天皇杯を制し、クラブ創設37年目で悲願の初タイトルを手にしたFC町田ゼルビア。その裏側には、黒田剛監督とキャプテン・昌子源が築いてきた強い信頼関係があった。
(文=藤江直人、写真=アフロスポーツ)
キャプテン昌子が背負い続けた重圧
まもなく33歳になるシーズンで、すでにキャリアハイの数字と内容を刻んでいる。
開幕からリーグ戦の全36試合でフルタイム出場を続けるFC町田ゼルビアの昌子源は、天皇杯と9月に開幕したAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)でも計8試合で先発フル出場。途中からピッチに立った3戦を加えた出場47試合、プレータイム4170分はともに自己最多&最長となる。
リーグ戦では鹿島アントラーズに所属していた2017シーズンにも全34試合でフルタイム出場。他の公式戦を合わせた出場45試合、プレータイム4080分をマークしている。しかし、8年前はリーグ戦の最終節で川崎フロンターレに逆転優勝を許すなど、鹿島は無冠に終わっている。
翻って今シーズンの町田は天皇杯を制し、クラブ創設37年目にして悲願の初タイトルを獲得した。連覇を狙ったヴィッセル神戸に3-1で快勝。国立競技場のゴール裏を埋めたファン・サポーターと最高の瞬間を共有し、思わず目を潤ませた昌子は試合後にこんな言葉を残している。
「今シーズンはほとんどの試合に出させてもらってきたなかで、僕が最も多く出場しているリーグ戦の優勝がまずなくなり、次回のACL出場権を獲得するのも難しくなった責任をすごく感じていた。
もちろん順風満帆な軌跡を歩んできたわけではなかった。直近では11月4日のメルボルン・シティとのACLEリーグステージ第4節。昌子から守護神・谷晃生へのバックパスが大きくそれて、前半開始1分にまさかのオウンゴールを献上した末に、ホームで1-2の黒星を喫した直後だった。
「本当にありえないようなオウンゴールだったんですけど、監督からは『キャプテンの威厳だけは絶対に失うな』と言われて。さらに『このチームのキャプテンはお前しかいない。気にするな。これで何かものを言えなくなるとか考えなくていい』と言い続けてくれました」
「威厳を保て」黒田剛が託したキャプテンの責務
黒田剛監督に昌子との絆を問えば、敵地でリードを守れずに2-2で引き分けた、5月11日のJ1第16節・清水エスパルス戦が真っ先に蘇ってくる。試合終盤に自身がマークしていたドウグラス・タンキに同点ゴールを決められ、3試合ぶりの白星を逃した責任を一身に背負っていたのが昌子だった。
昌子が漏らした言葉を伝え聞いた黒田監督は、電話をかけて檄を飛ばしたと明かしている。
「試合後に『こんなキャプテンじゃあもうダメだ』と言ったときに、本人には『源だけのせいじゃない。その前のアプローチも含めてみんなが緩んでいた。だから自分を責めるな』と。
鹿島から完全移籍で町田に加入した昨シーズン。高校サッカー界の名門、青森山田から異例の転身を遂げた黒田監督のもとでJ2リーグを制し、クラブ史上で初めてとなるJ1の戦いに挑む町田のキャプテンに、選手及びスタッフによる投票で就任した昌子はこんな思いを抱いていた。
「正直に言えば、そのときはタイトルを獲るために来たわけではなかった。まずはこのチームをJ1に残留させる。その過程でJ1を戦っていくための根本的なところを、という思いでした」
ほどなくしてチームに対する黒田監督のアプローチに驚かされた。昌子が続ける。
「監督はかなり高い目標を設定するんですよ。昨シーズンはもともと5位以内だったのを上方修正したというか、優勝争いをしている以上は優勝を目指そうと途中で変えました。結果的には3位でしたけど、じゃあ今シーズンはタイトルを何かしら一つ獲ろうとなった。その理由も『人間は目標を達成すれば絶対に気が緩む。その意味でも現実的な目標ではなく、誰もが難しいのではないかと思うような目標を設定して、そこへ届くまで誰もが力を抜かずにいこう』と」
「勝負の綾を読む」指揮官の経験値に導かれた勝利への道筋
青森山田を全国屈指の常勝軍団に育てあげた黒田監督は、年末年始に開催される全国高校サッカー選手権で決勝に6度進出し、2016年度大会の初優勝を含めて3度頂点に立った。プロ監督になってもベースは高校サッカーの経験に基づく。
「みんなの前でこの話をするのは申し訳ない、と前置きを入れて高校サッカーの話をするんです」
神戸との天皇杯決勝前を振り返れば、指揮官は「開始15分で試合が動く」と予言していた。実際に前半6分に藤尾翔太が決めた先制点を、黒田監督はちょっぴり誇らしげに振り返る。
