「失点は嫌。ですが、攻めないのはもっと嫌」。
(インタビュー・文・撮影=鈴木智之)
なぜ「失点覚悟」で攻めるのか? なぜ大黒将志なのか?
「失点は嫌です。ですが、失点をしないために攻めないというのは、もっと嫌なんです」
奈良クラブの代表取締役社長、濵田満は穏やかな口調の中に、確かな決意を滲ませた。
2025シーズン、奈良クラブは「ボール保持率」においてリーグ2位を記録した。しかし、その数字がそのまま歓喜に結びつくことは少なかった。
「昨シーズンの課題は明確でした。ボール保持率は高いけれど、相手のファイナルサードに入れない。入った時に、崩しきれないという課題がありました」
濵田は冷静に、しかし悔しさを隠さずに振り返る。
「ボールを前に運ぶドリブルはあるのですが、突破のドリブルが少ない。
ボールは回るが、ゴールが遠い。その閉塞感を打破するために、濵田が白羽の矢を立てたのが、元日本代表FWの大黒将志だった。
なぜ、大黒将志なのか。その答えは、彼が2024年にヘッドコーチを務めたFCティアモ枚方のサッカーにある。
「ティアモのサッカーが、本当に良かったんです。前からプレスに行って、ハイラインで、ボール保持力の高い選手をベースに戦う。すごくいいサッカーをしていて、以前から注目していました」
かつて「点取り屋」として名を馳せた男は、指導者としても攻撃への渇望を隠さない。だがそれは精神論ではなく、緻密なロジックに裏打ちされていた。
「大黒監督のゴールエリア内、ファイナルサードの戦術がすごく緻密で、ロジックがあるんです。ゴールから逆算してどう動くかというのを、ふわっとしたイメージで伝えるのではなく、ちゃんと『こうやるんだ』ということを徹底的に落とし込む指導をする人です」
感覚派の天才と思われがちな、元ストライカーの理論派な一面。濵田の耳には、元ライセンス同期のスタッフから「マジでいい指導者ですよ」という評判が何度も届いていたという。
「監督はシェフ」新たなメンバーで戦う2026年の船出
濵田は、監督選びとチーム作りを「料理」に例えてこう語る。
「監督という職業は、シェフに似ています。まずは厨房に来て、冷蔵庫にある食材(既存選手)を見る。そこで『自分の作りたい料理とは少し合わないな』と思うこともあるわけです」
さらに、こう続ける。
「大黒監督は、自分で厳選した食材を入れたいタイプです。彼が求める選手で戦い、熟成させていくことで、1年半というスパンで昇格を目指せる可能性があると考えています」
実際、昨季のメンバーから岡田優希、神垣陸、中島賢星、堀内颯人といった、30試合以上出場した選手がチームを離れている。大黒監督というシェフのもと、新たな選手を軸に、チームを作ることが想定できる。
攻撃的なサッカーを掲げると、どうしても守備への不安が囁かれる。だが、濵田の分析は冷静だ。
「守備に関しては正直なところ、普通に戦えていて、躍動感のあるプレー、つまり前に出ていくプレーができていれば、そんなに点は取られません。J3の試合を見ていても、点を取られるのは前から行く守備ではなく、びびってラインを下げて後ろに下がる守備をした時なんです」
濵田は過去の監督の采配を例に挙げ、奈良クラブが目指すべき「守り方」を紐解く。
「例えば、中田一三さんはその点が非常に良かった。後半残り20分で勝っている時、どういう交代をしたかというと、攻撃の選手を入れ替えて、前から相手の最終ラインを追わせるんです。
濵田の見立てによると、大黒は「前に向かう守備」を体現できる指揮官だという。加えて、彼を選んだ背景には、J3クラブならではのリスク管理とコスト意識もあった。
「監督選びを間違えると、チームは沈みます。大黒監督の良いところは、『全部揃っていないとやれない』とは言わないところ。『俺が分析するし、俺が全部指導するから、コーチの数は少なくていい』と言ってくれています」
実際、フィジカルコーチ不在の中で行われた、指導初日のトレーニングでは、大黒監督が先頭に立ち、ウォーミングアップをする姿があった。
J3の潮流に抗う「モダンなボール保持」という選択
そして話は、現代サッカーのトレンドと、奈良クラブが直面する現実へと及んだ。
「J3のトレンドは変わってきています。今はボールを保持してやるというよりは、前からプレスをかけてショートカウンターでの得点か、シンプルにクロスからの得点を狙うサッカーが『勝てるサッカー』になりつつあります」
しかし、濵田は流行を後追いするつもりはない。これまで標榜してきた、ボール保持型(ポゼッション)の可能性を信じつつも、そこには決定的な「質」の違いが横たわっていることも事実だ。
「では、保持型は勝てないかというと、そうでもありません。栃木シティやテゲバジャーロ宮崎などは、ボールをある程度保持しますが、勝っています。
資金力があれば、圧倒的な「個」でボール保持型のサッカーを完結させられる。だが、奈良クラブにはその選択肢はない。だからこそ、監督の手腕が必要になる。
「高額な選手は取れないけれど、監督にそこを改善できるアイデアのある人を連れてきた、という整合性があるわけです」
それこそが、大黒将志という選択の正体だ。奈良クラブが目指すのは、従来のポゼッションにトレンドを取り入れた、ハイブリッドなスタイル。
「その意味で言うと、僕らは『モダンなボール保持』にしようとしているんです。今のトレンドであるショートカウンターの要素を入れながら、ボールを保持してゴールを目指す」
イメージするのは、ピッチ上の選手が攻守に躍動するサッカーだ。
「大黒監督は、守備は前から行くしハイライン。ボールも保持するし、ビルドアップもする。そういう戦い方で、クラブとしてもう一歩上へ行く。それを狙っています」
2026年、奈良の地で新たなチャレンジが始まる。
それは、論理と情熱を併せ持った指揮官と、理想と現実の間で試行錯誤してきたクラブの想いが交錯する、刺激的な冒険の幕開けとなるはずだ。
※連載後編は1月23日(金)に公開
<了>
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[PROFILE]
濵田満(はまだ・みつる)
1975年12月26日生まれ、奈良県出身。奈良クラブ代表取締役社長。株式会社Amazing Sports Lab Japan代表取締役。関西外国語大学スペイン語学科卒業後、数回の転職を経て、欧州サッカークラブのマーチャンダイジングライセンスビジネスに携わる。2004年6月、FCバルセロナソシオの日本公式代理店として独立。以降、FCバルセロナキャンプ、バルサアカデミー、国際大会のプロデュース、プロ選手や育成年代のトップ選手向けプレーコンサルティングなどを手掛ける。2020年2月より、奈良クラブ代表取締役社長に就任。主な著書に『ゼロに飛び込んでイチをつくる FCバルセロナとのビジネスから学んだ未来の開き方』『世界で通じる子供の育て方』などがある。



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