2026年WTTチャンピオンズ・ドーハ。出場予定ではなかった23歳のサウスポーが、世界に強烈な印象を残した。
(文=本島修司、写真=アフロ)
日本にいた、もう一人の“サウスポー”
日本の女子選手で、サウスポーの代名詞といえば早田ひなだった。しかし、ドーハの地で1月7日から11日にかけて行われたWTTチャンピオンズで、風向きが少し変わった。
メンタルスポーツと称される卓球競技では、大会前・試合前に「気持ちをつくる」ことが大事とされている。今大会、急遽出番が回ってきた長﨑美柚は、その時間がないまま挑んだことになる。その上で、伊藤美誠を倒してベスト8に食い込んだ長﨑の戦いぶりは、世界に向けて「日本にはもう一人強いサウスポーがいた」ことを思い出させるのに十分なパフォーマンスだった。
ポイントとなったのはベスト8入りを決めたサビーネ・ウィンター(ドイツ)戦よりも、やはり1回戦、世界ランク9位の伊藤美誠を破った試合ではないだろうか。
第1ゲーム。
中盤は持ち上げ気味のフォアドライブを、伊藤の表ラバーを貼ったバックハンドで、カウンターされる場面もあったが、長﨑のドライブの精度が抜群に良かった。8-5と逆転すると、そのまま伊藤を両サイドに振り回し、11-6で勝利。
第2ゲーム。伊藤はフォームをコンパクトにして、小さなスイングで攻めてくる。1-2から開始。しかし長﨑は、バックフリックを伊藤のガラ空きになったバックの奥深いところに入れるなど、かなり冷静な試合運びを見せる。
そして全体的な精度が、ここでも抜群に冴えてくる。7-3と中盤で一気に逆転すると、両ハンドの切り返しでの打ち合いを制し、11-6でここも勝利した。
第3ゲーム。伊藤はまた、フォア側から巻き込みサーブを出し、切り方のバリエーションも変えてくる。サーブを切った後にラケットを台の下に隠すようなフォロースルーをつけるなど、できる限りの工夫を凝らしているのがわかる。
だが、長﨑のバックフリック、バックドライブの組み合わせのレシーブは、精度が乱れない。どんな回転も冷静に見切ってレシーブできていた。
バックドライブを深いところへ食い込ませ、チャンスボールを作り、叩き込んで4-2。その後も巻き込みサーブを完璧に返される伊藤は、試合の中でやれることがなくなってしまったようにすら見えた。11-3で長﨑が勝利。
ゲームカウントは3-0。あの伊藤を相手に圧勝といえるパフォーマンスだった。
急遽の代打出場でも崩れなかった理由
この試合で印象的だったのは、長﨑の「冷静さ」だ。特にレシーブでのミスのなさは、急遽出場したとは思えない完璧なものだった。
そして両ハンドでの打ち合いになった時のサウスポーの強みを生かし切った「リーチの長さ」。
これは、常に準備をして、出場予定ではなかった大会でさえもいつ出番がきても大丈夫な状態をつくっていたこと。これに尽きるだろう。
伊藤との試合、相手が「できる限りのゆさぶり」として巻き込みサーブをフォア側から出してきた。これはサウスポー対策の定石の一つだが、長﨑は立ち位置をミドルに変えて完璧にサーブを見切っていた。レシーブが完璧となると、相手にもプレッシャーがかかる。伊藤はサーブミスの回数が増えていた。
全体的な「できの良さ」も完璧に近かった。ラリーの精度が素晴らしく、ミスが少ない。その上で伊藤にとって一番の打開策であるはずの巻き込みサーブを完璧に取り切ったのだから、この試合は必然的な圧勝だったといえる。
この好調ぶりはベスト8進出をかけた一戦、サビーネ・ウィンターとの試合でもいかんなく発揮されており、3-2で勝ち切る勝負強さを見せた。
この試合はゲームカウントの通りにかなりの接戦だったが、勝負所でサーブを冷静に見切っている姿は伊藤戦とまったく同じ冷静さだった。
特筆すべきはゲームカウント2-2、カウントは6-6の場面。大事な局面になればなるほどミスが減る。ここからバックハンドのミスはなんと一本もなく、11-6で勝利。「これが急遽出場の選手なのか?」と感じる一糸乱れぬプレーを見せた。
21歳・大藤沙月のブレイクに続く、23歳・長﨑美柚の再浮上
もともと長﨑は、日本を代表するサウスポーとして10代の頃から大きな期待を集めていた。ここ数年は「世界を驚かす」までの活躍はなかったが、ここにきて再び存在感を放った形だ。
164センチの高身長でリーチが長いサウスポーは、166センチの早田と同様の強みとポテンシャルを秘めていることは間違いない。
サウスポーは「台の中に入り込める」ため、ダブルスでも「レシーブから仕掛けられる」強みがあるスタイル。シングルスで見せたレシーブの精度をダブルスでも発揮できれば、全種目で楽しみが広がる。
早田とは違う長﨑ならではスタイルも垣間見られる。カウンターだ。それも強引に叩きにいくカウンターではなく、冷静に相手に合わせて“捌く”様なカウンターは、長﨑の幼少期からの代名詞の一つだ。
伊藤戦でも「目立った」のは、全体的に“パワーで抑え込もう”とする伊藤のプレーに対して、冷静に捌いて合わせて体勢を崩していく姿だった。
今大会の動きを見る限り、その秘めたる才能はまったく衰えていないことが露わになった。むしろ今大会の急遽の代役出場での活躍によって、心身ともに今の長﨑は準備万端なことが披露された形にもなった。
ここ数年で頭角を現してきた大藤沙月も、世界的な注目を集めるまでには時間を要した。同様に長﨑も伸び悩んでいるように見られたところもあるだろう。ただ、それらはすべて「世界のトップを目指す上での話」であり、最高レベルでの凌ぎの削り合いで、紙一重のところにある。
改めて、卓球とは面白くて奥深く、誰が浮上してくるか読み切れない、何が起こるか予測のつかないスポーツだと感じる。
20代半ばでも中堅選手と言われてしまうほど、続々と新世代が台頭してくるのが卓球の世界。その中で21歳の大藤のブレイクに続き、23歳・長﨑の再浮上は、多くの同世代の卓球選手に勇気と可能性を感じさせたのではないか。
2026年、世界へ届くか。長﨑美柚が直面する次の壁
長﨑は、今大会ベスト4をかけた争いでは、最強中国の蒯曼(クアイ・マン)の前に敗れた。
蒯曼と長﨑はサウスポー同士で、似たような丁寧なプレーを特長とする選手だ。その上で長﨑は、蒯曼に序盤からサーブをキッチリとチキータで返球され、バックハンドのラリーでは大きく弧を描きながら深いところへ落とされて緩急をつけられるなど、力の差を感じる試合となった。
それでも、バックハンドをフォア側から相手のバックへねじ込むアイデアのあるボールを見せながら、2025年末に21歳で自己ベストの世界ランク3位に浮上しているこの強豪にも食い下がった。
結果は完敗だったが、自分と似たスタイルの蒯曼が「仕掛けてきた」ことは、きっと自身にも新たに取り入れる技術があったのではないか。特に緩急をつけたバックハンドは、もし取り入れることができれば、長﨑の新しい武器になりそうだ。
ここからさらなる躍進を遂げる可能性を十分に感じさせた、今大会でのキレのある動きの数々。2026年は長﨑美柚自身にとって正念場のシーズンになりそうだ。まだまだ彼女には、大きな可能性がある。今大会での躍動は、そう感じさせるパフォーマンスだった。
<了>
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