「立ち上がり15分に関しては、私もそれだけで負けた試合も多くあるし、そこで相手を飲み込んで勝った試合もある。先人たちから教えていただいた決勝の戦い方や勝負の綾というものを、今日は私が選手たちに伝えて、それを彼らが誠実に受け止めて、実践してくれた結果が開始6分での先制点になりましたし、だてに場数を踏んでいないところを選手たちには証明できたかな、と」
3バックで形成される最終ラインの真ん中を務めながら、藤尾が頭で決めた先制点を見守っていた昌子は「喜びというよりも、びっくりした思いが僕のなかにあって」とこう続けている。
「監督は15分で絶対に試合が動くと言うんですよ。絶対というか、必ず動くと。それは先制点かもしれないし、失点となるかもしれないけど、必ず動くのでそれに動揺しないように、と。さらに開始15分が試合の行方を決めると言っても過言じゃないと。ホンマにそうなったので」
さらに黒田監督に対して抱いてきた畏敬の念とともに、こんな言葉も紡いでいる。
「高校サッカーとプロサッカーの区切りで考えれば、もしかすると『何を言っているんだ』と思われるかもしれない。それでもプロやアマを問わずに、勝負ごとの世界で決勝戦をこれだけ戦い、一発勝負で無類の勝負強さを発揮してきた監督を前にして、僕たち選手が『いやいや、それって高校サッカーの話でしょう』とは絶対に思わないし、疑いすら抱かないですよね」
「ブレずに貫く」苦悩のなかで磨かれたチームの軸
追う立場から追われる立場に変わった今シーズン。ウイークポイントを研究された末にさまざまな対策も練られたなかで、リーグ戦では4月にJ2時代を通じて初の3連敗を喫し、夏場には怒濤の8連勝をマークして一時は首位も奪還しながら、直後から失速を余儀なくされた。
「自分のなかでも不安や恐怖を感じましたし、すごくもがき苦しんで、それこそ思い悩んで夜も眠れなかった時期もありました。さまざまなストーリーが走馬灯のように蘇ってきたので」
試合後にちょっぴり瞳を潤ませた理由を明かした黒田監督は、さらにこう続けている。
「苦しいなかでも町田のベースというものを、絶対にぶらすことなく戦う。そうした姿をキャプテンの源を中心にみんなが本当にまとまって体現してくれたし、この天皇杯というタイトルに彼らが照準を絞って奮起・奮闘してくれた。源もキャプテンの威厳を担保するために、プレーや結果で示していくしかない、という責任感のなかでプレッシャーも感じていたと思います」
浮き沈みが激しかった今シーズンで、2年連続でチーム内投票でキャプテンに選出された昌子は黒田監督の忍耐力を感じずにはいられなかった。
「3バックでいろいろとトライをすれば、必ずエラーをするような状況でした。前半戦があまりうまくいかなかったなかで、昨シーズンまでの4バックに戻す方法も絶対にあったはずですけど、監督やコーチが『3バックの形を作っていこう』とトライし続けた結果として、少しずつですけど自分たちのものになりつつある。エラーが繰り返されたなかで落とした試合が数多くあっても、自分たちに疑いをもたずに、自分たちを信じて戦ってきた結果が出ていると思っています」
初タイトルは通過点。視線はACLEへ
ピッチ上で絶対にブレない象徴になってほしい、という思いも込めて黒田監督は昌子に威厳を求め続けた。昌子も指揮官の思いを受け止めて、ケガなどもあって出場機会が減っていたトゥールーズやガンバ大阪、2度目の鹿島時代を乗り越え、出場試合数とプレータイムでキャリアハイを更新した。その過程で手にした天皇杯のタイトルはしかし、あくまでもマイルストーンとなる。
「J2からここまで駆け足で上り詰めてきた過程で、早く走った分だけ摩擦も起こるというか、いろいろな要因で歪みが生じるのがチームという組織だと思いますけど、そこでみんなが肩を組みながら、またはお互いに引き上げながら走ってきた3年間でもありました。
タイトル獲得の先に待つ新たなターゲットをこう語った黒田監督は11月27日に契約を更新し、秋春制へ移行する2026-27シーズンも指揮を執るとクラブから発表された。鹿島時代に6個のタイトルを獲得した経験を踏まえながら、昌子はチームへこんなメッセージを送っている。
「僕がずっとそうだったように、来シーズン以降も絶対に優勝という瞬間をまた味わいたくなる。だからこそこれ(初めてのタイトル獲得)はかけがえのない財産になるし、僕個人としては常に次のタイトルを追い求めていくサッカー人生を歩んでいきたいと思っています」
有言実行でタイトルを手にした町田の2025年は残り3試合。ホームに名古屋グランパスを迎える次節、アウェイで柏レイソルに臨むリーグ戦の最終節をへて、ホームで蔚山HD FC(韓国)と対峙する12月9日のACLEリーグステージ第6節の2日後に、昌子は33歳の誕生日を迎える。
<了>
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