「育成の水戸」。前田大然を筆頭に数多くの才能を輩出してきた一方で、長らく“結果”には結びついてこなかったクラブが、ついにJ2の頂点に立った。

若手とベテランの融合、森直樹監督のポジションを超えた起用、そして選手の可能性を信じ抜く強化部の姿勢。J1初昇格とJ2初優勝は、偶然ではなく必然だった。すべてが噛み合ったシーズンを振り返る。

(文=佐藤拓也、写真=スポーツ報知/アフロ)

「育成の水戸」に突きつけられた課題

最終節、水戸ホーリーホックは大分トリニータに2対0で勝利を挙げ、リーグ参入26年目にして初のJ1昇格とJ2優勝を決めた。

今季の水戸の強さの要因の一つとして、「若手」と「ベテラン」の融合が挙げられる。これまで水戸は将来性のある若い選手たちを育てて羽ばたかせてきた。前田大然、小川航基、伊藤涼太郎といった選手たちはまさに水戸でブレイクして、その後、日本代表に選出され、世界へと飛び出していった。そうして「育成の水戸」というブランディングを確立してきた。

一方、前述の選手たちはいずれも他クラブから期限付き移籍で加入した選手たち。近年は期限付きで獲得する選手の比率を下げて、大卒や高卒で獲得する方針に変えていった。そして、2022年にJFAアカデミーから加入した松田隼風が23年7月から提携先のハノーファー96のU-23チームに期限付き移籍し、今夏トップチームに完全移籍を果たした。

さらに、昨年は大卒高卒合わせて9人の新卒選手を獲得。そのうちの1人である齋藤俊輔が今季8得点を挙げる大ブレイクを果たし、U-20日本代表の主力としてFIFA U-20ワールドカップに出場して活躍を見せるなど、「育成の水戸」のブランディングをより強めた。

ただ、若手を成長させることはできた一方、昨季までチームの成績は振るわなかった。一昨季は17位に沈み、昨季は15位と低迷。2年連続して、残留争いに加わる苦しいシーズンを過ごしてきた。「育成」と「結果」をいかに組み合わせるかは水戸の大きな課題として突きつけられていた。

「若手」と「ベテラン」が融合したチームへ

その中で今季、水戸は若手だけでなく、経験豊富な選手の獲得にも力を入れた。そこでオファーをかけたのが、アルビレックス新潟と大分で点取り屋として活躍を見せてきた渡邉新太と、地元茨城県出身でJ1でのプレー経験と京都サンガS.C.でのJ1昇格経験を持つ飯田貴敬だった。

「今までもベテランを獲得しないわけではなく、タイミング的になかなか獲得できなかった。2人ともずっと追いかけてきた選手で、今季、タイミングよく獲得することができたんです」

西村卓朗前GMがそう説明したように、さまざまなタイミングが重なって、30代前後の2人を獲得することに成功。そして、2人の経験が還元されたことによって、チームは「育成の水戸」から進化を遂げることとなった。

渡邉は経験に裏打ちされた高い得点能力を発揮してチームに勝利を導き、飯田は試合の流れを読んだプレーで勢い任せだったチームに緩急を加えて安定をもたらした。そして、「若手」と「ベテラン」が融合したチームは勝ち星を重ね、第13節からクラブ記録となる8連勝を記録し、首位に躍り出たのだった。

しかし、ピンチは終盤に訪れた。9月20日に行われた第30節いわきFC戦で渡邉が右膝靭帯を損傷し、戦列を離脱。

さらに「勝てば昇格が決まる」状況で迎えた第36節の大宮アルディージャ戦と第37節のV・ファーレン長崎戦で連敗を喫し、後がない状況で迎えた最終節の大分戦では、長崎戦で負傷した飯田が欠場。渡邉はベンチに入ったとはいえ、「右足でシュートを打てない」と自ら語ったようにコンディション的には万全な状態ではなかった。今季、快進撃を見せてきたチームを支えてきた主力選手を欠いた状況で運命の一戦を迎えた。

最終節。先発8人が水戸でJデビューを飾った選手

だが、心配は杞憂に終わった。

先発選手の平均年齢23.82歳という若い選手たちがピッチで躍動を見せた。特筆すべきは、先発11人中8人が水戸でJリーグデビューを飾った選手であり、さらに得点を決めた多田圭佑と山本隼大は今季大卒で加入したルーキーだったということ。「育成の水戸」の真骨頂ともいえるメンバーで2対0の勝利をおさめて、J1昇格とJ2優勝を決めてみせた。

決して、どの選手も右肩上がりで成長を見せてきたわけではない。先制ゴールを決めた多田はリーグ序盤こそ3試合連続で先発出場する機会はあったが、リーグ中盤はベンチメンバーにすら入れない試合が続いた。

「リーグ序盤、試合に出て、一人では何もできないと思いました。誰かに指示されて動くことが多かったですし、スタメンで3試合出させてもらいましたが、『本当に自分が出ていいのか?』と思いながら試合に出ていました。

