イングランド国内やヨーロッパ、時にはアメリカへと、世界を飛び回る日々を送っているのだ。
国境を越えるホイビュアとの信頼関係
欧州のプレーヤーで、木谷を極めて高く評価しているのがデンマーク代表MFのホイビュアである。同代表のキャプテンも務めるホイビュアは、2年前までトッテナムに在籍。木谷はサウサンプトン郊外からロンドンまで車で通い、ホイビュアの体を支え続けた。
そして昨年7月、イタリア人のロベルト・デゼルビ監督が就任したマルセイユへのレンタル移籍が発表された。
「ピエール(ホイビュア)との関係は非常に長くなりました。僕が担当するようになってから、彼のパフォーマンスは安定し、好不調の波がなくなりましたね。もともと彼は真面目な性格なので、その効果をよく理解しています。
この前フランスを訪れた際には、彼からメッセージ付きのユニホームをいただきました。とても感慨深かったですね。ロンドン・ヒースロー空港からマルセイユ空港までは1時間50分かかりますが、必要としてくれているので駆けつけます。来シーズンはマルセイユに完全移籍し、UEFAチャンピオンズリーグにも出場します。本人は『デゼルビ監督は素晴らしい』と話しており、本当に楽しそうです」
今もなお、木谷のもとには「治療を受けたい」との依頼が届くという。
「最近では、チェルシー所属のDFリーヴァイ・コルウィルから依頼を受けました。日本人選手では、ブラックバーンでプレーする大橋祐紀選手からリクエストを頂きましたね。

「まさにパイオニア」2019年からフリーのトレーナーとして活躍
木谷は2019年の渡英時からフリーのトレーナーとして活躍している。
「日本人のきめ細かさと確かな技術は武器になると思います」と木谷が話すように、日本人のトレーナーがイングランドのクラブに所属して活躍するケースは少なくない。
しかし木谷は、プレミアリーグの選手から直接依頼を受け、彼らのもとへ赴き施術を行う。その点で他の日本人トレーナーとは大きく異なる。欧州の選手を顧客に持ち、フリーランスで活動するトレーナーは、ヨーロッパでは木谷だけだ。
木谷の施術は、日本でもイギリスでも極めて珍しい方法を用いる。なんと足を使うのだ。選手の体の上に乗り、足で選手の体を踏む。「足を使うことで、手よりも3~4倍の圧力をかけることができる。足を使って筋肉の深層部までアプローチをかけるところが、欧州のトレーナーたちとの大きな違いです」と、木谷は説明する。
サウサンプトンで施術を受けている菅原由勢は、木谷についてこう証言する。
「日本から海外に飛び出して、欧州クラブのトレーナーとして活動している日本人はいます。ですが、木谷さんはフリーランスとして顧客を獲得している。少なくとも僕は、そんな日本人トレーナーを聞いたことがありません。サッカー選手の世界と、施術の世界は違うので、僕はあれこれ言える立場にはありませんが、海外で自分の腕を証明しているのは本当に凄いと思います。まさにパイオニア。リスペクトしています」
「ファンダイクが筋トレをしているのを見たことがない」
欧州で活躍するサッカー選手の体に触れ続けている木谷には、強く印象に残っている選手が二人いるという。一人は、昨シーズン限りで現役を引退した元イングランド代表MFのアダム・ララーナだ。
サウサンプトンの下部組織で育ち、当地で吉田麻也とも共闘。リバプールでの活躍後、ブライトンに移籍し、キャリア終盤に古巣サウサンプトンへ戻って選手兼コーチを務めた。昨シーズン、定期的に施術を行った木谷は、ある点に驚いた。
「他のプレミアリーガーと比べ、あまりに線が細かった。こんなに細いのかと驚きました。プレミアリーグで13年も戦っていたので、この細い体でやるには相当なテクニックを備えているんだろうなと感じました。
中盤の選手は、接触プレーが避けられません。彼のようなテクニシャンは、マーカーから削られることも多い。ただ彼のプレーを見ていても、ヤワな印象は受けない。寄せも激しいし、タックルも仕掛ける。いわゆる“戦える選手”です。でも、ピッチを離れると非常に物静かで、優しい人なんです。ですが、ピッチに入ると性格が豹変するタイプで(笑)。それだけに、ケガも多かったのかなと思います」
もう一人は、リバプールのフィルジル・ファンダイクだという。オランダ代表DFは、サウサンプトンに2015~17年まで在籍。その際、木谷はファンダイクの施術を行った経験がある。体を触って、ひどく驚いた。
「プレミアリーグは化け物クラスの選手が集まる場所ですが、その中でもファンダイクは”超”がつく化け物でした。まず体のつくりが違う。ギフテッド(※顕著な才能や能力を持つ人)と言えばいいでしょうか。まさに、天から授かった特別な体。他のプレミアリーガーに比べても、筋肉の量から違います。厚みや弾力、分厚さも桁外れにすごい。プレミアリーグの選手の中でも、飛び抜けた存在です。実は他の選手から、『ファンダイクが筋トレをしているのを見たことがない』とよく聞きます。それだけ、天性の体を持っているのでしょう」
木谷将志が踏みしめる一歩一歩
イングランドを拠点に、プレミアリーグや欧州でプレーする選手の体をケアするようになって6年が経過した。
その腕が確かなのは、一度ついたクライアントが離れない事実が証明している。ホイビュア、ロメウ、ウォード=プラウズ、ベドナレクらは、いずれもサウサンプトン時代から木谷のケアを受け続けている。
木谷将志は今日も、選手たちの信頼を胸に世界を駆け巡る。彼が踏みしめるその一歩一歩が、サッカー界の頂点を目指す選手たちの支えとなっているのだ。
【連載前編】「深夜2時でも駆けつける」菅原由勢とトレーナー木谷将志、“二人三脚”で歩んだプレミア挑戦1年目の舞台裏
<了>
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