多国籍化が進むラグビー日本代表は、常に“言語の壁”という課題と向き合っている。指示の伝達、戦術理解、そして文化の共有――。
(文=向風見也、写真=アフロ)
芝の上での通訳が不可欠な日本代表
伊藤鐘史は、ラグビー日本代表のアシスタントコーチとなって早々に指導者間のミーティングでこう問われた。
「いま、この瞬間、魔法が使えたら何が欲しい?」
その回答内容が「今後への改善点と結びつく」という意図だった。
議題を出したのはエディー・ジョーンズ。伊藤が選手として代表にいた頃に師事したヘッドコーチで、折しも約9年ぶりの復帰から2シーズン目を迎えていた。
ある人は、移動距離を短縮できるヘリコプターが欲しいと答えた。ここで伊藤が思いついたのは、「自動翻訳機」だった。
主に担当する空中戦のラインアウトを教える練習中、自分の伝えたことを他国出身者が即座に理解してくれたらセッションもスムーズに進められると感じた。
ラグビー界は、パスポートを持たない国でも条件次第で代表を目指せる仕組みとなっている。
各国からチャンスを求めてくる者の多い日本では、段階的にナショナルチームの多国籍化が進む。英語を母国語としていないだけに、芝の上での通訳担当者は必須だ。
とはいえ通訳を担当する人材にも限りがある。
もっとも季節をまたぐと、件の課題は別な角度から解消されようとしていた。
「翻訳することで理解が深まる」広がるボーダレスな風土
秋の国内外でのタフなキャンペーンに備え、大分でポジション別合宿をしていた10月上旬のことだ。
立ったボール保持者を軸に複数名でまとまるモールのトレーニングをしているさなか、伊藤の言葉をバイリンガルの海外組が英訳しているではないか。
中学2年で来日した23歳のワーナー・ディアンズ新主将、18歳でこの国に来て9年ほどプロ生活を送っているベン・ガンターが要点を口にする。ガンターは言う。
「フィールドにトランスレーター(通訳者)がいない時もある。そんな時でも言語の壁をなくそうとしています。それに選手たちも毎回100パーセント集中しているとは限らない。そんななかで誰かが(コーチの意図を)翻訳することで、理解がより深まっていきます。また、これを練習のうちから意識しておけば、試合になっても同じようなこと(指示)ができる」
伊藤は頷く。
「コーチングがめちゃくちゃ楽です。新しく来た選手も、入ってきやすいと思います」
第一言語の異なる人たちでグループを作れば、プライベートの場では会話の通じる者同士が固まりがちだ。
オーストラリア人ながらこの国にもルーツを持つジョーンズは、その現実を看破し、意図的にボーダレスな風土を作る。関係者によると、現職に戻った当初は外国人プレーヤー選びにどれくらい日本語を使えるかも考慮したという。
今年からより意識したのは、部屋割りの管理だ。
「外国人、日本人が別れることなくいいコネクトが取れている」
2人部屋になるのが一般的なキャンプやツアーのホテルの部屋へ、なるべく国内勢と海外勢を混ぜるようにしている。ジョーンズが説く。
「ジャパンがベストな状態で最大限の能力を発揮するには、日本とそれ以外という二つの文化の差を越えて一つになることが大事。それが安定、一貫性に昇華されます。そのあたりを促すためにも、異文化の選手同士でより多く過ごしてもらうのです」
7月の対ウェールズ代表2連戦前は、スクラムハーフの福田健太がオーストラリア出身でスタンドオフ兼フルバックのサム・グリーンと一緒だった。
「(出身の)茗溪学園高校は英語に力を入れている学校だったし、全部を正しく話せるわけではないですけど。コミュニケーションを取るのは得意なほうなので」
ウェールズ代表とのバトルを1勝1敗とすると、8月からのパシフィック・ネーションズカップ(PNC)前の準備期間は右プロップの為房慶次朗がトンガ出身のナンバーエイト、サウマキ アマナキと暮らした。
「外国人選手も日本語がうまいので、けっこうしゃべります。ナキさんは、いつも家族と電話していますね」
トレーニング中でも自然とコーチをサポートしているガンターは、同じフランカーのポジションを争う奥井章仁とルーミーになることが多い。
タイ国籍を持ちながらオーストラリアに育ち、日本で出世した旅路を桜の花びら、海、富士山、故事成語である「刎頸之友」というタトゥーで表現するハードタックラーは、ひょうきんさと明るさで鳴らす。
奥井のことは「アキちゃん」と呼び、2人でサブスクリプションコンテンツの恋愛ドラマを楽しんでいるようだ。
PNCで準優勝するまでのアメリカ遠征中は、ガンターが他の外国人メンバーとハンバーガー店へ出かける際に奥井を呼んだ。
後輩にあたる「アキちゃん」は感謝する。
「ベンは優しいので、大勢で行く時に誘ってもらった感じです。僕は、ひょこひょこっとついて行っただけです。僕は片言でしか(英語を)しゃべれないですが、皆が日本語を覚えてくれている。外国人、日本人が別れることなくいいコネクトが取れています。それがプレーにも活きる」
「勝ちたいから」ジョーンズにも意見するリーチ マイケルの覚悟
これまでの日本代表で最も本質的な強化に従事してきた一人は、リーチ マイケルだろう。
15歳で北海道に渡り、20歳からジャパンのジャージーをまとってきた37歳は、各国から集まる面々を束ねるのに腐心してきた。
主将を務めた2015年のワールドカップ・イングランド大会前には、仲のよかった木津武士に「合宿で、途中から合流してきて途中で帰る外国人っているじゃん? ああいうの、日本人はどう思うの?」と相談。木津に「こんなことまで気にかけるんだ」と驚かれた。
再び船頭役を託された2019年のワールドカップ・日本大会に向けては、「潜在能力を高めたい」と日本のラグビー留学生の歴史、東日本大震災、第2次世界大戦といったこの土地の背景について学習。
約1年ぶりに参加の7月のシリーズに向けては、周囲からの声をもとにジョーンズへプログラムの見直しを要求した。
「お互いに、勝ちたいから」
グラウンド内外でのつながりこそ勝利への必須条件
スポーツは相手あってのものだ。まして現在の国際ラグビー界では、日本代表を世界ランキングで上回る国が12カ国もある。仲のよい組織が必ずしも勝てるとは限らない。
それでも、チャレンジャーの立場にある日本代表は、グラウンド内外でのつながりを勝利への必須条件とする。
10月25日には東京・国立競技場で、世界ランクで上回るオーストラリア代表に15―19と惜敗した。いまはすでに渡欧し、現地時間11月1日にはワールドカップ2連覇中の南アフリカ代表とぶつかる。
2027年のワールドカップ・オーストラリア大会へ、目に見える形でも、目に見えない形でも進歩を実感したい。
<了>
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