自分らしさを出せず、本当に走ることしかやっていなかったという印象があります」と苦悩の日々を送ったと振り返る多田。

「ボールを受けたくないという思いもあった」と言うほど自信を失うこともあったという。なかなかFWとして結果を出せない状況が続いた中、森直樹監督は多田の2列目での起用を試みる。それによって、「他の中盤の選手が落ち着いてボールを受けてプレーしているのを見て参考にしました。それからボールを受けるのが怖くなくなりました」と語るように、積極的にボールに絡めるようになっていき、積極性と自信を取り戻していった。リーグ最終盤はFWで起用されるようになると、第32節の愛媛FC戦でプロ初ゴールを記録。そして、最終節で大仕事を成し遂げたのだった。

「ポジションを変えて彼を生き返らせようとした」

最終節、飯田が欠場した右サイドバックとして先発出場したのは大卒2年目の牛澤健だった。ルーキーイヤーの昨季は本職のセンターバックとして32試合に出場。DFの中心として活躍を見せ、今季はキャプテンに就任した。しかし、開幕3試合連続先発出場を果たしたものの、結果を残すことができず、第6節以降、先発の座から遠ざかることとなってしまった。そして最終節、約8カ月半ぶりに先発のチャンスが回ってきたのだ。

不慣れな右サイドバックでの起用とはいえ、決して“急造”ではなかった。

「夏以降、牛澤にはサイドバックをやらせていて、その中でパフォーマンスもすごく良かったんです。飯田が何かあったら、牛澤をすぐに使える状態にありました」と森監督が言うように、サイドバックとして時間をかけて準備を行ってきたのだ。

追加点を決めた山本に関しては、90分の時間の中で可能性の模索が続いた。右MFで先発したものの、「感度が悪く」(森監督)、攻撃においてブレーキとなってしまっていた。ただ、そこで森監督は見限ることなく、「ポジションを変えて彼を生き返らせようとした」。33分には山本をトップに上げ、さらに42分には左サイドに移し、この試合における最適ポジションを探った。そして左サイドで調子を取り戻した山本は70分、強烈なミドルシュートをネットに突き刺した。

西村卓朗が築いた功績。来季もやるべきことは変わらない

若い選手たちは大きな可能性を秘めている。力を出し切れなかったからといって、その可能性を諦めるのではなく、最大限に生かすために、さまざまな角度から可能性を見出していく。そのスタンスを継続して迎えた最終節。「育成の水戸」の底力を発揮したのだった。

根幹にあるのは「育成の水戸」のブランディングをしてきた強化部の信念だ。「強化部の仕事は選手を獲得することよりも、獲得してからのほうが大事」と西村前GMが言い続けてきたように、チーム加入後も選手個々とコミュニケーションを取り続けて、寄り添い、「水戸にいる意義」を伝えながら不安を取り除くために注力してきた。リーグ中盤で出場機会を失いながら、後半戦にボランチのポジションを奪い返した大卒2年目の山﨑希一もそうやって息を吹き返した選手の一人だ。

それは若手選手に対してだけではない。シーズン途中に加入してきた選手に対しても、同様の働きかけを行ってきた。今夏、水戸は7人の選手を獲得した。だが、加入直後から主力として活躍を見せたのは加藤千尋のみ。それ以外の選手の多くはコンディションの問題もあって、レギュラーの座を獲得できずにいた。

それでも、強化部はチームに溶け込みやすくするために、生活面のサポートなどを行いつつ対話を重ねて、前向きにサッカーに取り組めるように関わり続けた。そして、リーグ最終盤には、仙波大志がボランチとしてゲームメイク能力を発揮するようになり、塚川孝輝と粟飯原尚平はゲームチェンジャーとしてチームに勢いをもたらし、新井瑞希は再三サイドアタックからチャンスを作り出すなど、J1昇格への大きな力となった。

「選手の可能性を信じることと、自分の可能性を信じさせることを強く意識して取り組みました」

強化部でスカウティングを担当している柏葉涼太はそう言い切る。

チーム全員の可能性を引き出すためにクラブとして総力を挙げてサポートする。

その上で日々激しいポジション争いを繰り広げながら、チーム力を高めていく。それを繰り返して、J2の頂点にたどり着いた。

この風土こそ、西村卓朗前GMが10年かけて作り上げてきたものだ。残念ながら、J1昇格の最大の功労者と言える西村前GMは今季限りでクラブを離れてしまうこととなったが、築いてきた功績が消えるわけではない。そして、これから戦う場が新たなステージに変わっても、やるべきことは変わらない。チーム全員が自らの力を信じ、日々進化し続けていく。クラブはそのサポートをしていく。その上で最大限の力をピッチで出し尽くす。これが水戸の生きる道。自分たちの足跡と可能性を信じ、J1へ突き進んでいく。

<了>

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